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ミルフォードの刻印  作者: モカブレンド
Episode1-舞い降りた運命-
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Episode-1-1

 ──俺は『三枚の手紙』を握りしめたまま震えていた。


 学校の玄関でのことだ。ちょうど靴を履き替えようと思い、ロッカー式の下駄箱をガチャリと音をたて開放する。普段見慣れないものが中に入っていた。手紙だ、それも三枚もある。


 一体どういうことなんだろう。少なくともモテ期という言葉は、春先に高校一年生になったばかりの自分には荷が重過ぎる気がする。


 まずは外面を確認してみようと思い、三枚の手紙へと目を馳せる。視線が固まる前に、俺の背中は誰かの両腕によってぎゅっと抱かれてしまった。


「だ~れだっ」


 か細い腕が、胴体にほんの僅かな圧力をかけてくる。俺には、この行為に相当する人物が一人しか見当たらなかった。


「小夜実だろ……どうしたんだよ急に」


「へっへ~ん、当たり~。てへ、こうしたらお兄ちゃんが喜んでくれると思って」


 俺の身体を離して、目の前で一回転する少女の姿。霜月小夜実、義理の妹だ。中学を卒業してすぐにできた兄妹で、再婚相手になる母親方の娘だ。気さくな性格で、初めて挨拶した日からずっと、この懐っこい人柄に助けられてきたもんだ。


 栗色をしたシャープな髪の毛が、顔を動かすたびに肩を撫でている。くりっとした瞳が俺の視線に吸いついて、その小さな唇から言葉が発された。


「気持ちよかったでしょ」


「は?」


「だから、小夜実の……胸?」


「……何を言うんですかね、この子は」


 俺は照れる表情で抑え気味に言い返した。確信犯なのかそうでないのか、小夜実は妙に肉体的なスキンシップにこだわるときがある。いやまぁ、嬉しくないわけではないんだけども。


「それより、今日は珍しいよな。いつもなら一緒に学校行こうって言うのにさ」


「えへへ、ちょっとね~」


「そっか」


 用事でもあったのか、聞くのは野暮な気がするのでやめておいた。


 俺は三枚の手紙を眺める。さすがにコレも人に見せるもんじゃないだろうと、さっと鞄にしまう。


「ふ~ん、何隠したの? っていうか、手紙でしょ?」


「えっ、何だ見てたのか……」


 見てたのなら仕方ない。俺は素直に頷いた。


「でもすぐに見ちゃダメだよ。後で開けてね」


 頬を紅潮させた小夜実は、駆け足気味にその場を去っていった。俺は一考を置く……手紙、一緒に登校しない、スキンシップ、恥ずかしげに去る。


 俺の周囲を登校する生徒たちがすり抜けていく。顎をさすり、疑問を解消していく。


 う~ん。


 ポン、と手を叩く。


「まじですか」


 俺は手紙の入っている鞄を眺めて驚愕の声を漏らした。


     ※


 一時間目の授業が終わり、やっと一息つく。まさか急な予定変更で、温和な数学の先生の授業が、熱血指導が子供を産んだような、あの国語の先生に代わるとは……ツイていない。


 苦悶な顔を青空にかざすが、疲れは癒えない。


 辛い話題を脳内で噛み潰して、忘れかけていた手紙の存在を鞄の中から掘り起こす。出てきたのは、間違いなく三枚の手紙。


 普通に考えて一日に、それも同時に三枚なんてあり得ない。きっと何かの間違いだろう。うっかり入れる場所を間違えてしまったとか、郵便ポストにそっくりだったとか。俺が郵便ポストとか。


「はは……たわけたことを言う前に確認してみるか」


 椅子に深く座り込んで、手紙の表面を眺める。


 まずは一枚目の手紙だ。よくある手ごろなサイズの白い封筒にシールで封をしてある。


 ハートマークで。


「わお」


 思わず口走りつつ、二枚目に移行する。これも同じような封筒で糊付けしてある。ただ、この二枚目だけは理解できた。外に文字が書いてあったからだ。


 果たし状、と太字で堂々と書かれていて、その上名前の記入と場所の指定まで。もうこれ中身入れる必要ないんじゃないかな?


 そしてやけに握った手にごわごわした感触を与え続けてくる三枚目の手紙。良い予感はしないが、とにかく見てみるか。


「ん、何だこれ…………」


 手紙……ではある、サイズは他のものとおおよそ一緒。ただ紙の色が羊皮紙のように色あせていて、白よりはセピア色に近い。そして一番おかしいのは、中央の赤いロウソクを垂らした封と、そこに刻まれた印だ。


 普段お目にかかれないもので、魔方陣か家紋、はたまた西洋紋様のような感じで、とにかく円形で複雑に描かれた何かが刻まれていた。


 ここで確信に至る。俺は郵便ポストだった。でなければ、こんな何の接点もない手紙が自分の下へ送られてくるのはおかしい。


「やぁ、何をしょげているんだいヒカル君」


 俺の前に、大手を振って一人の男子生徒が現れる。佐伯凌真という奴だ。


「凌真……俺はお前の親友だと思ってた、でも違うんだ」


「む?」


 ありったけの感情を込めて叫ぶ。


「俺は郵便ポストだったんだよ……! 街中にどこにでもある、あの赤くて硬くて大口開けた変てこな物体が今はこんなにも憎らしいものだとは思わなかった! 悲劇的だよ、自分のことさえ何ひとつ分からなくて、本来あるべき場所から離れて二本足で学校の教室にいる! おまけに手もある……何てこった」


「本当に大丈夫か? 何か悪いものでも食べたのではないか」


 眉をひそめて、親友だった(過去形)凌真が哀れみを込めて俺に言ってくる。


「慰めはよしてくれ……もう俺とお前は今までの関係じゃいられないんだ。俺は、自分の存在が心底分からなくなったよ……」


「僕も君の存在が分からないよ。ところで、手紙には目を通してくれたかい?」


「手紙……えっ?」


 もしや、一枚目の持ち主が凌真?


「待て。君は今、変な想像をしている。君の顔からありありと見て取れる貞操の危機を案じたような、その面持ちは一体なんなんだ!? 僕の手紙から、何を感じ取ったと言うんだっ!?」


 切実な訴えで、掴んだ俺の肩を揺さぶってくる。二枚目の手紙に書いてあった名前は佐伯凌真。


 この人だ。


「いや、悪い悪い。ちょっとした珍事があってね。場所は部室でいいんだろ?」


「そういうことだ。遅れるなよ」


 剣道部の次期主将候補の一人と言われるほど、凌真は高校一年生にして実力を備えていた。もう一人の候補は俺なんだけど、これは本当、偶然にして才能があったと言うか、正直なところ凌真ほどの器じゃないと思っている。何より先輩同期での信頼も部活への愛情も、凌真は持っている。


 俺が部の顧問なら、間違いなく凌真を主将にするだろう。


「えへへ、やっほう」


 凌真の後ろ辺りからひょいと姿を現したのは、小夜実だ。


「男同士の会話? 邪魔しちゃ悪かったかな」


「いやいいんじゃないか、春先からずっと話してるわけだし、もう学校生活も三ヶ月以上経っているわけだしな、凌真も大丈夫だろ?」


「ああ、構わないさ。僕にも兄弟がいる。仲良きことは美しきかな。存分に話したまえ」


「さんきゅ」


 凌真は信頼できる人間だ。少し気丈で融通が利かないが、いざという時に本領を発揮するタイプだ。


 折角なので、小夜実に一枚目の手紙のことを聞こうと思った。実のところ、手紙の主が小夜実かもしれないと信じられる気持ちが、微粒子レベルで存在していた。血の繋がっていない義理の妹だからって言うのもあるが、普段の態度から何となくそんな感じはしていた。


 勿論、小夜実の性格ならのらりくらりと話題を避けてくるかもしれないが、仮に違っていたとしても相談に乗ってくれるはず。


 ──兄妹なのだから。


「この手紙は小夜実がくれたのか?」


 手紙を正面に差し出し、周りには聞こえないように少し小さめの声で口にする。


 ストレートに聞いてみたものの、小夜実も、凌真も何も言わない。沈黙が続く。自分のことながら空気が読めなかったのじゃないかと思い、胸が締めつけられてきた。痛い。


 そして小夜実が、息を溜めて言った。


「そ、その……佐伯君の名前が書いてある手紙のこと……?」


「えっ!?」


 うっかり一枚目の手紙と間違えてしまった。だって多いんだもん。


 凌真が反論する。


「君は馬鹿か! それは僕が君に宛てた男と男が汗水流してぶつかり合う為の大事なだな!」


「あー、男と男のってそういう……」


 手で顔を覆った小夜実が、トマトみたいに真っ赤になっている。


「凌真、お前は俺のことをそんな目で……」


「違うっ! 便乗するな! 小夜実君も勘違いしないでくれたまえ! 僕は純粋に……!」


 考えること自体に辟易したのか、凌真の身体が撃沈された艦隊のように倒れていった。


「冗談だよぉ。分かってるよ、お兄ちゃん。そっちの手紙のことだよね?」


「あ、あぁ」


 俺は仕切り直して、一枚目のハートマークのシールがついた手紙を出す。


「もしかしたら、本当にそうなのかもね」


 それだけ告げて、小夜実は去った。自分の教室へと戻ったんだろう。


「小夜実……」


 俺の心臓が言いようのない鼓動を続けていた。

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