・五月二十三日、世界カメの日
「四日目、大の大人でも根をあげる頃だと思うんだけどね」
「ねぇ、スネークさん、日本の司法って中世レベルだと思いませんか?
つまり、スネークさん自身、中世レベルの人間だと自分でも思いませんか?
息子さんは二十歳、娘さんは十四歳。
そんな子供を抱えた父親が、よくもまぁ、拷問そのものの取調べを十六歳の少年に行なえるものですね?」
「キミの挑発には……なぜ、私の家族のことを知ってるのかな?」
「ご自分で調べてはいかがですか?
自衛隊よりも、情報を集めことが得意なんですよね?」
個人の名前が解っているなら、家族構成を調べるなんて簡単なことだ。
それも、警視省に勤めるキャリアさまだ。調べるというレベルでもない有名人だ。
現、警視省は札幌の本庁を流用しただけの施設。
取調室には窓があり、自衛隊にとってそれは障子紙よりも薄い防壁でしかなかった。
彼等自身も、機密区画の情報が何処からどうして漏れ出したのか、調べていたんだよ。
アナタ方は防衛省、自衛隊に牙を向けた。つまり、戦争のプロに戦争を挑んだんだよ。
――――まさか、自分達だけが一方的に攻撃できる立場だとでも勘違いしていたのかな?
あぁ、そうか。
容疑者を相手に、一方的に好き放題することしか知らない組織でしたっけ。
どちらが上で、どちらが下か白黒付けたい?
はい、今すぐにでも白黒付けましょう、アナタ方が最底辺です。全ての省庁の一番下です。
自衛隊や機動隊に守られた、巨大なシェルター内部の彼等は未だに一年前の感覚で居た。
なら、一年前の感覚に合わせて、彼等にとって最も嫌なことを行なうまでの単純な作戦だった。
一日、十六時間に渡る、取調べに恫喝。机を殴り、扉を殴りつける威嚇行為。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
何度も何度も繰り返される同じ質問。入れ替わり立ち代り、刑事は交代し、容疑者はそのまま。
この映像を、ちょっとアメリカに向けて送信して貰っただけさ。防衛省には貸しがあってね。
ボクの個人情報に携わる点を、少しだけ編集してから送ってもらったんだよ。
警視省の人達は、これが本当に国防に繋がることだと理解していなかったらしい。
機密区画の秘匿情報を用いて、自衛隊を失脚させるための計画なんだよ?
どこの誰が犯人であろうとも、自衛隊から見れば国体を破壊しようと企む敵に違いないんだよ?
つまり、完全に自衛隊を敵に回したんだ。動物性蛋白源風情がレンジャー部隊に勝てるとでも?
おめでとう、スネークさん。これで警視省は警視庁に格下げだ。
たった、それだけで済めば良いけどね? 警視局。いや、警視課? 警視係?
窓口だけでも残れば御の字だろうね?
なにしろ、アメリカ大統領が日米安保そのものについて考え直すべき時期が来たと公言した。
日本の司法はやはり中世レベルであり、基本的人権を理解する同じ先進国としては扱えない。
もはや、日米の関係はそんな基本的な段階から悩まざるを得ないそうだ。
しかし、インターネットの世界ってのは怖いところだよね?
まさか、アメリカ大統領まで動かしちゃうんだからね。
四日も掛かったのは、スネークさんに同調したキャリア組の皆さんを洗い出すための時間なんだよ。
蛇は、人間の食べ物だ。レンジャー部隊の自衛官はホントに食べてるのかな?
個人的な感想としては、あんまり美味しくないお肉だったけどね。
アオダイショウだったからかな?
他の蛇は、もっと美味しかったりするのかな?
鳥も色々、蛇も色々、グルメの世界は奥が深いよねぇ。
丁度、日米安保なんて足手まといでしかない状況に差し掛かってきていたところにこれだ。
防衛省側も慌てたことだろうね。――――自分の放った爆弾の威力が大きすぎたんだから。
アメリカにとって、日本はすでにどうでも良い国なんだよ?
見捨てる上手い理由があれば見捨てちゃうよね。
なんで、自国に利益をもたらさない国に軍隊を派遣しなくちゃいけないのさ?
さすが世紀末社会の本場、アメリカさんだ。情け容赦がないね。
ロメロさんを生んだ大陸を舐めちゃいけないよね? 扶養は無用。さよならジャパン。
「そうだ、スネークさん。格闘技の経験はありますか?」
「……剣道なら四段ですよ。これでもちゃんと警察官ですからね」
そっか、剣道四段でキャリバーと戦うつもりだったのか。それはサムライの魂だね。
黒イージス艦と日本刀で戦おうとした、そんな歴史の遺物みたいな人だったんだね。
刑事維新はコレでお終い。残念でした、また来世。
「そうですか、では頑張ってZ達との戦いの日々に赴いてくださいませ。
あるいは辞職なのかな? それとも諭旨免職? 懲戒免職? それ以外もあるのかな?
こんな人を連れてこられても、現場の自衛隊も機動隊も混乱するだけだもんねぇ?
現場には出てきて欲しくないだろうなぁ……。階級だけはある人ってホント厄介だよねぇ?」
「さっきから何を言ってるんだ、キミは?」
「明日になれば全てが解りますよ。あるいは今日中にでも……あぁ、今すぐでしたか」
ちょうど、鬼瓦警部が取調室に駆け込んできた。おや、青鬼さんになってるね。
レア青鬼瓦をゲット。スネークさんもアオダイショウ。
それではお元気で、胃の具合には気をつけてくださいね?
◆ ◆
法務大臣の判子が押された無実の証明書類。
お出迎えは後藤さんだと思っていたのに、当てが外れた。
ナンバープレートがジャパンぽくない。これが外交官ナンバーなのかな?
そして行き先は札幌内に存在するアメリカ合衆国の大使館だった。
いい加減、ボクに選択の余地ってものは与えられないのだろうか? ススキノとかさぁ……。
出迎えてくれたのは、五十代か六十代。恰幅の良いサム小父さん。
アメリカの全権大使という役職に就いているリチャードさんだった。
ファミリーネームにギアって付いてますかと尋ねたところ、『残念ながら彼より年上なんだよ、HAHAHA!!』と……これが本場のアメリカンジョークなの?
どこで笑えば良かったんだろうか? グローバル社会は難しいな。
「ご用件は、何でしょうか。日本というちっぽけな島国の、ちっぽけな少年に」
「ご用件は、口封じだよ。アメリカという大国を動かした、偉大な少年にね?」
「そうですか。――――ボクは、ついに殺されるのですか」
……まぁ、それだけのことは、してきたと思う。
ただ病気で理性を失った人達を、数万、数十万……数千万単位で殺したんだから。
ボクが仕出かしたことによって、現在進行形で、その数は増え続けているんだから。
「失礼、口止めだった。
アンダーザドーム。キミが発案したゾンビ&サークル作戦だがね、今はその名で呼ばれているんだ。
我が国の国家機密の一つだ。ロングアイランドに巨大なドームを建造した。
そして、その中で日々Zに感染した患者の治療に取り組んでいるんだよ」
「そうですか、それは手早いことですね」
つまり、ゾンビトマールから得られるものは全て自分の懐に、か。
世界の研究機関って、協力してると思ってたのにな……。
「ふむ……キミは何故だか、私を嫌っているように見えるんだが? 気のせいかな?」
「――――嫌いなのは、アメリカですよ。
ゾンビ&サークル作戦、この場合はゾンビトレイン作戦でしょうか?
一番最初に実行したのは貴方のお国ですよね? CIAかどこか知りませんけど」
一番最初にゾンビトマールの平和利用の効果を知った。
なら、一番最初に軍事利用をしたのもこの国に決まっていたんだよ。
だから、ボクは失望したんだ。エリカさんは他国に漏れたと言っていたけど違うんだ。
――――アナタの国が始めたことなんですよ、エリカさん?
「困ったね。これでは口止めが口封じになりかねないよ。
認めよう。合衆国が最初に軍事利用を行なった。文句はあるかな?」
「アインシュタインが、原爆に対して文句を言った以上にありますよ」
「確かにその通りだ。平和利用の作戦が、軍事利用されてはね。
だけどね、我が国が行なったのは実は最初の数回だけなんだよ。
あとは、模倣に模倣が重ねられて、各国が独自のやり方で実行しているだけなんだ。
これも、全てが合衆国の責任になるのかな?」
――――どうやらボクは世界の人類、全てを憎まなければならないらしい。
そんなことのために、ボクはゾンビトマールを開発したわけじゃないのに。
「まぁ、答えは急がずに、まずはこの動画を見て欲しい」
映し出された映像は、小さな子供と母親が抱き合っているシーン。
だけど、その前後のストーリーが解らないし、映画的な演出も無い。
これじゃあ、なかなか泣け……なるほどね。
「母親の側がZ、子供はZじゃない。感動の対面シーンですね?」
「その通りだ。なぜ解ったんだい?」
「母親がおしゃぶりをしています。これに含ませてあるのは……麻薬、MDMAですね?
過去に、アメリカで流行ったオキシトシンの誘導を促すドラッグ。エクスタシーです。
おしゃぶり、英語ではパシファイアー。それに精神安定を促す何かを塗り込んでおけば更に効果は上がります。
何かに噛み付きたいなら、最初から何かを噛ませておけば良いんですよ」
抱きついて、しゃぶりたい。それがZの本能だ。
なら、優しく抱きしめる術と、しゃぶりつく代替品を与えてやれば良い。
ゾンビトマールの改案の一つ。――――大人がおしゃぶりをしてる姿ってのも滑稽だけどね?
でも、それでも子供と母親が抱きしめあえたんだ。良かったね?
空港で見た、娘さんのZが母親の背骨を砕いてしまった実験の失敗動画から学んだことだ。
「正解だよ。流石は発案者のミスター田辺、おみごとだね。
NYの暴動以来、各地で暴動が多発して、アメリカそのものが混乱の危機に陥った。
危うく全てを銃弾で片付けてしまう所だった。――――それを救ったのがキミなんだ。
政府の一部関係者しか知らないが、キミはアメリカ史に名前を刻む偉大な英雄の一人だよ」
――――人類史に刻む、大量殺戮者の間違いじゃないかな?
原子力の開発者も、似たようなものなのかもね。ノーベルとか、あの辺りの人も。
「Zの感染者達が暴走状態になってしまえば、オキシトシンの量産体制どころではなかった。
合衆国内でオキシトシンの量産体制を安全に整えることが出来たのはキミのおかげだ。感謝するよ。
――――それで、ビジネスの話なんだがゾンビ&サークル作戦。これの全権利を買い取りたい。
アンダーザドーム。合衆国の研究施設内ではオキシトシンの他にもパニック症状を抑える研究が続けられているんだ。
画像の母親は、ここ一週間ほどオキシトシンの直接投与を受けていないほどさ。
ハッキリと言える。合衆国はZ研究において、他国の百年先を歩んでいる。
ただ、その一歩目を歩んだのはミスター田辺、キミなんだよ。
だから、キミにはその功績に対する報償を受け取る権利が存在する。
表立った栄誉は無理だが、金銭でも、権利でも、好きなだけ要求してくれて構わない」
これは小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩、か。
「ハッキリと仰ってくださいませんか?
他国に研究の後追いをされたくないから、他国には明かさないで欲しいんだって。
そうすれば、Zに関する、ありとあらゆる権益が合衆国のものになるからだって。
だから、アメリカの隠れた英雄であっても、世界のヒーローにはならないで欲しいんだって。
つまり、アメリカのために、世界の全てを見捨てろ……こう仰りたい訳ですよね?」
ゾンビトマールの完成形を世界に流せば、世界中で安全にオキシトシンの生産が可能になる。
でも、アメリカ政府はそれを望んでいない。
こんな世界になっても尚、せっかくのアドバンテージを捨てる気は無いんだ。
「……日本ではジュニアスクールを卒業するだけで、ここまでの人材が生まれるものなんだね?
その通りだよ。ロングアイランドに建てられた研究所内で、全てのZ研究を合衆国が独占する。
他国にはオキシトシンを独占販売し、その流通量のコントロールは合衆国が握らせてもらう。
全てはアメリカの国益のためだ。人としては間違っている。でも国家としては間違っていない。
私は胸を張って言えるよ。私は、リチャード=ターナー。アメリカ合衆国の全権大使だ。
国益のためならなんでもする。本当になんだってするんだよ。人殺しだってね?
私が今日、日米安保条約を破棄すると口にすれば、日本は本日を境にして終わりを迎えるだろう。
北からロシアやってきて、それで全てはお終いだ。簡単に話は片付くことなんだよ」
――――日米安保の消失。それは、日本を守る最後の盾が消えることだ。
「脅迫ですか?」
「NO!! ――――失礼、驚かせてしまったかな?
我々は、日本と五十年に渡る付き合いから条約を守り続けてきた。
そして、今現在、条約を守る意味など全く存在していないんだよ。
それでも、善意を持って国益に反しない範囲で日本という国を守ってきた。
我々は日本の保護者ではない。だから、手を引くことを脅迫だなんて言い方はよして欲しい。
――――本来、自分の国とは自国の力で守るものなんだからね? 相手がどれほど強大でも」
……その通り、なのかな?
この一年、アメリカには日本を守る利点なんて無かった。
それでも、日米安保の条約だけは残してくれていたんだ。
だからこそ、他国が表立って攻め入ることは出来なかった。
艦隊が居なくても、軍隊が居なくても、それでも影の力だけで日本を守ってくれていた。
背景には他国の邪魔をしたいとか、色々な思惑はあるのだろうけど、それでも善意のうちなんだろう。
「善意が思わぬ結果を生むこともある。ミスター田辺、キミのことだ。
日本人のキミが合衆国を救い、また、日本も救った。隠れたヒーローだ。
――――キミはこの辺りで、ヒーローを止めても良いんじゃないかな?
……キミは、世界というものを知ったはずだよ?
平和のために、誰かの為に、善意で撒いたはずの種が、悪の花を咲かせ続けたことを。
咲かせてしまった我々が口にして良いこととも思わないが、君が世界のヒーローになれば、
――――より沢山の悪の花が咲き乱れることだろうね。それが、人間の世界なんだから」
ははは、足に、力が入らないや。
ボクが、何を、頑張ったって、世界は一つに纏まらない。その通りだよ。
もともと、一年前から世界は一つじゃなかった。
Zが現われて世界が一つになると思っていたら、さらに分裂した。
じゃあ、ボクがゾンビトマールを世界に蒔けばどうなるのかな?
――――もっと分裂するんだよ。ボクは結局、何をやってきたんだろうか?
「日米安保のスイッチが、少年の手の平の上にある。
今の君は、日本の総理大臣だって顎で使える身分だ。
さぁ、そんなキミは何を望むのかな?」
ボクの望むもの、か。そんなの、最初から一つだけだったはずだよ?
「――――静かに、暮らしたいんです。
羽田空港D滑走路、あそこに帰って、ただ、世界が壊れる前の夢を見続けて居たい。
ボクの望みは、最初から、静かに暮らしていたかった……それだけなんです。
Zの問題が片付けば、優しい世界が戻ってくると思っていました……。
でも、優しい世界なんて、最初から存在しなかったんですね。その通りでした」
胸を張って言える――――ボクはプレッパーだ。
世界の終末から逃げ延び続けるだけの卑怯者だ。
五人のお姫様を抱えてる、主にただの下僕だよ。
世界平和のこと? それは、何処かのヒーローにまかせよう。きっとアメリカ人が似合ってる。
「OK。後のことは我々に任せてくれたまえ。
キミにはこれから合衆国が得る利益の5%を保証しよう。
ほぼ、アメリカ合衆国の5%そのものだと思ってくれても構わない。
滑走路は合衆国が買い取り、また、キミの好きな時に望むものを合衆国から届けさせよう。
これでキミは世界一の大金持ちだ。――――きっと、まったく嬉しくないんだろうけどね。
ただの小市民であることを望み続けた結果、アメリカンドリームを果たしてしまうなんて。
人生というものは、実に皮肉なものだね――――。
キミには守護天使ではなく、悪魔がついているのかもしれないな」
「それは、よく言われますよ」
――――自分自身に一番言われてる。二番目は後藤さんだ。666のハゲって何ですか?
「あぁ、そうだ。ミスター田辺、キミに一つだけ謝っておかなければいけない事があったんだ」
「CIAが防衛省内部の映像を警察に流した件ですか?」
「――――惜しい、NSAだ。どうしてもキミをこの札幌に呼び出すためにしたんだよ。すまなかったね」
また、あん畜生か!! 女体の神秘に続いて、二度目の邪魔をしてくれやがって!!
宇宙の神秘だけじゃ物足りないってか!!




