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ミルフォードの刻印  作者: モカブレンド
Episode3-月下の選択-
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Episode-3-4

「……大丈夫か?」


「ひぐっえぐっ、うぅ~~~ヒカルは薄情なのじゃ……」


 滅多打ちにされてボロ雑巾とそっくりになった金髪少女。


「少し老けたんじゃないか?」


 俺は嫌味で返した。


「うるさいのじゃ……! はぁぁ……わし、穢されちゃった……」


 フランは『怪我』と『穢』をカケたのに突っ込んで欲しいのか、悲しげな様相を呈しつつ時折こちらを、ちら見してくる。残念ながら無視したい今日この頃。


「……もうお嫁に行けないのじゃ」


「一生悔いてろ」


 軽く一蹴。


 ザーッと水が流れて、飛沫が舞いあがる。食事後の食器洗いだ。


 台所で、左から順に月森、俺、フラン。


 月森からはあからさまに避けられていた。


 フランの目がデメキンみたいになって潤んでいる。


 さすがにちょっと可哀想かな……。


「なぁ月森、もう許してやってくれよ。こいつなりに場を和ませようとしてたんだよ」


「……ヒカル様が、そう仰るのなら」


 良かった、何とか許してもらえたようだ。俺はフランにウィンクをする。


 するとデメキンの目玉が星のように輝いて揺らぎだした。


「お主、天使か……うむうむ、よ~くじっくりと見ればヒカルもそこはかとなくイケメンじゃのぉ。容姿も心もカッコイイとは、中々やるではないか!」


「そりゃ、どーも……」


 明らかなお世辞、どうせ俺は平凡顔だよ。


「ああ、言い忘れてたな。月森、食事美味しかったよ、ご馳走さん」


「……お粗末様です」


 月森が口元を緩めた。


 一時はどうなるかと思ったが、やれやれ元通りってとこかな?


 俺は話題を振った。


「今日はどうするんだ?」


「うむ、昼いっぱいを使って敵のアジトを探すのじゃ」


「妥当だな」


 俺は頷く、月森も承諾した。満場一致のようだ。


「魔剣がコヨミの魂を喰らうまで、そんなに時間はないじゃろう。恐らく、今夜か明日か。それまでには決着がつくじゃろう」


「あのさ、凌真を助ける方法とかって」


「聖剣も魔剣も、魂を斬る力を備えておる。確証はないが、無理じゃろう……」


 フランはきっぱりと断言した。


 仕方がない、で納得はできない。けれど、こうなってしまった以上、せめて俺の手で凌真を眠りにつかせてやるのが、高校生活であいつと結んだ友情の証だろう。


「具体的にはどうするんだ?」


「二手に別れる。さすがに相手も昼間から目立つような行動は取らんじゃろう。日が沈むまでに自宅に合流して、一度作戦検討じゃ」


「作戦については分かった……でも、二手ってのは」


 俺はちらと月森を見る。


 何の抵抗力もない彼女に単独行動させるのは酷だ。


「無論、わしとお主ら、じゃ。わしは幽霊じゃから、いつでも逃げれるしのう」


「それに従うよ。月森もいいか?」


「……はい」


 段取りは決まった。後は準備が済み次第出発になる。


「あー」


 フランがこほん、と咳払いをした。


「まぁ、アジトの目星はついとるんじゃがの……」


「え、何か言ったか?」


 ぼそぼそと呟くので、良く聞こえなかった。


「何でもないのじゃ。昼の内は余り無理せず……そうじゃな、遊園地にでも行って半分デートでもしてくるのじゃ!」


「おいおい、お前何言ってんだよ……」


 呆れる俺にフランが一言ぼそり。


「お主、ユイの裸を見たんじゃろ?」


「…………」


 何だよ、その視界の外側から抉るボディーブローは。大体、俺は布団の中まで覗いたつもりはないし、ちらっと目に映った程度だ。


感触は、うん、まぁ……気持ちよかったけどさ。


「ユイは見られたんじゃろ?」


 フランが月森の方を見つめて言葉を催促すると、計画したかのような、こんな一言。


「……ばっちし見られた」


 顔を赤らめる銀髪少女さん。


「…………」


 外堀を埋められていくというのはこんな気分なんだろうか(既視感)。毎日こつこつと築きあげた俺の城の上空で、爆撃機が無造作にミサイルを投下している。


 放心する俺の間で、板ばさみの波状攻撃。


「下着の中まで見られたんじゃろ?」


「……えっ、し、下着の中まで、みみっ、みら、見られた……」


「…………」


 嘘つけ。規制がかかるわ!


 女って怖いなと、つくづく俺は思い知らされるのだった。


「このデート合意と見てよろしいのじゃな!?」


「ああ、もう、好きにしてくれ……」


 さっきまでの喧嘩はどこへやら、今はお互いにハイタッチをしている。


 助けてよ小夜実、凌真……。


 俺の代わりに、水道の水が透き通った涙を流してくれていた。


     ※


「さて、たっぷり楽しんでくるのじゃぞ!」


「何でそんなに嬉しそうなんだよ……」


 時刻は午前九時十五分、電池残量四十六パーセント、携帯調べ。


 アパートの外に出た瞬間、ぶわっと熱視線のような直射日光の襲撃に見舞われる。


 聖剣を抱えた月森は昨日と同じキャスケットをかぶっていた。帽子を斜め前にあてがい、ポシェットを装着し、聖剣を担ぐ。


 彼女の基本スタイルのようだ。


「いやー暑そうじゃのー」


「こういう時は、幽霊のお前が羨ましいよ」


 滾る熱気に肌を焦がされながら、フランを眺める。


 幽霊は気温を感知しない。


 実に清涼感のある佇まいで空を滑走するフランに一抹の悔しさを覚えた。


「何時に集合にするんだ?」


「そうじゃな、七時頃で良いんじゃないかのう」


 うむうむ、とフランはひとしきり首を振った。そして、一人でにアパートを指差し始める。


「戸締りオッケー、持ち物オッケー、やる気メーターマックス! では、わしは行ってくるのじゃ、全ての美少女がわしを呼んでいるのじゃあああああ!!」


 金の絹糸をなびかせて、フランは青空の彼方へと溶けていった。


 やれやれ……やっと荷が軽くなったよ。


 肩をぐるんと回して、コリをほぐす。月森の方を振り向いて言葉をかけた。


「さっ、行こうぜ」


 声をかけるが、その少女は俯いてこう口にする。


「……ヒカル様と、初デート……」


「たははは……」


 俺は真夏の太陽とは別の意味で赤面する少女を見て、苦笑した。


     ※


 市外になるが、割と近辺に遊園地がある。


 バスに乗車して、俺と月森は目的地へ向かった。こうしてフランに任せっきりにするのが申し訳ないと思いつつも、美少女とのデート(という名目のアジト探索)には心が弾んだ。


 いや、フランのことを百パーセント信用してはいけない。


 あいつはあいつで楽しんでるだろう。


 下車して徒歩で進んでいくと、遠巻きから絶叫交じりの声が響いてくる。


 大きな観覧車を目印にして平坦な道のりを通過すれば、そこは現代文化の桃源郷。人を虜にしてやまない魔法の楽園が視界いっぱいを埋め尽くした。


 左右どこを見渡しても人、人、人のごった煮。土曜日というだけあって行楽客の大半は子連れ家族と彼氏彼女なんかだ。


「うわぁ……結構混んでるなぁ。離れると迷いそうだから気をつけろよ?」


「……はい」


 月森は不安がる子供のような目をして、恐る恐る場内へ入っていた。


 パンフレットを受け取り、回数制限なしのフリーパスを贅沢にも二人分購入。腕に専用のバンドを施して、人波の集まる方角へと自然に足が運ばれていく。


 途中で聖剣が荷物検査にあったが、刻印の保持者以外では切れ味を発揮できないので、玩具扱いでスルーされる。俺と月森が同時に深いため息を吐いた。


 遊園地は現代人の贅沢だと、霜月光こと俺は思っている。


 なんて格好つけてみたものの、代金は全額月森負担という体たらく。


 懐に余裕がなかったわけじゃないが、札束そのものが私腹を肥やしたような月森の財布を見れば、誰だって道を譲ってしまう。思わず顎がはずれそうになって困りものだ。


 どこでそんなお金入手したのと聞けば『フランと共謀した』という答えが返ってきた。


 余り深追いしない方が幸せだと、俺は思った。


 月森は、視線を右往左往させて乗り物を凝視している。こんな姿の月森を見るのも珍しい。


「もしかして、遊園地初めてか?」


「……うん」


 童心に帰るのか、月森は稀に実年齢よりも幼く見える瞬間がある。


 両親と遊園地に行ったことがない。


 それを考えるだけで、胸がずきずきと痛んだ。


 俺は瞼をおろして、すーっと深呼吸をした。肺の中に新鮮な空気が充満する。


 月森の前に、俺は右手を差し伸べた。


「とりあえず色々回ってみようぜっ。俺は、月森といる今を楽しみたいからさ」


「……ヒカル様……はいっ」


 手のひらに、暖かな少女のぬくもりが伝わった。


「ヒカル様の手、暖かい……」


 少女がそんなことを呟く。月森の指先は夏にも負けずひんやりしていたが、俺の指と絡んで程よい温度になっていった。


「何か、やってみたいものとかあるか?」


「……全部、回ってみたいです」


「ははっ、意外と欲張りなんだな……なら早速行ってみるか、時間は待っちゃくれないぞ!」


 月森の手を引っ張って、俺は足を強く踏みだした。


 手近にあったコーヒーカップに乗って笑い、メリーゴーランドではしゃぐ、ジェットコースターでは降りた後に月森がうなされ、幽霊屋敷では俺が月森の背中に隠れた。


 噴水手前の長椅子でアイスを食べて、また別の乗り物へと走っていく。


 月森は幸せそうだった。そんな彼女の笑顔を見るのは初めてで、俺は心底、遊園地に来て良かったと心から、そう感じていた。


 観客席の向こうで、五色揃った戦隊の後ろから派手な煙が吹きあがる。


 平和を乱す悪をやっつける、子供向けのヒーローもの。それを、俺と月森は子供達から少し離れた位置で眺めていた。


 意外と好きなのか、月森は興味津々でヒーローショーを見続けている。


「やっぱり、間近で見ると子供向けのショーでも迫力あるな」


 俺も小さい頃は憧れてたっけ。


 弱冠十六歳の俺でも、正義と悪が世の中の全てじゃないなんて価値観は、子供の時にとっくに分かっていた。むしろ、小学生くらいの頃から両親の不仲に悩まされてきた俺と妹は、思い描いていた普通の家庭の子供よりも、それを強く実感していた気がする。


 月森はどう考えてるんだろう。


 同じように両親との亀裂があって、世の中の不幸せばかり背負わされてきた彼女には。


 心で望んでいる正義があるのだろうか。


「月森は兄弟とか、欲しいと思ったことはなかったのか?」


「……フランがいたから」


「あー、なるほどなぁ」


 俺は鉄柵にのしかかる。


「月森から見て、フランはどんな立場なんだ?」


 無表情を貫いたまま悩んでいる。聖剣をぎゅっと抱いて、月森はこう呟いた。


「……できの悪い妹」


「うわぁ、そりゃ中々に辛らつなお答えで……」


 悔し涙を流すフランの姿が目に浮かんだ。


     ※


 時刻は昼を越えて午後になっていた。


 途中で食事を挟む。俺がカレーライスを注文すると真似して月森もカレーライスを頼んだ。自動販売機では同じ飲み物を選んで、同じタイミングで飲み干していた。


 無論、月森はすぐに体調不良を訴えていたが。


 回れるものは全て回った。時間的には想像よりも早く終わり、残るは観覧車のみとなった。


 フリーパスを見せて乗車する。


 がたんがたんと車体が揺れて、少しずつ上空へと舞いあがっていった。


 月森の対面に座り、遠くに映る街並みに思いを馳せる。そこにきてようやく、今日一日の疲労感が波に乗って押し寄せてきた。


 腕を伸ばしてぐっと背伸びをする。


「ふぅ~結構回ったな。疲れちゃったよ」


「…………」


 息を吐いて、ぐるんと首をまわす。


 聖剣を椅子の横に立てかけた月森も、緊張の糸をほぐしていた。


「あ~外、綺麗だよな」


「……はい」


「ここからだと、月森のアパートも学校も見えるよな」


「……はい」


 ず~んと流れる沈黙。


 うっ……やっぱり、月森と一緒なのは気まずい……。


 二人きりの静謐な空気漂うネガティブシンキングルーム。


 景色は綺麗だったが、思うように会話が続かず喉に引っかかりを覚える。色々と聞いてみたいことはあるが、大丈夫なんだろうか。


 心配する俺をよそに、月森がきっかけを作り始めた。


「……ヒカル様は、ずっとあの街で育ったんですか?」


「ん? ああ、昔は別のところで生活してたんだけどな。小学校六年の頃かな……親が離婚しちゃってね。その後、色々あって居づらくなってさ。中学に入る手前でこっちに来たんだよ。昔は妹と母親の仲がすごい悪かったなぁ……俺も、母親は好きじゃないけどさ」


「……ごめんなさい」


 不謹慎な発言をしたと思ったのか、月森は謝罪してきた。


「いや、俺もどっちかって言うと聞いて欲しいからさ。どんな相手でも話せるわけじゃないしな」


 観覧車があがっていく。


 街並みがゆっくりと粒状に変わるのをぼうっと眺める。そんな時、月森ががさごそとポシェットを開けて、ハンカチを取りだした。


「……ヒカル様、これを返します」


 手のひらに四角いものが、ぽんと横たわった。


 血止めに使用した俺のハンカチだ。イニシャルの刺繍が入っているので間違いない。


 ハンカチは洗濯されて綺麗に折り畳まれていた。


「あの時は悪かったな……痛かっただろ」


 月森は何でもないように首を振った。


「……ヒカル様が心配だったから」


「そっか」


 俺は胸ポケットにハンカチをしまった。


「このハンカチ、亡くなった妹に貰った物なんだ。ああ小夜実じゃなくて、昔のね」


「そう、なんだ……」


「妹が亡くなったのは、消沈する親父と妹での三人暮らしが半年くらい続いた頃かな。冬の雪が降っていた日、妹は目の前でスリップ事故に巻き込まれて……。妹の不注意だったんだ、でも俺は助けてやれなかった。手が、届かなかったんだ」


「…………」


「剣道部に入ったのは、何でも良かったからだと思う。強くなろうって言うより、夢中で何かをしていれば、嫌なことを思い出さずに済むんじゃないかって、そんな風に思ってたのかもな」


 俺は広げた手のひらを見つめる。指は少し震えていた。


「中学にあがってからは、とにかく部活に明け暮れてたよ。でも、高校に入る手前には小夜実と出会い、高校ではすぐに凌真とも出会えた。親父も結婚したしな。そっからは本当に幸せだったよ。今はまた……いなくなっちゃったけどな」


 重くなった場の雰囲気を和まそうと、俺ははにかんだ。


「なぁ、月森のことも教えてくれよ。もっと知りたいんだ」


「……うん」


 月森は頷いた。そして、さくらんぼ大の小唇を震わせてこう喋る。


「……あのね、実は週に二、三回くらい、身体……貸してるの」


「はっ?」


 俺はスカートの裾を握り締める月森を凝視して奇声をあげた。


「えええっ!? そ、それってもしかして……お、おおお、男に?」


 女子高生肉体無防備宣言。


 少女の口から、衝撃的な発言を聞いてしまった。


 確かに彼氏がいてもおかしくないくらい月森は可愛いけど、俺の中で、どこか彼女に対して貞操観念というか、淡い処女心なるものを期待していた。


 それどころか、一週間の内に幾度となく『経験』をしているなんて。


 月森が、こんなに遠く感じたのは初めてだ。


 DT(正式名称秘匿)の俺には、こんなに苦しいことはない……。


「違う……フランに」


 そっか、やっぱりそうだよな。


 フランに…………………………って。


 え?


 俺は目を丸くして月森の顔を見た。


「……その、私が寝てる時は、フランの魂が乗り移れるみたいなの。だから、読書したり、用事があったりする時は……身体を、貸してるの」


「そ、そうだったのか……あはははっ、いやそうだよなっ!」


 何だ……どうやら、俺のレベルが足りてないわけじゃないらしい。というより、服を借りた時に似たようなことで一度怒られたっけな。


 ま、まぁ俺くらいになれば、スラ〇ムがスラ〇ムベスになっても余裕よ!


 根拠のない強がりを示しながら、俺は苦し紛れに窓の外に向かって渋い大人の表情(と似た何か)をつくる。


 ……待てよ?


 俺はいけない何かを思いだした。


「あのさ、あいつが現世との関わりを失って三百年がどうの~って言ってたけど、もしかして」


「……フランの悪戯。そのうち、ヒカル様をからかう材料にするつもりだったんだと、思う」


「マジか」


 あいつめ。戻ったらとっちめてやる!


 散々人を小馬鹿にしたフランの弱みを握る。どうしてやるかはまだ決まってないが、じっくりと料理すればいい。俺は謀略を口内に潜ませ、にやりと薄汚い笑みを漏らした。


「あぁ、もしかして月森が紅茶嫌いなのってさ」


「……あの馬鹿が、飲みすぎるから」


 本当、どっちが保護者か分かりゃしないなぁ。フランにきつくお灸を据えることを宣言して、俺は月森との他愛ない会話を続ける。


 言葉を交わせば交わすほど、俺が月森のことを誤解していたことに気づかされる。


 最初は料理が下手だったとか、以外に飽きっぽかったりとか、バラエティ番組が好きだったとか、彼女の人間性を色眼鏡で見ていたことを自覚する。


 それが今は鮮明になってきた。


 話題もそれなりに尽きて、観覧車が下降に入っていく。次第に景色がいつもの姿を取り戻し始め、楽しかった月森との遊園地も終わりを迎えようとしていた。


 かたんことん……。


 揺れる観覧車の音が、俺と月森の間に沈黙のアンチテーゼを唱える。


 ふいに、月森の口から上擦った声が聞こえてきた。


「……………………あの、ヒカル様」


「ん?」


 がたんことん、観覧車は時たまにほんの少しの揺れを見せる。


 妙にたどたどしい月森の語り口。


 赤面した表情を隠すように、少女は俯いたまま躊躇いがちに唇を噛み締めている。


 両手をスカートの上に置いた月森は、僅かに身を乗りだして。


 俺に宣言した。


「……私、ヒカル様のことが、好きです」


 ──告白と呼べるもの。


 少女の意思が、その言葉に重みを持たせる。決して軽はずみじゃない、本心から吐きだした渾身の願い。それが、霜月光という人間に向けた最大級の気持ちなんだろう。


 彼女にしてみれば、ずっと聖剣の主を探し求めてついに出会った運命の想い人。


 瞳を閉じると、短い生活で営んだ月森との日常がありありと蘇る。


 俺は言った。


「ごめん」


「……あっ…………」


 車内に静寂が戻った。


 俺はふいに、月森の視線から目を逸らす。


 きっと、今の彼女には、俺には到底考えつかないほどの辛い責め苦が与えられているのだろう。


 痛む胸を誤魔化して、俺は心中で謝罪の言葉を念仏のように繰り返した。


 彼女にとって救世主とは、フランの願いを叶える為の英雄でしかない。ミルフォードの子孫とか、そんな理由で個人が勇猛果敢になれるほど、人間は上手につくられちゃいない。


 だから彼女が描いている理想こそ、自意識に侵されたまやかしなんだ。


「…………」


「…………」


 その間、二人は何も喋らなかった。


 ただ時間が過ぎるのを待って、俺は意識をどこかに放り投げ続けた。


「ヒカル様、着きましたよ。降りましょう」


「……………………あぁ」


 気づけば観覧車はスタート位置に戻っていた。


 扉が開放される。


 ──これで良かったんだ。


 俺はスカートを翻して外にでる少女の後ろ姿を直視できなかった。

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