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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
104/123

・五月二十五日、主婦休みの日

 人工島のHELLポートにあえて降り立ったロクマル。

 ガラリと扉を開けて、地面にボクが降り立つと、桟橋要塞の跳ね橋から一直線に駆け寄ってきて抱きつかれた。――――吉村さんに。

「恵一は、芋虫ちゃんが嫌いです。恵一は、熱い熱いさんも嫌いです。恵一は、恵一は……」

 ――――ボクが留守にしている間に、一体なにがあったというのだろう?

 笑いを堪えるので精一杯だった。よしよし、きっと、とっても酷い目にあったんだね?


 女の子達のリハビリのためにシェルター内の地獄を再現し、それを克服するカウンセリングを行なった。

 結果、吉村さんが要リハビリになった。

 ――――三人助かって、一人が地獄落ち。計算上では良いことなんじゃないかな?


 吉村さんが、左腕から離れてくれない。

 沙耶ちゃんが、右腕から離れてくれない。

 神奈姉、やりすぎです。


「京ちゃん? 何も言わずに居なくなるなんて、お姉ちゃん、許さないからね?」

「京也、私は許すから。大丈夫だよ?」

「田辺くん、私も許す。だからハーゲンダッツ食べて良い?」

 許してくれない神奈姉を除いて、二人が笑顔で迎えてくれて……乱闘に。

 神奈姉、強いからなぁ。技術とか力とか、そういう所と関係の無い部分がエゲツなく強いからなぁ。二対一でやっと互角だ。


 皆に許して貰うため、北海道土産を並べた。

 鳥肉、野菜、お米、小麦粉、そしてジャガイモ。

 他の野菜に根を生やしていた気合の違うジャガイモは、滑走路北にある人工島でスクスクと成長を続けている。

 奴には塩害など関係ないらしい。きっと、十年後にはジャガイモに支配されたジャガイモ島になっていることだろう。


 甘いお菓子や、チョコレート、日持ちしそうな羊羹など様々なものを並べたのに、

 ――――許されなかった。


 甘やかせ、とにかく甘やかしなさい。

 乙女特有の回線を使って信号が送られてきたのだけど……あの、吉村さん? まだ、離れてくれないの?

「恵一は、お馬さんが嫌いです。恵一は、ポカポカさんも嫌いです……」

「沙耶は、お馬さんが好きです。沙耶は、ポカポカさんで狙うのは大好きです」

「恵一は、狙われるのが嫌いです……。嫌いなんです……」

 ――――何が狙われてるの? 何があったの、この二人には?


 桟橋要塞の中では、まもりの現場監督のもと、家の組み立てが始められていた。

 家というのは、内装を除けば、ちょっと大きなプラモデルだ。

 木の柱が鉄骨に、綺麗な壁がベニヤ板に素材は変わっていた。

 それでも何となく、世田谷の自宅を思わせるお家が出来上がりつつあった……。


 立派になった父さんのカーポートにはクロ二号。

 立派になった母さんのサンルームには……普通のサンルーム。惜しい、家庭菜園が組み込まれてなかった。

「どうかな? 京也くん。――――それなりに、形になったと思うんだけど?」

 保科さんが笑いかけてくれた。


「どうもこうも……ボクがやろうと思っていたのに!! 人のプラモデルを勝手に造るとか、ボクの趣味を奪うとか、どういうおつもりですかっ!? あなたはっ!!」

 現場監督のまもりに殴られて、黙らされた。


「保科さん、ありがとうございます。こんなに素敵なお家を建てていただいて、京也は、とっても嬉しいです――――」

 家を建てるお仕事が無くなっちゃうと、本格的にボクのやることが無くなっちゃうんだけどなぁ?


 一応、湊ちゃんと小鈴ちゃん、二人のお父さんのリハビリを兼ねての住宅建設だったらしい。

 でも、ボクは、一柱、一柱、愛を込めて十年計画で家を建てるつもりだったのにな……。

 しかも、設計図と完成品がまったく違う。


 神奈姉、まもり、朱音、宮古ちゃん、アザミさん、沙耶ちゃん、他多数の意見が足されて……世田谷の自宅の玄関を思わせるだけの家でしか無かった。

 なぜ、川上さんの個室があるの?

 なぜ、山本さんの個室もあるの?

 なぜ、沙耶ちゃんの……。

 京也、疲れちゃったから休みたいの……。

 そしてなぜ、京也の部屋が無いの?

 二階の間取り、神奈姉とまもりと朱音の部屋を拡張した結果、八畳間だったボクの部屋が、ゼロ畳間。


 ……これ、ボクの自宅じゃないよ? 誰か余所の人のお家だよ?


 仕方が無いので、クロ二号のハッチを開け、ハッチを閉め、鍵を閉め、閉じこもった。

 優しいね、クロ二号は。暖かいね、あっついほどだよ。汗がダラダラ。

 引き篭もっていたかったのに、保科の野郎が鍵をダイヤモンドソーで切りやがった。

 わっせわっせと運ばれた先は、リビングルーム。

 ソファーの上に、座らされ、いつかの日のように膝枕をさせられた。

 神奈姉、まもり、朱音、宮古ちゃん、沙耶ちゃん……吉村さん?

 カブトムシじゃないんだから、みんなで頭を突きあうの、止めにしない?


 保科さんには手紙を一枚、『米軍。監視アリ。重機密空間の用意』ただそれだけ。

 赤外線、音波、X線、考えられる限りのありとあらゆる傍聴対策を施した空間を用意してくれることだろう。

 ボクには、即座に話しあわなければならない相手が居るんだよ。

 その相手はきっと、重機密空間であっても簡単に見通してしまうことだろう。

 ゾンビのZではなく、粘菌のZ。これからボクは、彼と対話しなければならないんだ。


 ゾンビ映画の先入観に冒されていたのは皆だけじゃない。ボクもだったんだよ。

 一年間、長く待たせたね? さぁ、ボクと話し合おう? キミとボクの仲じゃないか。


 ◆  ◆


 芋虫さん……それは惨い遊びでした。吉村さんが、ガタガタ震えていた理由が解った。

 お馬さん……それは惨い遊びでした。吉村さんが、ガタガタ震えていた理由が解った。

 ポカポカさん……それは惨い遊びでした。吉村さんが、ガタガタ震えていた理由が解った。

 熱い熱いさん……それは惨い遊びでした。吉村さんが、ガタガタ震えていた理由が解った。


 ボクは特に何もしていない。

 ただ、山本さんと川上さんに、『アイツ、借金あるのにススキノで楽しんできたらしいぜ』と、本当のことを語っただけだ。

 北沢さんもビールを片手に大きく頷いていた。


 ロクマルのなかで何らかの話し合いがあり、後藤さんが自主的にリハビリに付き合ってくれることになった。


「なんだ、手足を縛って女の子を追いかけるだけか。こんなもんで、ほんとにリハビリになるのか?」

 横から腹を蹴られるまでは、余裕の顔でした。

 みぞおちを、何度も何度も踏みつけられるまでは驚愕の顔でした。

 顔面を踏み躙られながら、罵詈雑言と唾を吐かれるに至り、ようやくこの遊びの恐ろしさを理解しました。


「なんだ、女の子を背中に乗せて……腕立てを、する、だけだよね? リハビリに、なるの?」

 尻に金属モノサシの鞭が跳ぶ度に腕立てが一回。

 尻に金属モノサシの鞭が跳ぶ度に腕立てが一回。

 尻に金属モノサシの鞭が跳ぶ度に腕立てが一回。

 力尽きてへたり込むと、罵詈雑言と唾を吐きかけられるに至り、ようやくこの遊びの恐ろしさを理解しました。


「なぁんだ……棒に縛られて……木の棒で叩かれる……拷問? リハビリですか?」

 体を叩く、そんなことは優しいものでした。

 太ももの間からグリグリと上方に迫る木の棒は、大事な男性の棒を的確に狙います。

 それを、グリグリ、ゴツンゴツンと……。さらに罵詈雑言と唾。嘲笑の眼差し。指差して笑う。

 もう、これは、男性として見ていられませんでした。

 吉村さんも、泣いてた……。『ひひひ、ざまぁみろ』って口にしながら。


「な、なぁんだ……ただ、カレーを食べる。それだけ、なんだよね? どの辺がリハビリ?」

 45倍の45倍掛け、45倍煮込み。

 ただの45倍だけでは飽き足らず、それを更に煮込んだ特製カレースープ。

 口のなかでは火傷をしない、でも、熱さは感じる適切な温度管理。

 口を火傷しちゃうと、辛味を感じる機能が落ちちゃうんだってさ……。

 川上さんと山本さんが、後藤さんのお口へ交互にあ~んって。

 あぁ、羨ましいですなぁ。あぁ、羨ましいですなぁ。後藤さんが幸せそうに泣いてるわ。

 口を開けないなら鼻から食わせるって、斬新なアイディアだわ。


 女の子は怒らせると、本当に怖いんだねぇ……。

 あと、川上さんと山本さんの、どの辺りにリハビリが必要だったんだろうか?

 あのシェルターの中では、こんなオゾマシイ光景が繰り広げられていたなんて、ボクは涙が、

「じゃあ、次は京ちゃんね? 黙って出て行ったこと、許してないから。ほら、あ~ん」

「お姉ちゃん? それ、まだ煮込んでないほうだよ? こっち使おうよ、ほら、あ~ん」

「田辺くん? ……辛いものの間に水を挟むと、もっと辛くなるんだって。はい、お湯」

 ――――あの、シェルターの中では……。あの、シェルターの中では……。


 ◆  ◆


「京也さん、大丈夫ですか?」

「えぇ、なんとか……ははは、ただの筆舌に尽くしがたい程度の苦しみじゃないですか。

 これくらい平気ですよ。ボクは強い男の子ですから……」

「そうですか、良かったわね、宮古?」

「うん!! 宮古も! 宮古も! 京也くんに、あ~んしたいの!!」

「沙耶も、あ~んしたいです。旦那様、あ~んしてください」

 ……帰る!! ボク、もう北海道に帰る!! 無期懲役で良いですから監獄に入れてください!!


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