・五月二十六日、ラッキーゾーンの日
「生存記録、四百二十一日目。五月二十六日、天候は雨。記録者名、田辺京也。
最高の結果だった。最悪の結果だった。粘菌Zとの対話は大成功、つまりは大失敗だ。
保科さんが用意してくれてクロ三号は蒸し暑く、真夏には調理器具として役に立ちそうだね。
――――対岸の日本の火事。海外の世界の火事。大火事一杯、小火事で三杯。
全ての炎が治まる日まで、ボクはただ、この滑走路のお家で生き延びようと思う。
プレッパーズとして出来る限りのことを、精一杯やり遂げて生き延びようと思う。
十日の差。本当は、たった十日の差だったんだ。
ボクが無知な投薬で母さんを殺してしまった日から、Zの騒動が発生するまでたった十日。
母さんが感染していたなら、僕は母さんを殺さずに済んだのにね。神様は意地悪だな。
神奈姉は大事な人。まもりもついでに大事な人。朱音もついでのついでに大事な人。
宮古ちゃんや、アザミさんだって、大事な人。それは、本当に間違いのないことなんだよ。
でもね、ボクは本当はいつでも負けたかったんだよ。ごめんなさい。
プレッパーズなんて非常識な趣味で、母さんを殺してしまったから。
だから、プレッパーズなんてものは、本当は役立たずのゴミクズだって証明したかったんだ。
世紀末が来た。
なら、他人の物資を奪いに来るモヒカンくんで一杯になるはずだった。
ドーン、オブ、ザ、デッド。日本での映画名は、そのままゾンビ。
ロメロのゾンビを有名にしたゾンビ映画の代名詞。
主人公達はプレッパーズじゃなかったけど、ショッピングモールに立て篭もった。
結果として、主人公達は多くの物資を抱えるプレッパーズになった。
それを略奪にきたのはバイクに乗ったモヒカン族。モヒカンヘアーは居なかったけどね。
結果として主人公達は蹂躙され、安全なショッピングモールを捨てざるを得なくなった。
――――モヒカンくんに惨敗だ。
最初は、アザミさんというモヒカンくん。
雨の中、可哀想な母娘という組み合わせで侵入を果たした生物兵器。
ごめん、そんな馬鹿みたいな手段に引っ掛かれるほどプレッパーズは不用心じゃないんだ。
結果はZバリアを使った圧勝。――――なんで、こんなに簡単に負けちゃうのさ。
返す刃で警察署に蔓延るモヒカンくん達も一掃。最後は自衛隊の横槍が入っちゃったけどね。
次は、東西の網元というモヒカンくん。
魚の干物に混ぜた、フグの干物というジョナサン泣かせの化学兵器。
ごめん、そんな馬鹿みたいな手段に引っ掛かれるほどプレッパーズは不用心じゃないんだ。
結果は若洲を舞台に争わせて圧勝。――――なんで、こんな手に引っ掛かっちゃうのかな?
金髪のプリン王が若洲に君臨。でも、人の欲望は止まらない。
味を占めた漁師達が、この滑走路へと魔の手を伸ばしにきてくれると期待してたのにさ。
どうしてこうなるのかな? ある意味では期待と予想を裏切られちゃったよ。
それから、北海道の警視省というモヒカンくん。
機密区画の監視映像という出所不明の映像を武器に、ボクを捉えようとした法律兵器。
ごめん、そんな馬鹿みたいな手段に引っ掛かれるほどプレッパーズは不用心じゃないんだ。
結果は自衛隊に記録させた画像を流して圧勝。――――ねぇ、キミ達は、やる気あるの?
スネークなんて自衛隊の主食でしょう? 捕食関係を間違えた闘争ってどうなのさ?
そもそも、政府が見捨てた時点で、ボクは政府の管理下にあるつもりは一切無いんだよ?
まだ続く、アメリカの全権大使リチャードくんって名前の本場のモヒカンくん。
日米安保の行方と、ボクの命、木崎のおじさんおばさん、滑走路の皆を人質にした政治兵器。
ここまでくると、流石のプレッパーズも危うかった。初めての敗北――――出来なかったよ。
結果は、粘菌Zとの独占交渉権を手にして圧勝。――――惜しいね。もう少しだったね?
Zくんはさ、生きている人間の中でも萌芽すること、実は可能なんだよね?
ただ、乗り物の人間が壊れそうになると応急処置として修理しているだけなんだよ。
それから、一万台や十万台の乗り物くらいなら、放棄したって構わないんだってさ。
ボクはね、リチャードくんでも、アメリカ大統領でも、いつでもZに出来るんだよ。
その逆もね? ――――何時でも何処でも誰でもZにして、戻すことが出来るんだよ。
合衆国の上の方から一万人ほどをZにしてみせようか? もう、チェックメイト済みなんだよ。
母さん一人、救えなかったはずの無能なプレッパー。
なのに結局、どのモヒカンくんを相手にしても負けることが出来なかった。
皆のことを大事だと思ってるし守りたい、これは本当のこと。
プレッパーズが役立たずだと証明したい、これも本当のこと。
二律背反。守りたい、だけど敗北したい。ボクは無能なんだと罵られたいんだ。
誰もボクを責めてくれなかった。
誰もボクを裁いてくれなかった。
母さんを殺したボクに優しくして、母さんを殺したボクを罰してくれなかった。
父さんまで、『京也、お前のせいじゃない』なんて……。殴りつけて、叱りつけて欲しかった。
『プレッパーズなんて、非常識なお前の趣味のせいで母さんは死んだんだぞ!!』ってさ。
誰か、ボクを、倒してください。
誰か、ボクを、裁いてください。
誰か、ボクを、罰してください。
いつか来る、その日をボクはお待ちしていおります。
ボクはプレッパーズとして全力で備えながらお待ちしております――――」
最初から電源の入っていない記録を終了。
米軍の監視下にある今、迂闊に電子記録を残すのはプレッパーとして失格だろう。
全力で戦って、その上で敗北しなけりゃ意味が無い。なのに、負けられないんだ。
みんなちゃんと真面目にモヒカンくんをしてるの? 今は、世紀末社会なんだよ?
唯一、ボクに黒星をつけそうになったのが、後藤の人ということが気に入らない。
精神攻撃。備えたつもりだったのにな。ボクの心はそれほど強くなかったようだ。
世紀末社会のモヒカンくんらしく、宴会でボクの物資を食い荒らして未だに返却していない。
後藤の人。強盗の人。自分勝手な利己主義者、自衛官のモヒカンくん。
でも大丈夫。来年度から奴の給料は防衛省側で全て差し押さえにしておいたから。
ススキノに遊びに行っている余裕なんて与えてやらないから。ははは、完全に奴はヒモだ。
山本さん、アイツだけは止めましょうよ? 五億円という借金大王の甲斐性なしですよ?
でも、『そんな彼だから良いの』とか言いだしそうで、本当に怖いです……。
そもそもあの敗北は、数百万の民間人の怨念が加算された結果だ。
だから、純粋には後藤の人の力じゃない。
つまり、ボクは後藤の人に負けたわけじゃない。
それに、そもそもそんな政府を選んだお前ら自身の責任だ。
ボクが、お前らの怨嗟の声を聞く必要なんて無かったんだよ。
奪われたものを取り返しさえすれば、ボクの勝利だ。未だに奴とは静かに戦闘中なんだ。
そういえば、アザミさんの三文芝居にも負け掛けたっけ。
――――女の人は、本当に何をするか解らない生き物だな。
誰かが心の平穏を失ってもボクの負け。
誰かが体の健康を損なってもボクの負け。
こんなに簡単な敗北条件なのになぁ……。
こんなに簡単なのに、なんで負けられないんだろうね――――?




