穂乃果の言い分
穂乃果の言い分
穂乃果は、舞白さんから声をかけてもらった時、ただ純粋に嬉しかった。色白でとっても可愛い女の子という印象、しかも明るく優しく、可愛いのに全く飾り気のない性格だった。いっぺんで気に入ってしまった。
美月のことも好きだった。大人で知性があっていつも冷静な美月は頼れるお姉さんだとずっと憧れていた。
穂乃果も舞白と同じく、派遣で働く経歴は長かったが、短期の仕事をやったり、長期の仕事をやり、途中で辞めたりの繰り返しで、とても人に誇れる経歴でないことは自分でもわかっていた。
しかも穂乃果は、学生時代からの授業中に爆睡する体質をなんと、今の今でも引きずっていた。短大を卒業して就職した会社の研修でも寝ていた。その後も、どんな仕事に就いても「寝る」癖は一向に直らない。結婚していたが2度目の結婚で、最初の結婚の破綻をきっかけに精神科に通うようになり、向精神薬を服用していたのも手伝って穂乃果の寝る体質に拍車をかけた。
しかし、長い派遣の仕事の経験から穂乃果は研修中に寝ていてもなんとか仕事をやる処世術を身に付けていた。マニュアルがある。寝ていても、時々ハっと起きた時の講師の言葉はすかさずノートに書く。寝ながらも時々聞いた言葉を頭の中で繋げていく。研修が終わったらマニュアルを見て、ノートと照らし合わせ大ざっぱに理解したと自分に言い聞かせ、勝手に自信を持つ。そして、いざ仕事が始まると、マニュアルと不完全なノートをくまなく見て、疑問点は、手挙げしてSVに聞く。穂乃果は、それまでは、優しく丁寧に教えてくれるSVに運良く恵まれていた。
その後、穂乃果は門前仲町の事務センターでの仕事で、舞白と再会したが、舞白は、美容院に行くことを強く勧め、最初はお金がもったいないと抵抗したが、とうとう根負けしてしまった。
ただ、変だと思い始めたのは、舞白からどこの美容院に行っているか聞かれた時に何の疑いもなく美容院の名前を言ってしまった。舞白はその美容院に行くにはかなりの時間と交通費がかかったであろうと思うのに、何故かその美容院にわざわざやってきた。ちょっぴり疑いを持ちながらも、大好きな舞白が穂乃果の住んでいる街の美容院に来てくれるのが嬉しく、その日に電話してしまった。
そして二人でランチをしたら、舞白が、本屋さんはあるか、本が買いたい。と言い、近くの本屋さんを案内すると、舞白は穂乃果に執拗に本を買うように勧めた。本は図書館で借りて読むからいいと言っても、何度も何度も本を買うように言ってくるので、とうとうまた根負けして本を買ってしまった。
その後、穂乃果は、持病が悪化して門前仲町の事務センターを、契約満了を待たずに中途退職したのだが、その後、他に仕事はなかなか見つからなかった。そして3ヶ月後、再び同じ職場に戻るチャンスに恵まれた。
しかし、舞白は、初日から穂乃果に冷たかった。
「よく戻ってこれたもんだね。みんな怒ってるよ。自分から辞めておいて戻って来るなんてたいそうな自分勝手だよね。」
私は、やっぱりそうだったのかと思い知りつつもあの優しかった舞白の冷淡な言葉に傷付いた。
それから、2ヶ月もしないうちに穂乃果はまた自己都合で退職した。その事務センターはいつも大量募集していて仕事探しに困った時には比較的簡単に仕事に就け居心地もよかったが、穂乃果はその後は出入り禁止となった。




