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それからと言うもの、微妙な距離感を保ったまま俺たちはおおよそ商店街と思わしき開けた通りへと出ることができた。
今の時間は何時ごろなのだろうか。
そう言えば来る前に確認してくるのを忘れてしまったたが(そもそも時計はあっただろうか)、おおよそ昼下がりと思えるこの時間、街は人で溢れかえっていた。
それは主婦であったり、サラリーマンらしきオッサンであったり、子供達、そして若い男女。皆が一様にまるで生前の景色のようにわいわいと語り合い、時に痴話喧嘩のような言い争いをしながらも街を闊歩していた。
その景色だけを眺めるとここが死後の世界だなんていうことはすっぽりと頭から抜け落ちてしまいそうなほどで、それでも腕に着けられた鎖によってこの世界の現実を思い起こされる。
商店街を訪れた目的はいくつかあったが、最も急務を迫られているのはこの世界の物価を知ることであった。
残り6万ペケちょっと……つまるところ、それだけの金を握り締めて次の給料日まで生きていかなければならない瀬戸際。
最大の難点はその給料日が来ないという事であるが、それを差し引いても腹が減れば喉も渇くこの世界で、この6万ちょっとのペケでどれだけ生きていくことが出来るのか。
一種のサバイバルに似た環境で、ソレを知る事が何よりも先決だった。
「安いよ安いよ~、見ていくだけでもどうかい!」
通りがかった八百屋の店主が大声を張り上げながら通りがかりの客の目を引きつける。
その腕に着けた『かぞえ~ル君』が彼自身もまた死人であることを無言で物語っていたが、それはまた別として俺はその声に吸い寄せられるようにして店先へと足を踏み出していた。
店頭に並ぶ商品にざっと目を通す。
にんじん1袋3個入り――2ペケ
じゃがいも1袋5個入り――2ペケ
たまねぎ1ネット3個入り――1ペケ
その値札を見ながら、やはりここが生前の世界では無いという奇妙な眩暈を覚えながらもどこか胸をなで下ろす感覚が身体の中を駆け抜けた。
おおよそドルと同程度の価値と思っていいのだろう、この『ペケ』という単位はおそらく食事と言う点で考えれば6万もあれば年単位で生きていく事ができるのかもしれない。
「何これ、やっすぅ!」
俺の隣で、思わず身を乗り出したルルナもまた傍らの商品を手に取りながら目を輝かせた。
それも先ほどの距離感は何処へ行ったのだろう、肩が触れ合うほどの距離に接して。
「お、カップルさんお目が高いね! 今日は良いたまねぎが大量に入ったんだ! だから出血大サービス、安くしてあるよ!」
そう八百屋の店主に声を掛けられ彼女も我に返ったのだろう。今の俺との距離感にハッとした様子で飛び上がると、つんと不機嫌そうな顔でそっぽを向いて横に2歩ほどカニ歩きでずれて行った。
八百屋を後にして、もう少し街を歩いてみることにする。
Yシャツ1着――60ペケ
ドル換算だと考えると少し高い気もするが、まあ比較的妥当な値段。
文庫本1冊――15ペケ
生前より高いか。
それでもまだ法外とまで言えないだろう。
そもそも法律があるのかも解らないが。
32V液晶テレビ――2000ペケ
およそ4~5倍か……?
少し雲行きが怪しくなってきた。
ラーメン1杯――100ペケ
「……おい、まてまて。ラーメン1杯約1万円ってどういうことだ」
そもそもドル換算という考え方が間違っているのか。
だが、先ほどの八百屋での値段を考えるとラーメン1杯でたまねぎが100ネットも購入できる計算になる。
おそらく、また別の料金基準があるのだろうが食材と完成品との差があまりにも開きすぎてはいないか。
「これ、贅沢品になればなるほど高くなってない?」
「何?」
不意に、先ほどの八百屋でもそうであったようにいつの間にか俺の隣に並んでいたルルナがそんな事を口にした。
「今までで一番安いと感じたのは八百屋さんのお野菜。まあ私達の世界と同じか、それ以下くらいの値段だった。で、次に見たのは服屋。これは正直高い。八百屋の値段を基準に考えれば元の世界の倍近い値段だったわ。その次は本。これは3倍くらいする? 教養って、ある種贅沢よね。家電、性能の良い物はもちろん贅沢。そしてラーメン――」
「――金を払ってメシが出てくるっていうのは贅沢、か」
「そう言うこと」
そうであるならば多少は納得できるものだが。
基準は何処から来るのか、それを知る由は無かったが『贅沢は罪』を地で行く世界であるのだとしたら一見合理的な値段の付け方だ。
「もしかしたら、より原始的な生活をすればするだけ生活費は安くなって行くのかも。山に穴掘って生活でもしてみたら? むしろそうして」
「馬鹿言うな、文明に頼り切って生きてきた人間がそんな事できるかよ」
それ以上彼女が何か言うことは無かった。
しかしながら、より原始的な生活……人間の根源的な生活を行う事で少しでも早く罪を清算できるかもしれないということを考えると、彼女の意見はあながち間違いでは無いのかもしれない。
――『人間らしさ』を体感し、罪を悔いよ。
会ったことも無い神様とやらがそんな事を突きつけているような気がして、天邪鬼精神としてはとても頷く事はできなかったが。
「なら、次に確かめないといけないのはアレ……だな」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
彼女の制止を聞くわけも無く、俺は早足で元来た道を引き返した。
目的地は1つ――書店だ。
店の入り口を潜って、紙とインクの匂いが立ち込める店内を横切りながら俺は目的のものを探して回る。
「――やっぱりあったな」
求人情報誌。
テンシは言っていた。
最も簡単で確実に罪を清算する方法は『善行』を行うことだと。
もちろん人を助けたり、空き缶を拾ったりとそう言ったささやかな善行を指すのだとは思うが、『働く』ということもその1つであるとも彼女は言った。
ならば、おそらくその給料単価もペケ。
それは罪の清算という形であるのだろうが、生きるだけで罪を重ねる必要がある死人にとって日々の清算は必要不可欠のものであるハズだから。
「ええと……なに、『スーパーのレジ、時給マイナス5ペケ』?」
給料表示なのに『マイナス』と付くあたりちょっと頭を抱えたくもなるが、世界のシステム上いたし方無い。
「『期限付き工事従事者、マイナス9ペケ』『正採用営業……月給マイナス1500ペケ』?」
まあ、八百屋で食材を買って生きていくには十分な清算は行えるか。
ただこれでペケポイントを0にしようと考えた場合、単純計算で50年は掛かる。
それに消費は何も食材だけでは無い。消耗品だってあるだろうし、アパートの家賃、光熱費だってある。
そういったものを考えればもう3割から4割、清算に必要な年月は費やされるハズだ。
ひとまず書店を後にしながら、最低限のやりくりをしながら清算に必要とされる年数を頭の中で試算する。
あと必要な情報があるとすれば今のアパートの家賃と光熱費。
これがどの程度になるかによって、どの程度の罪が清算できる仕事を行わなければならないかが決まってくる。
全うに働くのであれば――であるが。
「そう言えばルルナちゃん、どこ行った……?」
ふと、先ほどまで自分の後ろをおっかなびっくりついて来た少女の事を思い出す。
書店へ向かうまえ、彼女の制止を振り切って来た覚えはあるが……その後の事は覚えていない。
そのまま置いて来たのかもしれないし、途中ではぐれたのかも解らない。
まあ、彼女も少女ではあるが年端も行かぬガキではない。何かあっても自分で何とかするだろう。
そう思っていた所で、隣の建物からそろそろ見慣れたサイドテールが出てくるのが目に入った。
「なんだ、そんな所に居たのか。てっきり誘拐でもされたのかと……」
などと軽口を叩きながら彼女の元へと駆け寄る。
彼女が俺のことを警戒しているのは言うまでも無いが、それなら必要以上に怖がらせる必要は無いし、そのつもりも無い。
少しでもやわらかく、彼女には接しなければ。
「ここは不動産、か」
ルルナの出てきた建物の看板を見ると、そこには『RENGOKU不動産』と角ばったゴシック体で表記が成されていた。
「部屋、アンタと一緒じゃ嫌だから他にないか探してたのよ」
言いながら、彼女は一つため息を吐く。
「いい部屋が無かったのか?」
「いや……部屋なんていくらでもあったわ。今住んでるのよりもよっぽど清潔で綺麗な部屋も、たっっっくさん。ただ――」
言いながら彼女は俺に数枚の紙束を手渡す。
おそらく不動産から貰ってきた部屋の資料なのだろう。
俺はざっとそれらに目を通し、そして同時に目を疑った。
「家賃……2万ペケ?」
主に疑ったのは『ケタ』だ。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……間違い無い。
確かにそこには家賃月『20000ペケ』とでかでかと表記されていた。
ついでに言うのであれば契約時に敷金が家賃2ヶ月分。
礼金なし。
「おいおい、コレって冗談だろ……」
「ちなみに、あのアパートも検索掛けてもらった。初期配布のだからかなり安い物件なんだって。それでも5000ペケらしいけど」
「5000って……正社員の月給より高いじゃねぇか」
「なにそれ、どういうこと?」
俺は先ほど書店で目にした求人雑誌の内容をルルナへと語って聞かせた。
同時に、それでどういう月の生計を立てようかと考えていたことも。
が……その計画は法外にも思える家賃によって脆くも崩れ去ってしまったのだ。
「何よそれ、そんなの毎月決まって赤字じゃないの!」
「怒鳴るなよ、それが真実だ」
「じゃあどうしろって……身を削って働き続けろって?」
もしくは、もっと割りの良い清算方法があるのかもしれない。
『善行』と言うほどだ。例えば直接人の役に立つ仕事……消防だとか、警察だとか、それらがこの世界にあるのかは知らないが、そういった仕事であれば高額な清算という可能性も考えうる。
後は――
「――『賭け』か」
「え?」
その時俺は、レンゴクへ来る前にテンシから受けた説明を思い返していた。
あの時テンシは言っていた。罪を清算する方法は2つ。
『善行』で自ら清算するか。
『賭け』で他人に擦り付けるか。
そして行ったデモンストレーション。
『高い数字を出した方が勝ち』というなんとも単純なルールの下で行われたカードギャンブルで、その報酬は『1000ペケ』の清算。
それはたった2回勝利しただけで営業の月給に匹敵する清算額を持っていた。
「全うに働いていたんじゃ到底清算はできない。迫られているんだよ、他人に罪を擦り付ける方法を」
「それって、テンシが説明してた……」
彼女もようやくその意図を理解したのだろう。
そもそもこの世界は全うに働いて罪を清算することを想定されていない。
もちろん、不可能では無いのだろう。それこそ山に穴を掘って生活し、家賃も、光熱費も要らない生活を送れば長い歳月を経て罪を清算することはできるだろう。
だが現代人として全うに生きるためには罪を賭け、勝負し、相手に擦り付け、地獄に蹴落とす。
そうすることをこの世界は強いているんだ
「――それに気づくなんて、なかなか見る目があるね」
不意に背後から声を掛けられ、俺は慌てて後ろを振り返る。
その時、嫌な汗が額から噴出した事は言うまでも無い。
道すがら親子に呼び止められた時とは違う、全身を嘗め回され、値踏みされるような、そんな視線が俺の身体を伝ったからだ。
振り向いたその先に居たのは頭からすっぽりとフードを被った小柄なヒト。その声と背格好からは女なのか、それとも少年なのか、一言では断言できない。
それでもパーカーに半ズボンという恰好のそのヒトが、隠れてこちらからは見えない瞳を光らせてこちらを覗き込んでいた。
「誰だよ、アンタ」
「名乗るほどの者じゃ無いよ。ただ、優秀な人たちだなぁと思って」
「何だと?」
「キミ達、まだこの世界に来たばかりの新人でしょ? だけど、もうこの世界のルールに気づいた。それは賞賛に値するよ」
そのヒトは拍手するように量の手を叩き合わせた後、静かに右手を俺たちの方へと差し出した。
「ボクについて来てくれないかな、世界のルールが解った所でさっそくひと勝負しようじゃないか」
「誰がそんな、名前も名乗らない胡散臭いヤツの話について行くと思う」
「ついて来るよ。だってキミは、そう言う人だ」
このガキ、言ってくれる。
後ろへ目をやると、そこにはまだ状況を理解しきれていない様子のルルナ。
理解していないならば、巻き込む必要は無い。
だがしかし、おれ自身という意味で考えれば――このパーカーについて行く事に何の疑念も抱いていなかった。
もしもこの世界が想像通り、そうやって他者を蹴落とす事でしか生きていけないのだとしたら……確認すべき点がもう1つだけ増える事となる。
――全うな賭けのBET数がどの程度になるのか。
それは、まさしくこの局面で、俺が生きていく上で最も大事な情報となるはずであったから。
「解った、従おう」
次の瞬間には、俺はそう口に出していた。
「グッド。そちらのお嬢さんはどうするんだい?」
馬鹿――彼女を巻き込むんじゃない。
少なくとも俺なんかよりはマトモなポイントを持ち、まだ他の方法での罪の清算ができる余地が残されている。
いや、おそらくはまだ気づいていないだけで存在するハズなのだ。
そうでなければこの街で、こうして死人が笑い合って生きていけるはずが無い。
より殺伐とした、地下の賭博場のようなそんな空気が漂っていなければおかしいんだ。
もっと先に、知るべき事がある。
俺には、その時間は残されていないかもしれないが、少なくとも彼女は別なんだ。
「え……その……はい、行きます」
何故そこでイエスと答えるのか。
それともこの女も馬鹿だったのか。
視線だけでも、そういう空気をルルナへと送る。
彼女はその視線に一瞬驚いたようにして身を縮こまらせていたが、すぐにもじもじと弁解するように口を開いた。
「だって……他に知り合い、居ないし」
「どんな理由だって、ボクは大歓迎さ。さぁ、ついて来なよ」
そう言いながら両手を広げて迎え入れるパーカーの先導に従って、俺達は暗く狭い路地のほうへと足を踏み入れていった。
俺たちが連れてこられたのは入り組んだ路地の奥。
先ほどの賑やかな街の喧騒をどこか遠くに、静かな空間がそこには広がっていた。
そんな場所に農作業コンテナほどの大きさの木箱が1つ。
それを挟み込むようにして小さな折り畳みの椅子が3つ、用意されていた。
「ここが勝負の舞台ってわけだな」
軽く辺りを見渡してみるが、パーカーの他に人影らしきものは見当たらない。
若干見通しは悪いため物影までは流石に判断できないが、それでも気配らしきものを感じる事は無かった。
「大丈夫、ボクの他には誰も居ないよ」
そんな心境を見透かされたように、パーカーの口元がにやりと釣りあがる。
「念のためだ、他意は無い」
「ふぅん、まあ良いけど」
そう言って、パーカーはどかりと椅子の一つへと腰掛けた。
「大まかな世界のルールは白い扉を潜る前に聞いているよね」
「ああ」
「う、うん」
「じゃあ、ボクとの勝負のルール説明だけで良いね」
良いながらポケットから取り出したのは1束のトランプ。
その上から2枚を木箱のこちら側へと投げながら、パーカーは笑ってみせた。
「ボクとの勝負は――ブラックジャックだ」
「何……?」
その勝負方法を聞いて、俺は思わず眉を顰めた。
「ブラックジャック、知ってるよね? お互いにトランプの出目をできるだけ21に近づける有名なゲームさ。超えたら無条件で敗北。低すぎても負ける確率が高くなる。トランプ界のチキンレースだよ」
主にカジノなどで親に対して勝負を挑むタイプのゲームで、数人同時に参加できるもののお互いに競い合うものではなく、あくまで親と子の1対1の勝負。
だからこそ個人単位でシンプルに参加できる、ザ・カードギャンブルの金字塔ではあるが……
「ルールは……そっちのお兄さんは問題なく知ってるみたいだね。お嬢さんは?」
「ね、ネットゲームでやった事はあるわ。あまり詳しくルールは知らないけれど」
「『ダブル』は?」
「それくらいなら」
「『スプリット』」
「手札を2つに分けれるヤツよね……?」
「じゃあ、『インシュランス』」
「えっと……親が初手でブラックジャックだったらチップを回収できるヤツだったかしら」
「うん、ソレくらい知ってれば大丈夫だよ」
パーカーは満足した様子で(相変わらず顔はよく見えないが)手持ちのカードをシャッフルする。
ちなみに解らない人のために説明を加えると、『ダブル』は次に引く1枚で手を確定させる代わりに後付けで倍賭けができるルール。
『スプリット』は配られたカードが同じ数字だった場合に、これまた倍賭けを行う事で2つの手札に分けてそれぞれで勝負できるルール。
『インシュランス』は親の手持ちカードにA(11)が見えた場合に保険金を支払う事で、親がブラックジャック(初期手札で21)だった際に配当金が貰えるルールだ。
と……様々な戦い方ができる、先ほども言った通りのザ・カードギャンブルである訳だが、だからこそ俺は納得が行かなかった。
「……どうして、ブラックジャックなんだ?」
「ボクが好きだからさ」
俺の質問にパーカーはあっけらかんとして答える。
そんな様子であるから、俺は少し強めの口調でこう言った。
「ブラックジャックは、子に圧倒的に不利なゲームじゃないか」
ブラックジャックは親と子の直接対決のゲームであるが、その勝負は互角ではない。
親には『ダブル』はおろか『スプリット』も、もちろん『インシュランス』だって存在しない。
それどころか手札が16以下であったら必ずヒットしなければならず、逆に17以上であれば明らかに負ける手であったとしてもスタンドしなければならない。
基本的には、バストしない限り子が有利に見える。
ただ、カードは常に子に先に配られる。
その時点でバストしたら親がどんな点数であろうと子が敗北する。
先ほども言った通り親がスタンドできるのは17以上であるから、真っ向に勝負を行うと必ず17以上の点数で勝負を行わなければならない。
それはつまり、子もそもそも16以下で勝負するメリットは無い。
親のバストに賭ける以外は。
そう言う意味では子に圧倒的に不利なゲームと言うのが通例だ。
もっとも、たいていのカジノゲームがそうであるが。
「それがこの世界に於けるミソさ」
パーカーはやや息巻く俺を宥めるような優しい口調で答えた。
「取り決めたルールに於けるBET数はこの装置が勝手に判断してくれる、って聞いたよね?」
「……ああ」
「もし、その判断を仰ぐゲームが『どちらかが不利なゲームである』としたら、どうなると思う?」
不利なゲームであるならば、基本的にはその配当は大きくなる。
例えばルーレットでも赤か黒かで賭ければ2倍だが、1つの数字に賭ければ36倍にも膨れ上がる。
もっとも、そのルール上の『○倍』という数値がこの世界のBETではどう働くか解らないが、少なくとも『それが片方に有利不利があるゲームである』とするのであれば……
「……掛け金が上がる、のか」
「イグザクトリィ! 不利な側は賭けられるBETが高くなる。そしてゲーム上のルールに於ける2倍・3倍も、後乗せという形で世界のルールに加味される寸法さ」
つまるところ、先ほどのルーレットの話で言えば36倍に賭けようとした瞬間に最大BET数が跳ね上がる。そして見事勝利した場合は、さらにそのBETが36倍され、双方の罪へと還元される。
そう言うことなのだろう。
「ブラックジャックは子が圧倒的に不利なゲームだ。だから君たちの掛け金も高く設定できる。これはキミ達にとってチャンスなんだよ」
そうキャラキャラと笑いながらパーカーはトランプの山をシャッフルする。
「だからボクはブラックジャックが好きなのさ。人間の素直な感情が見れるからね。キミ達が戦うのは他でもない――キミ達自身だから」
そう口にしたフードの奥から、パーカーの表情が一瞬だけ見えたような気がした。
もっとも見えたのはその輝く瞳だけであったが、その瞳の奥に宿る光は獲物を前にした肉食獣のようにギラギラと色強く輝くものであった。