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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
103/123

・五月二十四日、伊達巻の日

『口止めが口封じにならずに済んだ。断った場合? もちろん、口封じをしたさ』


『もしも日本が国民の功績に応える国であれば、合衆国と共に歩めたのにねぇ。残念な話だ』


『キミには一応、アメリカ外交官という身分保障を付けておくよ。最年少になるのかな?

 一つの身体に二つの国籍。CIAの職員なら、珍しくも何とも無いことさ』


『なるほど、キミの友人の両親がZになってしまっているんだね?

 では、チームを派遣してドームで治療させて貰おう。――――治療、兼、人質。解るだろう?』


『ちなみにZの患者との会話なんだがね、低酸素の環境下でなら可能なんだ。

 どちらかが酸素マスクか二酸化炭素マスクをつける形になる、少し面白い格好なんだけどね?』


『CDCのエリカ君? なかなかに良い脚線美だった。それを追う君の瞳の鋭さもね……解ってるさ、内緒にしておくよ』


『他国には、ゾンビ&サークルは、ただZを集める作戦としてのみ情報を流してある。

 だから継続的なオキシトシン投与により、軍人達の壁で囲み続ける必要があるんだよ。

 ――――これは、ビッグビジネスのチャンス到来だよね? だから、アンダーザドームなのさ』


『100m競争で皆が一斉に転んだ。なら、一番早く立ち直ったものが勝利者だ。

 そして、一度勝ってしまえばもう覆らない。国際競争っていうものはそういうものなのさ。

 世界大戦以後もそうだっただろう? あるいはZが無ければ、第三次世界大戦中だったかもね』


『氷川朱音の両親なら、衛星と顔認証システムを使えばすぐに見つけられると思うよ。

 流石に我々も死者は蘇らせられない。残念な結果に終わらないことを祈っているよ』


『日本の防衛? なに、第七艦隊を日本一周させるだけさ。

 全世界にアメリカ合衆国という国の威信を見せ付ける、良い機会でもある。

 我々は既にZを克服し、ここまで立ち直っているんだって他国に知らしめてやるのさ』


『最後に一つ、孫娘を銃弾で撃たずに済んだ。画像の母親は私の孫娘だ。

 ありがとう、ミスター田辺』


 記録できない生存記録を沢山抱えて、ボクはロクマルに乗り込んだ。

 ボクは気付かないうちに、沢山の人に守られていたらしい。リチャード氏、彼自身にもだ。

 善意の種から、善意の花が咲くこともあるらしい。


 まずは自衛隊。そして警察。奥多摩でのゾンビマトマールの功績だ。

 政府や上層部は認めなくても、現場の人達は、ちゃんと認めてくれていた。

 ボクの逮捕については、現場側から大きな苦情が入っていたようだ。


 つぎにCDC。解決の糸口を掴ませ、作戦に大きく寄与し、大勢のアメリカ国民を救った。

 もしも暗殺なんてしようものなら、CDCから暴露本が出版される所だったようだ。

 エリカさんのアメリカンドリームを邪魔しちゃって、悪いことをしちゃったのかな?


 あとは大久保さんとその仲間達。

 後藤の人? アレは迷惑を掛けに来ただけの人だ。


 しかし、人間の重量より、酒の重量の方が遥かに重いって……。

 北沢さん。ここ一年の給料の全てをビールに変えないでくださいよ。

 後藤さん。借金を抱えながらのススキノは楽しかったですか? 皆にも伝えておきますね?

 大久保さんにも。現団長にも。防衛省にも。きっちりと。


 ◆  ◆


 Zは愛に飢えている……エリカ=ハイデルマンは勘違いをしたままだ。

 論文を送った時点では、ボクもそう思っていた。

 だけど、観察と考察を重ねるうちに、考えが変わった。

 粘菌であるZ自身が何かに飢えている。そう感じるようになったんだ。


 粘菌に知性があるのか、そんな馬鹿げた研究をしている人達が居た。

 Zが発生する前からゾンビ対策をしていた、馬鹿の一人がボクだね。

 馬鹿に馬鹿を掛け算してみよう。答えは、大馬鹿者にしか出せない答えさ。


 脳は酸素供給が断たれれば。即座に破壊されてしまう。

 なのになぜ、粘菌Zは人間の脳を生かしておくのか? 自らは嫌気性を持ちながらだ。

 粘菌Zが活性化することによって、一度は死に掛けた人間の脳がその状態を保たれている。

 見方を少し変えたなら、粘菌Zは死に掛けた人間達を救っていたんだよ。


 パニック状態になり噛み付きという感染を行なったのは、きっと人間側のエラーだろう。

 どちらにせよ、彼等は知性体だ。人間のそれとは心の形も大きく違うのだろうけど知性体だ。

 少なくとも、人間の脳を助けようとするくらいには広い心を持った知性体だと思いたい。


 当たり前のことだけど、人間は夜になると眠る。

 人間の脳が眠っても、粘菌Zは活動を続けている。

 だから夜の間だけ、羽田空港のZ達はボクを見つめ続けて居たんだ。

 クロ二号から逃げ回っていたんじゃない、ボクから逃げ回っていたんだ。

 自分が寄生した人間達を守るためにね?


 ボクという固体が人間の脳を破壊して回る、危険な固体だと粘菌Zが学習した。

 彼等独自のネットワークで、それを伝達し、ボクから人間達の脳を守っているんだ。

 昼間は人間の脳が優勢になってしまうから、襲い掛かってきてしまうんだろう。

 でも、睡眠中であれば粘菌達がボクを危険物と認識して、逃避行動に移る。


 ナイト、オブ、エスケープデッド。ゾンビに逃げられちゃ人間、本当にお終いだと思うな。

 そんな人間は、スティーブン=セガールだけで十分だ。


 ボクの肺の中にもZの胞子は眠っている。

 そして彼等独自のエネルギーを利用したシグナルで、ボクの位置を知覚しているんだろう。

 余剰次元か、暗黒物質か、亜空間か――――まぁ、どこかその辺りだろう。

 何十億年にも渡り、地上とは切り離されたガラパゴス地中の生き物の生態だ。

 ボクなんかには想像の及びも付かない、壮大な宇宙の謎が秘められていてもおかしくはないさ。


 実は、ゾンビナオールについても当てはあるんだよ。

 睡眠薬でZを眠らせた後、一言、こう言えば良いんだ。

『お願いだから、その個体から離れてくれないか?』

 嫌気性のある彼等だ。低酸素の容器になら移動してくれるだろう。

 そして、彼等の元の住居である海底油田に送り返すだけだ。

 ――――これでさよならだよ、優しい粘菌さん。


『話しあえば良かったんじゃないですか?』

 今更ながらのブーメランだよね?

 相手はZ、話なんて通じない。そう思ってた。そう思い込んでいた。

 東の漁師と西の漁師以上に離れているから、話なんて通じない。そう思ってた。思い込んでいた。

 ボクは、話したことがあったかな? Zと一度でも、話したことがあったかな?

 話し合いの余地も無く、ただ一方的にZを射殺し続けた。ピッケルで穿ち続けた。


 今度、話してみよう。人間の脳が起きちゃうと駄目だから、深夜に、こっそりとね?

 あるいは、ボクの中の胞子が、通訳を果たしてくれたりしないだろうか?

 今まではただ、言葉を交わすための機会と方法が無かったんだ。

 だからボク等は、殺し合いを続けてきたんだよって。


 ……でも、人間は止まらないだろう。

 きっと、Zを使った殺し合いを始める。もう、始まってる。

 オキシトシンを投与されたZの兵士の大行軍か……。それは全部、人間の悪意の産物だ。

 ボクはZよりも人間の方が恐ろしく感じるよ。だって、ZはZを傷つけないんだから――――。


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― 新着の感想 ―
これは……凄いな…………
[良い点] うわぁ…………ぞくっとした。 [一言] 確かに人間より粘菌Zのほうがよっぽど優しいわこれ……
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