2匹目 悲しむ間もなく
ずーずーと鼻を啜りながらパジャマの袖を濡らしていると、なにやら動くものが視界に入ってきた。
不思議に思いながら、滲む視界を払うため、目をごしごし拭う。
モリモリモリモリ。5メートルほど先の土が元気よく盛りあがって、塚ほどの小山が出来ているじゃありませんか。
…何じゃこりゃ。
モグラ?こんな所で?デカ過ぎじゃないの?と首をかしげながら恐る恐るそのまま様子を伺っていると、そこから生き物が勢いよく土を飛ばして顔を出し………*★¥∴@※∋△ゑヱ$(声にならない叫び)!!!!!!
土の中からこんにちは。
それはミルキーなカラーをした、超巨大芋虫(推定顔幅1メートル)だった。
優しい色合いとは裏腹に、ぐちゃぐちゃとしていかにも「身体器官です」と主張する肛門に似た口が、ぐばぁ!と開かれた。芋虫という外見にそぐわない立派な牙が、ぎらりと光る。と、同時にビチョビチョと凄まじい量のヨダレが辺りに飛び散った。
「うわぎゃああああああああああーーーーー!!!!!」
反射的に上げてしまった叫びに反応して、キシャア!と高い声を上げた超巨体芋虫は、土から巨体をものともしない早さで這い上がってくる。まるで蛇のような動きだ。
私の第六感は告げている。今のキシャア!は「飯見つけたぞォ!」、だと。飯とは何のことだ。いや、誰のことだ。普通に考えて私のことだよバカヤロー!
ににににに逃げろ逃げろ逃げろ逃げろおおおおおおおーーーーー!!!
全速力で逃げだした私に、超巨体芋虫が素早く後を追う。
キシャアアア!大地が震えるような咆哮を合図に、食物連鎖のレースが始まった。
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「うわあああーーーーーっ!ハァ、ハァ、来ないで来ないで来ないでええええーーーー!!!」
「キシャア!」
「『待て』…だと!?バカ言うな、待てるか、こなくそーーっ!!」
しつこく追いかけてくる超巨大芋虫(推定全長10メートル)はまだ余裕、依然として速度は緩まず。対して被食者山田花子選手、既に限界、気力のみが頼りの状況だ。
ジグザグに走り、腐るほどある岩々を利用してどうにか凌げているが、暑いしもう保たない。鬼ごっこの逃げ役は得意なほうだったんだよなぁ。えへへ…じゃなくて!
このままじゃ、あのグロテスクな口でスナック菓子のようにムシャムシャ…。
嫌だああああああああああ!!!
「キシィッ!」
「ハァ、ハァ……わっ、ぎゃっ!」
ぬるりとしたもので足が滑り、派手に身体を地面に打ち付ける。
うおおおお何で滑ったああああ!!?……液体?…こりゃ唾液だ!奴のだ!奴がここまで飛ばしたんだよぉ!
転んだ痛さを堪え忍び、匍匐前進で何とか進もうとすると影が差しこんだ。
機械のようにぎこちなく顔を上げる。目前で超巨大芋虫が私を見下ろす。
ヨダレが私の手の上にボトッと落ちてきた。…ジーザス。
もうだめだ…。一思いに食ってくれ…!
私は大の字に仰向けになり、目を閉じた。
お父さん、お母さん、それから妹よ。先立つ不幸をお許しください。花子は芋虫の餌になります。いいえ、聞こえは悪いですがただの芋虫ではありません。やんごとなき芋虫の餌になるのです。きっと神秘的な侵食岩とともに、現住民の方達に神聖視され、祭られていたことでしょう。
ああ、願わくは。死ぬ前に素敵な恋をして、そこそこな彼氏が欲しかったです…。
ぬるりと何かが、擦り剥いて破れたパジャマから怪我の部分を伝う。ああ、食われるのか。ぞくりと、鳥肌が立った。
チュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバチュバ…。
え?うわぎゃああああああああああ!!なぶられてる!!これは!!舌だ!!なんて太さだ!!なぶられてる!なぶられてるよぉぉぉ!!!うわああああああああああああああああああああああああ!!!!
「キシー」
「意外と美味いな」じゃねええええ!ちょ、ちょ、ちょっと、ねぇ、なんで舐めてるのォ!?