表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年Z  作者: 髙田田
五月・下
101/123

・後藤弘信 36歳、666の円形脱毛症――――。

 北海道、札幌、防衛省新庁舎。

 一年分の給与を受け取るため、受け取り先の銀行を指定しに来たはずなのに、

「後藤さ~ん! 無線で辞職しようと試みた、後藤弘信一尉はいらっしゃいますか~? 当たらないはずの給与がここに御座いますよ~!!」

 ――――なんなんだ、この用意周到な罠はっ!?

 士長でしかない受付の姉ちゃんに睨みを利かせると、その背後に控えた佐官と将官に睨み返されちゃった。

 何で俺、真面目に昇進しておかなかったんだろう?

 最敬礼で受け取らさせていただきました!!


 防衛省を後にする時の気分はモーゼだよ。十戒だよ。人の海が割れるんだよ。

 二等陸士から統合幕僚長までが並び、割れ、赤い絨毯も無いのに拍手喝采のセレモニー。

 なんでお前ら、こう言う時だけ仲が良いんだよ!? どういうイベントなんだよこれは!?


 同期の仲間に尋ねてみたところ、今日、俺が登庁することが解っていた。

 昨日のうちに、何処かの誰かが防衛省にメールして、素敵なサプライズを企画したらしい。

 参加は自由。色々と息の詰まる世の中だ。息抜きになるなら何でも良いさ。

 ただ、下の人間が勝手にやっては問題がある。上の人間には更に上が居る。

 たった一日で自衛隊の最高司令官、統合幕僚長まで話がのぼり御参加を決意なされましやがった!。

 ――――くそっ! 何歳になろうが、自衛官は自衛官のままかよ!! ニヤニヤ笑いやがって!!


 名目は、奥多摩を救った英雄を賞賛する拍手会。何一つ問題は無い。

 本音は、自分が無給だと思って啖呵を切った馬鹿を一目でも目にしようという奴等の集り。

 ――――もうやだ、この自衛隊。あと、あのクソガキ、24時間でここまで防衛省を操るか!!


 あとはもう、ロクマルに乗って帰っても良かった。

 ただ、色々と引け目がある。アイツが逮捕されたのは、俺の暴走が全ての元凶だった。

 そして、大久保さんからは犯人として名乗り出ることを禁じられた。幕僚長からも直々にだ。

 今、日本という国は綱渡りの渦中にある。ほんの些細な事件が日本をどう変えるか解らない。

 無線一つで自衛隊を辞めたつもりの自衛官が、自衛隊の家族を助けに行った事実は隠蔽されなければならない。

 ――――いざとなれば、クソガキの暗殺すら視野に含められていた。


 どうなってるんだよ! この国は! お国のためなら子供にも死ねってか!?

 北沢さんとロクマルに積んであった小僧の私物を開けて、酒を飲んでいた。

 アイツはガキだ。十六歳。日本の法律では死刑には出来ない歳なんだよ。最高刑が無期懲役。

 万が一にもそうなった時、誰もアイツに差し入れることなんて出来ない。

 だから自前で用意してきた差し入れ用のダンボールの一つだ――――。


 俺達に世話になったお礼、何だってよ。一箱くらい開けても問題ねぇってさ。

 さすがはナポレオンだ。今度は何処様のナポレオンかな? うめぇ酒だよ。気分は最悪だがな。

 ――――官舎の一部を間借りして、俺と北沢さんで自棄酒だ。

 北沢さんも、怒っていたさ。自分自身に対してな。


 そんな俺達の暗い酒盛りを、宴会か何かと勘違いしたらしい。

 分屯地の連中が寄って来て、ご相伴にあずかりたいだとさ。

 俺が怒りを表す前に、北沢さんが代弁してくれたよ。

「オメェら、いい歳した大人だろ? そんなことは自分で判断しろや?」

 ――――全くもってその通りだ。いい歳した大人だろ? 自分で判断しろ。


 奴等は自分で判断して、自分でダンボールの箱を開けて、自分達で酒盛りを始めやがった。

 怒ろうとする俺の口を、北沢さんがグラスで塞いだ……なにかもう、嫌な予感しかしなかった。

 坊主が自分のために持ち込んだ、自分のための差し入れの品なんだよな?

 なんで、酒とツマミと酒とツマミと酒とツマミしか入ってないんだよ!?

 あぁ、うん、そういうことね? 地獄への道連れは多い方が良いって言うしな。

 ――――お前ら、今日、防衛省内で拍手した中に混じってただろ?


 幹部も未満も関係なく無礼講。日頃は味わえない美酒に溺れた結果が三十六億八千万円也だ。


 誰も関東土産とは申し上げておりませんが!?

 包装にはちゃんと小さな字で所有者の名がローマ字表記されていましたが!?

 わざわざマジックではなくプリンターを使う。

 英語で所有者を示してあるあたり、あの坊主の嘲笑う顔が目に浮かぶようだ。

 あぁ、ダンボールにプリントされたメーカーの名前か何かと勘違いなさいましたか。

 ――――それは、お可哀想にねぇ?


 二日目の防衛省は自らではなく呼び出しだった。

 宴会の仔細を知ったあのガキが、この不祥事を内外に広く喧伝したいと……。おい、お前は日本を滅ぼす気か?

『彼は味方なのか、それとも敵なのか、どっちなんだ?』

 聞かれ、自分は答えた。

 田辺京也少年は、自らの他を信じておりません。むしろ、我々が信じていただけません。

 我々が無力であるために見捨ててしまった少年であることを、お忘れなきよう具申いたします。

 むしろ我々の側にこそ、少年の味方を名乗る権利が存在するのでしょうか?

 これは、彼なりの保険です。防衛省が少年を見限った際に剥かれる牙の一本です。

 当官はそう愚考いたします。――――ふぅ、久しぶりでも何とか自衛隊語を話せるもんだな。


 一年で己の仕出かしたことを忘れてしまうのか?

 北海道に篭もりきりだと、色々と忘れてしまうのか?

 北部方面隊は北海道を守りきった。立地、数、そして順番という運が揃った結果だ。

 本州、四国、九州には、未だに多くのZに感染した被害者と、取り残された民間人が居る。

 もはや、北海道のみが日本であり、他はそうではないと――――いや、そんなことはない。

 海上自衛隊も航空自衛隊も連携し、日本のEEZの死守に勤めているんだ。

 ただ外圧に耐えながら、時期を待っている。ただ忍恥の時間を耐え忍んでいるんだ。


『彼の牙は、一本だけだと思うかね?』

 いいえ、自分はそうだとは思えません。

 佐渡島の大久保元陸将補が第二の矢でしょう。彼の孫娘を防衛省内から救助した恩があります。

 第三、第四、第五。綱渡りをするこの国を滅ぼすに足るだけの矢を番えていることでしょう。

 それに、彼の発言自身が巨大な爆弾です。自衛官が自衛隊の家族を助けるためだけに部隊を送った。

 その事実こそが、最大の爆弾になるでしょう。

 

『独断専行したキミが口にすべき事では無いと思うんだけどね?

 まぁ、いい。彼の人となりは理解できた。良き付き合いをした方が好ましい人物のようだね?』

 はっ! そのようにあって欲しいと自分からも具申いたします!!


 三十六億にのぼる飲み食い。隠蔽することは簡単だ。

 俺の五億もな。知らんと言えばそれで良い。それで世は事もなしだ。

 だがその結果、次の矢が放たれるはずだ。あのクソガキは何を出してくるかが解らん。


 戸部の奥さんから聞いた話じゃ、たった一人で五十人からの元自衛官を始末したらしい。

 若洲の件もそうだ。フグの干物を送りつけられた。その反撃として離島を造るんだからな。

 東と西で別れた勢力だ。たとえ見え見えであっても、その新しい領地には飛びつかざるを得ない。

 相手方に強権を握らせる訳にはいかないからな。

 手に入れた土地に壁を築き、港を築き、皆が集ったところにFH70の嵐を降り注がせただろう。

 争っても良かった、仲良く使っても良かった――――どの道、全員揃って皆殺しなんだからな?

 口では優しいことを言いながら、心の奥では別の生き物が蠢いている、そんなクソガキだ。


 良き付き合いをと口にはしたが――――本当に出来るのか?

 俺達とクソガキ。既に一度は見捨ててしまった間柄なんだぞ?

 二度でも、三度でも、四度でも見捨てるだろうと看破されているだろう。

 ――――暗殺を視野に含んでいること自身、既に看破されているはずだ。


 俺のサプライズパーティは坊主お得意の欺瞞工作だな。

 防衛省を笑わせる、面白おかしい民間人の少年。その夜には毒を飲ませる工作員。

 そうかと思えば三十六億は、警視省と戦うための費用だった。

 一本、三億円の日本製フランスパンってなんだよ?

 寝心地を優先してくださいって、どういう要求をパン屋に求めてるんだよ?

 フランスパンって固いもんだろ? 訳わかんねぇことを抜かすな!!

 まったく訳わかんねぇうちに、全てがクソガキの手の平か手の外で振り回されてたんだよ。

 百の欺瞞、千の欺瞞、その中に隠された一本の毒矢で、クソガキは自由を手にする気だった。


 だから、日本にも情報解析専門の部署を作っとけってんだ。

 まったく、クソガキ一人に負けられるとは飽きれた国防体制だ。

 じゃなきゃ、たった一本、クソガキの指先一つで綱渡り中の日本が瓦解しちまうだろ?

 ――――統合幕僚長の蒼ざめた顔は見ものだったけどな?

 顔が思わずニヤニヤするくらい、お互い様で許してくださいよ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ