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-2-

 白い道を、俺はただひたすら歩いていた。

 それは壁が白いとか天井が白いとか、そういったものじゃない。

 一面を包み込む目もくらむような白い光によって照らされた水平線も見えない広大な部屋。

 しかしながら、それを確かに一本の『道』だと感じる部屋。

 そんな場所を歩いていた。

 どれほど歩いただろう、そんなに長い時間じゃない。

 「ちょっとコンビに行ってくる」それくらいの距離を歩いた先に、再び扉は待ち構えていた。

 先ほど通った白く巨大で荘厳な扉とはうって変わって、未来のネコ型ロボットの出すどんな場所へでも通じるドアのようなそんな庶民染みた扉。

 ちなみに引き戸だ。

 俺は何のためらいも無くその扉に手を掛け、そしてひと思いに引き開けた。

 同時に、扉の中へと吸い込まれるような加速感と共により強烈な光が視界を遮る。

 やがてぼんやりと俺の網膜が世界の色を認識し始めた時――

 

 ――第一に飛び込んできた色は『肌色』だった。

 

 それが何の色であるのか、理解するのにそうそう時間は必要なかった。

 視覚は急速に色を取り戻し始めるし、その環境もどこか見慣れたものであったから。

 目の前に広がっているのは正方形の6畳1間アパートのような部屋。床は畳み張りで、足の感触が気持ちが良い。

 そう言えば靴を履いていないような気がする。まあ、さっきまで履いていたかも覚えていないし、この際関係は無い。

 他に目に付くものと言えば、6畳1間の部屋には少々窮屈な2段ベット。パイプでできた簡素なものだ。

 ベッドの脇には丸いちゃぶ台。サイズは車のタイヤ1個分程度。奥には今時ブラウン管のテレビが備え付けられている。チューナーは無いようだが、レンゴクとやらは地デジは対応していないのだろうか。

 そんな部屋の中で真っ先に目を引いた肌色はその名の通り『ヒトの肌の色』であり、それは正面で目が合った少女の、一糸纏わぬ姿である事はこの際サービスとして付け加えておこう。

 さらにサービスするのであれば胸はそれほど大きくは無いが形は良く、逆にしっかりとくびれた腰つきから比較的スタイルは良い方であると言える。

 と、まあそんな感じにまじまじと分析することができるのもこの間十数秒、彼女の目からは光が消え固まったかのように動かなかったからであり、次第にわなわなと震えながら輝きを取り戻したその瞳を前にしてその至福の時は打ち砕かれようとしていた。


 ――きゃぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!?!?!?!?!?

 

 部屋全体が揺れ動くかのようなその叫びと共に、部屋の時は正しい速度を刻み始めるのであった。

「誰よHENTAIッ! って言うかどうやってここに入ったの!? 玄関の鍵は掛けたし――ってことは最初っから潜んでたって事!? なにそれ、ストーカー!? 死ぬの!? むしろ殺されたいの!? っていうか殺させて!?!?」

 少女は錯乱した様子で一気に喚き立てるが、当の俺にとってはなんとも反論の仕様が無い。しいて言えば――

「扉を開けたら、キミが目の前で着替えてたんだけど」

「口からク○垂れる前にとりあえず出てけッ!!」

 死後何度と無く繰り返されてきた『言われるがままに』、俺は襖の外へと追い出されてしまった。

 そう言えば、背後にあった引き戸――襖の先はもう白い世界ではなく、それこそアパートらしい安い金属扉の狭い玄関。

 トイレ一体型のユニットバスルーム。

 1畳も無いような狭い台所。

 見るからに、家賃の安そうなアパートのソレであった。

 そんな周囲の環境も確かめられる余裕があったため、ふと自分の身の回りの状態も確認する。

 服は先ほどど変わらず、寝巻きのスウェット。ご丁寧に無精ひげも少し伸びてきた。

 財布、携帯電話――無い。

 名刺、カードケース――無い。

 車のキー――無い。

 コンビニで買った夜食のおにぎり――当然無い。

 なるほど、どうやら本当に着の身着のままのようだ。

 あのテンシの言っていた事が本当であるならば、当面生活するための準備のために早速罪を重ねなければならない事になるが……それは用意してあると言っていたか。

 が、そうであるならばこの状況は何だろう。

 冷静にもなんとなく理解しつつはあるが、まずおそらくここはテンシが言っていた『俺にあてがわれた住居』であると言うこと。

 安いボロアパートのようだが、とりあえず問題なのはそこでは無い。

 ベッドは2段だった。つまるところ、ここは2人部屋なのだ。経費削減というヤツなのだろうか、寮は相部屋という事だ。だが、やはりそこも問題ではない。

 最大の問題は、彼女が何者であるのかと言うこと。

 俺と同じ死人……?

 そう言えば、腕にあのなんとか君を付けていたような気がする。

 ということは、やはり死人か。

 では何故ここに居るのか、寧ろ俺よりも先に居た理由は?

 頭が冷静であればあるほど、おそらく答えだと思われる思考へと脳は動く。

 全ての状況を鑑見て、全ての予想を周到して。

 至るべき答えは――

 

 ――どうやらここは、俺とキミの部屋のようだ。

 

 ちゃぶ台を前に、着替えた少女と対面しつつ開口一番そう口にした。

「んな訳無いでしょ、何で男と女で!? こんなの何かの間違いに決まってる!」

 部屋の中で1人着替えながら、彼女も同じような事を考えていたのだろう。

 さほど意見が錯綜する事も無く、ちゃぶ台が撓るほど強く拳を叩きつけながら彼女は声を張り上げた。

「とは言え、状況的にはソレがベストな解答だろ? テンシ様が準備した扉をくぐったら此処に繋がった。つまり、ここが俺の部屋。キミもそうだってんなら、ここはキミの部屋。ドゥー、ユー、アンダスタン?」

「その言い方、なんかムカツク」

 言いながら彼女はぷいと顔を逸らす。

 男の性か、先ほどは逸し纏わぬ身体の方しか目に入らなかったがその拗ねた顔もそれほど悪くは無い。寧ろそれが天然ものであるとしたらかなり整っている方だ。

 亜麻色の長い髪は頭のサイドで緩く結ばれ、顔を逸らす動作と共にふわりと宙を舞う。

 かすかに香るシャンプーの香りにドキリとするほど童貞力は高くない(寧ろ童貞じゃない)。それでも男心をくすぐる程度には良い香りがふわりと漂った。

「だっておかしいじゃない。相部屋なのになんで男と女? あのサキとか言うテンシが転送先を間違ったとしか思えないわ!」

「いや、それが案外そうでも無いかもしれないな」

「……どういうことよ」

 不満げに眉を顰める彼女の頭越しに、俺はビシッとブラウン管テレビの方を指差した。

 いや、正確にはブラウン管テレビの上に置かれたカラフルな小箱。

 部屋の外に居た際は俺も男女の相部屋という事にミジンコ程度には疑念を感じていたが、その小箱を見た瞬間にそんな疑念は魚に食われて無くなった。

「この箱が何だって言うn――」

 俺が指した小箱の正体を確かめようと身体を伸ばして手に取った彼女は、そのパッケージを見るなり口をあんぐりと開いて目を丸くした。

 ちなみに頬から耳にかけて真っ赤になるオマケ付きで。

 ちなみに、過不足無く小箱――いや、とある医療機器のパッケージの文字を読み上げるなら次の通り。

 

『rengoku original 0.03』


 つまりはそう言うことだ。

「なななななんでこんなモノが部屋にあるのよ!?」

 咄嗟に彼女はそのパッケージを俺の顔面目掛けてぶん投げる。

 もちろんある程度その反応は想定は出来ていたので回避する事は難しく無かったが、ある種のお約束としてあえて受けておく。

 俺の顔面にそれほど痛くなくぶつかったパッケージはコトリと音を立ててちゃぶ台の上に裏向きに転がり落ちた。

 

『5pieces』


 なるほど、5回分はあるわけか。しかもご丁寧に使い方も図解で載っている。

 これなら童貞と処女が鉢合わせてもたぶん大丈夫だろう。

「ひ、非常識よ! 破廉恥!」

 そう彼女が喚いたところで事実は変わらない。

 何度でも言うが、そういうことなのだ。

 もう少しオブラートを開いて言葉にすれば――

「当面の生活必需品として『夜の相手』もご準備しました、って事だろ」

「オブラートをぶち破るなッ!」

 次弾のテレビのリモコンが飛来し、流石に回避する。

「抗議よ、抗議してやるわ! そして部屋を変えて貰うんだから!」

「どこに?」

「あのテンシ達によ!」

「だからどこに?」

「……あっ」

 そこでようやく彼女も冷静に我に帰ったようだ。

 抗議は良い、部屋を変えるのも良い。

 だが、肝心のテンシがこの世界のどこに居るのか……それをこの世界に来たばかりの俺は知る由は無かった。

 そして、反応を見た限りおそらく彼女も。

 ふと、彼女の頭越しの窓の外を眺める。

 そこに広がっている風景は紛れも無く生前に似た世界。

 電柱が並び、家が犇き、ビルが立ち並ぶ見慣れた風景。

 もちろん何県の何市だと聞かれれば答えることはできないが、それでもとても安心を覚える光景が広がっている事に変わりは無かった。

「ヤツらの話じゃ、ここは死者の街って事だ。じゃあテンシは何処に居るのか……その辺をうろうろしているのか、ソレとも役所でもあるのか、ソレともそれこそ天から舞い降りて来るのか」

「そんなの私にも解らないわよ!」

 逆ギレだ。これだから最近の子は恐ろしい。

 しかし、彼女の言うとおり、現状は解らない事が多すぎる。

「それを知るためにも、とりあえず外に出てみない事には始まらない……か」

「そ、それはその通りだと思うわ」

 確信を突かれたように彼女が押し黙る。

 なるほど、正論は素直に聞き入れるタイプの子か。

「ひとまず部屋のことは置いておいて、俺はシノノメ。シノノメ・イヅルだ、よろしく」

「何、大事な事をさらりと流してるのよ!」

「でも、今はそれより大事な事があるだろ」

「う……」

 うん、素直でいい子だ。

「で、キミの名前は」

「……ニシキド」

「ニシキドさんね。下の名前は?」

「うるさいわね、苗字で呼べば良いじゃない」

「俺はフルネームで名乗ったのに」

「うぅ……」

 そう言うと、彼女は悔しそうに涙目を浮かべて歯を食いしばる。

 なんだかいけない事をしているような気分になるが、そんな事は無いはずだ。

「………ナ」

「何?」

「ルルナ! ニシキド・ルルナ! 何べんも言わせないでよ!」

「……珍しい名前だな」

「うっさい! そのせいで生前は苦労したのよ!」

 そのテの名前じゃ比較的まともな方だとは思うが……彼女にとっては由々しき問題だったのだろう。

 これ以上追求することはやめてあげよう。

「ひとまず偵察と行こう。ル・ル・ナちゃん」

「やっぱ死ねッ! もっぺん死ねッ! 今すぐ死ねッ!」

「あ、でもその前に……」

 重い腰を持ち上げた所で、ふと傍らに用意されたソレに気づき俺は言葉を挟んだ。

「……俺も、着替えていい?」

「勝手にしろッ!」

 彼女の罵倒の言葉を横から浴びながら、俺は傍らに丁寧に畳まれた衣類を静かに手に取った。

 

 

 レンゴクの街を二人で歩きながら、俺はこの世界のものを、人を眺めていた。

 並んで、とまでは行かない。俺の数歩後をルルナが付いて来るような恰好。

 それでも、名乗り合った程度の仲とは言え他に知り合いも居ないであろうこの世界に於いて、俺を頼って後を付いて来る姿はちょっと可愛いとすら思う。

「それにしても、なんと言うかまんま日本ね、ここ」

 誰に話しかけるでもない口ぶりで、呟くようにルルナが言った。

「そう断言するのは早いが、確かに日本っぽい所だな。一部を除いては」

 俺たちの居たアパート――実際、ボロアパートの2階だった――の周囲は似たようなアパート、またマンションが立ち並ぶ住宅街のようになっていた。一軒家も少なくない。

 怒られない程度に生垣から中の様子を伺ってみたりしたが、どうやら普通に人は住んでいるよう。

 その誰もが腕に装置を付けた――そう、死人の風体であった。

 しかしその風景だけを見れば縁側でお茶を飲む爺さん婆さんだったり、買い物袋を片手に笑い合いながら子供の手を引く母親(共に装置を付けていた)であったり。生前の世界と何一つ変わらないようにも見えた。

「私達、本当に死んでるのかしら」

 至極全うな意見を口にする彼女であったが、ソレは返答のわかり切った質問。

 俺はハッキリ覚えている。そしておそらく彼女も。

 自分が死ぬその瞬間を。

 アレを夢だと言い切る確証か度胸でも無い限り、その答えに「ノー」と言う事は決してできなかった。

「あのテンシの説明、覚えてる? 私達は自分の罪を償い切るまでここで生活する……償い切ったら生前の世界に生き返れるって。それ……本当なのかしら」

 その質問に対する答えも解り切っていた。

 「解らない」だ。

 自分なりに適応はして来たつもりだが話を完全に鵜呑みにするほど無心でも無い。

 死んだ人間が生き返るだなんて、そんな事は馬鹿げている。

 馬鹿げているからこそ、イエスともノーとも答えられない。

 だから俺はこう答えた。

「そうだと良いな」

 おそらくそれが彼女の望んでいる答えであろうと踏んで、俺はただ一言そう答えた。

「……そうね」

 消え入りそうな声の彼女の返事。俺の側からでは後ろの彼女の表情は見えない。

 今、彼女はどんな顔をしているのだろう。

 見知らぬこの世界で、自分が死んだという事実を突きつけられて、なお意志を持っている。

 それがどれだけの事か、想像できるだろうか。

 俺だって自分の信条に縋っていなければこうして冷静に思考を巡らせる事もできないだろう。

 ただ客観的にどこか他人事で思考している自分がここに居るからこそ、まだ心を保っていられるのだろうと、そう思っている。

 不意に、彼女の足音が近づく。

 駆け寄るようにして隣に並んだ彼女は、俺の脇から顔を覗かせるとじっと右手の装置を眺め、続いて俺の顔を覗き込んだ。

「ねぇねぇ、アンタのポイントいくつ?」

 その顔には想像していた憂いは一切無く、少女然とした無邪気なものであった事がこの時点では救いであっただろう。

 正直、泣かれても俺には何も出来ない。

「確か70……いくつかだったと思う」

 そうやや曖昧な記憶を思い起こしながら確認するように『かぞえ~ル君』の赤いボタンを押し込む。

 淡い光と共に自らのペケポイントが浮かび上がり―――同時に声を失った。

「なっ……!?」

「うそっ……!?」

 隣から、同じく自らのポイントを確認した彼女の驚愕の声が上がる。

 チラリと横目で見た彼女のポイントは『694432』ペケ。

 俺の初期ペケより10万ほど少ない数値。

 それくらいがアベレージなのだろうか、とも思うが今はそう判断するのは総計だ。

 何故なら、対する俺のポイントが――

 

 ――『936981』ペケ。

 

「お……おいおいおいおいおい、どういう事だよこれ」

 流石の事態に思わず声を荒げる。

 俺の数値は確か70万ちょっとだった筈。

 それがどうして90万にもなっているんだ?

「なんでこんなに増えてるの!?」

 驚き方を見るに、おそらく彼女にも同じ境遇が降りかかっているのだろう。

 確かにペケは増えたり減ったりするものだとは聞いた。

 しかしそれは物を買ったり、サービスを受けたり、善行を行ったり、ペケを賭けたり……そういった何らかのアクションによって変動すると言う説明だ。

 それがどうして、いきなり20万近くも増えている!?

「あら、貴方達レンゴクに来たばっかりなのね?」

 不意に肩を叩かれて、飛び上がるように後ろを振り返る。

 見ると、先ほどの親子が同じように手を繋いだまま、穏やかな表情で俺たちの後ろに立っていた。

「見ての通り、私もこの子も死人なのだけれど……いや、びっくりするわよね。私もそうだったわ」

「そうだった、ってどういう事です?」

「いやね、ほら、この街に来る前に説明を受けたでしょ? 当面の生活必需品は用意してあります~っていうの」

 俺の質問に対し、彼女はまるで世間話でもするようなトーンで答える。

「あの用意されたものって全部『自腹』みたいなのよね。私も他の人たちに聞いてようやく納得したの」

 自腹……?

「そ、それって、あの部屋にあったもの全て、私がペケを使って買い物したって事になってるって事ですか?」

 ルルナの疑問ももっとも、つまりはそう言うこと。

「それだけじゃ無いわよ。アパートの敷金も礼金も、光熱費も、もちろん家賃も、RHKの受信料も全部引き落とし日ならぬ『加算日』にペケに加算されるわ。それらをひっくるめて、この世界に来たときにとりあえず加算されたのよ」

 ボロアパートで経費削減どころじゃなかった、とんだ押し売りだ。

「まぁ、誰もが最初に経験するこの世界の決まりみたいなのだから素直に受け入れる事ね。じゃあ、ダンナが待ってるからこれでね。お二人とも頑張って罪を償ってね!」

 そうさわやかな笑顔で挨拶をしながら親子は先にある団地へと姿を消して行った。

 後に残された俺達は、理不尽に増えた己のペケを眺めながらどうしようもない思いに打ちひしがれていた。

「あっっっっっっっっっっんのバカテンシ! こんなの横暴よ! 詐欺よ!」

「とは言っても、この世界のルールなら仕方が無いだろ」

「ならせめて選ぶ権利があったって良いじゃない!? ポイント増やされた上に男と同居!? 冗談じゃないッ!!」

 今にも叩き壊す勢いで『かぞえ~ル君』を睨みつけるルルナ。

 彼女の気持ちも解る。選択の余地があるのであれば、少しでもポイントの少ない選択だって出来るはずだ。もしくは、これが最低値の選択だとでも言うのであればぐうの音も出ないが。

 そんな事よりも問題なのは……

「ところでアンタのそれ、マズイんじゃないの……?」

 ルルナが、神妙な様子で俺のポイントを眺めながら呟く。

 現在のポイント『936981』ペケ。

「……あと、6万ちょっとで地獄行きだな」

 一体、どの程度のことをすればその6万ちょっとが溜まるのかは分からない。

 しかし、その6万ちょっとが溜まってしまうと俺は地獄よりも恐ろしい目に遭う……それは、あのテンシが言っていた事だ。

 由々しき事態である。

「そもそも、どんだけの悪事を働けばそんなポイントになるのよ……アンタ、もしかして凶悪犯?」

 彼女の対応が、先ほどの無邪気なものから一変……どこか探りを入れるような、そんな余所余所しい雰囲気へと変わる。

 気持ちは分かる。

 罪が数値化されるのがこの世界の特徴であるならば、生前の悪事がすべて目に見える……というのもこの世界の特徴の1つである。

 そして事実――

 

 ――俺はそれだけの罪を犯している。

 

 数値化されている以上、取り繕うことはしないし、事実として受け入れよう。俺は『極悪人』だ。

「それは言えない……だが、おそらくこの数値はウソを言っていない」

「どういう意味よ」

「それをキミに語るほど、まだ俺達は親しく無いしお互いを知らないだろう。だが1つ信じて欲しいのは、俺は『極悪人』だが『犯罪者』じゃ無い。いや、正確には犯罪者なのかもしれないが……キミの想像しているソレとは違う」

「……なにそれ、意味解んない」

 ソレっきり、彼女は口を開かなかった。

 しかし先ほどと同じように数歩後を着いて歩くようになったその様子で、彼女の心境がひしひしと伝わってくる。

 俺に対しての明確な不安、恐怖、そして疑心。

「……ちょっといいヤツだと思ったのに」

 そう呟いた彼女の言葉を俺は聞かなかった事にし、ただひたすら前を向いて歩いていた。

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