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娘が「転生ヒロイン」だと言い出したのですが

作者: 紡里
掲載日:2026/05/06

 突然、侯爵家から手紙が届いたそうだ。

 呼ばれて執務室に行くと、頭を抱えた夫がいた。


「あなた、何かございまして?」

 間抜けな問いかけだと思うが、他に言いようがない。促されてソファーに座ると、夫も執務机から移動してきた。


 青ざめた夫が無言で手紙を寄越してくる。読めということだろう。


 内容を要約すると――


 息子の婚約者に、あなた方の娘が婚約解消を迫った。

 一体どういうつもりか。

 返答次第では、容赦しない。


「は?」

 意味がわからなくて、もう一度読んだ。


 つまり、私たちの娘……男爵令嬢が、侯爵家の縁組みに物申したということか?

 え? なぜ?

 私たちは貴族ではあるが、高位貴族の方々と話す機会などあまりない。あちらが話しかけてくださらなければ、こちらから話しかけられない。


 娘は貴族学院に通っているから、我々よりも接点はあるだろう。けれど、カリキュラムも違うはず。

 何をしてくれているのだ、あの馬鹿娘は。



「娘に話を訊きましょう」

「あ……ああ、そうだね」

 人の好い夫は、あまりのことに呆然としていた。それでは家を守れない。


 使用人に娘を呼びに行かせた。

「その後でお茶を用意してちょうだい。三人分ね」

 落ち着くためにすぐにでもお茶を飲みたいが、使用人が少ないので同時に用事を頼むことはできない。優先順位をつけて、指示を出す。


 娘が来る前に、夫の横に座り直した。

「あなた、家と息子を守るために、非情にならなければいけないかもしれません。家長として、しっかり判断なさって」

 侯爵家の手紙からは怒りが伝わってくる。何をしたのか知らないが、教育の失敗を咎められている。


「お前は、それでいいのか? 腹を痛めた自分の子だろう」

「……親子でも、別の人格です。十六歳の貴族の娘には、『子どもだから』という言い訳が許されません」

 馬鹿な子でも可愛いと思っていたが、超えてはならない一線を超えたら切り捨てるしかない。無邪気で夢見がちな子だと思っていたが、ただの馬鹿だったのだろうか。



「お呼びですか?」

 明るい声が、癇に障る。


「そこに座りなさい」

 夫が重たい声で命じた。


「はぁい?」

 ぽすんと音が立つような勢いで、娘はソファーに座った。幼子がやるなら可愛い仕草だが、静かに優雅に座るということが身についていない。

 間延びしたしゃべり方をやめなさいと何度も言ったけれど、それも直らなかった。いえ、学院に入学する前に直したはず。

 ……最近、娘の雰囲気が以前の感じに戻っていたかもしれない。


「学院で、侯爵令息とその婚約者に何をしたんだ? 正直に言いなさい」

 夫が珍しく命令口調になった。


「え~、攻略対象だからぁ、アプローチかけただけだよ」

 娘はこてんと首をかしげて、人差し指を顎に添えた。


「こ、攻略? 何だ、それは?」

「えっとぉ、理解するの難しいと思うんだけど、あたしは転生者なのね。ここは小説の世界で。あたしは侯爵令息と結ばれるヒロインなの。彼の婚約者は悪役令嬢だから、あたしが救ってあげないといけないんだ」


 何を言っているのか、まったく理解ができない。


「侯爵令息の婚約者は、確か伯爵令嬢だったかしら?」

 覚えているが、娘が知っているかを試すために質問してみた。


「そう、伯爵令嬢。なんかさぁ、ツンケンしてて挨拶も返さないんだよ。失礼だと思わない?」


「あなた、自分から話しかけたの?」

「挨拶って、人間関係の基本でしょ。大きな声で、明るく、元気よく」


 高位貴族に許しを得ずに、しつこく話しかけた? 大きな声で? 舐めていると怒りを買うし、品性を疑われる。

 ここまで貴族の常識が身についていないとは……。


 いや、貴族学院に入学させるかどうか悩んで、私が叩き込んだ。質疑応答で確認したから、知っているはず。

 ちなみに、家庭教師はマナーの本を音読させただけらしい。


「爵位が上の方々には、話しかけられるまで……」

 再確認しようとした私を、娘が遮った。


「そーいう身分社会、良くないと思うんだよね。自由と平等って、大切でしょ」


「身分社会が……良くない?」

 夫が娘の言葉を繰り返した。貴族がどれほど特権を与えられていることか――


「うん。入学して侯爵令息を見て、前世を思い出したの。良くないことは変えていかないと」

 こちらの深刻な雰囲気を気にせずに、明るい声で夢を語る。

 その姿はもう娘とは思えず、不可解な……悪魔のようだ。


 話は通じなくても、事実は確認しないといけない。

「あなたは侯爵令息に話しかけて、相手にされなかったのね? そして、その婚約者に婚約を解消しろと迫った――ということでいいのかしら?」


「相手にされてないわけじゃないってば。これから……」


「あなたの意気込みは結構です。授業で会う機会のない高位貴族に、わざわざ会いに行ったのは事実なのね? そのとき、何と言われたの?」


「ええ~、たぶん、驚いて照れてただけだと思うんだけどぉ……」


 何が問題か理解しようとしない娘からは、ろくな情報が引き出せない。

 息子は文官で、最近の娘の様子は知らないだろう。元々、それほど仲の良い兄妹ではなかったし。



「あなた、これは駄目ですね」私は小声で囁いた。

 優しい夫は一瞬辛そうに顔を歪めたが、当主としての決断を下した。

「ああ、矯正不可だろう」


 ちょうど使用人が紅茶を運んできた。私が受け取って、それぞれの前に置く。

 娘のティーカップにだけ、指輪に仕込んである粉を落とした。これは、体を麻痺させる薬だ。侯爵家と伯爵家の話し合いがどう転ぶか……それによって、娘への対処は変わってくる。


 ただ、一つはっきりしているのは、もう娘を学院へ通わせることはない。


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― 新着の感想 ―
普通に考えて悪魔祓いを教会に委託だと思います。悪魔に乗っ取られたと侯爵家に説明し、教会に悪魔は退治してもらったと。 その時、娘が転生者から人格を取り戻せば教会預かりで戻らなければ火炙りで浄化かな? 中…
こういった「転生悪役令嬢」「転生ヒロイン」果ては「転生モブ」に至るまで言えることだと思うのですが、転生娘の周囲が救われるかどうかは、転生娘がお花畑かどうかで決まりますね。 性悪だろうが善良だろうが、転…
これは……『病死』1択かな? 家が潰されないことを祈ります
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