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 それから何をするでも無く、俺達は真っ直ぐに現自宅のアパートを目指した。

 途中、どうにも喉が渇いたのでペケでの買い物の試験がてら自販機でミネラルウォーターを1本購入する。

 一見、何も変わらない自販機であったがコイン投入口が無い代わりに「YES」と書かれたボタンがあり(おそらく購入契約をする、という意思表示ボタンだろう)、お金を入れる事無くキンキンに冷えた商品がごとりと落ちてきた。

 同時に腕の装置が淡い輝きを放ち、空中に俺の現在のペケが表示される。

 その1の位が静かに『1』から『2』へと変わるのだった。

「便利ねこれ、財布持たなくても良いようなものじゃない」

「まあ、デビットカードみたいなものだな」

「デビット? なにそれ、クレジットじゃないの?」

 ……まあ、使わない人間にはその違いはあまり分からないもんか。

「……似たようなモンだと思ってくれ」

 『いまさら』まともに答える必要も無いだろうから適当に答えておく事にする。

 おそらくこの世界にも必要のないものだろう。

「あたしも何か買ってみようかなぁ」

「やめとけ、少なくとも節制するに越したことは無い」

「何よ、自分はのど渇いたって飲み物買ったくせに!」

「ならキミも飲むか、普通に旨いぞ?」

「冗談でしょ!? 間接キスとか勘弁!」

 そう言って彼女はつんとそっぽを向いてしまった。

 パーカーとの一勝負の後から、ルルナの俺に対するよそよそしさは幾分マシなものにはなっていた。

 慣れたのか、それとも単純にバカなのか。

 ……俺の見立て上その両方ともあり得そうな気はするが、これ以上話をややこしくする必要も無いのだし特に口は挟まずにおく。

「――で、だ」

 それから後、俺が口を開いたのはアパートの玄関扉の前に立った時であった。

「ここはキミの部屋。そしてここはオレの部屋。オーケイ?」

 部屋とルルナと、部屋とオレとを交互に指差しながらそう彼女に問いかける。

「いや、意味わかんないし」

 分かれよ。

「とりあえず当面は此処でオレとキミが共同生活して行くってこと。街で見た金額じゃ、他の部屋を借りるのはムリだ」

「いやいやいや、あり得ないから。アンタはムリでもあたしは借りれるし、もっと良いところに引っ越させて頂きます!」

「つっても、数ヶ月でカツカツだ」

「う……それは」

 共同生活という名目上、家賃は折半。水道代も電気代も、すべて折半。

 夜の相手――は事実、冗談で言った事では無いが、そういう生活の資金が折半になると考えればこの相部屋の配慮は有難いものに思える。

 もっとも……こういう事になるのは目に見えているのだから、普通に同性にしてくれれば良かったものを。

「それは、また今日みたいにゲームに勝てば稼げるもん」

「確証のない稼ぎを当てにするのか?」

「き、今日みたいな感じなら行けそうじゃない?」

 ダメだ、完全にちょっと勝ったからその気になってやがる。

「分かった……そうまで言うなら、1つ勝負しよう」

「え……?」

 目を丸くするルルナを他所に、オレは懐から3枚のカードを取り出す。

 1枚はスペードのジャック。残り2枚は何でも無いただの数字。

「どうしたのよソレ?」

「さっき、勝負の記念に頂いてきた」

 正確には失敬して来たのだが。

「裏にしたこの3枚のカードから1枚をキミが引く。そのカードが数字ならキミの勝ち。オレは野宿でも何でも、この部屋を出て行こう。逆に絵札なら俺の勝ち。キミには我慢してでも俺と同棲して貰う」

「3枚のうち2枚が数字……って事は2/3の確率であたしの勝ちって事?」

「ただし――」

 彼女が基本的なルールを把握した所で、念を押すように付け加えた。

「勝負は3回行う。内、1回でも俺が勝てば俺の勝ち。つまりキミは3回連続で数字を引かなきゃいけない。そのくらいのハンデは貰って良いだろう?」

「万が一って事はあるけど……でも2/3を3回でしょ? ヨユーじゃないの。良いわ、その勝負乗った!」


【ルールが確定されました。今回BETできるペケは“1000”です】


「うるせぇ、別のモン賭けてんだ。黙ってろよ」

 『勝負事』に律儀に反応したかぞえ~る君を一蹴しつつ、俺は3枚のカードをシャッフルして裏向きに彼女の前に差し出した。

「よ~し、引いてやるわよ」

 目の前の3枚のカードを指でなぞるように吟味するルルナ。

 暫く指を3枚の間で行ったり来たりさせた後、意を決したように1枚を引き抜く。

 

 ――数字。

 

「はーい、まずあたしの1勝♪」

 見せびらかすように顔の前でカードを振りながら、彼女はVサインを作って見せた。

「やるな、だがまだ分からんぞ」

 続く2回目。

 味を占めたのか、今度は余り迷う事無く1枚をピックする。

 

 ――数字。

 

「あらあら~? 野宿? ねぇ、野宿?」

 ホント、調子に乗りやすいヤツだな……

 ヒラヒラとカードで顔を扇ぎながらニヤリと笑う彼女の顔にちょっと苛立ちを覚えながらも最後の勝負を彼女へと仕掛ける。

 目の前に、3枚のカードが差し出された。

「コレが、最後になるのかしらね。私はこの部屋を、悠々と使わせて頂きます……っ!」


…………

………

……


 ――そうして。

 俺は今、部屋のちゃぶ台の前で彼女の淹れた茶を啜っていた。

「あ~、もうサイアク! 何で最後の最後に負けるの!? ねぇ!?」

 ちゃぶ台を挟んだ向かい側では、まだ湯気の出ている湯飲みの中身をゴクゴクと音を立てながら飲み干し、思いっきりちゃぶ台へと打ち付けるルルナ。

 状況から察して貰えれば良いが、結果から言えば俺は勝った。

 最後の最後で彼女が引いたのは絵札――ルールに則れば、俺の勝ちである。

「何でこう、ここ一番で運が悪いのかなぁあたし……今までだってずっとそう」

 愚痴を溢すようにそう漏らすルルナに、俺はため息混じりに口を挟む。

「運は分からんが……少なくとも、さっきみたいな感じなら正直キミはギャンブル向いてないと思うよ」

「……どういう意味よ」

 彼女のジト目が突き刺さる。

 が、そろそろこちらも慣れたもので物怖じせずに言葉を続けた。

「キミはずっとあの勝負が2/3で勝てると思ってたようだが、アレは大間違いだ」

「へ?」

「簡単な確率の問題だ。3枚のうち2枚がアタリの籤で3回連続アタリを引く確率――8/27」

 と、口で言っても分からないだろうから部屋にあった紙とペンを取って図を描いて彼女に説明する。

 3枚の籤から3回引くパターンは全部で27通り。

 その中で3回とも全てアタリを引くパターンは――たった8通り。

 残る19通りは『どこかで必ずハズレを引く』運命なのだ。

「つまるところ2/3どころか、逆に1/3以下というわけだ」

「なにそれ、詐欺じゃない!」

「詐欺じゃない。俺はルールを全て説明したし、計算できなかったキミの落ち度だ」

「で、でも結局は2/3を3回じゃないの?」

 ルルナの言うこともあながち間違いでは無い。

 実際の所、1戦目を抜けてしまえば確率は4/9に下がるし、3戦目まで持ち込めば2/3にもつれ込む。

 結局の所、どこを切り取って見るかの問題なのだとは思うが……少なくとも俺は全体を見て勝負を掛ける。

「まあ、そう思うならそういう事もあるんじゃないか?」

「なにそれ、ムカツクわね!」

 だが、結果から言えば勝ちは勝ちだ。

「そう言うわけで、よろしくな。夜の相手はそのうち考えておいてくれ」

「考えるかバカ!」

 空の湯飲みを思いっきり投げつけられた。

「とりあえず、着替える時と寝る時とお風呂入る時にはグルグルに簀巻きになってもらうからね!?」

「随分信用無いんだな、オレ」

「どの口が言うのよ……」

 だがまあ、野宿は実際勘弁なのでその条件はしぶしぶながら飲むとしよう。

 大事なのは屋根と寝床。

 それさえあれば、とりあえず生きてゆく事はできる。

 生きるも死ぬも、既に死後の世界なわけだが。

 そう言えば腹も減ればのども渇くという事だが、空腹で餓死――などと言う事はあるのだろうか?

 死後の世界で死ぬだなんてアホらしい話だが、その辺りの概念はどうなっているのだろう。

 確認しなければならない事はまだまだあるのかもしれない。

「所でさ、さっきお茶淹れてあげた時の話なんだけど……」

 そんな事を考えていると、不意にルルナが口を開いた。

「あたしも注意して見てなかったからよくは覚えてないんだけど、お茶淹れる前と淹れた後とでペケが減ってる気がするのよね」

 そう言いながら彼女は自分のかぞえ~る君を起動させ、現在ペケを表示する。

 流石に他人のペケ数までは把握はしていないが……先ほど街でのカード勝負の際に覚えている数値よりは確かに変動しているような気がする。

「『他人に何かしてあげる』っていうの、それもまた1つの『善行』になってるって事なのかしら?」

 なるほど……身近な親切も細かく善行か。

 自分の時間を、労力を、他人の為に使う。

 『仕事』もそういう区分として『善行』と見なされているのであれば、その根幹としてそういう概念があってもおかしくは無い。

「それで、共同生活って事なのか……?」

 だとしたら、上手いこと考えるもんだと素直に関心するところ。

 お互いに協力しようとすればするだけ罪は清算されてゆく。

 小学校の道徳の授業みたいな、そんなクサい話ではあるがそれでも確かに真っ当なニンゲンとしてやり直すのであればそれだけの事をしなければならない、と言う事なのだろうか。

「だとしたら、ただ生活していくだけである程度は清算されるのかしらね」

 彼女もまたその意見に達したのか、自身で納得したように小さく頷いていた。

「ところでキミ、俺のことはもう怖く無くなったのか?」

 茶も飲んで一服した所で、俺はそんな事を切り出していた。

 先ほどの道中では空気を読んで口にしていなかったが……これから同棲するのなら、また話は別だ。

 こちらとしても変に気を使われたくもないし、使いたくも無い。

 まあ、使うつもりはさらさら無いが。

「それは……」

 彼女が歯切れの悪い返事を返す。

 ある程度、お互いの立場というモノはハッキリさせておかなければならない。

 それによって今後の生活も変わるというもんだ。

「なんか、一言で凶悪犯って言うほど悪いヤツじゃ無いのかなって。まだあたしに本性見せてないだけかもしれないけどさ、少なくとも……私の見た限りでは」

「……キミ、騙されやすいだろ」

「大きなお世話!」

 今はそれでいい。

 少なくとも、よく思ってくれている分にはこちらとしても好都合。

 自宅という心休まるべきプライベート空間で殺伐とした環境というのも胃に悪いし、叩けば鳴く話し相手が居るというのも悪くない。

 もちろんその見解を変えさせるつもりも無いが……そのために自分の生前を弁明するつもりもない。

 そんな事を考えていたら、至極当然に思い当たるちょっとした疑問が頭を過ぎった。

 そう言えば、彼女は生前何をしていたのだろう?

 見た目の年齢からすればおそらく学生と言ったところだろうが、このレンゴクに居ると言う事はすなわち――“死”んだと言う事。

「そう言えば、キミはどうして此処にいるんだ?」

 だから単刀直入にそう切り出していた。

「え……そう言うアンタはどうなのよ」

 答えの代わりに訝しげな表情で聞き返された。

「トラックに轢かれてぽっくりと」

「何それ、笑い話?」

「ああ、自分でも笑えて来る」

 実際そうなのだから仕方がない。

 取り繕う意味も無いし、未練も無いといえば嘘だが、それほどでもない。

「そんなんで未練とか無いの?」

「あまり無いな」

「そう、コッチは未練たらたらだってのに……」

 そう言いながら、彼女は今日何度目かツンとした表情でそっぽを向いてしまった。

「差し支え無ければ聞いても良いか?」

「差し支えあるから言わない」

 ルルナは視線も変えずにただそう言うと、俺が拾った湯のみを自分の方へ引き寄せて、片手で気だるげに急須の残りを注ぎ込む。

 そうして暫くの静寂が続いた後に、彼女はぼそぼそとばつが悪そうに続ける。

「……詮索しないの?」

「特に意味は無いだろう」

「自分から話を振ったくせに」

 そうして再び会話は途切れ、この話は終いになった。

 ひと段落したらふと、強烈な睡魔が身を襲う。

 そう言えば、此処へ来た時は夜中だったか……意識が続いていると思えば眠くなる頃合ではある。

「悪いが、少し寝る」

「あ、ちょっと――」

 彼女の制止も他所に勝手にベッドに潜りこむとすぐに深い眠りへと落ちてゆく。

 目が覚めたら、今後のことを改めて考えよう……そう記憶に留めながら。

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