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ミルフォードの刻印  作者: モカブレンド
Episode3-月下の選択-
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Episode-3-3

「おおう……」


 俺は朝食のラインナップを見ただけで、涙がちょちょぎれそうになった。


 小夜実との生活でも、割と多かったパン主食の献立。


 加えて、目玉焼きにベーコン添え、しゃきっとしたソーセージにマッシュルームのソテー、コーンポタージュと昨日買った惣菜が幾つか小皿に盛られている。


 ジャムは、ブルーベリー、苺、マーガレットと瓶詰めされた各種品目が綺麗に並んでいた。


 小夜実は朝に弱い典型的な低血圧型だった。米を胃が受けつけず、大半はパン。


 米食も好きだが、パン食は優雅さがあって非常にグッド。


 そして、淹れたてのコーヒー。月森が自宅で中煎りでの焙煎をしてペーパードリップで落としてくれた。自分にはピンとこないがブルーマウンテンという豆を使っているらしい。


 彼女いわく、火山付近の温暖土壌と適切な雨季によって安定した高地から厳選して出荷された高級豆は現在の日本に対する出荷量が過去の七、八十パーセントよりも高く九十五パーセント程度が日本国内への輸入量で当時のキャッチフレーズの英国紳士御用達コーヒーというのも日本でブレイクした理由の一つで特にこのブルーマウンテンの特性としては酸味・コク・甘みのバランスが優れていてそれなりに浅煎りの方が美味でブレンドしてもミルクを足してもその味わいが損なわれることなく更にCOEのカッピングでも────。


 ……これ以上先は覚えていない。月森の意外な饒舌さに、こっちが舌を巻いてしまった。


 とにかく俺は、二杯目のコーヒーを受け取って手を合わせた。


「いただきます!」


 俺は一人威勢良く食事を開始した。


 トーストにジャムを万遍なく塗りたくって、大口を開ける。


「……月森は、食べないのか?」


 空いた口を閉じて、俺は俯いた月森に声をかけた。


「……頂きます」


 遅れて挨拶をした月森は、しばらく料理を眺めて沈黙していた。


 やがて押し黙ったままパンを手に取り、小口でパンの端っこにかぶりついた。


 俺はマッシュルームにベーコン、コーンポタージュと食を進める。


「うん、美味い! 朝食が楽しめた日は何でも上手く進む気がするよなっ」


 一割の世辞と九割の本心で、俺は隙間ないくらいに料理を次々に口にする。


「……良かった。昨日コンビニに行った時、お塩を買い忘れちゃって、少し足りなかったから……」


 ああ、それでコンビニ行きたいっていう名目もあったのか。


「後で買いに行こうか?」


「……ううん、多分、大丈夫だよ」


 塩くらいすぐに買えるだろうに、月森は妙なところで謙虚だよな。


 ポタージュをスプーンですくいあげる。ふと、月森に空目を流した。


「具合でも悪いのか?」


 どこか月森の様子が芳しくないように見えた。


 手に持ったパンもネズミにかじられた程度にしか減っていない。


「……あんまり、お腹空いてないから」


「そっか」


 月森は無表情で、どこか一点だけを見つめている。


 昨日の夜も体調が悪そうだった。あの時は、影の一撃を食らったかと心配したが。


 きっと、疲れが溜まっているんだろう。


 俺は自分に言い聞かせた。何だかんだ言って、帰宅した時点では元気だった。月森も小夜実と同じで朝に弱いタイプなんだ。


 構わず、俺はパンをほおばった。


 ぐびっとコーヒーを飲む。


「じーーーーーっ……」


「な、何だよ」


 俺は虎視眈々と睨みつけてくるフランに驚いた。


 フランは唇をツンと尖らせて言った。


「……君はその下品な泥水を飲むのかね?」


「はぁ? えっと、その、コーヒー……のこと?」


 俺はずいっとフランの前にコーヒーを差しだすと、彼女はタバコの煙を嫌うような仕草でこれを押しのけた。


「おかしい、おかしいのじゃ! ブレックファストと言えば、紅茶じゃろ!?」


「あぁ……?」


 言う間にも、コーヒーを口に流す。


「朝の一杯はテラスで紅茶! 朝食に紅茶! 昼はパラソルのついたテーブルで紅茶を飲んで、おやつの時間に紅茶! 読書中にも紅茶を飲んで知見を深め、夜に紅茶を飲む! 一日に最低五杯は紅茶を飲まなければ人生を謳歌したとは言えぬのじゃ!!!」


 超力説をして呼吸を荒げる没落貴族の咲き乱れ。


 フランはよっぽど、紅茶が好きらしい。


「それをコーヒーなどとけしからんものを飲みおって……その黒いのは毒じゃぞ、毒! そんな産業廃棄物を口にするくらいなら、わしは青酸カリを舐め尽くした方がましじゃわい!」


 青酸カリにレモンティーなんて話がどこぞであった気がする。


 そんなに嫌なんかい。


 俺はそれとなくフランに尋ねてみた。


「……お前さ、好きな本は?」


「シェイク・スピア全集じゃ」


 フランはしれっと答えた。


「じゃあ、お前の住んでた土地って」


「島国じゃ」


「……お前が生きてた少し前に、ルネサンスとか清教徒革命とか起きなかったか?」


「あったのぉ」


「お前が紅茶好きなのって」


「お主、わざと言うておるじゃろ」


 俺はフランの膨れっ面に、思わず苦笑した。


 おおよそ、彼女の住んでた場所が分かった気がする。


「しかし、父上は紅茶を買うのも大変だったようじゃがのぉ」


「へぇ、そうなのか?」


 フランは、うむと首を縦に振った。


「何せ、紅茶の税金が百五十パーセントほどあったからのう」


「ぶっ!!」


 危ねぇ、コーヒーを口にしてなくて助かった……。


 今噴出してしまったら、月森を真っ黒にしてしまう。黒ですよ、真っ黒。


「何だよその税率は……」


 空恐ろしいが、聞いてみる。


「うむ……みんな紅茶が好きじゃからのう。ひどい時は二百パーセントまであった。国家的にも、紅茶の税金で色々とまかなえるくらいには徴収しとったらしいの」


「それはひどいな」


 国民が暴徒と化す姿が脳裏にはっきりと映像で伝わる。


「物品税を廃して生活必需品などを含めた一律五パーセントの暴利をむさぼる日本の消費税よりましじゃわい。とにかく、ユイもコーヒー派じゃからのう……。食後はともかく、食前のコーヒーは何か食事を通していないと胃が荒れる可能性があるので心配じゃ!」


「紅茶もたいがいだろ」


 別に不思議なことじゃないが、何となく月森にコーヒーは似合わないイメージがある。


 日本人の特徴よりも少し離れた容姿の月森には、やはり紅茶の方が過不足ない気がする。ジャパニーズにコーヒーがベストかと言われれば、また違ってくるんだが。


「ヒカル様、はい、あ~ん」


「えっ? あ、あ~ん」


 急に月森がフォークに刺さったマッシュルームを俺に差しだした。


 ぱくっ……もごもご、ごくん。


 うん美味。甘露甘露。


「はい」


「あ、あ~ん」


 ぱくっ、ひょい、ぱく、ひょい、ぱく……。


 エクセレーンッ、ビューリフォー、パーフェクッ!


「……美味しいですか?」


「うん、イエスだね」


 月森の皿にあったマッシュルームが完売していた。


 フランが儚げな顔つきで身を乗りだしてくる。


「ユイ、またお主……きのこ残したじゃろ」


「…………知らない」


 ぷいっと、月森はそっぽを向いた。


 何々、何ですか? 俺は月森の食癖に利用されたってことですか?


 あ~そうか。昨日の鍋だ。


 月森は豆腐や野菜ばっかり食べてた。俺はてっきり、そっちが好みだからかと思っていたが、意図的に『きのこ』を避けていたのか。


 昨日の鍋に入れたのは、俺の好みが分からなかったから、と。悠々自適なところは案外、フランに似たんだろうなぁ。


 いつの間にか、月森は元気になっていた。


 おかげで杞憂も吹っ飛んで、食事がはかどる。


「むう、きのこ作戦は失敗したか……ならば」


 良く分からんことをフランは呟いている。


「ヒカル」


「何だよ」


 その前振りは聞き飽きたっつうの。


「ユイのセールスポイントを教えてやろう」


「はあ……」


 俺はベーコンをあむっと口に含む。


 月森はソーセージを唇にあてがう。


「ユイは恐らく」


「んんむ……」


 息をためてフランは言い放った。


「オーラル〇ックスがうまい!!!」


「ぼわはあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ベーコンを喉に詰まらせた。


 間違いなく、人生最大最強の伝説になるフランの格言だと俺は確信した。


「…………けほ、けほ」


 クールで売り出し中の女子高生も、今回ばかりはさすがに赤面している。


「だ、大丈夫か月森っ!?」


「…………っ」


 俺の声も届いていない、どうやら深刻なダメージだったらしい。


 フランが絶好調の笑顔で飛び交っている。


「はっはっはっはっは! ユイの唇は絶品じゃぞ! ほれほれどうじゃユイ、ヒカルの為に最上のいやらしさで愛おしくソーセージをしゃぶ──」


「~~~~ッ!!」


 月森は憤怒して席をはずし、聖剣を持ってきた。


「はぁ…………」


 俺は大きなため息を吐いた。


 その後はもう、朝食風景とは思えないくらい悲惨な展開。


 聖剣を振り回して暴れる月森と、必死に逃げ回るフランの壮絶レース。


 うん、このソーセージも結構イケるな。


「た、助けて欲しいのじゃヒカルうぅぅぅ!!!」


「ガンバレ」


 地獄の沙汰も月森次第、俺はフランをあっさりと見限って食事を続行する。


「ひ、ひぎいいいいい!! 助けて、助けてぇぇぇ!!!」


「…………死んじゃえ!」


 ドスン、ドスンと鈍器に近い音が炸裂している。


「ふう~~~」


 やっぱり、コーヒーはブラックに限るな。


 俺は天井を仰いで、コーヒーの味に酔いしれた。

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