見上げた空
私は電車を乗り継ぎ、バスに乗り込んだ。洒落た外装のバスは私を再開の地へと運んでくれる。
途中、城址のところでたくさん人が乗り込んだ。若い女性が多い。
私は少し驚いたが彼女たちの持つカバンにはイケメンにデフォルトされた武将のキーホルダーがついていた。
私はただ納得してそのカバンを見つめていた。女性は私の視線に気がついたらしくこっちを一睨みした後に背を向けた。
狭いバスの車内でよくそんなことができたものだ。そう思っていた。
バスのアナウンスは目的地の名を告げる。私は人々の間をかき分けボタンを押す。
やがてバスが止まり、私はバスを降りる。
周りに広がる光景には目もくれずに目的地へと走った。
「はぁ・・・・は・・・はぁ!」
息が切れ肩で息をする。ざぁ・・・と風が私の髪を撫でた。
「やっと会えたね・・・久しぶり・・・小次郎」
見上げた空には雲一つなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「せんぱぁい・・・マジでやめちゃうんですか?先輩がいなくなるなんて嫌ですよぉ」
私は次々と自分の道具をカバンに無造作に放りこんでいく。後輩は心配した様子で私の表情を伺う
しかし私にはその言葉を冷たく受け止め聞き流す。
周りからの冷たい視線。一部のおろおろと私の様子を見るもの。床には割れた硯。私はその硯を拾い上げカバンへと突っ込んだ。
事務的なあくまでも感情を込めずにやっていたが自分の使っていた大筆をみて決心が揺らいだ。
その筆を見つめ、しばらく目を閉じた。カバンに入れる。
「書仙・・・玄宗・・・。」
愛用の墨汁達をしっかり蓋をしまっているのを確認しカバンに詰め忘れ物はないかと辺りを見回した。
今までの楽しかった思い出を思い出し涙が出そうになる。私は目尻に溜まっていた涙を拭くと先程まで口論をしていた相手に話しかけた
「じゃあね。これからもいい作品作って。みんなで仲良くね」
私は最後の言葉だけ強めた。皮肉を言ったつもりだった。
「いつでも戻ってきていいんだからね。私たちはアンタが必要なんだよ」
棒読み・・・高校演劇でももっとマシな演技するよ。本当にこの人は私にいなくなって欲しいんだと再確認した。
部室のドアを開け、あの子に向け言った。
「一応言っておくけど硯の事は気にしなくていいよ。どおってことないから」
ピシャリと大げさに扉を閉じた。
足早に校舎を出る。涙が溢れそうだった。私の名前は宮萩奈央。南臥牛高等学校の3年になった。私はついさっき2年間籍を置いてきた書道部にさよならを告げた
桜のじゅうたんが敷かれた坂道を駆け下りる。途中で2、3組ほどのリア充の横をすり抜けたが気にならなかった。
それ以上に泣きそうな自分の目を隠したかったんだ。
しばらく走っていると流石に限界が来る。私はふと足を止めた城址公園に足を踏み入れた
公園のベンチに座り、空を仰いぐ、少し緋色に変わりつつある空はやはり綺麗だと思った。
「何かいいことないかなあああ!」
勢いに任せ私は習字道具の入っているカバンを放り投げた。ボチャンという嫌な音
「・・・落ちた?落ちちゃった?」
私はすぐに堀に近づく。静寂を守っていた堀の後に私の顔が映った。ひどい顔だ。
失恋して2回目の春。桜はいつもと変わることなく咲き、私は3年生へと駒を進めた。2年の終わりだろうか私が孤独感を感じ始めたのは。私は1人だった。
去年の3者面談でも進路は未定で提出していた。これで部活を辞めてしまってはいいところがない。
「うぅ・・・うっ」
嗚咽をあげ泣き始めた。習字道具池に落として独りで泣いて誰も私の近くには来てくれなくて。私は一人ぼっちで・・・。
どんどん妄想が膨らんでパンクしてしまいそうだ。その時だった。
背中を押された。それを一瞬で悟る。
「まっ・・・嘘っ!!」
押されたというより放り込まれたって表現のほうがいい。頭から真っ逆さまだ。T北の春はまだまだ寒い。苦い水の味。一刻も早く上がりたい!そう考えもがいても水面に近づくことができない。
このまま死んでしまってもいいじゃあないだろうか。
この言葉が頭を掠めた。私はもがくのを止めそのまま力を抜く
やっぱり嫌だ!
もう一度会いたい人がいるから私は死ぬわけには行かないんだ
必死にもがき、ようやく明るいところが見えた。水面に向かい腕を伸ばす・・・
「ぷはっ!・・・はぁはぁ・・・」
水面に顔を出した。濡れ鼠の私が見たのは私がいたはずの城址公園ではない・・・
「ここ・・・どこよ・・・?」
水の中でもがいて辺りを見渡す
公園の一角に残されたお堀跡・・・のはずなのにそれは大きな湖のように広がり終わりが見えない。
私の動揺のように波紋が広がる。その中心の私はただただその場から動けずにただ浮かんでいた。
遥か頭上の桜の木はさわさわと風に揺れ花びらを舞いている。