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神隠しのその後  作者:
山の女神達
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8


 目を覚ます。和紙が張られた障子の衝立が見えた。


「え?」


 つい、声が漏れた。だって、衝立の裏がほのかに明るい。動く人影が見える。

 数秒後、ひょこりと横から顔が出てきた。


「おはようございます……」


 景明くんだ。少し眠たいのか、いつもより瞼が下がっている。


「お、おはよう……」


 あれ? 私、いつもより早く起きた?


 枕元で充電機に繋げていたスマホを手に取る。ただ今の時刻は、午前七時。私はいつもと同じ時間に起きている。


 なるほど。景明くんは寝坊したんだな。


 私もまだ眠い。いつもより眠たい気がする。昨日、夜更かししたっけ? けど、今日も仕事がある。

 渋々と起き上がり、布団とサヨナラする。また夜に逢おうね。


 景明くんは再び衝立の奥に戻っていた。彼は勝手に覗くようなタイプではないと信じているので、私も普通に着替える。しばらく、二つの衣擦れの音だけが聞こえた。


 無音(当社比)で欠伸をしながら、どうしてこんなにも眠いんだろうと考える。昨日、なにかしたっけ。えぇと、小学校に行って――……


「しーちゃんは、いたんだっけ」


 人体模型と話した後、外に出た時に現れた巨大な狐から、大口真神の祠まで逃げた。大口真神の加護で助かって、狐はちんちくりんになったんだっけ?

 狐は泣いて自分の祠へ逃げ、私と景明くんは無事に神社に帰った。


「…………大口真神の勅命を受け、教師と児童を守っていたと、大口真神から聞いたはずです」


 衝立の奥から、景明くんの声が聞こえた。


「あ、そうだったね」


 思い出した。

 だから、他の人間はあの巨大な狐は見ていない。怪我人もいないはず。他の人達は皆、いつもと変わらない日常を過ごした。


 そういえば、大口真神はどんな姿だったっけ? モヤがかかっていて、思い出せない。ちょっと残念。軽々しく神の姿は見せられないということなんだと思う。たぶん。


 着替え終わった後、化粧をする。驚いたことに、景明くんは私の支度が終わるのを待ってくれていた。興味深そうに、私が化粧をするところを見ている。

 あれかな。お母さんを思い出したのかもしれない。私も伯母さんを思い出して、鼻の奥がツンとした。


 二人で居間に行く。叔父さんがあんぐりと口を開けて、くしゃりと手元の新聞紙を握り潰した。


「手、出した?」

「出してない」


 今日も失礼が過ぎる。叔父さんには愛想を尽かし、私はさっさと台所へ行く。


「もう気にしなくていいです」

「え? それ、どういうこと?」


 だから、叔父さんと景明くんの会話は薄らと聞こえたぐらい。


「ばーちゃん、おはよ」

「あぁ、紗重ちゃん。おはよう」


 祖母、山上幸子は小柄な上、すっかり腰が曲がっていて、更に小さく見える。


「手伝うよ。今日の朝ごはん、なに?」


 訊いたけど、既にほとんど出来上がっていたから、台所の上を見たらわかった。


「ありがとうねぇ。今日はブリ大根だよ」


 あと、ほうれん草のお浸し、ばーちゃんお手製のきゅうりの漬物、昨日の残り物のさつまいと大根の味噌汁、白米。


 実家もだけど、和食がよく出る。だからか、幼い頃から和食や和菓子が好き。

 小学生の時、友達と遊ぶ際にかりんとうを持って行ったら、誰も食べてくれなかったことはショックだった。私はかりんとうが一番好きなお菓子なのに。以来、友達と遊ぶ時はスナックなどを持っていくようになった。ちょっぴり、悲しい思い出。







 朝食後は、隣にある神社に移動。私と景明くんで授与所を開く。


 今日もいつも通りに仕事をこなす。けど、眠い。


「代わります。仮眠してきてください」


 景明くんがそう言ってくれたから、お言葉に甘よう。


 あ、そういえば。


「景明くんって、指輪いる?」


 きょとりと黒目が瞬く。いつもより更にあどけない表情を見て、後悔した。なんか、いけないことをしているような気分になる。

 でも、一度言った手前、訂正もできない。


「えっと、一応、夫婦だし? 結婚指輪とか、あった方がいいかなって……」

「…………」


 景明くんは無言。だけど、明らかに顔が赤くなった。

 え? なに? 怒った? 嫌だった?


「…………紗重さん、は、欲しいんですか?」


 あ。再会して初めて、名前を呼ばれた。背中がむずむずするような、変な感じ。さん付けだから?

 タメでいいのにとは前々から言っているんだけど、本人は頑なに敬語を使っている。


「私? うーん、そうだね……。憧れはある、かな?」


 ブローチはいくつか持っている。帯留にも使えるから。イヤリングやネックレスも、一つずつだけど同窓会の時に買った。でも、指輪は着物に引っかかる可能性があると思って、なかなか買う踏ん切りがつかないまま。

 特に結婚指輪は、なんていうか、結婚式に憧れるのと同じような感じ。ただ、いつか離婚するだろうし、あると重いかな、とも思ってしまう。でも、売ったらそれなりのお金になるだろうし、いいんじゃない? 買っちゃえ! という気持ちもある。


「買います」


 力強い返事が来たけど、それを気にするよりも、断られなかったことに強く安堵を感じた。


「あ、でも、貯金はそんなにあるわけじゃないから、あんまり高いのは難しいんだけど……」


 初めに断っておく。景明くんはそう高価な物が好きそうなイメージはないけど、念の為。


「普通、そこは男が買うところではありませんか?」

「え? でも景明くん、お金あるの?」

「…………」


 ついうっかり、ストレートに言ってしまった。プライドを傷付けてしまっかもしれないと、慌てる。


「いや、景明くんがお金なくても大丈夫! 私が頑張って養うから! 贅沢はできないけど……」

「…………」


 ますます押し黙ってしまった。ここは年上として、包容力を示そうと思ったんだけど。


「…………指輪は僕がお金を貯めて買うので、少し待ってくれますか?」


 ちらりと景明くんに視線を向けられる。私より背が高いのに、器用に上目遣いをしてくるとは。流石は四人兄弟の末っ子と言わざるを得ない。弟妹が欲しかった一人っ子である私の心臓に、クリティカルヒットした。


「大丈夫。一生待てるから」


 だから、つい大袈裟に答えてしまった。

 と一瞬思ったけど、景明くんが小さくはにかんだので、正解を叩き出したみたい。

 あの景明くんを笑わせるなんて、私、天才じゃない? 叔父さん達に自慢しよ。


 眠気? 吹き飛んだ。


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