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ミルフォードの刻印  作者: モカブレンド
Episode1-舞い降りた運命-
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Episode-1-4

「……誰だいあんたは」


「初めましてヒカル様。ミルフォード家に代々伝わる聖剣の主となるお方」


 不思議な威圧感のようなもの。目の前にやってきた少女から、独特な存在感が漂っている。寒さじゃない。かといって暖かさでもない。まるでそこに居ることこそが幻想のような普通の人間からは得られない、虚無感を示している。瓦礫の廃墟からやってきたような、そんな不確かさ。


 現に小夜実も身体を震わせている。俺と同じ雰囲気を感じたんだろう。


「失礼致しました。私はミルフォード家の十代目の子孫であり、この学校の生徒、月森ユイと申します」


「月森ユイ……そうか」


 思い出した。一週間ほど前、隣のクラスに転校生がやってきたという話。聞いた当初は、俺も美少女の転校生がきたって噂に心踊らされた(小夜実には怒られた)が、その盛り上がりは転校初日で覆される。


 まず、ほとんど口を開かないということだ。


 外見はややマイルドな印象で、低めの身長に銀髪の髪、蒼い瞳をしていて、外国人ではないかと噂がたっていた。懐にはいつも布で覆われた縦長の物体を抱えていたらしい。所轄、バドミントンのラケットやバイオリンなどの私物を持ち歩く生徒はそれなりに居る。疑問は余り持たれなかった。


 同性でも納得せざるを得ないようなイケメンやら、いかにも下心丸出しの男連中、女子や先生らが色々と話しかけたそうだ。しかし、返ってくる答えはどれも無言。内容は以下の通りだ。


 名前は? 月森ユイ。 どこに住んでるの? 無視。 年齢は? 無視。

 君、可愛いね? 無視。 今度俺とデートしようよ? 無視。 外国人? 無視。

 何持ってるの? 聖剣。 前の学校は? 無視。 何でこの学校に来たの? 聖剣の主を探すため。

 付き合ってください! 無視。 えー、連絡事項は以上だ。月森、聞いているのか!? 無視。

 この問題解けるやつ……月森はどうだ? 無視。 ね~私と友達になろうよ! 無視。

 ち、あのクソ女が……! 無視。 月森ユイって子、付き合い悪いよね~! 無視。

 プリントを後ろに回せ、月森は避けていいぞ! 無視。

 月森ィ……ボクのこの愛を受け止められるのは君しかいないんだよ……月森ィィ……あぁ月森イィィィィ!! 無視。

 踏んでください! 死ね。


 ──以上になる。


 俺は何故こんなインパクトのある内容を忘れていたんだろうか……。


「お前がこの手紙の主じゃないのか?」


 セピア色をした三枚目の手紙を見せつける。この女は、俺の発言に一切の感情を示さない。ただ直立不動の姿勢で、聞かれた用件に回答を下した。


「その手紙は、私の先祖になる十代前のミルフォード家令嬢、フラン・ミルフォード様の書簡でございます」


「はぁ……?」


 こいつの言っていることの意味が分からない。というより、答えになってない。百歩譲ってこれがその、フランとかいう奴の手紙だったとする。だが、十代前って言うのは何だ? 十代も前の人間が、現代にしか生きていない俺に対して宛てたのか? 理解をするにもそれ相応の常識というものがある。


「で、そのフランって奴はどこに居るんだよ」


 直球勝負が信条。こういうスピリチュアルな電波女の相手をするには、平々凡々な生活を過ごしてきた自分には荷が重い。俺にはこの女が、日頃から家にしつこくやってくる新聞の勧誘などの押し売りにしか見えなかった。


「ここに」


 空中の自分より少し上辺りを指差してくる。


 ……駄目だこれは、完全に逝っている。少なくとも、話の通じる相手じゃない。小夜実に目配せをするが、首を横に振られた。やはり何も見えないらしい。当然だ。


 呆れ果てて、自然と大きな溜息が出た。人間っていうのは、自分の理解が及ばなくなると、その物事がどうでも良くなるらしい。


「聖剣の主であるヒカル様。どうかお力を──」


「帰ってくれ」


 こうべを垂れる女を、俺は一蹴した。


「悪いけど、お前の話にはついていけない。月森だっけか、お前のことが嫌いなわけじゃないけど、あまり中途半端に人をからかわない方がいい。居るかどうかも分からないけど、そのフランってやつにも言っておいてくれ」


 表情を変えずに佇む女は何も言わない。


「俺は今、幸せなんだ。余計なことに首を突っ込んで、大事なものを壊したくない。だからさ……」


 長い沈黙の間、隙間を埋めるように近くの工事音が鳴り響く。この普通の日常に侵入する異物を防ぐ。平和の世で、わざわざ紛争地帯に乗り込むことはない。


「この手紙も返すよ。俺には必要のないものだ」


 手紙を眼前に突き出して、見えない威嚇をする。蒼色の瞳、雪景色に近い女の相貌で際立つ深い睫が、眠りにつくように閉じていった。


「……分かりました。心無き具申をなさいました非礼をお詫び致します」


 おとなしく手紙を受け取った女は、俺と小夜実に背を向けた。


「ヒカル様がミルフォード家の救世主たらんことを祈っております。それでは……」


 突然やってきた嵐は、何事もなかったかのように去っていった。


 ミルフォード家? 救世主? 聖剣の担い手?


 そんなもの俺には関係ない。


 ただ俺は妹を、この平和を守っていきたいだけなんだ。


「ふぅ~参ったな。大丈夫だったか?」


「小夜実は平気だよ。それにしても何だったんだろうね?」


「さぁ……世の中には変わり者がいるってことだろ。六時間目の授業が始まらない内に、戻ろうぜ」


「うん」


 帰り際、せっかく仲の良い関係になったことだし、何の気なしに提案する。


 手を握って帰ろう。これくらい、小夜実の性格ならすんなりオッケーしてくれるだろう。俺は、小夜実の前にすっと右手を差し出した。


 しかし……。


「戻ろうぜ、小夜実」


「あっ……」


 小夜実がぴたりと止まる。そうかと思えば、苦笑いをする。


「……ゴメン。ちょっと恥ずかしいかな~なんて」


「あ、そ、そっか……そうだよな。ちょっと急すぎたな。悪かった」


「…………ううん。…………本当に、ごめん」


「小夜実?」


 俺の目の前に居る少女の姿に、どことなく暗い影が落ちているような気がした。まるで俺の知らない小夜実がいるように。それは、俺と小夜実の距離を表しているような。


 何故か、そんな感じがした。


     ※


 俺と小夜実はそれぞれの教室に戻り、さりげなく六時間目の授業に参加した。


 凌真に色々と聞かれるんじゃないかと思っていたが、違っていた。凌真が釈明という何というか、隣のクラスの小夜実が体調不良になり、付き添いに行ったことにしてくれていたのだ。


 おかげで俺は何のペナルティもなく授業に入ることができた。


 そして現在、授業も終わり放課後に至る。


「いや、悪かったな凌真。おかげで助かったよ」


「全く君というやつは……世話のかかるやつだな。おかげで僕は保健室の女医に、実験と称されて服をひん剥かれたんだぞ。偶然にも休んでいた男子生徒も上半身裸にされ、二人のツーショットを撮らされる有様。あの女医は異次元に生きているぞ……確実にな」


 鳥肌をたててすくみあがる凌真に、クスッとする。


 こいつが親友だったおかげで、今の自分が保てている。ありがたいことだ。


「笑っている場合ではないぞ。手紙の約束、忘れたわけではあるまい」


「あぁ、覚えているよ。部活が終わった後に今度こそ決着をつけよう。それと、お前に話しておきたいこともあるしな」


「ほう……」


 俺は凌真と一緒に部室へ向かった。


     ※


 高校生に入り剣道部に所属した俺は、部室で初めて佐伯凌真という人間に出会った。気難しいところもあり付き合いづらいかと思っていたが、まさにその通りだった。


 初日から喧嘩をして、その日から剣道部の見世物になった。とはいえ、俺もあいつも、中学校時代から剣道をしていたので、実力が極端に分かれることもなく……むしろ、拮抗していた。


 結局、似たもの同士だったということだろう。価値観の違いはあれど、俺は凌真という屈託のない人間性に惹かれていった。一月が流れる頃には、親友という呼び名がふさわしいものになっていた。


 それまでは、喧嘩を売る凌真と受ける俺を、小夜実が仲裁する形だった。


 今はその関係も変わっている。


 そして、俺はその関係が更に変化していくことを凌真に伝えなければならない。


「はぁ……はぁ……」


 竹刀と面を投げ捨て、俺は大の字で道場の床へと仰向けに倒れた。


「いやー今回は負けちまったか……さすがだな凌真。お前は強いよ」


「……何故だ?」


「何が……どうした?」


 倒れる俺の横に座り、同じく息をあげている凌真。


「どうして手加減をしたんだ? いつものお前なら、もう少しここぞというところで粘ってくるはず。今日のお前には気迫が足りないぞ」


 凌真が面を置き小手をはずす。見せる表情には、怒りとやるせなさが残っていた。


 空気を大きく吸い込み、吐き出す。深呼吸をする。


「俺さ、部活やめようと思うんだ」


 やめる……剣道を学ぶことから退く。退部すること。道場にある一意専心と書かれた看板が、横になった世界からだと良く見える。


 凌真は何も言わなかった。


「小夜実と、付き合うことになったんだ。まぁ、本当はそれだけじゃないんだけど。街の少しはずれにさ、いいバイト先が見つかったんだ。どっちかって言うと重労働なんだけどさ、前々からそこんとこのおじさんおばさんに気に入られてて、人手が足りなくなったって言うんで、それに、ヒカル君なら給料はずむとか言っちゃってさ、それならって感じで俺が志願しようと思ってさ、俺と小夜実が二人暮らししてるのは知ってると思うけど、っていうか何回かウチに来たことあるよな、お前が住んでると思えないくらい綺麗だって、驚いてたよな、はははっ」


 凌真は口をつぐんだまま、虚空を見つめている。


 話を続ける。


「節約して生活してるって知ってるだろ、小夜実とのこともあったし、俺バイトしようと思ってさ、ほら俺の家って何ていうか親が再婚してそんなに経ってないし、こっちで自立して少しでも楽させたいってのもあるしな、だから凌真──あでっ!」


 握っていた竹刀で頭を叩かれる。


「長い。五文字でまとめろ」


「……部活やめる」


「そうか」


 凌真は胴着をはずして使った道具を集めて、淡々と作業をこなしながら呟いた。


「一週間後、再戦をするぞ」


「えっ、おい……?」


 バスンッ。


 戸惑う俺の頭に、再び竹刀が飛んでくる。痛ぇ。


「君は今回、僕との勝負で手を抜いた。それはつまり、実力で勝ったわけではないということだ。ならば再戦を申し込むのは至極当然だろう」


「でも、俺は小夜実と……」


 バスンッ。


 やっぱり叩かれる。


「君は実に馬鹿だな。僕から言わせれば、君と小夜実君が結ばれるのはもっと早いと思っていた。それこそ僕と君の関係のように、一月以上の時間は必要なかったと思う。それくらい周りから見ても、仲が良かったと思うよ」


「え……まじか」


 突然のビッグニュースに驚きを隠せない。俺と小夜実がそんな風に見られていただなんて……。


 一拍の逡巡を行う。小夜実が鈍感って言うのは、まずない。あれくらいしっかりしてて気配りが上手な妹が周りの空気を理解できないなんてのは。


 もしかして……俺が鈍感なのか?


 目をぱちぱちさせて凌真に問うと、思いっきり呆れられた。


「ふん、そんなことだろうと思ったさ。まぁ僕には、君が小夜実君とどうしようと勝手だが。僕が怒っているのは、それを理由にして真剣勝負に手を抜かれては困るということだ」


 凌真は俺の脱ぎ捨てた道具も丁寧にまとめてくれる。


「いいか、小夜実君を幸せにする、バイトもする。その上で、僕と再戦をしてくれたまえ。部活をやめることは僕の口から顧問に言っておく。部に関しては君も僕も信用されている。理解してくれるだろう」


 凌真が道具を持って着替えをしに移動する。


「凌真……でも俺は、剣道をやめるんだぞ。その俺が、お前と勝負だなんて」


 立ち止まった凌真は、首だけをこちらに向けて言い放った。


「勝負をするのに理由や建前が必要なのか? 君は僕を、僕は君を宿敵だと思ったから戦う。それだけのことだろう。一週間と言わず、いつでも来てくれたまえ。それまで君の道具は預かっておく。いつ来ても良いように手入れもしておく。それが、再戦を申し入れた物のマナーだろう。だから、君は安心して自分のしたいことに邁進したまえ。僕は君の、永遠のライバルなのだからな」


「凌真……」


 着替えも済んだ凌真は去っていった。静かな部室に俺だけが残る。そうだよな凌真、部活をやめることが諦めることじゃない。負けることが、捨てることじゃない。もう一度勝負して、今度は俺から、そして次はお前が俺に勝負を挑んでくるんだ。それでいいんだ。


 俺は初めて、親友という言葉の大切さが何だったのか、それを理解した気がした。


「おっと、教室に小夜実を待たせているんだった。スーパーに寄る約束もしてたし、夕方の内に急いで行かないと、セールの時間に間に合わなくなっちゃうな!」


 今までの学び舎、凌真と出会わせてくれた部室を、俺は後にした。

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