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女子高生SSシリーズ

クッキー

作者: 美雁


 夏の盛りとは言え雨に当たれば寒い。まして北の地方だから尚更だ。濡れたワイシャツは肌にくっついて気持ち悪いし、髪だって同じだ。生まれつき噛み合わない歯がぶつかってかちかちと鳴る。ざわりと吹いた風に水滴が激しく顔を打って、その冷たさにぶるりと体が震えた。

 今日は持ち物が多いからと折り畳み傘を置いてきたのは間違いだったか。心中で呟きながらべたりとへばりつく煩わしいスカートを片手で引っ張った。この近辺では可愛いと有名なブレザーだが、濡れ鼠になったこの状況ではそれ以前の問題だ。鬱陶しい、とワイシャツを引っ掴んで、私はなお走っていた。

 今日の降水確率は十%だったはずだ。降ったとしたってこんな土砂降りになるとなんて思いやしない。だから折り畳み傘を置いてきたのに、結局は御大層に大雨なんて降ってくれて、まあ。

“今日は気持ちの良い天気になるでしょう”

 そう言ったお天気姉さんに心の中で毒づきながらひたすら走る。水たまりの水が跳ねるけれどもう既に体中びしょびしょだ。気にしないことにしよう。仕方ないから明日は制服をクリーニングに出してジャージで行くしかないだろう。

 しかし傘を持っている人が意外と多くて走りづらい。皆さん意外と用心深いんですね、と厭味ったらしく毒づきながら、私は横の細道に逸れた。否、便宜上道とは言っているが正しく形容するとただの家の塀と塀の間だ。細いその隙間には何も物は置いていないから物置として使うにも手狭だし、両側の家の境界線みたいなものだろう。おそらく道として使っているのは私みたいな奇特な人間かこの周辺の家の人くらいだと思われる。家への帰り道としては回り道になるのだが、まともに走れない状況よりは幾分ましだ。

 ぱしゃぱしゃと水の跳ねる音。大体なんだっていきなりこんな鬱陶しい雨が降るんだ。朝は見事に晴れていたし、雨の気配なんてしなかったのに。ぶつぶつと呟きながら濡れてへばりついた髪をかきあげる。切るのが面倒で伸ばし続けた髪だが、そろそろ潮時かもしれない。というか濡れて一番鬱陶しいのはこの長い髪だと今更ながらに気が付いた。今の状況で横の髪を前に持って来れば恐ろしい貞子さんができるかもしれない。

 どうでも良いことを散々呟き続けて、私はやっと大きな道に出た。いつもの帰り道とは一本通りが違うけれど、こっちの方が人が少なくて良い。というか見た限りで人はいない。よし、と意気込んで全速力で走りだそうとして――ふと足が止まる。無意識のうちに何か目に留まるものがあった。首を傾げつつ雨の中私は辺りを見渡した。ぽたぽたと前髪から水滴が落ちるのが邪魔で横の髪と一緒に耳にかける。

 この通りに人はいない。雨が降っているし当然といえば当然だろうか。それでも何か、と更に首を傾げると電信柱の陰に何かを見つけた。そこには雨に濡れてぼろぼろになった段ボールがあった。それにはしいたけと書かれていて、中からは薄いピンク色の布地の何かが見えた。嫌な予感を感じながらも私は好奇心と妙な共感で段ボールを覗き込んだ。

“拾ってください 名前はクッキーです”

 恐らくそう書かれていたであろう紙は雨に打たれたのか文字が滲んで読めなくなっていた。やっぱりか、と今更漫画でも見ないベタベタな文字をそっとなぞる。紙が崩れているのでなぞった文字もぼろぼろとはがれるように落ちていった。

 中に入っている小さな肢体は雨に打たれ震えている。種は解らないが、恐らく雑種の犬だろう。小さな命だ。そっと私が触れても犬は動かなかった。ただ、手から伝わる微かな鼓動が確かに命を感じさせた。

 どうやら私も震えているようだった。体力には自信があるのだが寒さには弱いようで震えた体を止める術を、私は知らなかった。

「君と、おんなじだね」

 だからちょっとごめん、と小さく呟いてぎゅ、と抱き締めると彼(否、彼女かもしれない)の方がずっと冷たくて、死んでしまうんじゃないかと、私の目の前で息絶えてしまうんじゃないかと恐くなった。確かに脈打つその心臓にそっと安堵の溜め息を吐く。まだ、温かい。そっと触れ合ったところから私の体も少しずつ温かくなるような気がして小さく笑った。クッキーは動かないけれど少しだけ瞼を上げたようだった。

 私、風邪でもひいてるのかな。普段ならどんなに可哀想に捨てられた犬だって気にも留めないのに。ああ、でももしかしたらいつもの私が変だったのかもしれない。だけど、どうだって良いか。濡れ鼠どうし、こうやって温め合えるならこんなに温かいこともない。



 その後、どうやって家まで帰ったか全く覚えてないけれど走ってきた事は確からしい。泥の跳ねたハイソックスがそれを物語っている。クッキーに会って何か変わったかと聞かれたら答えは否だ。翌日からだって至って普通に起きて、ご飯を食べて学校に行って、帰ってきて、食べて、寝て。強いて言うなら、そう。家族が一人増えた事くらいだろうか。――一人と呼べるかは微妙なところだけど。



 雨の日ってなんだか神秘的な気がしませんか? 長く雨が降れば鬱陶しくもなるし、嫌な気がしますが、ざっと降ってからっと晴れれば虹が出ることもあります。それに窓に水滴が当たって歪む外の世界はいつもと違って見えます。一番身近な非日常が雨の日だと思うんです。


 あとがきまでお読みくださり、ありがとうございました。誤字脱字等には十分注意していますが、何かおかしな点がございましたらお知らせください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一人称視点であり、心情と情景の両者を上手く描写されていると思いました。 また、文章にも安定感があり、筆力の高さがうかがえました。 [気になる点] 作品の特徴と言われれば納得してしまう部分か…
2011/04/29 23:30 退会済み
管理
[良い点] 雨へのイライラが伝わってくる。 [気になる点] クッキーの活躍がない!!
2011/04/29 21:36 退会済み
管理
[気になる点] 「北の地方」という言い方がちょっとぶっきらぼうというか、メタすぎるように思えたりします。寒いのは分かりますが。 [一言] 良かったです。 読みやすかったですし。 家族、増えたんだ……
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