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「なぁに、兄ちゃん切羽詰ったような表情してたからよ」
「そんな表情していたか?」
「ああ、心がそういうツラしてやがった」
言いながら男はトントンと自分の胸を叩いて見せた。
「分かるんだよ、この世界に長く居るとな。あ……こいつ、そろそろヤバイ奴だって」
言いながら酒瓶をこちらの空のグラスへと傾けようとするのを手で制しながら、俺は男の方へと向き直った。
「ゲームは?」
「ちょっと……!」
ルルナが後ろから俺の左肩を掴む。
「アンタ分かってんの? ホントに切羽詰ってるんだからね?」
「なんでぇ、図星か」
彼女の言葉に男はへへへと乾いた笑いを見せた。
「それなら悪いことは言わねぇ。こいつと勝負するのは止めるこった」
言いながら男は目の前の黒いカードにその手を伸ばし、裏の文字をまじまじと見つめる。
「どういう意味だ?」
「文字通り、百害あって一理ねぇってこった」
男は再び瓶の中身を煽ると、慣れた手つきでカードを投げ返して遣す。
「それだったら俺と勝負しようや。『流れ』が悪くなけりゃ死人に鞭打つような真似はしねぇよ。上手く良きゃ、暫く生活に困らねぇくらいは稼がせてやるよ」
「で、先ほどから聞いてるんだが、ゲームは?」
「おう、すまねぇな」
そう言うと、男はたどたどしい動きでテーブル席の方へと身体を向けるとその太い腕を振り上げて声を張り上げた。
「おおい、ゴキブリやる奴はいねぇか!」
すると、テーブル席で辛気臭い顔をしていたヤツ等がその顔を上げる。
「ゴキブリか……丁度手持ちも尽きてきたし、少し稼ぐか」
「おう、俺も入れろや」
ガタリと、3人の男達の内の2人がその腰を上げる。
もう一人は興味が無いかのようにカウンターの隅の席へと腰を下ろし、無言でグラスを傾けた。
「どうだ、お嬢ちゃんもやるかい?」
「あ、いえ私は遠慮しておきますぅ……」
酔っ払いの酔気に当てら怖気づいたのか、ルルナは両手を前に差し出してそれを拒む。
彼女が拒否するのなら好都合だ。余計な気を掛けずに集中できるというもの。
「4人か……まあ、丁度いいだろう。コッチに来な。流石にカウンターじゃできやしねぇ」
そう男に促されて、俺は開いたテーブル席へと腰掛けた。
対面に酔っ払い男。両側にテーブル席の男達が座り、テーブルを4人で囲む。
「おっと、自己紹介がまだだったな。オレはクドウってモンだ、よろしくな」
「シノダだ」
「アサイってんだ」
酔っ払いの男――クドウの言葉に合わせ、他の2人も名乗る。
シノダ――右手に座ったメガネの長身の男。
アサイ――クドウと同じくらい酔ってるように見える、左手に座った小柄な男。
「シノノメだ」
3人の自己紹介の後、最後にと俺が名乗る。
「シノノメか……言いづれぇな。下の名前は何だ」
「イヅルだ」
「イヅル、な。その方が呼びやすい。楽しくやろうや、イヅル君」
そう言うとクドウは上機嫌にツバを飛ばして笑って見せた。
「ねぇ、ちょっと大丈夫なの?」
俺の椅子の背もたれに寄り添って耳元でささやくようにルルナが言う。
「ヒマつぶしだって言うなら良いじゃないか。それに――」
――この世界のレベルも知りたい。
入店の際に漂っていた隠す気も無い賭場の空気。
少なくとも一朝一夕のものではない。長い事この店を支配してきた何かがそこにあるはず。
それがこいつらなのか、それとも……あのフードなのか。
だが、そのどちらであるとしても――
「――俺が負ける故は無い」
「カカカ、言うじゃねぇか気に入ったぜ」
俺の啖呵にクドウはより上機嫌に酒瓶を煽った。
他の2人もどこか含み笑いのような笑みを浮かべながらも、クドウと同じようにどこか期限良さげに自分のグラスを傾けていた。
「ところでルルナちゃん、お願いがあるんだが」
「名前で呼ぶなっ!」
頭をどつかれた。
「ニ・シ・キ・ドちゃん。特にやる事無かったら、俺の後ろで勝負を見ててくれないか」
「それは良いけれど、なんで後ろで?」
「そりゃあ、良い所見せたいからに決まってるじゃないか」
もちろん口から出まかせだが。
実際の狙いは『ゴト』封じ……ここがヤツらの賭場であるのは間違いない。おそらくはホーム。
そうであるならば、どこからどんな『目』があるか分かったもんじゃない。
例えば先ほどカウンターへ向かった男。
静かに飲んではいるが、ちらちらとこちらの様子を伺っている節がある。
単純に気になっているだけか、それとも他の理由があるのか。
どちらにしても不安の目は潰すに越したことは無い。
「ひゅぅ、熱いねぇ」
そう、俺の口八丁に乗って左手のアサイが口笛を吹いて茶化す。
ルルナの方に視線は向けていないので何とも分からないが、無言でぽかぽかと頭を叩かれた。
地味に先ほどどつかれた部分を狙われて痛い。
「役者もそろった所でルール説明と行こう」
ひとしきり場の空気が落ち着いた所で、クドウがカウンターの一角から小箱を一つ取り出した。
見れば、カウンターの端には大小さまざまな箱が山積みに積んである。
よくは分からないが、おそらくどれも『賭けの題材』なのであろう。
クドウが小箱の中から取り出したのは一山のカード。
枚数はトランプよりやや多いくらいだろうか。
「こいつは『ごきぶりポーカー』ってもんだ。ドイツで有名なカードゲームなんだがな……聞いた事あるか?」
「いや」
そういうパーティゲームには疎いので聞いたことも見たことも無い。
クドウはそうかそうかと頷くと、そのカードを表向きにテーブルへとばらまいてみせた。
「うげぇ……」
文字通り虫を潰したかのようなうめき声が背後から響く。
カードに描かれていたのは――一言で言えば害虫・害獣と呼ばれる生物の柄であった。
「ポーカーって言やぁトランプの代名詞的なゲームだが、あれはカードを揃えた奴が勝者となる言わば『強者』が一人勝ちするゲームだ。だがこいつは違う。見ての通りの害虫・害獣をできるだけ他人に押し付ける――『弱者』が一人負けする、そんなゲーム」
そう前於いて、クドウはルールの説明のへと入った。
――『ごきぶりポーカー』。
『ゴキブリ』『クモ』『サソリ』『カメムシ』『ハエ』『カエル』『ネズミ』『コウモリ』。
8種が8枚ずつ。合計64枚のカードをランダムに参加者全員に配る事でこのゲームはスタートする。
スタートプレイヤーは手札の中から1枚を裏向きに、自分以外のプレイヤー1人へ向かって差し出してそのカードが8種類のうちの何のカードであるかを全員に証言する。
この際、口にするカード名は本当の事を言っても良いし、ウソを言っても構わない。
渡された相手は次のターンプレイヤーとなり、そのカードを手に取る前に証言が『嘘』か『真実』であるかを【宣告】できる。
その【宣告】が正解であった場合、カードを手渡したプレイヤーが害虫カードを獲得する。
逆に【宣告】が不正解であった場合、濡れ衣を着せたプレイヤーが害虫カードを獲得する。
【宣告】を行いたく無い場合、渡されたプレイヤーはカードを手に取り見る事で、同じように他のプレイヤーへとカードを回す事ができる。
その際もスタートプレイヤーと同じように裏向きで、カードの内容を証言し、手渡さなければならない。
この際、前のプレイヤーが言った証言と別の事を言っても、同じことを言っても構わない。
既に同じカードでターンプレイヤーを経験した相手に再度カードを回す事は出来ず、必ずまだターンの回ってきていないプレイヤーにカードを回さなければならない。
そうして最後の1人までカードが回された場合、ラストプレイヤーは必ず【宣告】を行わなければならない。
その後、カードを獲得する事となってしまったプレイヤーがスタートプレイヤーとなり、自らの手札からカードを1枚プレイする。
――これが基本的なゲームの流れだ。
そして肝心の勝利方法だが……このゲームに勝利条件は無い。
あるのは敗北条件のみ。
『一人負け』を決める――それがこのゲームの最終目的だ。
敗北条件は3つ。
『同じ害虫を4枚揃える事』。
『手札が0枚の状態でスタートプレイヤーを迎える事』。
加えて3つ目のハウスルール『8種類すべての害虫を揃える事』。
このどれかを成し遂げてしまった場合、即座にそのプレイヤーの敗北となる。
3つ目はよりゲームを盛り上げるために(おそらくは掛け金を引き上げるために)、独自に設定しているルールだそうだ。
「害虫を押し付けあって、陥れられたヤツが負け……なるほど、確かに『弱者』が負けるゲームだな」
「1人負けというルールの以上、ゲームは1回こっきりで終わりはしない。挽回とまでは行かなくとも、被害は最小限に留めたいだろうしな。だからウチでは掛け金を別々に3回ゲームを行う事にしている。幸い1人以外は勝てるゲームだ。取り返すチャンスも可能性も下手な博打よりも高い。なんてったって『ゲーム』だからな」
言いながら、クドウはたどたどしい手つきでカードをシャッフルし始めた。
「えっと……ごめん、よくわからなかった」
背後でルルナが首を傾げる。
「プレイしないなら分からなくても問題ないだろう。それに、何巡かすればおのずと理解できると思うぞ」
むしろ、それで理解できなかった場合の理解力の方が心配だ。
「まあ、そんなゲームだが異論は無いか?」
「もちろん」
「当たり前だろ。前回、貧乏くじ引かされた分今回は勝たせて貰うぜぇ?」
シノダはメガネの位置を直しながら、アサイはがっついたように声を上げながら応える。
「アンタはどうだ……イヅル君よ?」
再度、最速するように問いかけるクドウ。
「……異論無い」
【ルールが確定されました。今回BETできるペケは各プレイヤー“6000”です】
「張るぜ、6000」
「俺も6000」
「もちろん、6000だ!」
次々と宣言し、腕の装置に白い数値を浮かび上がらせるオヤジ達。
「俺も、6000だ」
そう宣言すると共に、俺の装置からもまた白い“5000”の文字が静かに宙へと浮かび上がるのであった。