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 スタートプレイヤーはクドウ。

 手札に穴が開くほど睨みつけながらその一つに指を這わせる……が、掴む事無く離す。

 その動きにも、表情にも、迷いが生じる。

「クドウさん、無理に『挟み撃ち』を狙わなくても、また3人で回してダメコンしながらでも……」

「いや……そいつはダメだ」

 この時、先ほど2人の仲間の手札を見ていたクドウは知っていた。

 仮にそうして回してダメコンをしても、スタートプレイヤーが2人のどちらかに変わるだけ。

 そうなると、イヅルを仕留めることができなくなる事を。

 それは2人の残りの手札。


 シノダ――クモ2枚。

 アサイ――ゴキブリ1枚。

 

 それが、2人に残されたイヅルを仕留める事のできるカードだ。

 まず、ゴキブリ1枚しか持たないアサイに手番を回す意味はあまり無い。

 一方、シノダはまだ2枚のカードが残されているが、ここでシノダにすべてを投げると新たな誤算が生じ得る。

 シノダもまた、『違う種類のカード』を溜め込みつつあるプレイヤーの1人だからだ。

 ここでシノダに手番を回したとして、彼は彼自身で自らを破滅させるカード群を持っている。

 流石にそれを順に出してゆくほどのバカでは無いとクドウを信じては居るが、勝負手はクモだけである以上、揺さぶりは他のカードで掛けなければならない。

 そうしてのらりくらりとイヅルの手札を使い切らせる方法もあるにはあるが……確実とは言えない。

 万が一は十二分にあり得るし、クドウの目から見て、イヅルの見せる不気味な余裕がその決断を鈍らせていた。

 追い詰めているハズなのに、動きが制限され、逆に追い込まれているとも思える錯覚。

 その錯覚こそが、イヅルが仕込んだクモの巣を断ち切る1手であり、勝利への最後の道しるべであった。

「――ゴキブリ。こいつはゴキブリだ」

 そう、額に汗を光らせながら差し出されるカード。

 

 ――ゴキブリ。

 

 そう証言されたそのカードはクドウにとっては最後のビックチャンスであり、イヅルにとっては最後の難問。

 イヅルもまた、カードを前にその言葉を、指を、視線を止めた。

 クドウ側に残るゴキブリはあと2枚。

 誰が持っているのかまでは分からないが……執拗に勝負してくる以上、おそらく1枚はクドウが持っている。

 そこまではイヅルもある程度、その経験則から判断していた。

 問題はそれをどのタイミングで切ってくるか。

 クモが切りづらくなってしまったがために、ゴキブリの方を出してきた……そうだとしたら、あまりにも思考が幼稚。

 ハナから勝負を捨てたようなもんだ。

 だが、あえてその手を取る。

 そうして自分が裏を掻いた気になって、生前に自滅して行った者達をイヅルは知っていた。

 だからこそ悩む。

 これは裏を掻いた『つもり』なのか、それとも裏を掻いたように『装っている』のか。

 そこからはある種の信頼関係。

 このクドウという男はどちらのタイプであるのか……それを信じてカードを捲るだけ。

 ここ小一時間のクドウと言う男の素性、言動、動き、策略、そのすべてを統合し、『どう考えるかを考える』。

 そうして至る答えに――その命運を委ねる。

「【宣告】。これは――ゴキブリじゃない」

 誰もが息を呑む一瞬。

 その指に触れられて、カードが、裏返る。

 指し示すその絵柄は――

 

 ――クモ。

 

「ッ!!」

 クドウがその拳をテーブルへ打ち付けた。

 それは明確なる悔しさの現われか、それとも勝負しなかった自分への憤りか。

 それでもイヅルは至った。

 クドウがことここに至って『可能性を狭めるような男では無い』事を。

「よ、よかった……」

 自分自身以上に安堵の息を漏らすルルナを他所に、盤面に視線を走らせる。

 これでクドウの獲得カードは7種類。

 もって居ないクモすらも、手に入れた。

 流れは完全に、引き入れた。

「クモだ」

 クドウから提示されるカード。

 しかし今度は、間髪を置かず、イヅルは宣言する。

「【宣告】。アンタがそう言うならクモだ」

「こいつ……ッ!」

 追い詰められれば追い詰められるほど、人間は『普段慣れない事』に手を出しにくくなる。

 ゴキブリが1枚しか無い状況で、そのゴキブリを切るような真似はできなくなる。

 ちなみに、ゴキブリを1枚しか持っていない――と言う事は、その前の一手で把握済み。

 それができるのであれば、既にイヅルは負けていたのだから。

「くっ……」

 クドウは明らかに焦りを見せながら、次の1枚を決めかねていた。

 残る決めカードはゴキブリが1枚。

 これが尽きれば、自らがイヅルに手を下すことはできない。

 その役を他の2人へ託さざるを得ない。

 それだけはいけない。

 この2で……ただの腰巾着の2人でイヅルを出し抜く事はできない。

「……ゴキブリだ」

 お茶を濁すしか無い。

 それに対し、イヅルはゴキブリであることを【宣言】。

 真実はカメムシで、イヅルの場にようやく新たなカードが1枚配置される。

「――ゴキブリだ」

 そうして回ってきたイヅルのスタートプレイヤー。

 一切の迷い無く、淀み無く、そのカードは差し出された。

 そこでクドウははっと気づく。

 いかに、自らのカードを通すかに意識を注いでいたために失念していた事。

 今まではイヅルを追い詰めるための方策であった事が……今ここに来て、自らへと牙を向いたのだ。

「……ッ!」

 ギリリと歯を食いしばり、ぐっと目を瞑り、悔しさを堪える。

 掴まされる、そう分かっていても『僅かな可能性』がそうさせてくれない。

 自分が、イヅルの証言を『肯定するしか無い事を』。

「【宣言】…………これは、ゴキブリだ」

 搾り出されるように口にしたその言葉。

 それを聞くなりイヅルはガタリと席を立ち、スタスタと何食わぬ顔でカウンターへ向かうと、先ほど自分が座っていた席に座ってマスターへと声を掛けた。

「キューバ・リブレ。ライムを大目に搾ってくれ」

 注文を受け、マスターは恭しく頭を垂れて答える。

「畏まりました。文字通り、最高の勝利の美酒をお送りいたしましょう」

 勝負が繰り広げられたテーブルには悔しげに机へ額を擦り付けるクドウ達。

 中央にライトで照らされた、決まりの一枚。

 『サソリ』のカードをその手で握り締めながら――

 

 

 

 

 生き残った――

 差し出されたグラスを傾けながら、小さく一つため息をついた。

 何度も危ない面はあった。

 ゴキブリに偽装されたクドウのクモを射抜いた際、あの時にクドウの『勝負の掛け方』を当てられたからこそその後の主導権を完全に握ることができた。

 もしできて居なければ、あそこでああしていたのは自分だったのだから。

 九死に一生とは言ったものだが、全く他人事とは言えなかった。

「すごい、ホントに勝っちゃうなんて……」

 今だ半信半疑のルルナに対し、俺は半身をそちらへ向けながらトントンと自分のこめかみを指で突いて見せた。

「ここが違うんだよ、ここが」

「なによそれ、嫌味?」

「違う違う、頭の出来が良いとか、そう言うんじゃない」

 首を横に振りながら、真っ直ぐに彼女の目を見据える。

「記憶が違うんだ。今まで経験して来た記憶が」

 すべては経験によって培われたもの。

 その言葉の意味を彼女は知る由も無いであろう。

 案の定、頭にクエスチョンマークを浮かべて相変わらずの疑念の目を俺へと向けていた。

「所で、今夜は楽しみにしているからな」

「今夜? 何か約束したっけ――」

 そう言ったところで、ぼっと彼女の顔が茹で上がったかのように真っ赤になる。

 そうしてあわあわと言葉にならない悲鳴を上げて、彼女は頭を抱え込むような不可解なダンスを踊っていた。

「はい……畏まりました」

 マスターが取っていたカウンター先の受話器をそのラックへ戻すと、一礼。

「お待たせいたしました。先方がお会いになる準備が出来たそうです」

 そう言って、奥の扉を静かに指し示す。

 おそらく、その先に向かえと言う事なのだろう。

「彼女、連れて行っても?」

 謎のダンスを踊るルルナを指差しながら、そう問いかける。

「えっ、何で私も……」

「構いませんよ」

 ルルナが反論するや否や、そう言葉を被せられる。

「そうか。じゃあ、一緒に来てくれ」

「だから何で……」

 明らかに自分は場違いだと……そういう遠慮が見える表情。

 だから、こう答える。

「いや……いろいろと考えたんだがな、ヤツと勝負するのにニシキドちゃんの力が必要なんだ」

「え?」

 完全に、状況を理解していない瞳。

 だがそれでいい。難しい事は考えなくて良い。

 だが、今の戦いで見つけた『この世界での戦い方』。

 それをあのフードに突きつけるには、彼女の力が必要なのだ。

 そうすれば俺は……自分の一番得意な戦い方で、あの競技を闘う事ができる。


 そう――ブラックジャックを。

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