Episode-2-1
※7/26 一部文章の修正を致しました。
夕方の商店街。市内の住宅地とは少しずれた位置にある、ショッピングモールと呼ぶには多少古めかしい店舗が立ち並んでいる。現代日本で廃れかけた、昭和混じりの近隣生活に馴染むアットホームな風景と言えるだろう。
多少まばらになってはいるが、それでも行き交う人の喧騒が活気を生み出している。人々が笑顔をつくり、生活していくには十分な要素だ。
俺は、今日学校で出会った月森ユイという少女。もう一人、フラン・ミルフォードという外国人の少女……ただし彼女は幽霊らしい。そんな二人と帰り道を共にしていた。
「ふぅ……」
寂れながらも人の字で書かれた広告には意欲が見て取れる。
俺は街中にあるスーパーの入口、壁の塗装が剥がれて模様に見える店、そんな場所の前で一人ため息。
「ヒカル様、早く行きましょう」
「あぁ……」
目の前に居る銀髪の少女に催促をされて、俺は横に開いた自動ドアを抜ける。
途端、果物や野菜、魚などの匂いが鼻腔の中をごった返した。
俺は荷車を引っ張り出して歩く彼女に、カゴを一つ提供してあげる。
彼女が月森ユイ。聖剣の主である(らしい)俺を探してこの学校に転校して来た。蒼い瞳が水槽の魚みたいに泳いで、新鮮な果物を手に品定めをしている。
出会って半日だが、彼女の評価は俺の中で本当に変わった。
初めて彼女に会ったのは、俺の義妹……今はどこに居るかさえ分からない俺の大事な妹、霜月小夜実に告白された昼のことだった。あの時は、こんな電波女いなくなってしまえと思ってたなぁ……。
「ヒカル様、これはどうかな……」
「ん、そうだな。実が締まっているし形も悪くない。これとその隅にあるやつと……」
こくりと頷きつつ、月森はビニール袋に果物を収納していく。
こうして見ると、実に平凡で可愛げがあって、どこにでもいるような普通の女の子だ。普段は少し無口で無愛想だけど、話してみると彼女の良い部分が身に染みて実感できる。
『聖剣の主となるお方、ヒカル様……』
そんなフレーズが頭の中で再生される。初めて月森が口にした言葉だった。俺とは絶対に相性は合わない、そう思っていたはずなのに。俺はこの少女に救われた。
『貴方が零した涙は、明日を生きる為の大切な糧なのですから……』
俺は彼女の懐で涙を流した。今日まで親友だったはずの佐伯凌真が、小夜実を殺して敵になったからだ。
運命なんだと告げられ、どうしようもない悲涙に屈する。
彼女が現れなければ、きっと俺は狂っていた。
──月森ユイが、俺の存在を肯定してくれたんだ。
「……悲しんでおるのか?」
俺の後ろから、ささやくような声が聞こえた。
金色の長髪が流麗にたなびき、シャープさを際立たせている。愛らしいドレスに身をやつして、俺の周りをふわりふわりと浮いている、幼き見た目をした少女、フラン・ミルフォード。
全ては彼女の手紙から始まった。
ミルフォード家の三百年の悲願を達成する為にやって来たらしい。聖剣を俺に託して、一体何をさせたいのだろうか、その目的は未だはっきりとしない。
だが、悪ではないと心が教えてくれる。
俺はこの仲間達と行動し、魔剣に捕らわれた小夜実の魂を解放する為、聖剣を握って凌真を倒し、左手に彫られた刻印の運命を超えなければ、いけないんだ──。
「元気を出せ。苦しいじゃろうが、お主は我らの無理を受け入れてくれた恩人なのじゃ。お主は人として立派なことをしたと、わしは思うよ」
「……ありがとうフラン。ちょっと妹の、小夜実のことを思い出しちゃってね」
約束をしていた。
本来なら小夜実と、このスーパーに来る予定だったんだ。それが今は別の人間と一緒に店を回っている。俺は、やりようのない皮肉さを感じた。
「ところでどうじゃった?」
「え?」
「いやぁ、じゃからその、ユイの……胸?」
「は……?」
どこかで聞いたようなフレーズだぞ。
フランは目尻を歪ませて大口を開く。
「照れるでない照れるでない! 先ほどはじっくり見たのじゃろう、ユイの胸を。ボリュームこそ、そこらにあるメロンよりも小ぶりじゃが、なかなかどうしてじゅうしぃな印象ではないか!?」
「おい」
猿も驚くにやけ顔で、俺をからかってくるフラン。
俺の中で、フランの印象も変わっていた。
学校からスーパーに来る、ほんの僅かな時間だけで。
「こう、いつまでも揉んでたくなるような感じじゃろ? ふわふわとろとろぽわんぽわんとした」
「おいおい、お前はさっきからそればっかりじゃないか」
両手両足を駆使して、生々しく表現してくる。
フラン・ミルフォードとは、こういう人間だった。
口を開けば俺をからかい、月森にセクハラをする。見た目が幼女なだけあって、そのギャップがまた凄まじい。
過去には貴族の家系だったと言い、俺はフランに勝手な荘厳さを期待していた。
蓋を開ければ、ほらこの通り。綺麗な庭に見えても、掘り起こせばロクなものがでてこない。
何でもフランは実体がないらしく、刻印を持つ人間以外には存在が見えないし声も届かない。だから、一般人には触れることもできないし会話もできない。おかげでやりたい放題だ。
「どうじゃ、荷車を押して歩いていくユイの尻は! すりすり撫で回したくなるような気分にはさせられんのか!?」
「ない」
きっぱりと言い放つ。
本当はうそぶいたという考えの方が若干正しいかもしれないが、こいつに本心を知られるのは癪に障る。
第一、月森は俺の命の恩人だ。変なことをしたら申し訳ないだろうが。
その月森に任せっきりにするのは居心地の悪さがあるので、俺は手伝いに向かう。
「押すの、代わってやろうか?」
「……ヒカル様。大丈夫です慣れてますので」
さっと言葉尻を切った月森は、がらがらと荷車を押していく。
月森は、相変わらず『聖剣』を抱えていた。片手が塞がっている状態では大変だと思い、持ってあげようかと尋ねる。すぐに断られた。
フランいわく、抱き枕のようなものなので必要な時以外は持たせとくのじゃ、とのこと。
仲が良くなったと言っても、俺と月森はお互いを知ったばかりだ。どことなくギクシャクした関係であるのも致し方ないが、余りに素っ気ないのも困りものだ。
そして気になるのが、妙な信仰さを感じる、あの部分。
さりげなく聞いてみた。
「なぁ、そのヒカル様って言うのやめてくれないかな」
惣菜を百八十度眺めている月森の様子をうかがう。
ちらりと目線を動かしたが、そのまま視線が惣菜に戻ってしまう。
「……ヒカル様は、ヒカル様です。私にとっての救世主で、悲願を達成してくれる方です」
取りつく島がない。難破しそうな船が停留しようとしても、外側にバリケードが敷かれている感じだ。
やれやれ、参ったな……これは予想以上に厳しい。
一新して内容を変える。
とは言っても、大して話題があるわけじゃない。
「どんなメニューを予定しているんだ?」
多分これが一番、彼女との接点を保つ内容だろう。
「……なべ」
う~ん、実に率直な回答ありがとうございます。
惣菜に半額シールを添付する白服の従業員にべったりと張りついて、ひょいひょいと横からブツを掠め取っていく。この子は案外、しっかりした奥さんになりそうだな、良い意味でも悪い意味でも。
鍋と言っていたので、この惣菜は翌日の食料にでもするのだろうか。
そうか、と俺は口元を押さえた。
今日は金曜日だから、明日から土日なんだ。学校に持っていく弁当用の冷凍食品なんかより、休みの日に有効活用できる惣菜の方が都合がいいってことか。
俺は小夜実との生活を思い出す。
そう言えば、小夜実も土日には割りと冷蔵庫に色々溜め込んでたような気がする。荷物持ちなんかはここぞとばかりに張り切るけど、肝心なとこは全部あいつ任せだったからなぁ……。
意外な形で小夜実の苦労を発見し感服。
俺よりもよっぽど、小夜実は頑張ってたんだな。今はそれをしみじみと感じる。
スーパーの中をぐるぐる回って、ずっしりと重みを増すカゴ。
白菜、人参、長ネギに豆腐、きのこ類に肉類。肉に至っては鶏肉、豚肉、つくね用の鶏挽肉まで用意してある。どれだけ作るつもりなんだ。しかも何か昆布まで入っているけど、もしかして出汁取るつもりですか。
月森は華奢で身長百五十もないだろう体格に、この量は不釣合いに見える。
せいぜい、食べられて一食五百キロカロリーくらいが関の山。彼女の印象なら、一日の摂取カロリーの三分の二くらいで精一杯なんじゃないか。俺の目にはそのくらいにしか映らない。
じゃあ、どうしてこんな量の買物を。
……もしかして、俺の為に?
「やれやれ、難儀なもんじゃのう」
「うわっ!?」
急に背中から声がした。
「お前、どこに行ってたんだよ」
「ふふん、ちょっとのう」
何故かフランは自信たっぷりの態度を振舞う。
そして俺の隣に来て、店内を歩く女性を指差した。
「あそこのすらっとした女性の胸は目測バスト八十二といったところじゃな……そして、あっちのじぇーけーは童顔のナリで八十五はあるぞ!」
「…………(しらーっ)」
俺は哀れんだ表情でフランを見つめた。
「な、なんじゃその目は。お主だってボインボインのバインバインは大好きじゃろう!? うっふ~んだのだっちゅ~のだの、そういうのに憧れは持っておるじゃろ!?」
完全におっさんじゃないですか。
「く、くぅ~……ヒカルはいじわるなのじゃ……男のクセしてロマンを分かってくれんのじゃ……」
「そんなことで泣くなよ」
日用品コーナーに入っていく月森を追いかけながら、隣の馬鹿を諭す。
「むう、ユイを襲ったのに良く言うわい」
「うっ!」
屋上でのトラウマ(黒歴史)が想起される。極限状態にあったとは言え、まさか月森を押し倒してしまうとは……。しかも勢いで変なことまで考えていた気さえする。
月森の首には、俺の貸したハンカチが巻いてある。せめてもの償いに止血をしてやらないと、いてもたってもいられなかったんだ。
否応にもあの姿を思い浮かべてしまう。
真下に映った月森の純白のブラジャー。スカートを捲れば、上下揃い合わせ(勝手な妄想の賜物)の見目麗しい下着が白日の下に晒されていたかもしれない。
……月森の肌、柔らかかったな。
「〇〇したじゃろ」
「うるせえな、〇ってないです。って言うかぎりぎり過ぎるんでやめて頂けますか」
唐突なフランの嫌がらせに反論する。
狂おしいほどうざいフランを無視して月森を手伝う。何でも、ティッシュも少なくなってきたので今の内に補充したいそうだ。少し高めの五箱ティッシュをよいしょと担ぐ。
「いくぞ英雄王、武器の貯蔵は十分か」
ガン無視。
こいつに付き合っていると、精神がエグレる。
「後はもういいのか?」
「……うん、これで最後」
「そっか」
無表情で頷く月森に、俺は優しく微笑んだ。
「むぐぐ……つまらんのじゃ」
実に悔しそうな顔をしている。妻の不倫現場を覗く旦那ですか。
こいつも大人しくしてれば、普通の女の子なんだけどな。
「あ~~~!! あんなところに野生のモケーレムベンベが!!」
未確認なんちゃらかよ。居るわけがない。
「ヒカル様、早く行こう……」
「ああ」
月森も反応を見せず。当然だ、彼女がこんな方法で騙されるわけがない。
「あぁぁ~~!! あんなところでヒカルがストリップ状態でポールダンスしておるぞおお!!!」
おいおい、そんなんで引っかかるわけが、
「……っ!」
月森は全力で振り向いた。
引っかかるんかい。俺の全裸って、それはそれで恥ずかしいぞ。
「あうっ」
振り向き様に棚へと頭を打ち、月森は俺の方へ倒れ込んだ。
その勢いで日用品がばらばらと床に落ちてしまった。
「月森、大丈夫か! しっかりしろ!」
「あ、はい。大丈夫です、ヒカル様……」
聖剣を抱えて手の空かない月森の代わりに、俺が行動に移す。
「むう、すまんのじゃ……」
「あんまり月森に無理させるなよ」
しょげるフランに一言申しながら、俺は商品をかき集めた。