6
石原先生に頼み込み、放課後まで居座らせてもらった。帰る時に知らせますとだけ伝える。緩くて助かった。
いや、私と景明くんを信用してくれているということかもしれない。そういうことにしておこう。
「他の妖に聞いた方が早いかもしれません」
私は固まる。他の、妖……?
「え? 座敷童子以外にもいるの?」
「はい」
景明くんはあっさりと頷いた。
二階、理科室。
「先ほど来た時、ここの人体模型が動いていました」
全く気が付かなかった。たぶん、石原先生も気が付いていない。
そういえば、この学校には七不思議があったと思い出す。そのうちの一つに、夜中に動く人体模型があった。
「あなたから聞いてみていただけますか」
「えー……人体模型と話すの……?」
ちょっと怖いんだけど。突然、接近してきたりしない?
放課後に理科室に来る児童はいない。先生もいないようで、安心。
さささと教室内に入る。人体模型は部屋の後ろに置かれていた。隣には、ガラスケースに入った骨格標本もある。
「この骨、本物ですね」
「は?」
爆弾を落とされた。
『よくご存知ですね』
「ぎゃあっ!?」
突然、目の前から聞こえた声に私は飛び上がった。反射的に見上げると、人体模型の目玉がギョロリと動いた。怖すぎる。
『おや、あなた様は……』
私を見ると、人体模型は小さく呟く。
な、なに? 私、小学生時代にこの人体模型になにかした? 絶対、怖くて近付いていないと思うんだけど。
『隣の方は池田さんと言います。読書家で、よく図書室に行くんです。あ、もちろん、夜にですよ。児童に見られたら大変ですからねぇ。ははは』
と、人体模型は大口を開けて笑う。私への言及はないんかい。
ところで、
「ここの七不思議に、図書室で本を読む骨格標本があったんだけど……」
確実に目撃されている。
「七不思議?」
景明くんがこちらを見る。その目は、詳しく話せと言っている。
「うん。順番とかは忘れたけど――」
夜中、廊下を走る人体模型。
夜の図書室で本を読む骨格標本。
夏に中庭の池に飛び込む複数の人影。
音楽室にある音楽家達の絵と目が合う。
体育館でひとりでに動く一輪車。
体育館の女子トイレの左から三番目に花子さんがいる。
夕暮れに屋上から落ちる一人の影。
以上が、私が小学生時代に聞いた下田小学校の七不思議。
「そういえば、座敷童子の目撃証言はないね」
「見た人はいても、普通の児童と区別がつかないのだと思います」
着物なら、明らかに目立ったと思う。でも、しーちゃんは洋服だった。そこら辺に売っていそうな普通のデザイン。
あ、でも、ドウカちゃんは、しーちゃんがお化けじゃないかって見抜いていたな。理由は聞いていなかった。突然、姿を消したから?
『もしかして、しーちゃんをお探しで?』
人体模型の方から問われる。
知り合い、ということはやっぱり、正真正銘の座敷童子なのか……。
「あ……はい。えっと、居場所、ご存知ですか……?」
『やや。そんなご丁寧に訊かれずとも……』
人体模型は腰を九十度に曲げ、ぺこりと頭を下げる。
頭との距離が縮まり、慌てて私は後退った。こわい。
『しーちゃんは準備中です。十二年前に辛酸を舐めたので』
「十二年前? それって……」
景明くんが攫われた時のこと?
私は景明くんのいる場だから、皆まで言えなかったんだけどーー
「僕が攫われた時のこと?」
本人が自分から気付いて言った。存外、軽い声。実は、あんまり気にしてないのかな。いや、そんなわけはないか。
『そうです。あんな零落した野獣風情にしてやられたと』
野獣? つまり……え? ヘンタイ……?
嫌な閃きを得てしまった。だから、祖母ちゃんも叔父さんも私に対し、景明くんに手を出すなと再三言ってくるわけか。そういう被害を受けた子だから。
ちゃんと教えてくれとは思わない。初めから言われていたら、景明くんにどう接すればいいかわからなくなっていただろうし。
そもそも、私は清純派で売っているから、祖母ちゃんも叔父さんも伝えにくかったんだろう。
「準備って、どういうこと? その野獣が来るってこと?」
言ってから、私はまたも閃いてしまった。
「まさか、それが凶事……?」
がしりと左腕を掴まれた。痛い。思わず隣を見る。景明くんが色の失せた顔で、私の腕を握り締めていた。明らかに怯えている。
「…………どうすればいい?」
もし、通報したら、警察は動いてくれるのかな。
いや、でも、座敷童子という人外が勝てなかった相手を、人間に過ぎない警察がどうこうできるものなのか。
「目的は? 新しい子供を攫うの? それとも、」
景明くんをまた攫うの?
どちらもダメ。阻止しなくちゃいけない。
一番安全なところはどこ? 私が真っ先に思い付いたのは――
「行くよ」
腕を掴む景明くんの手を解く。でも、すぐにその手を握り締める。絶対に離さないからね、大丈夫。
「すいません、お話ありがとうございます! 失礼します!」
『あっ、ちょっと、』
私は人体模型への挨拶もそこそこに、景明くんの手を引いて走り出した。景明くんの足がもつれているのか、遅くて、正直、走りにくい。かといって、景明くんを抱っこして走るほどの力は私にはない。
『まぁいいか。あの方がいらっしゃるのなら、どこでも安全でしょ』
内心、大慌てだったから、人体模型の言葉はよく聞き取れなかった。
階段を降りる。最初は三段飛ばしをしたけど、景明くんはできなかったみたいで、落ちかけた。仕方なく、一段ずつ、ちまちまと下がった。
一階に降りてすぐに、玄関がある。
「はやく履き替えて」
スリッパから外靴に履き替えた後、玄関を飛び出す。そこから、駐車場の横を抜け、裏にある校庭に行く。
「どこに……」
景明くんの声が聞こえる。すぐにわかるよ。そう言おうと、口を開いた時だった。
『其処にいたのかえ?』
背後から声が聞こえた。大きな影が頭上に差す。
「誰!?」
私は反射的に振り返った。景明くんの足が止まり、私も自然と立ち止まる。
「…………ぁ」
景明くんの口から、小さな声が漏れた。彼が一歩下がり、繋がれた腕が伸びる。
「は?」
私も、変な声が出た。
『あちきのおらん間ぁに、女を作っていようとはなぁ』
校舎の屋上にまで迫りそうなほど巨大な狐がいた。
これも妖怪……? 規格外過ぎない?
『悪い旦那様じゃのぅ。まーた、イチから躾ねばならん。困ったことじゃ。いっひひひ……』
言葉とは反対に、顔は舌舐めずりしている。気持ちが悪いと、生理的嫌悪が湧いた。
「コレが、景明くんを誘拐したの……?」
想像していた姿とは全く違う。筋骨隆々の男をイメージしていた。景明くんが色白で細身、中性的な顔立ちの美男子だからか、その正反対の大男を想像していた。
どうやら、私の頭が腐っていただけみたい。二次創作を読み漁るのも、ほどほどにしないと。
見た目は狐の化け物だけど、声は明らかに女。
『さぁ、あちきと帰るぞ』
景明くんは声も出ない様子だった。でも、半歩下がり、首を何度も横に振る。明らかに嫌だと示す。
だから、
「こっち!」
私は彼を引き摺るようにして、走り出した。
『嗚呼、行け行け。ただし、矮小な人間如きが、四尾の妖狐たる、このあちきの手から、炎から逃れられるとは思わぬことじゃ』
青い炎の玉がいくつもこちらに向かってきた。
「はぁっ!?」
これは酷い。火傷してしまう。
でも、慌ててスピードを上げたら、景明くんが軽く躓いてしまった。
「あっ……」
衝撃で、ポケットからスマホが落ちた。ついていた犬のキーホルダーも一緒に。景明くんが立ち止まり、拾おうと手を伸ばす。
諦めて。代わりのものは後で私が買ってあげるから。景明くんの腕を引っ張って、そう言おうとした時だった。
『ぎゃあっ!?』
狐が飛び上がり、伸ばしていた前足をを引いた。地響きがすごい。体勢をなんとか立て直し、今のうちに走る。スマホは拾えた。
『あ、あの山姥……!』
なんだか、聞き逃せない単語が聞こえた気がする。
引き返して齧り付きたくなる気持ちを抑えて、私と景明くんは目的地へと辿り着いた。
校庭の片隅に、古びた祠がある。山上神社の祭神、大口真神を祀っている。
『そんなお飾りになど、なんの力もない!!』
動揺から脱したらしい狐が喚く。火の玉が更に数を増して飛んできた。
でも何故か、これまでの焦燥感は消えていた。むしろ、
「……それはどうかな」
安堵さえある。
私は空いている方の手を祠の中に突っ込んだ。なんとなく、そうしなければいけないと思ったから。ただ、それだけ。




