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配り終わったカードを眺める。
俺の命運を託した最後の手札――
ゴキブリ――3。
クモ――0。
サソリ――2。
カメムシ――4。
ハエ――1。
カエル――3。
コウモリ――2。
ネズミ――1。
カメムシの半数。ゴキブリとカエルの1/3ほどを抱えた状況。
この3種に関しては思考を巡らせる余地が生まれる。
問題はクモの0……これに関しては終始、状況から判断していくしかない。
スタートプレイヤーは前回の敗者である俺。
即答も考慮し、切ってゆくカードを決めなければならない状態。
定石としてはおそらく枚数の多いカード。
仮に当てられ、自分のものとなったとしても相手からの反撃の可能性も少ない。
「なぁ、イヅル君よ。アンタ、何処まで気づいてた?」
不意に、クドウがそんな事を言い出した。
「ソレを聞いてどうなる?」
「いや、今後の『狩り』の参考にしておこうかとよ」
よくもまあ開き直ったもんだ。
俺は視線を手元のカードから外さず、口頭だけで答えた。
「今更答えた所でなんの特も無い」
「そうかい、そいつは残念だ」
それっきり押し黙るクドウ。
おおかた、何がばれて居ないのかでも確かめるつもりなのだろう。その手には乗らない。
が……どこまでと言われれば俺の気づきは3つ。
1つは示し合わせて俺を集中的に攻撃していたこと。これは誰が見ても明らか。
2つ目は何らかの手段で互いの証言が嘘か本当か伝えていること。そうでなければ先ほどの勝負、あんなに綺麗に獲得カードが分散されるハズが無い。
先の一戦、俺の付きぬけっぷりに目が行くものだがそれ以外に注視する所がある。
ヤツらの獲得カードの均等っぷり。
大方何かしらの合図を互いに送っており、証言の信憑性を伝える。そうしてダメージをコントロールしていたのだろう。
そして3つ目はあの男……カウンターで飲む男だ。
今となっては関係は無いだろうが、あの男もおそらく仲間の一人。
このゲームで誰かを陥れるには、その対象が少なければ少ないほど良い。
参戦可能プレイヤーは最大6人。そのうち半数が外様のプレイヤーとなるとそれだけダメージは分散する。
その時に引き入れる4人目……それがあの男。
相変わらずちらちらと興味深そうに視線を向けるのがその証拠。
ルルナが卓に着いたら引き入れられた事だろう。
俺が気づいたのは大きくその3点。
だからこそ、1つめと2つ目をルールに組み込んでしまう。それで、状況は変わらぬものの掛け金を吊り上げる事に成功した。
後は、この勝負に勝つだけ……だが、それは容易な事では無い。
「――カメムシだ」
手札のカードを場に伏せ、クドウへと回す。
クドウは差し出されたカードと、俺の表情とを見比べ少し唸った後にカードに手を掛けた。
「【宣告】コイツはカメムシじゃない」
開かれるカード――カメムシ。
1枚目は素直に、あぶれたカードをプレイする。
カメムシカードがクドウの元へと配置された。
「クモだ」
そう証言され、3人の間に張られるクモの糸。
再び俺をその手に掛けようと、毒牙を擡げる。
「【宣告】、これはクモだ」
クモのカードはすべてクドウ達に抱え込まれている。
3人内での内訳までは分からないが、平均的に見ても3枚程度ずつ。
可能性は大いにある。
若干指先に汗を感じながら、カードを捲る。
――クモ。
再びの一生。
「カカカ、どうして今回は運が良いじゃねぇか」
シノダの手元へ置かれるクモのカード。
序盤としては好調。
だが、もちろんヤツ等はダメージのコントロールの内だ。
「そうだな、これはゴキブリだ」
「いいや、サソリだね」
「おやぁ、ハエだな」
シノダから回されたカードがそのシルエットを2転3転とさせながらアサイの手によって俺の前に差し出される。
尻尾が生えたり羽が生えたり大変な害虫だ。
ゴキブリもサソリもハエも、この1戦では初めて耳にするワード。
だが、そのどれもがウソであり正体は別の何かである可能性も十分ある。
結局の所、現状は真実か否かの2択のみ。
「【宣告】、これはハエだ」
あまりに証言が転々としすぎる以上、一般的には嘘の可能性のほうが高そうにも見える。
だが、示し合わせ有りとしている以上はその裏をかかれる事もあり……今回はそちらに賭ける。
――クモ。
深読みしすぎたか……仕方なしにクモのカードをその手元へと配置した。
まだ1枚目ではあるが、奇しくもクモを獲得してしまった事が何よりも辛かった。
自らが1枚も確保していないカード。
その実状を把握する事は容易では無い。
「俺のカードは……カメムシだ」
カードの提示と共にそう証言を行う。
回す相手はもちろんクドウ。
即答の危険を減らすため、こちらからの提示する相手は1人に絞る。
ダメコンを行うその腹を逆に利用し、こちらの被害を少しでも減らすために。
「カメムシか……カメムシか」
クドウはいくらか考え込み、その上に指を這わせる。
「まだ、ダメージを気にする段階じゃない。【宣告】、コイツはカメムシだ」
【宣告】と共に捲られるカード。
クドウとしては【宣告】するのであればそう言わざるをえ無い。
先ほどの俺と同じ。序盤で2枚の同カードを抱える事は流石に避けたい。
だからこそ、その心理を突いてカードの正体は――カエル。
「ちっ、掴まされたか……」
舌打ち交じりにカードを手中に収めるクドウ。
これでクドウの場にカメムシとカエルのカードがそれぞれ1枚ずつ。
勝利には程遠いがそれでも着実な一歩。
「だとすれば……そうだな、もう一度クモでどうだ?」
クドウの差し出すカードが、その証言を買えずにシノダ、アサイと巡り俺の元へとやってくる。
先ほどと同様に、徐々に張り巡らされてゆくクモの糸。
既に一歩足を踏み入れている状況で、着実にその逃げ道が塞がれてゆく。
「【宣告】……クモだ」
真実は――ゴキブリ。
だが、今はそう【宣告】するしかない。
おそらくクモでは無いと感づいていても、万が一は防がなければその一歩が命取りとなる。
巣の中心から放射状に張り巡らされた、粘着性の無い縦糸を綱渡りするように、一歩、また一歩とその寝込みを襲いに行かなければならないのだから。
決して、横糸へ足を踏み外す事はあってはならない。
外して横糸に足を踏み入れた瞬間にヤツは獲物に気づき、弱者を捕食しようとその重い腰を上げてしまうのだから。
「カメムシ、だ」
だから俺はただそう付きつける。
クモの中枢、頭であるクドウへと。
「あくまで俺に狙いを定めるか……まあ、そうするしか無いだろうなぁ」
だがクドウはそのカードを当たり前のように手に取ると、内容を確認し、シノダへとカードを回す。
「おい、コウモリだ」
「【宣言】、コウモリじゃない」
捲られるカードはコウモリ。
静かに、ただ事務的に、カードがシノダの元へと配置される。
「流石に、ダメコンできる事に気づいてないわけでは無いだろう、イヅル君よ?」
それでもそうするしか無い事に気づいているのだろう、ニヤニヤと試すような表情でクドウが言う。
その表情は、微塵も自らの負けなど想像だにしていないような、そんなものであった。
それから数巡、勝負は続く。
迎える盤面の状況、
イヅル――ゴキブリ2、クモ2、サソリ1。
クドウ――ゴキブリ1、カメムシ1、カエル1、コウモリ1。
シノダ――カエル1、コウモリ1。
アサイ――ゴキブリ1、サソリ1、カメムシ1。
ゴキブリとクモを2枚抱える先ほどの状況と同じく。
今回は相手側にもそれなりのカードを与える事が出来てはいたが、それでも周到なダメージコントロールの前に直接的な1枚は送れていない。
スタートプレイヤーはクドウ。
ヤツ等の中では一番獲得カードの多いクドウだが、それでもまだ勝負を掛けるに至らない。
クドウは暫く自らの手札を吟味していたが、一度それらを裏向きにテーブルの上に置くと酒瓶の残りを一気にその喉にあおり込んだ。
「やめだやめだ……じれったくてしょうがねぇ」
そう言うと再び手札をその手に持ち、カードを1枚手に取ると裏向きで『俺』に回してきた。
「ほらよ、イヅル君。クモだ……どうする?」
クドウのプレイスタイルが変わった。
3人を通して最後に俺に回す事で【宣告】を強制する先ほどのスタイルと違い、俺に『カードを回す』選択肢を与えてきた……?
俺は当然【宣告】せずに、そのカードを手中で目にする。
中身はクモ。
俺はそれを「ゴキブリ」と宣言し、アサイへと回す。
クドウが動いたのは、その時だった。
「おい、クモだ」
「あいよ、【宣告】。ゴキブリじゃない」
なるほど……そう言うことか。
「な、何ソレ、卑怯じゃないの!」
「何が卑怯なんだ、お嬢ちゃん。これはルールで名言されてる事なんだぜ?」
「えっ……?」
そうだ、俺が追加したルールの一つ。
『3人の間での相談を認める』。
それはつまり『助言』も含まれると言う事。
「流石に勝負が長引いて仕方がねぇ。スピーディに行こうや、なぁイヅル君」
この期に及んで開き直ったヤツ等はあろう事か退路までも塞いできたのだ。
回せば確実に仕留められる……『回せる状況であるにも関わらず回せない』。
選択権がありながら、【宣言】するしか無い。
背水どころか、前後左右何処をみても崖しかない。
そんな孤立無縁の状況に、立たされていた。
「大丈夫……なのよね?」
俺の顔色を伺うようにルルナが問う。
当事者では無いくせに人一倍勝負の行方を気にしている彼女。
その問いは、俺に「大丈夫だ」と言って欲しい彼女の願望のようにも聞こえていた。
「いや……正直な話、苦しいな」
それは紛れも無い真実。
抱えてしまった3枚目のクモ。
おそらくゴキブリもすぐにリーチを迎える。
そうなれば……後は捕食されるのみだ。
「そんな……」
彼女に悲しむべき点は一切無い。
無いハズなのに、彼女はまた泣きそうな表情で俺の背もたれを握り締める手に静かに力を込めた。
残るカードは7枚。
サソリ1、カメムシ2、カエル2、ネズミ1、ハエ1。
この7枚が尽きるのが先か、4枚カードが揃うのが先か。
唯一生き残る方法は、これから先【宣告】を当て続ける他無い。
7枚のうち、どのカードを切るべきか……湿った指先が広げた手札の縁をなぞる。
「――ゴキブリだ」
そう言って、俺はカードをクドウへと差し出した。
「ほう……?」
クドウの眉がピクリと反応した。
こちらが崖っつぷちに立たされたのだとしても、それは飛び越えられない崖ではない。
たとえ助走をつける広さすら無くとも、足元をクモの糸に絡め取られていたとしても、それを振り切って俺は飛ばねばならない。
勝つために。
「随分とまぁ……分かりやすいエサを垂らしたもんだ」
伏せられたカードを前に唸るクドウ。
この「ゴキブリ」は悩む……そう、悩むハズだ。
あと1枚でゴキブリもリーチに掛かるこの状況、もしもそれが真実であるとしたらヤツ等は一気に有利な状況へと立つ事ができる。
その機会を、チャンスを、見す見す逃すものかどうか。
悩め……その悩みの中に、僅かな綻びが生まれる。
その綻びを、クモの糸を断ち切る切欠を、見つけ出すために。
「いいぜ、喰らいついてやるよ……【宣言】、こいつはゴキブリだ!」
動いた……ッ。
クドウの野太い指に捲られるカード。
その真実は――ネズミ。
「カカカ、臆病じゃねぇかイヅル君」
何とでも言うが良い。
だが、このひと跳びは大きなチャンスとなる。
そしてこのミスはクドウ……お前の大きな失態となる。
「ほらよ、ゴキブリだぜ」
差し出されるカード。
だが、この局面に来ても答えは一つに絞られる。
「【宣告】、これはゴキブリじゃない」
クモであれば即死。
何度も繰り返されて来た理論。
だから俺はただ黙って、なすがままに、3枚目のゴキブリのカードをその手元に追加する。 クモ、ゴキブリのダブルリーチ。
既にクモの毒牙はその眼前に迫っている。
「後が無いなぁ……イヅル君」
実際の所、後は無い。
もはや踏み外した縦糸にかろうじてぶら下がっているだけの状況。
いくら頑丈なこの糸でも、このままではいつ切れるかも分からない。
だが、それでも、突き進むしか……それしか道は無いのだ。
「ゴキブリだ」
クドウへと差し向けるカード。
あくまでそれを、ゴキブリと言い張って。
不意に、ぴたりと押し黙るクドウ。
口元に手を当て、何事か思案する様子で目の前のカードを睨みつける。
そうしてふと顔を上げると、左右の二人へと声を張り上げた。
「おい、お前ら。俺に手札見せろ!」
「は……?」
その言葉に流石の2人も豆鉄砲食らったような顔で、戸惑いを露にする。
だがクドウは強引にそのカードをひったくるように奪うと、自らだけに見えるように両手に広げた。
「クドウさん、流石に入れ替えは反則じゃ……」
「バカ! んなことするかよ……黙ってろ!」
両手の2人のカード、そして自らのカードを何度か行き来して指折り何かを数える。
ひとしきりそうすると、クドウは投げ返すように2人の手札を放り出すと再び目の前のカードに対峙した。
「ゴキブリ……1枚は持ってやがるか」
その一言でヤツが行ったことは皆目検討が付いた。
この男、“俺の手札の内容を把握した”。
少なくともゴキブリの枚数に関しては。
「何でそんな事分かるのよ……?」
クドウの言葉にルルナも疑問を抱いたように、ポツリと口から漏らす。
「簡単な事。“3-2=1”……そう言うことだ」
「?」
8種類のカードが8枚ずつ。
それがこのゲームで使われるカードの全てであり、それらは過不足無くすべて使用される。
そうであるならば、
8種類8枚 - 各自の獲得カード - 3人の手札 =
――俺の手札。
ゴキブリ1、サソリ1、カメムシ2、カエル1、ハエ1。
今の短期間で全種類を確認したかも分からないが、少なくとも『ゴキブリ1』『クモ0』……この2つの情報はヤツの頭に入っただろう。
だが、そんな事は『相談の許可』を行った時点で想定はしている。
だからこそのゴキブリ。
手札にも1枚、“残した”のだ。
「おい、どうしたオッサン。早く決めろよ……そうそう、よくこう言う言葉を聞くな。“ゴキブリは1匹見たら30匹は居ると思え”。そのカード含めて俺の残る手札6枚、“全部ゴキブリだ”」
この期に及んで口八丁を仕掛ける。
ペースを握れ。
風向きは変わりつつある。
「実弾はこちらの方が上回ってるんだ……まだ、優位はこちらにある」
クドウはそう言って指先を伏せたカードへ伸ばす。
「手札を消費させればいずれは隠れた“本物”へとたどり着く。なら、シラミ潰しと行こうじゃねぇか。【宣告】、こいつゴキブリだッ!」
開かれるカード――ハエ。
聞こえるほど大きく舌打ちをし、あからさまに悔しがるクドウ。
そんな彼の肩をアサイが突く。
「ヤバイですよクドウさん……6枚目ですよ」
そう彼が指摘するのはクドウの場――
――ゴキブリ1、カメムシ1、カエル1、コウモリ1、ネズミ1、ハエ1。
既に6種類のカードがそこにはあった。
敗北条件その3、この卓のハウスルール。
『すべての種類のカードを集めたら敗北』
そのリミットが目前に迫っていた。
だが、クドウは一つ鼻を鳴らすとギロリと俺の手札を睨みつける。
「それはねぇよ……絶対にな」
言いながら、その内容を見すかすように俺の手札を一瞥する。
その言葉を聞いて、場と俺の手札とを何度か視線を行き来させるのは唯一すべての盤面を見る事ができるルルナ。
暫く奏していた後に、小さく「あっ」と一声上げた。
そう、俺の残る手札は5枚。
内訳は『ゴキブリ1』『サソリ1』『カメムシ2』『カエル1』。
そしてクドウにトドメを刺すために必要なカードは『サソリ1』――『クモ1』。
俺の手札には『クモ』が無い。
「俺がクモを出して、それを看破されない限り……コイツが勝つことはあり得ない!」
だからこその強気。
だからこその剛言。
負ける事が無い、その確証から来る堂々たる姿。
その意思に一寸の迷いも無い。
なるほど……今までずっと、タダの弱いヤツから巻き上げるだけの臆病野郎かと思っていたがそれは違う。
こいつは生粋のギャンブラー……攻め時を理解した、真の『強者』。
賞賛を送ろう。少なくとも俺が見てきたどんな野郎よりも、クドウは『勝ち方』を知っている。
だが、その鉄壁の城塞を崩す爆弾は……クモの巣を崩壊させる1手は既に仕込んだ。
俺がクモを持たないから負けない――それは逆を言えば“クドウも迂闊にクモを出せない”と言う事。
その勝負は、おそらくこのゲームの根底。
――いかに相手の裏をかくか。
そこへ集約されつつあった。
クモか、ゴキブリか。
命運はその2択だけなのだから。