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神隠しのその後  作者:
山の女神達
6/17

6


 石原先生に頼み込み、放課後まで居座らせてもらった。帰る時に知らせますとだけ伝える。緩くて助かった。

 いや、私と景明くんを信用してくれているということかもしれない。そういうことにしておこう。


「他の妖に聞いた方が早いかもしれません」


 私は固まる。他の、妖……?


「え? 座敷童子以外にもいるの?」

「はい」


 景明くんはあっさりと頷いた。







 二階、理科室。


「先ほど来た時、ここの人体模型が動いていました」


 全く気が付かなかった。たぶん、石原先生も気が付いていない。


 そういえば、この学校には七不思議があったと思い出す。そのうちの一つに、夜中に動く人体模型があった。


「あなたから聞いてみていただけますか」

「えー……人体模型と話すの……?」


 ちょっと怖いんだけど。突然、接近してきたりしない?


 放課後に理科室に来る児童はいない。先生もいないようで、安心。


 さささと教室内に入る。人体模型は部屋の後ろに置かれていた。隣には、ガラスケースに入った骨格標本もある。


「この骨、本物ですね」

「は?」


 爆弾を落とされた。


『よくご存知ですね』

「ぎゃあっ!?」


 突然、目の前から聞こえた声に私は飛び上がった。反射的に見上げると、人体模型の目玉がギョロリと動いた。怖すぎる。


『おや、あなた様は……』


 私を見ると、人体模型は小さく呟く。


 な、なに? 私、小学生時代にこの人体模型になにかした? 絶対、怖くて近付いていないと思うんだけど。


『隣の方は池田さんと言います。読書家で、よく図書室に行くんです。あ、もちろん、夜にですよ。児童に見られたら大変ですからねぇ。ははは』


 と、人体模型は大口を開けて笑う。私への言及はないんかい。


 ところで、


「ここの七不思議に、図書室で本を読む骨格標本があったんだけど……」


 確実に目撃されている。


「七不思議?」


 景明くんがこちらを見る。その目は、詳しく話せと言っている。


「うん。順番とかは忘れたけど――」


 夜中、廊下を走る人体模型。

 夜の図書室で本を読む骨格標本。

 夏に中庭の池に飛び込む複数の人影。

 音楽室にある音楽家達の絵と目が合う。

 体育館でひとりでに動く一輪車。

 体育館の女子トイレの左から三番目に花子さんがいる。

 夕暮れに屋上から落ちる一人の影。


 以上が、私が小学生時代に聞いた下田小学校の七不思議。


「そういえば、座敷童子の目撃証言はないね」

「見た人はいても、普通の児童と区別がつかないのだと思います」


 着物なら、明らかに目立ったと思う。でも、しーちゃんは洋服だった。そこら辺に売っていそうな普通のデザイン。


 あ、でも、ドウカちゃんは、しーちゃんがお化けじゃないかって見抜いていたな。理由は聞いていなかった。突然、姿を消したから?


『もしかして、しーちゃんをお探しで?』


 人体模型の方から問われる。

 知り合い、ということはやっぱり、正真正銘の座敷童子なのか……。


「あ……はい。えっと、居場所、ご存知ですか……?」

『やや。そんなご丁寧に訊かれずとも……』


 人体模型は腰を九十度に曲げ、ぺこりと頭を下げる。

 頭との距離が縮まり、慌てて私は後退った。こわい。


『しーちゃんは準備中です。十二年前に辛酸を舐めたので』

「十二年前? それって……」


 景明くんが攫われた時のこと?


 私は景明くんのいる場だから、皆まで言えなかったんだけどーー


「僕が攫われた時のこと?」


 本人が自分から気付いて言った。存外、軽い声。実は、あんまり気にしてないのかな。いや、そんなわけはないか。


『そうです。あんな零落した野獣風情にしてやられたと』


 野獣? つまり……え? ヘンタイ……?


 嫌な閃きを得てしまった。だから、祖母ちゃんも叔父さんも私に対し、景明くんに手を出すなと再三言ってくるわけか。そういう被害を受けた子だから。


 ちゃんと教えてくれとは思わない。初めから言われていたら、景明くんにどう接すればいいかわからなくなっていただろうし。

 そもそも、私は清純派で売っているから、祖母ちゃんも叔父さんも伝えにくかったんだろう。


「準備って、どういうこと? その野獣が来るってこと?」


 言ってから、私はまたも閃いてしまった。


「まさか、それが凶事……?」


 がしりと左腕を掴まれた。痛い。思わず隣を見る。景明くんが色の失せた顔で、私の腕を握り締めていた。明らかに怯えている。


「…………どうすればいい?」


 もし、通報したら、警察は動いてくれるのかな。

 いや、でも、座敷童子という人外が勝てなかった相手を、人間に過ぎない警察がどうこうできるものなのか。


「目的は? 新しい子供を攫うの? それとも、」


 景明くんをまた攫うの?


 どちらもダメ。阻止しなくちゃいけない。


 一番安全なところはどこ? 私が真っ先に思い付いたのは――


「行くよ」


 腕を掴む景明くんの手を解く。でも、すぐにその手を握り締める。絶対に離さないからね、大丈夫。


「すいません、お話ありがとうございます! 失礼します!」

『あっ、ちょっと、』


 私は人体模型への挨拶もそこそこに、景明くんの手を引いて走り出した。景明くんの足がもつれているのか、遅くて、正直、走りにくい。かといって、景明くんを抱っこして走るほどの力は私にはない。


『まぁいいか。あの方がいらっしゃるのなら、どこでも安全でしょ』


 内心、大慌てだったから、人体模型の言葉はよく聞き取れなかった。







 階段を降りる。最初は三段飛ばしをしたけど、景明くんはできなかったみたいで、落ちかけた。仕方なく、一段ずつ、ちまちまと下がった。


 一階に降りてすぐに、玄関がある。


「はやく履き替えて」


 スリッパから外靴に履き替えた後、玄関を飛び出す。そこから、駐車場の横を抜け、裏にある校庭に行く。


「どこに……」


 景明くんの声が聞こえる。すぐにわかるよ。そう言おうと、口を開いた時だった。


其処(そこ)にいたのかえ?』


 背後から声が聞こえた。大きな影が頭上に差す。


「誰!?」


 私は反射的に振り返った。景明くんの足が止まり、私も自然と立ち止まる。


「…………ぁ」


 景明くんの口から、小さな声が漏れた。彼が一歩下がり、繋がれた腕が伸びる。


「は?」


 私も、変な声が出た。


『あちきのおらん間ぁに、女を作っていようとはなぁ』


 校舎の屋上にまで迫りそうなほど巨大な狐がいた。

 これも妖怪……? 規格外過ぎない?


『悪い旦那様じゃのぅ。まーた、イチから躾ねばならん。困ったことじゃ。いっひひひ……』


 言葉とは反対に、顔は舌舐めずりしている。気持ちが悪いと、生理的嫌悪が湧いた。


「コレが、景明くんを誘拐したの……?」


 想像していた姿とは全く違う。筋骨隆々の男をイメージしていた。景明くんが色白で細身、中性的な顔立ちの美男子だからか、その正反対の大男を想像していた。

 どうやら、私の頭が腐っていただけみたい。二次創作を読み漁るのも、ほどほどにしないと。


 見た目は狐の化け物だけど、声は明らかに女。


『さぁ、あちきと帰るぞ』


 景明くんは声も出ない様子だった。でも、半歩下がり、首を何度も横に振る。明らかに嫌だと示す。


 だから、


「こっち!」


 私は彼を引き摺るようにして、走り出した。


『嗚呼、行け行け。ただし、矮小な人間如きが、四尾の妖狐たる、このあちきの手から、炎から逃れられるとは思わぬことじゃ』


 青い炎の玉がいくつもこちらに向かってきた。


「はぁっ!?」


 これは酷い。火傷してしまう。


 でも、慌ててスピードを上げたら、景明くんが軽く躓いてしまった。


「あっ……」


 衝撃で、ポケットからスマホが落ちた。ついていた犬のキーホルダーも一緒に。景明くんが立ち止まり、拾おうと手を伸ばす。

 諦めて。代わりのものは後で私が買ってあげるから。景明くんの腕を引っ張って、そう言おうとした時だった。


『ぎゃあっ!?』


 狐が飛び上がり、伸ばしていた前足をを引いた。地響きがすごい。体勢をなんとか立て直し、今のうちに走る。スマホは拾えた。


『あ、あの山姥……!』


 なんだか、聞き逃せない単語が聞こえた気がする。

 引き返して齧り付きたくなる気持ちを抑えて、私と景明くんは目的地へと辿り着いた。


 校庭の片隅に、古びた祠がある。山上神社の祭神、大口真神を祀っている。


『そんなお飾りになど、なんの力もない!!』


 動揺から脱したらしい狐が喚く。火の玉が更に数を増して飛んできた。

 でも何故か、これまでの焦燥感は消えていた。むしろ、


「……それはどうかな」


 安堵さえある。


 私は空いている方の手を祠の中に突っ込んだ。なんとなく、そうしなければいけないと思ったから。ただ、それだけ。


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