16匹目 マザーツリー
近寄って見ると、遠くからみたものとはかなり違った。
そのあまりの大きさと存在感に言葉をなくし、呼吸の仕方を忘れそうになる。
樹齢を表すかのようにひび割れた幹まわりは私が100人手をつないでやっと届きそうな太さで、いくら顎を上げても一向に頂が見えない高さは天を穿っているのか、天地を繋いでいるのか。
確かに半透明で、向こう側の景色が赤まじりの茶色の中で透けて見えていた。ぽつぽつと中に黒い点つぶがあるけれど、これが寄生モンスターのウッドマウスさんか。
普通の巨大樹ではなくてこれがモンスターだって感じさせられるのは、細かな根元が地表に曝されており、まるで足のように使われているからだ。木を避け、傷付けず、音を立てず、じわりじわりとほんとうに少しずつ移動している。一歩一歩が大地を労っているようで、聖母のような慈悲を思わせる。
これほど悠久、という文字が似合うモンスターはなかなか居ないんじゃなかろうか。
───これがモンスター最大と言われるプラント系モンスター『マザーツリー』。母の樹か。
神秘的な姿に心を奪われ、瞬きも出来ずに見上げていると、ランドキングビーさんに「おい」と声をかけられた。
揺すられてはじめて、はっと我に返る。うわわ、ごめんなさい。見惚れてしまって気付かなかったです。
「グルル」
なんと、マザーツリーさんってば半透明化に留まらず、心を奪い身動きを不可にする魅惑の能力も持っていると。ビースト系やドラゴン系によく効くのか。……おい、わたしゃモンスターか。
でも、ある意味ではドラゴン系よりよっぽど怖いモンスターだよね。力の強さに感じる怖れではなくて、自然に対する畏れと似ている。
これなら安全だ。寄生するのも大いに頷ける。誰だよ、プラント系が最弱系統だって言ったの。……ランドキングビーの旦那でしたね、生意気言ってすいませんホントすいません。
ランドキングビーさんの指示により、マザーツリーさんの顔を見つけることになった。
幹の真ん中にあるらしいので、どんどん高度が上がっていく。樹の一つ一つがわかるくらいの高さから、全く判別のつかない高さまで来たところで。
────大阪万博の有名モニュメント正面胴体部にあるようなお顔を、横から目視できた。
なんというか、とても安らかな顔だ。
正面に現れた私たちを見て、まるで現われるのが分かっていたかのように驚きもせず、微笑をたたえたている口がパクパクする。が、肝心の音が出てなくて、どうしたもんかとランドキングビーさんを窺う。
ランドキングビーさんにはきちんと聞こえているみたいだ。「グルル」と何か応答している。私のもつ音域では聞き取れない声なのか。………超音波?
「───────」
「グルルル」
「──────」
「グル」
「──────」
「…………グルル」
「──────」
「……グル……」
ランドキングビーさんが「ああ」とか「そうだ」とかしか応えないから、話の内容が全然わからない。何について話しているんだろう。仲間外れにされた気分になりながらも、取り敢えずふたりの顔を交互にうかがう。話は長くなりそうだ。
……はて。何だろう、この胸のモヤモヤする感じは。
眉間に皺を寄せながら胸に手を当てていると、やっとランドキングビーさんの顔が私に向いた。
「─────グルル」
………お前は“何”なんだ?と聞かれても。山田花子です、としか答えられないよ。
「グルル」
どこから来たのか?そんなの、おとめ座超銀河団太陽系第三惑星地球(?)の日本からですよ。ジャパンだとかジャポンだとか言われてるところですよ。そこの某県某市ですよ。
私がそう答えると、やや間が合って再びランドキングビーさんはマザーツリーさんと話しはじめた。私が言ったことをそのまま伝えているようだ。────もしかして、私の話をしていたの…?
これからの処遇を決めているんだろうか。マザーツリーさんに私のことを聞いてどうするんだろう、一体。
珍しいから、どんな生物か知りたかっただけ?……捨てられる?私ってば何も出来ないし、弱いし、武器も持たないし。
急に不安が込み上げてきて、私はランドキングビーさんの首にすがり付いた。