表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界老舗温泉宿『湯の華』1番風呂戦争

作者: かすたどん

コンセプト:異世界の祭り

文字数:5000弱

執筆時間:3日

名称 : 勇者の湯(源泉掛け流し)

泉質 : ナトリウム炭酸水素塩泉

効能 : リウマチ、関節痛、皮膚病


※1番風呂に入ると覚醒します※



♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎



その日、世界中の勇者が異世界温泉宿『湯の華』に集結していた。

彼ら全員の目的は幻の『勇者の湯』。

1番風呂に入った者の潜在能力を開花させる、夢のような温泉である。


『禁じられた最終奥義を習得した』

『俺TUEEEEができるようになった』

『ゾーンに入れた』


などなど、1番風呂経験者からの喜びの声は絶えない。

しかしその能力があまりにも強力で便利すぎるがゆえに、発見から間もなく一般客の利用が禁止された。

今となっては、一般客が『勇者の湯』に入れる機会は年の1度だけ。

そして、お気づきの通り今日が。

その、年に1度の日なのだ。


「へえ、盛り上がってるじゃない。ねえ?」

「ん? 誰だお前?」


勇者の湯の1番風呂を狙う青年ーーロックが振り返る。

破れた薄着の女性が不敵な笑みを浮かべていた。


「あたしは盗賊ギルド『ヌーンリリー』の代表、メリッサ」

「服破けてるけど寒くないの?」

「そして今年の勇者の湯、1番風呂をいただく女よガチガチ」


メリッサは紫色になった唇で自己紹介をした。

季節は冬、気温は3℃、日も昇らない時刻のことだった。

しかし盗賊とは厄介だ、とロックは心の中で舌打ちする。

盗賊は他の職業に比べて機動力とスピードに優れる。

早い者勝ちの1番風呂競走において手強い相手になるだろう。


「ところであなたも相当やるわね」

「ん? まあな。これでもギルドランク1位だ」

「どおりで。筋肉のつき方が違うと思ったわ」


ロックは大手ギルドランキング1位のパーティに所属している。

近く巨大モンスター討伐に同行することが決まっているため、大幅なステータスアップを狙って参加したのだ。


「勝たせてもらうぞ。悪く思うな」

「いいえ。1番風呂に入るのはあたしよ」

「やれるもんならやってみろ。返り討ちにしてやる」

「なによぅ……」

「なんだよ……」

「あのー、盛り上がってるところ申し訳ないんですが」


と。

湯の華の係員が2人の間に割って入ってきた。

その手には上に穴の空いたダンボール箱を持っている。


「スタート位置を決めますので、クジ引いてください」


今年は参加者が多すぎるため、スタート位置をクジで決めるということだ。

Aが最前列で、B、C、D……とスタートの門から遠くなっていく。

1番風呂に入るには運にも愛されなければならないのだ。

祈りを込めながらロックは引く。


「……Bか。悪くない」

「Aが引けないとは残念だったわね」

「俺なら十分1番乗りを狙える位置だ。次はお前の番だぞ」

「戦慄しなさい。ライバルたるあたしの引きの良さにーーていっ!」





Y





ライバルなんてなかった。


「ちょ、ちょっと! Yなんて何かの間違いよ!」


「スタートがAから2時間遅れ⁉︎ 冗談じゃないわ!」


「ろ、ロック! 交換しなさい! レディーファーストでしょうが!」


関係者に引きずられていく強敵(笑)を横目で流し見ながら、ロックは準備運動を始めた。ケガは禁物なのだ。

そして1時間くらいが経っただろうか。

編成が終わり、やがて参加勇者の整列が始まる。

ロックはBの最前列に潜り込むことができた。

前方には運良くAを引けた10人の背中。

ロックは深く息を吸い込んで大門が開かれるのを待った。

やがて、どぉぉぉん、と太鼓の音が寒空に響く。

一瞬で冷たい空気がさらに凍りつくように鋭くなってーー

異世界温泉宿『湯の華』の正面門が開け放たれる!



「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」



ロックは後方からの押しに気をつけながら飛び出した。

毎年のことながら巻き込まれている係員が、毎年のことながらどんどん勇者に踏んづけられていく。

事前に知らされていたコース通りに玄関と廊下を駆け抜け、一気に3人抜き。

そしてコースの中間、男湯の脱衣所を経由して風呂場へ。

その中には……



モンスターが入浴していた。



それもそのはず。

異世界温泉宿『湯の華』のウリは『勇者の湯』だけではない。


自然治癒力を高めるナトリウム炭酸水素塩泉。

岩盤浴、サウナ、休憩室などの整った設備。

種族を問わず癒しを提供する極上のおもてなし空間。


権威ある賞で5つ星を獲得した超有名温泉宿なのだ。

モンスターが入浴していたって少しもおかしくない。

おかしくないったらおかしくない。


ヘルハウンド。

ビッグイエティ。

クレイジーカピバラ。


モンスターたちが競争者たちに気付き、リラックスした表情から一転。

キバを剥いて襲いかかってくる。


「や、やめろ来るな!」

「こうなったら戦うしかーー!」

「くらえ、俺の得物をーーってああしまった!」


前方のA組勇者があたふたと慌て始める。

少しでも身軽になるため、脱衣所で服を全部脱いできたのだ。

当然、重みのある武器は真っ先に置いてきたわけで……


「「「ぎゃああああああああああっ⁉︎」」」


なすすべなく、数人の勇者がモンスターに襲われてダウンした。

そしてモンスターたちは後方のロックにも狙いを定めてーー


「持っててよかった、鋼の剣!」


しかしロックは武器を持っていた。ちなみに服も着ている。

温泉だから全裸にならなければいけない、という固定観念に打ち勝ったのだ。

モンスターも帯剣しているロックには迂闊に近づけない。

そのまま露天風呂の方にダッシュした。

前方にはうまくモンスターから逃れた全裸の勇者が3人。

ガラガラ! と露天風呂に続く扉が開け放たれる。

そしてその瞬間ロックたちの目に飛び込んできたのは……


「あの青くきらめく湯ーーまさに勇者の湯!」


青い光を反射させる神々しい露天の湯。

前方の勇者が一斉に飛び込む姿勢に入った。

1番風呂の祝福を受けられるのは最初に入った1人だけ。

一瞬を争う勝負になる。

だからロックも負けじと滑り込む体勢に入りーー



ぷるんぷるん



「違う!」


青い湯が柔らかく揺れたのを見て、ギリギリで踏みとどまった。

しかしすでに飛び出していた勇者たちは止まれない。

どぷん! と青い湯の中に浸かって……すぐ異変に気付いた。


「なんだこれは⁉︎」

「ヌルヌルしてるぞ⁉︎」

「ひ、皮膚が熱い⁉︎」


次々に異変を訴える勇者たち。

彼らを眺めながらロックはその正体に気づいていた。

その青い湯の正体は……



『※注意! スライム様御一行が入浴中です※』



精神にクる最悪の相風呂だった。

慌てて風呂から出ようとする勇者たちだが、スライムのヌルヌルに足を滑らせ、頭を石にぶつけて気絶してしまう。

全裸のマッチョ、頭から出血、スライムまみれ。

地獄絵図であった。

ロックが周囲を確かめる。

脱落組以外は誰もいない。

つまりそれは、ロックが先頭に躍り出たことを意味する。


「よし、このまま逃げ切るぞ!」

「ーーそうはさせないわっ!」


じゃきん! と。

ロックの足元に針が刺さっていた。

慌ててロックが戦闘態勢を整えると、声の主はロックを嘲笑う。


「ふふ、油断したわね。遂に追いついたわよ」

「お前は……」

「いい驚きっぷりね。さすがあたしのライバル」


そこにいたのは、メリッサ。

運が悪いことに定評のあるメリッサだった。


「Yの組がスタートするのは2時間後のハズだろ⁉︎」

「ふふふ、これを見なさい」

「それは……C組のクジ⁉︎」

「そう。途中でスリ盗ったのよ」

「さすが盗賊。手癖が悪い」

「スられるようなマヌケが悪いのよ! さあ、いざ尋常に勝負ーー」


と、メリッサが指を突きつけた瞬間だった。





どっかぁーんっ!





「危ねぇ!」

「きゃっ⁉︎」


一瞬の殺気を感じて、ロックとメリッサは横っ跳び。

次の瞬間、ロックたちのいた場所が焼け野原になっていた。


「ふん、避けられたか。小賢しい」


魔力を蓄えて中に浮く玉座。

魔族の象徴である禍々しい角。

そして、生気を感じない悪魔のような形相。

メリッサがいち早く気づき、絶望の声を上げる。


「まさか……ま、魔王⁉︎」

「いかにも。我は北の地の魔王」

「お、終わりだわ……あたしたち、生きて帰れない……」

「小娘よ、我に道を譲れ! 勇者の湯の1番風呂は我が物だ!」

「いや勇者の湯に魔王はダメだろう」


ロックは適切なことを言った。

しかしメリッサが「くっ!」と絶望に顔をしかめ、魔王が「ふはははは!」と声をあげるものだから、ロックの方が空気の読めない男みたいになった。

ロックはめげずに言った。


「どうして魔王が勇者の湯に入りたがっているんだ⁉︎」

「ふん、お前に言う義理なんてないが……冥土の土産に教えてやろう。これを見るがよい」

「これは……」





魔王は右腕を挙げる。

しかし肩までしか上がらない。

四十肩だったのだ。





「我は関節が弱い! だから温泉で肩の痛みを治すのだ!」

「…………」


ロックはつっこまなかった。

口は災いの元だ。


「おっさんくさ」


メリッサはロックの配慮をぶち壊しにした。

当然魔王がブチギレる。


「我を侮辱するとは……小娘よ、よほど死にたいらしいな」


指で印を切ると、魔王の周囲に燃え盛る隕石が顕現した。


「うわ、やばっ⁉︎」

「なんでこっち来るんだよ⁉︎」

「くらえ、この狼藉者たちがっ!」

「俺は何にもしてないけどね⁉︎」


ロックの訴えむなしく、隕石が2人の周囲に降り注ぐ。

隕石と地面が激しくぶつかる音。

直下型地震にも似た揺れと衝撃。

数分前から変わり果ててしまった光景。

ロックもメリッサも紙一重で避けているが、どんどん悪くなっていく足場に足を取られてしまう。

やがて魔王はシビレを切らしたみたいに大きな印を切った。


「こしゃくな。これで終わりだ!」


そして魔王の頭上に巨大な隕石が現れる。

隕石はロックに向かって一直線。

そしてロックの立つ地面を押し潰した。


「ろ、ロックが……」

「がはは。これで仲間はいないぞ、小娘よ」


魔王がゲスい笑みでメリッサにジリジリ近く。

逃げなきゃーー早くーー早くーー

そう思えば思うほどメリッサの震えは止まらない。

魔王が素早く体の前で印を切った。

それはメリッサへの死刑宣告ーー

その時。


「くそっ、死ぬかと思ったぜ……」


隕石が喋った。

いや、違う。

ロックが。

不思議な光に包まれて。

隕石を持ち上げていた!


「ロック!」

「キサマ!」


ロックの足元から。

黄金色のお湯が噴き出した。

まるで間欠泉のように高く、高く噴き上がる。


「まさかキサマ……」

「ああ、そうだ。お前の隕石が掘り当てたのさ。『勇者の湯』の源泉を」


全身の血流が活性化する。

骨の芯までがポカポカと温まる。

炭酸水素塩泉の湯が筋肉をほぐす。

これぞまさに勇者の湯。


……というかそれは温泉に入った時に起きるごく普通の変化なのだが、人生初温泉のロックにはわからない感覚だった。


しかし勇者の湯の1番風呂であることに違いはない。

ロックのまとう光がさらに強さを増して顕現するーー


「く、くそ! 1番風呂に入れぬなら意味がない! さらばだ!」

「逃がすかっ!」

「や、やめろ勇者! そうだ世界の半分をお前にガボガボガボ⁉︎」


ロックは逃げようとする魔王を隕石のカケラで撃ち墜とし、風呂に沈めた。

やがて魔王は窒息した。

いくら魔王でも酸欠はムリであった。

こうしてロックは世界の支配者魔王を倒した。

多少地味ではあったが、倒したことに変わりはない。

変わりないったら変わりないのだった。

激しい戦闘から一息置いて、ロックは思い出したようにメリッサに声をかける。


「ああ、無事だったか」

「無事なわけないでしょ。散々攻撃されるわ、1番風呂は奪われるわ」


メリッサは覚醒したロック相手にも不機嫌な態度で接した。

しかし魔王から助けられた感謝がなかったわけではないらしく。


「ま、今回はあんたに譲ってあげる。あたしは2番ってことで」


そう言って、勇者の湯を手ですくって頭に浴びた。

清々しい、おおよそ盗賊とは思えないような笑顔だった。


「来年は覚えときなさい。絶対リベンジしてやるんだから! ん!」

「おう、勝負は来年の1番風呂までお預けだな、ん」


そうやって、同じ湯を頭に浴びながら。

1人の勇者と1人の盗賊は控えめに握手を交わした。

2人の目はもう、来年の1番風呂戦争に向いている。



♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎♨︎



こうして、今年の勇者の湯1番風呂戦争は幕を閉じた。

あれだけ盛り上がった1番風呂戦争も、終わってみればあとの祭り。

露天風呂には、全裸でスライムまみれになった挙句、魔王の隕石に押し潰された勇者たちの悲しいうめき声だけが響いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ