その壱
「ひーろーちゃーんっ!!」
―甲高い声と共に、俺の肩に何かが乗っかった。
「…重い。どけ」
「あのねあのねっ、おばさんがケーキ切ってくれたから一緒に食べにいこーっ♪ね、ね♪」
「わかったから離れろって」
「ショートケーキだよショートケーキっ!私の大好きなショートケーキー♪」
「…わかったっつーの……はぁ」
―――夏。
……蝉がうるさい夏。
……そう、蝉だけじゃなく、
「ショートケーキっ、ショートケーキぃ~♪」
―――”千草”がうるさい夏。
「…母ちゃんもケーキなんか出さなくていーのに……」
「あらどうして?真尋、ケーキ好きでしょ?」
「いや、そうじゃなくて……千草がうるさいから」
「むむむーっ、何だと!?ひどいぞヒロちゃんのくせに!」
――俺は、岡田真尋、高1。
俺の隣でケーキを頬張るコイツは、俺の幼馴染であり腐れ縁でもある、
霜田千草。
毎日暇さえあれば俺の家へやってきて……そんで、自分の家のようにゴロゴロして、
そんで夕方になれば帰って……
せっかくの夏休みなのにゆっくりもできねぇわけだ、こいつのせいで。
「ん?ヒロちゃん今なんか言った?」
「……別に」
…”ヒロちゃん、ヒロちゃん”って…
―――…俺は、つまらない人間だ。
人を笑わせるような冗談も言えないし、かといって人に尊敬されるすごい人間でもない。
そんな俺についてくるのは幼馴染の千草だけで、
学校でいつも一緒にいるのは情けないことに千草だけ。
……救われてる、
とかそんな情けないこと思いたくないけど、
実際自覚しているのかもしれない。
千草が一緒にいてくれて、孤独と戦うということが起きなくて嬉しいって自覚しているのかもしれない。
けど……やっぱり情けなくて、
――1人じゃ何もできない自分が情けなくてしょうがなかった。
「―はーっ!ごちそうさまーっ、おいしかったー!」
口の周りに生クリームをたくさんつけたままだが、どうやらケーキを完食したらしい千草の声に俺はハッとして、
俺もケーキを口の中に入れる。
「うふふ、おいしかった?」
「はいっ、すっごく!ありがとうございます、おば様♪」
「よかったらまだケーキあるんだけど、食べる?今度はチョコケーキなんだけど…」
「えぇーっ、まだあるんですか!食べます食べますっ、いいんですか!?」
「ええ、食べて食べて。いっぱい余ってて困ってたのよ、助かるわ~」
…って、まだ食うのかよ…。
「このチョコケーキはすっごくおいしいと思うわよ~、あの有名高級ケーキ屋さん・”パティエ”のケーキだからね!」
「えっ…あのパティエのケーキですか!?すっごーい!初めて食べる~!」
――有名高級ケーキ屋・パティエとは、大都会に存在する大きなケーキ屋のこと。
そのケーキは世界一うまいと言えるほどのうまさのケーキがたくさんあるらしく、
世界的に有名で、テレビでも紹介されているほど。
もちろんそんなすごいケーキ屋なら値段ももちろんすごい。
どんなケーキでも1つ、■■■円はするらしく……ん?何で値段をかくしたって?
あまりにもすごすぎるから一応ふせておいただけだ。
まぁこれでとにかくすごいってことがわかるであろう。
……でもまぁ、何でそんな高級ケーキが家にあるんだ?
俺がそんな疑問に首をかしげていると、ふっふっふ~と笑いながら母さんは言った。
「実はね、この前お隣に引っ越してきた子いるじゃない?あの子の実家が”パティエ”らしいのよ!それでね、よくこのケーキをくれれるのよ!しかもたくさん!すごいでしょ~!?」
「隣に引っ越してきた奴…って、赤羽のことか!?」
「え~~っ、すっごーーい!赤羽さんってあのパティエの娘さんだったんだぁ!」
―――赤羽若葉。
この夏休みに入る1ヶ月前に、俺の家のすぐ隣に引っ越してきた奴のことだ。
俺と同じまだ高校1年生なのに、1人暮らしという赤羽に最初、俺はとても驚いていた。
ちなみに赤羽は学校へは行っていないらしく、
いつも家にひきこもっているらしいとのこと。
そんな赤羽に俺はいいイメージは全く思い浮かばなかったが、
今知った”パティエの娘”という事実に少し評価が上がった。
…ってまぁ、そんなことどうでもいいか。
「でもそれなら結構前からケーキもらってたってことか?なら何で教えてくれなかったんだよ?」
「だって独り占めしたいじゃない!」
「……」
あきれる俺をよそに、千草はそのチョコケーキをぱくりと1口食べていた。
そう、その数秒後――――
「おっ……おいし~~~いっ!!」
「でしょでしょ!?さすがパティエのケーキよねーっ!」
「本当ですねっ、こんなおいしいケーキ食べたことありません!」
……まぁ、パティエのケーキだからな。
こんな大げさな反応するのも当たり前、か。
「そんじゃ、俺は出かけてくる」
「あら真尋、ケーキ食べないの?」
「もう食えねーよ。母さんと千草で食べちゃってくれ…って俺は出かけるけど、千草は帰らねぇのか?」
「うん、ケーキ食べてる♪」
「…そうか」
1つ大きなため息をつくと、俺は家を出た。