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ミルフォードの刻印  作者: モカブレンド
Episode3-月下の選択-
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Episode-3-8

 時刻は午後十時を振り切ったところだ。


 夜もすっかり更けて、暑苦しい部屋の中で電気を消して窓を開放していた。


 風が欲しくて、俺は窓辺でたそがれていた。ふと奥にある月森の部屋を見ると、扉から少女の姿がひょっこり登場した。


「……あ、唯」


「いや、わしじゃよ、わし」


「何だお前かよ……って、えええっ!」


 俺の前にやってきたのは紛れもなく唯だ。だというのに、その声質はやっと馴染んできたソプラノ調の清澄な音階ではなく、少女っぽさの衰えたややアルト調の声だった。


「お前、もしかしてフランかっ!?」


「うむ! う~ん、やはり生身の肉体はいいのう……ううっ、やはりユイの身体でわしの声をだすのは無理があるの……普通に喋るか」


「真似してただけかいっ」


 フランっぽい声が、唯の声に戻った。


「そういや、ゆ……月森の身体は、もう大分落ち着いたのか?」


「ああ、聖剣の力も概ね復活したようじゃ。聖水の恩恵も受けたし、極端な使い方をしなければ、そうそう今のような事態に陥ることはないじゃろう」


「そうなのか?」


「うむ……わしには分かる。このユイのカラダを通してでる力が!」


「身体を通してでる力? まぁ、とにかく、もう大丈夫なんだな」


 俺は安心した。


 フランが唯の身体を動かせているところを見れば、本人は眠っているようだ。それと同時に、もう活動しても大丈夫なくらい平常に戻ったってことだろう。


「隣よろしーかのう?」


「ああ」


 俺は隙間を開けて、窓の縁に余裕をつくる。そこにフラン(唯)がどっこいせと肘をつける。唯の身体なのに、どこかおっさん臭い……中身が違うだけで、こんな変わるんだな。


「ああ~~やっぱり夜風は気持ち良いのう。アアーワレワレハ、ウチュウージンデアル~~」


「いや、色々おかしいから……」


 いつものペースに戻って、俺は他愛ない笑みを零していた。


 うっとうしいこともあるが、こういう時のフランは本当に歩く清涼剤だよな。


 俺はフランの持ってきてくれたスポーツ飲料を受け取る。こんな感じで涼む為に、唯はコンビニで買ってきたんだろう。


 ぐび、と一口、喉に潤いが与えられる。


「でも飛べないというのは色々と不都合があるのう。この二階の窓から飛んでも、ユイの身体では大地に這いつくばって終わり……これが、重力に魂を引かれたものの末路か」


「知らんがな……」


 フランの謎理論にツッコミを入れて、談笑を続ける。


「ていうかお前、その格好で佇むのやめろよ」


「ん? ああ、これか」


 フランが腰に手を当てて笑う。だから、そーゆーのをやめろっての。


 一応、下は履いているものの、上半身はワイシャツ一枚。


 ワイシャツ装備、白ショーツ装備、他なし。


 ブラジャーはどこに投げたのか、完全に無装備だった。


「ほう……見惚れておるな、ユイの『ぼでぃ』に!!」


「いちいち呼称すんなっ! お、おいっ、せめてボタンくらい留めろっ!」


 フランが唯の身体を動かす度に、前開きになったワイシャツの隙間から、ちらりちらりとはだけた胸元が見え隠れする。フランがぼそっと「サーモンピンク」と発言するので、俺は聞こえないフリをして耳元を必死に押さえた。


「むう、しょうがないのう……ユイも身体の中で喜んでおると思うのじゃが……」


「俺、月森がお前を聖剣で叩きたくなる気持ちがよぉっく分かるよ……」


 大人しく二つほどボタンを留めるフラン。何故か第二と第四だけで胸元のボタンだけ留めないが、ぎりぎり唯も許してくれるだろう。多分。許してくれ。


 その行為になぞらえるように、ほんのりと石鹸の香りが鼻に届いた。


「あの後、身体洗ったのか?」


「当然じゃ。お主に会うのに汗臭いカラダのまま近寄ったら、わしは『末代の娘』に未来永劫祟られてしまうわ! それにあのままだと、風邪を引いてしまうしのっ」


「はははっ……」


 フランの軽いジョーク(?)に腹筋が揺れる。


 唯の身体を優雅に回転させて壁にもたれかかったフランは、そのまま顔を覗き込んできた。


「ところで、どうじゃった?」


「…………………………………………」


 フランさん、あのさぁ、既視感しかないんですよね。


 一応、俺は「何が」と言葉を返した。


「ユイの……く・ち・び・る」


 人差し指を当てて、投げキッスしてやがる。ついでにウィンクも。こいつの羽振りの良さに感応して、ドラマで見るような場末のやっすいスナック嬢みたいなことをされても困る。


 一応、唯の身体なんだからな。


 それはさておき、俺はこんな奴相手でも礼儀正しく振舞うのがマナーだと思っている。バーでカクテルを注文するような態度(多分)で、俺は憂いを含めて言ってやった。


「あぁ? フッ、そんなもの……その、あ、あああ、あれだっ」


「ふむふむ」


「そ、そのっ……」


「ほうほう」


「ぷ、ぷぷぷぷぷ、ぷにっとしてたっ……!」


「ほぉ! もっと詳しく詳しくkwsk!」


「う、うるさいなあ。だからさぁ、あれだよ、あれ、ぽわんぽわんとしてて、もちもちっとしてて、くりゅんくりゅんのとろっとろで……」


 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


 そこはかとなく、フランにも白い目で見られたような錯覚に陥る。


「……まるで変態じゃな、その言い草は」


「ぐぬぬっ! お、お前だって色々言ってただろっ!」


「わしはオンナノコだから、別に良いんじゃもんっ」


 圧倒的な男女差別意識に遭遇した俺は、現実の愚かさを呪わずにはいられない。


 俺がフランを聖剣でボコボコにする日もそう遠くないだろう。


「まっ、しかし、お主の言うこともあながち間違いではない」


 ふふふと妖艶な表情で唯の柳眉を吊りあげるフラン。


 わきわきと指を動かして力説する。


「湯船でのぬくもりが冷めたというのに、わしに共鳴するユイの肉体、いや、肉! は、繋がった瞬間の余韻を忘れることができんっ! 主に切実に訴えかけてくる少女の頭部っ、頬っ、唇っ、耳っ、心臓っ、手汗っ、下腹部の調子っ、食欲の具合っ、基礎体温っ、胸のハリっ、股間のうずっ────」


 ガンッ!


 俺は用意した聖剣で頭をぶっ叩いた。


「の、のごぉ……!」


「月森の身体だからな、思いっきり手加減してやったぞ」


 きっと唯も許諾してくれたはずだ。


「むうう、お主のわしに対する扱いがユイに似てきたのぉ……」


「誰のせいなんだよ」


 頭を擦るフランがのそっと立ちあがる。


「お前、成仏したら、その後は八熱の地獄巡りだからな、忘れるなよ?」


 何の気なしに呟いた言葉だったが、フランは思うところがあったのだろうか、答えずに夜の天上に浮かぶ月を仰いだ。


「成仏したら、か……」


「……あのさ質問いいか?」


「何じゃ」


「最後の疑問なんだけど、凌真は魔剣を使ってどうするつもりなんだ? いや、使い道は分かる……多分、アンラ・マンユの現世降臨だろう。言い方が悪いな。そうじゃなくてさ」


「あやつに、悪神を召喚するだけの『理由』があるのかと、そういうことじゃな?」


 俺は黙って頷いた。


「根本的な理由は、アンラ・マンユ自身が魔剣を利用して現界するだけの要素と媒体……つまり、聖剣と魂を集めることじゃろう。だから魔剣に翻弄された凌真はお主の妹を殺害した。魂を生贄に捧げるつもりでな」


「小夜実の魂が数日しか保たれないってのは、聖剣を手中に収める為のカモフラージュか」


「多分な。あやつはヒカルが聖剣を持ってくるのを待っておるのじゃろう。もっとも、本当に凌真とやらが『ミルフォード家の血筋』ならの話じゃがな」


「それは、どういう意味だ?」


「特に深い理由はない。ただ、目の前にある物事だけを信用し過ぎるな、というだけじゃ。わしのような失敗をしたくなければの」


 フランの言葉が、耳にえらく響いた。


「……お主に頼みがある。一生のお願いじゃ」


「一生のお願いって、お前それさっき使ったばかりじゃないか」


「ふふっ、あれは幽霊である『ユイのもう一人の母親』としてのフランの願いじゃ。次にお願いするのは『フラン・ミルフォードであった頃の自分』の、一生の頼みじゃ」


 フランは窓辺を離れた。


 すぐ近くにあるテーブルの前まで行き、一身に月の光を浴びている。


「わしが現世に留まってしまった最大の原因は、わしの本来の肉体と魂が、アンラ・マンユから解放されていないことに他ならぬ。恐らく……今でもフラン・ミルフォードの本体は、奴の肉体とともに封印されておるのじゃろう」


「……フランは、どうしたいんだ」


 俺は三百年間生き続けてきた、悲劇の傍らで散った少女に問いかけた。


 自分自身の心は既に決まっていた。もし彼女が望む望まないに関わらず……、


「──わしを成仏させてくれ」


 唯の隣で透けて見えるように映った金髪少女の表情は、微笑んでいた。


「分かった。俺はフランが望んだことに全力を尽くす。一日と少しだけで築いた、俺の友人の為に」


 俺は誓った。決して彼女の心意気を絶やすことなく、彼女の尊厳を奪うことなく、三百年の歴史に終止符を打つと。


 と、意気込んだのだが。


「……友人、か。ぷぷっ、くくくくく……」


「な、何がおかしいんだよっ」


 耐え切れないといった風から一転、フランは猛々しく笑った。


 その様はどこか、寂しそうにも見えた。


「はははっ……いや、お主も言うようになったもんじゃな! いや、失敬。一人前の殿方を笑い飛ばすとは、わしも悪い人間じゃのう」


 悪趣味なお代官様のようなダークフェイスを晒して微笑む。


 何だか馬鹿にされたようで、むっとする。


「おいフランっ、やっぱりもう一発叩かせろっ!」


「ふふ~ん、嫌じゃも~んっ」


 俺が唯の身体に掴みかかろうとすると、バレリーナのように飄々とした動きで避けられた。


 お互いの位置が逆転する。


 このぉ、と叫ぼうとした瞬間、俺は立ちすくんだ。


「フ、フランッ! 危ないっ!」




『残念、またも一手遅かったようだねっ!!』




 男の声が窓の外から放たれた。


「凌真……っ!」


「だ~か~ら、言ったじゃないか、無用心だって。君の後を追っていけば、いくらでも場所なんか見つけられる。子供向けのファンタジーのように見逃す手はないってさ」


 凌真の手に込められた魔剣が不気味に光る。


「ぬ、ぬぐうううああああああっ!!」


「フランッ!」


 唯の身体から、脱皮するようにフランの魂が引き剥がされる。凌真の手に収まるくらいの大きさで玉系に変質したフランの魂は、どす黒いオーラで包まれていた。


 凌真が眠っている唯を押さえつける。


 窓の縁で中腰になっている凌真が、冷めた顔つきで口を開いた。


「さて、君はまたしても守るものを奪われた。そしてもう一度、君にこの質問を送るよ。選ぶことのできる答えは、二つに一つ。小夜実君と幽霊君。二つの魂は僕が預かり、郊外より向こう側にある港湾の倉庫地区で待つ。女の方は教会に安置させてもらう。ただし、君は指定した時間丁度に必ずどちらかの場所へ行かなければならない。更に、現れなかった方の魂を消滅させる。この規則を守らない場合は両方とも殺す」


「何……!」


 俺が僅かに近寄ると、凌真は唯の喉元に魔剣を構えた。


「分かったね、約束だ。君の望む未来の先で待っているよ」


「唯っ……唯いぃぃぃぃっ!!!」


 手を伸ばした先に、彼女の姿はなかった。


 再び、深遠の縁に閉ざされた、俺の守るべきもの。


 現在時刻、午後十時三十二分。唯とフランが部屋から姿を消した。


 俺とミルフォード家の事件、封じられた没落貴族と守ると誓った銀髪の少女、そして小夜実の魂、凌真との戦い。全ての決着がこれから始まる。


 光と闇を超えた世界の果てへ──。

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