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 初めからの全張り。

 先ほどから若干背後が煩く喚いているが、そんな事は気にせず盤面へ目を向ける。

 配られるカード。

 そのカード捌きには少なくとも怪しい点は無い。

 寧ろ素人らしい、拙い手の動き。

 他の2人もカードには手も触れる様子は無く、ただ配り終わる時を待っている。

「なんだ、そんなに睨みつけられたら恥ずかしいじゃねぇか」

 言いながら、乾いた笑いを上げるクドウ。

「なぁに、心配なんざしなくてもイカサマはしねぇよ。なあ、イヅル君」

 俺の魂胆を見すかすような瞳でクドウはそう語りかける。

 その言葉に俺は何も返さずただ目の前のカードを動きを追った。

 全てのカードが配られ、手札を開く。

 

 ゴキブリ――3。

 クモ――1。

 サソリ――3。

 カメムシ――1。

 ハエ――2。

 カエル――3。

 コウモリ――3。

 

 ――計16枚。

 ネズミが1枚も無い事を除けば全て1枚ずつは持っている状況。

 カードはすべて8枚ずつあるのだから、どれも過半数が3人に分配されており、その割合を計算する事は現段階ではほぼできない。

「一巡目はイヅル君の練習兼ねてだ。手札のカードは減らしたく無いが、ここは俺がスタートプレイヤーになってやろう」

 そう言って、クドウが自らの手札からカードを1枚伏せて場に出した。

「そうだな……コイツはコウモリだ」

 そう言って、クドウが俺の元へとカードを差し出す。

 ここで【宣告】を行うか否かまずはその判断。

 これがクドウの言うとおりに『コウモリ』のカードなのか、それともウソか。

 俺は無言でそのカードを手に取った。

「まあ、最初っから【宣言】する必要は無いわな。俺を狙い撃ちするんで無ければな」

 笑いを堪えるクドウを他所に、俺は自らの手の中でカードの中身を確かめる。


 ――カメムシ。


 この男、俺を不慣れと知って最初からカマを掛けて来たか。

「コウモリだ」

 そう言って、右手のシノダへとカードを回す。

「ううむ、同じか……悩むな」

 シノダは唸りながらメガネのブリッジを押さえる。

 そうしてひとしきり考えた後に静かに【宣告】した。

「2人も言うのであれば真実。これはコウモリだ」

 そう言ってカードを白日へと晒す。

 当然、カメムシ。シノダの濡れ衣である。

「カカカ、悪いな。イヅル君と示し合っちまったみたいでよ」

 クドウは相変わらす乾いた笑いを浮かべながら、酒瓶を傾ける。

「人が悪いな……だが仕方ない」

 シノダは小さく舌打ちをしながら自らの手元へとカメムシのカードを置いた。

 これが一巡。

 ここでもしシノダが【宣告】を行わなければカードは小柄の男――アサイへと回り、最後のプレイヤーとなるアサイは強制的に【宣告】を行わなければならない。

「コイツはネズミだ」

 シノダのカードが裏向きに、クドウへと回される。

 クドウは迷う素振りも無くカードを手中に収めると一目見て、ニヤリと口元を歪めると俺の方へとカードを回す。

「ウソはダメだろう。これはコウモリだぜ、イズル君」

 ネズミからコウモリへと変わる伏せカード。

 ここで【宣告】を行えば俺とクドウとの勝負。

 だが、カードを回せば俺とアサイとの勝負。

「【宣告】これはコウモリじゃない」

 同時に捲るカード。

 

 ――ネズミ。

 

「疑うなんて人が悪いじゃないか、イヅル君。なぁ」

「騙す方に言われたくは無いな」

 クドウはしぶしぶと言った様子でネズミのカードを手元へと据える。

 盤面、クドウにネズミ1枚。そしてアサイにネズミが1枚。

 これを延々と、誰かに同じ種類のカードが4枚。もしくは全てのカードが揃う。または、手札が尽きるまで続ける。

 この手札枚数だ、尽きる事はそう無いだろう。誰かに害虫が押し付けられた『弱者』が決まるまで、このゲームは終わらない。

「なんとなく分かって来た。1枚のカードを回して、手に入れてしまった人が不利って事ね」

 手に入れないためにはウソをついても真実を言ってもダメ。

 『相手に見破られないこと』それが最も大事。

 嘘つきだろうが、正直者だろうが、見破られれば敗者なのだ。

 そうしてゲームは続く。

 3巡。4巡と流れるカードは着実にそれぞれの手元へと蓄積されて行く。

 見破り、見破られ、時に濡れ衣の制裁を与え、また受けながら。

 そうして十数巡が過ぎ――

「【宣告】、ウソだ」

「クソッ、運のいいヤツだ!」

 俺がシノダのウソを見破り、シノダは4枚目のネズミ。

 彼の敗北が確定した。

 

【コングラッチュレーション! 報酬、8000ペケを清算いたします!】


 装置から流れるファンファーレと共に残ペケ数が926982へと変動する。

「畜生、今日は勝つつもりだったのによ……」

 代わりに減るシノダのペケ、その数24000。

 一人負けのこのゲーム、負ければ全ての負債を背負うことになる。

 残り2戦、全て勝ったとしても負債は8000。

 この一戦で、シノダのゲームとしての敗北は確定した。

「カカカ、残念だったな。だがこの間大勝したしたまには良いだろうよ。まあ残り2戦頑張って少しでも傷を狭めろや」

「言われなくたってな!」

 クドウの見え透いた挑発に息を荒げるシノダ。

 酔っているせいもあるのだろう、ぶつくさと呟きながら頭を掻き毟るようにして自らカードを配り始める。

 1戦も落とせない。勝率だけで言えば3/4を3回――27/64。およそ3分の1。

 1ゲームだけを切り取って見れば『弱者』を決めるゲームに他ならないが、トータルで見れば一人負けを決めるなんてものじゃない。

 むしろ『勝ち続けられる』のは1人か2人。

 真の『勝者』はたったそれだけの人間なのだ。

「……良い緊張感じゃないか」

 思わず笑みを浮かべる。

 こんな気持ちいつ振りだろう。

 勝ちが決まっている勝負を延々繰り返す生前……もう一度、自分がチャレンジャーの側に立つなどと思っても見なかった。

「気に入ったようだな、イヅル君よ」

「ああ、楽しませてもらおう」

「そうかいそうかい、じゃあコッチも本気出して行かなにゃな」

 そう言うクドウの笑みが不意に、ソレまでの乾いたものではなくどこか湿っぽい、舌をなめずるようなものだった事に違和感を感じながらも、俺は新しいカードへと目を落とす。

 

 ゴキブリ――1。

 クモ――2。

 サソリ――2。

 カメムシ――2。

 ハエ――4。

 カエル――1。

 コウモリ――2。

 ネズミ――2。

 

 ハエの半分を掌握。その1点に関しては盤面を読む事もできる良手。

 他は1枚2枚だが一通り揃える事もでき、ある程度勝負する目もある。

「ええと……カエルだ」

 先ほど負けたシノダがスタートプレイヤーとなり、カードをクドウへと回す。

「ああ、カエルだな」

 クドウはノンストップでカードを手に取り眺めると、アサイへ回す。

「なるほど、カエルだ」

 アサイもカードを確認し、このターン最後のプレイヤーである俺へと巡り来る。

 ラストプレイヤーの俺はここで必ず【宣告】を行わなければならない。

 さて……3人中3人がカエルと宣言。

 うち、見るまで真実を知らなかったクドウとアサイも顔色一つ変えずにカードを回して来た。

 状況的に考えれば……真実の可能性が高いか。

「【宣告】、カエルだ」

 捲るカード。

 

 ――ゴキブリ。

 

「悪いなボウズ。オレっち、ウソつくの上手いんだ!」

 アサイはその小さな体で腹を抱えてケラケラと笑う。

 あの空気で全員がウソをついていた。

 なかなかの演技派じゃないか。

 俺はサソリのカードを抜き取ると、裏向きにシノダへと回す。

「コウモリだ」

 シノダは内容を確認し、同じくコウモリと言ってクドウへと。

 一方のクドウは『ゴキブリ』と宣言を変え、アサイへ。

「【宣告】、こいつはウソだ!」

「へへ、ばれちまった!」

 アサイの宣言に対し、当然ながらカードはサソリ。

 クドウの手元にサソリが配置される。

「今度こそ当ててみな! クモだぜぇ!」

 アサイがシノダへとカードを回す。

「これはクモだな」

 シノダからクドウへ。

「いやいや、ゴキブリだね。どうよ、イヅル君」

 そしてクドウから俺の元へとカードが渡された。

 クモからゴキブリへ……味な真似をしてくれる。

 このカードが本当にゴキブリであった場合、俺は是が非でも当てなければならない。

 2枚目のゴキブリはこの序盤の盤面上、あまりよろしくない。

 リーチが近くなればなるだけ、その当事者は狙われる。

 先ほどの1戦目、シノダがそうであったように。

 幸い、ゴキブリ以外のカードはまだ手元に無い。

 そうであれば、俺の選択はおのずと一つに絞られる。

「【宣告】、ゴキブリだ」

 捲られるカード。

 

 ――クモ。

 

「俺を信じてくれて、ありがとよ!」

 対面の席で、クドウがゲラゲラと笑いながら酒瓶を煽っていた。

 クモのカードが手元へと置かれる。

「ゴキブリだ」

 言いながら、俺が手元から差し出すカードはコウモリ。

 対面のクドウへと回し、クドウは同じくゴキブリと宣言しアサイへ。

 アサイからシノダへもゴキブリと言って渡され、それをシノダが真実と【宣告】。

 コウモリのカードがシノダへと配置される。

 現状の盤面。俺、ゴキブリ1枚、クモ1枚。クドウ、サソリ1枚。シノダ、コウモリ1枚。アサイ、何も無し。

「そうだな……クモだ」

「クモだな」

「クモだぜぇ?」

 シノダからノンストップで回される『クモ』宣言のカード。

 ラストプレイヤーは再び俺。

 ……何か、おかしい?

 かすかに嫌な匂いがテーブルに漂っている。

「【宣告】、クモだ」

 捲るカードは――ゴキブリ。

 2枚目のゴキブリだ。

「おうおう、ペースが速いんじゃねぇか。イヅル君よ?」

「……再び、コウモリだ」

 再三のクドウの挑発は無視し、アサイへ差し出すクモのカード。

 現状、俺以外でカードが置かれているのはクドウとシノダ。

 アサイにカードが渡るよりは、その2人に【宣告】が回る方が勝ち残る可能性は高くなる。

 が、その目論見は辛くも破堤する。

「くせぇな……ボウズは、ウソが多いからなぁ」

 アサイはそう言って口元に手を当てて唸ると、その場でカードを捲り上げた。

「【宣告】、こいつはウソだ!」

「くっ……」

 少し焦りが出たか。

 指摘されて気づいたものだが、確かにウソしか言って居ない気もする。

 酔っ払い相手と思っていたが、案外に頭は回転するらしい。

「ハエだ」

 シノダへ差し出すコウモリのカード。

 本当であれば終盤、刺すために残しておきたかった最期のコウモリだが、これ以上数を揃えるのもあまりよろしくない。

 あえてまたウソをつきながら、まだ出ていない種類の害虫を宣言し、カードを回す余地を作る。

 思惑通りカードは2人を経由し、ラスとのアサイがコウモリのカードを獲得した。

「じゃあよ、ゴキブリだぜぇ!」

 そう言って、アサイはシノダへカードを渡す。

「ゴキブリだな」

 シノダからクドウへと回される『ゴキブリ』。

 そのカードを手に持ち眺め、クドウはカカカと乾いた笑いを浮かべ俺にカードを差し出した。

「悪いなイヅル君、こいつはクモだ」

 渡されるカード。

 やはり……おかしい。

 ここ数巡、2回に1度は必ず【宣告】を行っている。

 と言うのも……必ずラストプレイヤーとなっている。

 偶然か、それとも最初の『ゴキブリ』からこの1戦の狙いは俺に定められたのか。

 ゴキブリからクモへと変えられた宣言。どちらが正解でも、はたまたどちらもウソでも美味しくは無い。

「【宣告】、こいつはクモだ」

 が、最後のクドウの表情に感じた違和感も信じ、クドウの宣言を射る。

 結果――ゴキブリ。

「ちょっとちょっと、大丈夫なの!?」

 後ろからルルナが身を乗り出してテーブルを眺めて来る。

 同時に、テーブルに笑いの渦が巻き起こった。

「おいおい、いい所見せるどころか心配されてるぜぇ?」

「まあ、見栄も程ほどにな」

 茶化すアサイとシノダ。

 そんな二人を制しつつ、クドウが一言切り出す。

「さぁ、次のカードを出しなや。イヅル君」

 その笑みは、先ほど感じたあの湿っぽい薄ら笑みであった。

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