4匹目 朝です。
あれ?寒かった筈なのにふわふわしててポカポカしてて、温かい…………というより苦しくないか、これ。それに眩しい。うううっ。
パチッと目を覚ますと、岩山の間から太陽が昇っていました。
ネイビーからオレンジイエローと綺麗にグラデーションしていて、見事なマジックアワー、もとい朝焼けです。
空気に昼間の砂っぽさがなく、澄んでいて、清涼感が半端ない。非常に気持ちのいい朝だ。
ラジオのノイズに混じり、体操の神様の声が聞こえるんだ。「さあ今朝もみんなで元気よく始めましょう、ラジオ体操第一〜っ!」───いま体操せずしていつ体操すればよいというのだ、日本人ならば。元々はアメリカの保険会社が始めたことらしいけど、そんなの全然気にしない!
…………と思ったまではよかったのですが。動けません。身体中に糸が巻き付けられています。
どうやら私は、繭の一部となっているようです。地表から離れ、かなり高い位置に糸で縛られています。
「Oh…」
そういった趣味はないのですけれど、何かに目覚めそうな。この抵抗し難さがまたなんとも…冗談です、ごめんなさい。
びくともしない糸の強度に感心しつつ、なんとか首をひねって超巨大繭の様子をうかがった。
とりあえず、繭に摂取口らしきものは見当たらない。糸を触手のように操るから、変態中でも何か食べるのかと思ったよ。
暫らくは食われる心配がなさそうだけど、問題は変態を終えた後だなぁ。うう、怖や怖や。どんな怪獣が待ち受けているやら。
逃げれるとしたら、この繭の中でサナギから羽化した直後になるかな。私は理科の授業の実験で育てた蚕を思い出した。
蚕は繭の中にサナギがある。サナギから羽化した蚕の成虫は、30〜40分くらいかけて繭を溶かしながら出てくる。その時点ではまだ元気に動き回ることができなくて、繭から出たあと羽が固まるのに更に30〜40分程かかるのだ。
蚕の変態がこの巨大芋虫にも当てはまるとするならば、蚕の何倍も何倍も何倍も身体が大きいから、羽化して繭から出て動けるようになるまでは相当な時間が掛かって、無防備なはずなのだ。…想像では。うむ、無理やり感が否めないけれど。
繭から突き出るとき、私を縛り付けてる糸の部分も上に近いため多少なり緩むかもしれない。それならチャンスは繭から出た直後じゃないか。落とされないように注意もしないといけない。
……そう易々といくかは疑問だけれども、それっきゃないんだよね思い浮かぶ方法が。私お馬鹿だし。
とりあえず中が見えない分、音とか、繭の様子とか、観察はこまめにしないと。
……そういえば、何故か昨日は言葉が通じてたなぁ。いっちょ話し掛けてみるか。
「───ねぇ、綺麗な朝日だよね。そう思わないかい、旦那」
「グルル」
「……まさか返事が帰ってくるとは思いもよらなかったよ。サナギって鳴くもんなんだね」
「グルル」
「…こりゃまた随分と特撮怪獣っぽ…じゃなかった、低い声になったねぇ」
「グウ」
「ははは…もしかして、変態は、もう終わりが近かったりするの?」
「グルルル、グル」
「…………さ、さいですか」
……「とっくに終わっている。余計なエネルギーを使いたくないから休んでいるだけだ」、とな。じゃあもう繭の中は完全体なんですね。動こうと思えば動けるわけですか。
いやはや、いやはや、いやはや。
いつも自分の知識が現在に起こっている事象に当て嵌まるとは限りませんよね。うん、真理だ。何が蚕だよ。こんな時役に立てなくて、いつ役立てるというの理科の実験。蚕という金のなる財産を善意無償でくれるにとどまらず、育成アドバイスというアフターケアまでしてくれた養蚕家のおじさんに謝らねば。
……じゃなくて。どうしよう。こりゃ逃げられる気がしない。どうしたものかなぁ。う〜ん、う〜〜〜ん…。
…………相手は怪獣……かいじゅう……かいじゅう、か。
…………ん?待てよ、かいじゅう?そうだ!そうだよ!
逃げられないなら懐柔すればいいじゃない!幸い言葉は通じているし、話し掛けたら応えてくれる程度には嫌われてないみたいだし。懐柔だ懐柔!怪獣を懐柔だ!怪獣を懐柔だなんてよくそんな上手いこと思い付いたな私!
え?そうでもない?…ですよねぇ。




