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少年Z  作者: 髙田田
五月・下
100/123

・吉村恵一 23歳、人間の造った地獄――――。

「吉村さ~ん、出てらっしゃ~い!」

 ……神奈様、神奈様が御呼びなのに体が、脚が動かないよ……。恵一、どうしよう?

「吉村さ~ん? 仕方ないわね、このゲーム機、海に落としちゃいましょう」

「はい! 恵一はここです! 恵一はここにいます神奈様!!」

「あら、そんな所にいらっしゃったの? あなたの好きなゲームを始めましょう?

 今日は、何が良いかしら? おうまさん? ぽかぽかさん? やっぱり、芋虫ちゃんかしら?」

 あぁ、神奈様は今日も怒ってる。

 きっと、明日も怒ってる。明後日も、明々後日も。

 氷川ちゃん!? ――――鬱陶しげな目で見下された。

 まもりちゃん!? ――――乾いた笑いを浮かべてる。

 川上さん? ――――なんで、嬉しそう?

 山本さ~ん!! ――――既に笑顔だ。満面の笑顔だ。

 保科? ――――もう、期待してねぇよ。あの野郎。

 なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ?


 ◆  ◆


「リハビリですか?」

 神奈ちゃんから相談を受けた内容。

 シェルターから救い出された三人の女の子。

 沙耶ちゃん、湊ちゃん、小鈴ちゃん。三人の心を癒すためのリハビリへの協力。

 そのために、俺の力が必要だってお願いされちゃったんだよ。


 京也くんの逮捕で、とっても怒ってる――――怒ってるどころじゃないと思ってたのにな?

「それで、何するの? 俺は何すればいいのかな?」

「簡単です。芋虫ちゃん。皆が怖がってる一番の恐怖。だからそれを克服するためにも、その遊びを再現してみようかと思って。川上さんも効果があるかもって言ってましたし」

「芋虫ちゃん……。あれかぁ……」

 Zになっちゃった女の子を使った……あの鬼ゴッコを?

 想像するだけでも、怒りが湧いてくる。あの鬼ゴッコを?

「わかった。俺は女の子のために頑張っちゃうよ!!」

 少しでも皆の心の癒しになるのなら。俺はあの時、そう思っちゃったんだよねぇ……。


 芋虫ちゃんのルール。

 5mx5mの空間の中で、俺が追いかける、女の子達は逃げる。

 芋虫ちゃんらしく、俺の両手と両足は結束バンドで縛られて……。え? 俺が芋虫ちゃんなの?

「ごめんね、吉村くん」

「頑張りましょうね、吉村くん」

 匍匐全身、いや、腕が無いから出来ないんですけど?

 まぁ、身体をくねらせれば……アスファルトが痛いな。

 それでも、湊ちゃんは架空の部屋の片隅で固まって、恐怖で動けなくなっていた。

 ただ、衝立をしただけの小さな空間から逃げ出そうとして、でも腰を抜かしたのか、たった1mにも満たないその壁を登ることすら出来なかった。

 俺が近づくと、腰を抜かしたまま、壁際を這うようにして、ガチガチと歯を鳴らしながら逃げ惑う。

 ――――あの地獄で、どんなことがあったのか……。

 俺は、鬼の役なのに、思わず泣いちゃったよ。


「駄目ね。全然だめ、これじゃあ治療にならないわ。

 朱音ちゃん、手本を見せてあげて? 芋虫ちゃんの正しい遊び方を教えてあげて?」


 湊ちゃんの代わりに氷川ちゃんが、この架空の部屋に入ってきた。

 さすがに氷川ちゃんは俺に怯えない。怯えないどころか……近寄ってくる?

 氷川ちゃんが横から俺に近づくと、全力で腹を蹴られたっ!?

 二度、三度、蹴られて仰向けになった俺は、芋虫ちゃんじゃなくなっちゃった。

 両手、使えない。両足、曲げ伸ばし出来るだけ。尺取虫ちゃんじゃないの、これって?


「吉村さん、私、怒ってないからね?」

 何を? と、聞く前に、みぞおちを踏みつけられ……俺だって自衛官だ、女子高生の一人や二人くらいの体重で……痛い!! 痛い!! めっちゃ痛いよ!? コレ!!

 両手を後ろ手に縛られた状態、つまり、ブリッジ状になって背がのけぞってるから、腹筋が絞められないのか!?

 うぉぉぉぉっ!? これ、やべぇんじゃねぇのぉぉぉぉっ!?

 十回ほど繰り返し、俺が痛みに悶絶を始めたところで、また蹴られて今度はうつ伏せにされた。

 腹筋地獄は終わり、次は……頭を踏みつけにされた。

 動けないよ。恵一、これじゃ動けないよ。恵一は、立派な芋虫さんになれませんでした。


 湊ちゃん、何かの怒りを込めるかのように全力で蹴り、踏みつけ、何度も何度も。

 小鈴ちゃん、何かの怒りを込めるかのように全力で蹴り、踏みつけ、何度も何度も。

 沙耶ちゃん、何の躊躇いもなく蹴り、踏みつけ、顔面を踏み躙り、言葉で罵倒して……唾を吐かれて。

 恵一、男の子なのに、泣いちゃった……。


 ◆  ◆


「川上さん!! ホントにこれがリハビリになってるんですか!?」

「――――――――――――――――――――たぶん?」

「多分って、多分ってなんですか!? 俺、こんなの堪えられませんよ!!」

「吉村さ~ん、吉村さんはどこ~? 次はお馬さんの時間よ~?」

 ……堪えられ、ませんよ?


 普通、お馬さんって、女の子を背中に乗せて、四つん這いになって歩くんじゃないかなぁ?

 女の子が背中に乗って、尻の鞭に合わせて腕立て伏せって、それは違うんじゃないかなぁ?

 あと、女の子三人だけじゃなくて、その母親達に、神奈ちゃんや氷川ちゃんも含まれるのはどうしてかなぁ?

 やっぱり、京也くんの件で怒ってるよねぇ? 絶対にこれ、怒ってるよねぇ?

 ――――これは後藤さんが受けるべき罰だろ、おい!! 助けに来いや!! 保科ぁっ!!


 ポカポカさん、名前からすると暖かいイメージだったけど、実際は箒やモップの柄で叩かれたり突かれたりする。

 そんな非道な遊びだったらしい。

 シェルターでは部屋の中で逃げ惑い、そのうち部屋の隅に追い詰められ、口汚く罵られながら叩き続けられたらしい。

 俺は、一本の支柱に縛られて、逃げ場も無く、ただひたすらにポカポカされた。

 皆、顔だけは避けてくれました。優しい人達でした。

 でも、沙耶ちゃんだけは、執拗に股間を狙ってきました。何故ですか!?


 熱い熱いさん。熱湯のシャワーを浴びせかける危険な遊びだった。

 だけど、これは流石に危険なので……パスにはなりませんでした。

 カレーのカレー掛け。初めての食事でした。45倍の辛さの上に、45倍の辛さをトッピング。

 皆がスプーンでよそい、ぼくのお口の中へ。嫌がると、鼻の中に入れられるので、口を開けるしかありませんでした。

 お願いです。恵一に、お水、お水をください。

 神奈様は、優しくも、一杯のお水をくださいました。

「吉村さん、ご存じなかったのかしら? 辛いものを食べてる最中に水を飲んじゃうと、余計にからくなっちゃうのにね?」

 ――――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!


 後なんで、山本さんも混じってるんですかぁ!! 川上さんもぉ!?

「ほら、あ~~~~~ん♪」


 ◆  ◆


 でも、自衛隊で鍛えた俺の身体だ。これだけのことをされても……もの凄く、つらいです!!

「なんで保科さんにもやらせないんですかっ!! ここは平等に扱うべきだと具申しますっ!!」

「京ちゃんは言ったわ。集団を管理したいのなら、優劣をつけるべきだって。最初の一人を地獄に落とす。そうすれば、他の皆はその立場を恐れて従順になるんですって」

「はい、心理学的にも証明された人心コントロールの一つです」

 なんで川上さんが参謀役に回ってるんですかっ!?


「今日は、何が良いかしら? 熱い熱い? おうまさん? ポカポカさん? 芋虫ちゃん? 吉村さんに四つだけ選ばせてあげるわ。ねぇ、どれが良い? 順番くらいは決めさせてあげるわよ?」

 嫌です。恵一は、選ぶことが嫌いです。どうして、どうしてこんなことに?


 ――――ここは地獄だ。人間の造った地獄だ。

 女の子達は順調に心の回復を見せている……のかなぁ?

 でも、俺の心は……後藤の野郎、逃げやがったなぁぁぁぁぁ!! 助けろや!! 保科ぁぁぁぁぁぁ!!


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