5
私達は一時間以上をかけ、校舎内を一回りさせてもらった。でも、私達が見た限り、それっぽい女の子はいなかった。
石原先生の目があるから、しーちゃんとやらの話を深く児童達に訊けなかったのは無念。
でも――
「あのー、しーちゃんなんだけど……」
「思い出しましたか?」
皆まで言う前に景明くんに訊かれる。
「私がしーちゃんに会ってるかもって、わかってたの?」
私はシュシュの話で、ようやく鮮明に思い出せたのに。
「山の外といえど、この地に在るモノの住処にあなたが現れれば、挨拶をするのは当然でしょう」
ごめん。意味がわからない。
「えーと、しーちゃんの話、していい?」
景明くんが頷く。
「しーちゃんに会ったのはいつなのか、具体的には覚えてないんだけど――」
たぶん、高学年のある昼休み。私は一人だった。委員会の仕事が終わった後だったと思う。
五、六年生の時、偏食でお残しの常習犯だったのに、何故か連続で給食委員に推薦された。給食委員は、給食を食べた後、給食室の前で各学年の食器の返却を片付けを手伝う。
ちなみに、偏食はもうすっかり直って、今ではなんでも食べる。えへん。
一人で廊下を歩いていたところ、白いワンピースを着た女の子が、俯きがちにキョロキョロと周囲を見渡しているのを見つけた。私よりずっと小さい。低学年ぐらい。
どうしたのかと話しかけたんだと思う。しーちゃんと名乗ったその子は、シュシュを無くしたと泣いていた。
同時に、何故か終始、謝られた。見ず知らずの他人にそうしてしまうほど、大切なものなんだろう。そう思って、探すのを手伝った。
詳しいことは覚えていないけど、シュシュは見つかった。
水道場の下から出て来た水色の水玉模様のシュシュには、既視感があった。私も似たようなものを持っていたかもしれない。
しーちゃんは、そのシュシュは人からのプレゼントなのだと言っていた。その人の名前はよく聞き取れなかったのか、ただ覚えていないだけなのかは、わからない。
「……それだけですか?」
「え? うーん……」
景明くんに問われ、私は記憶の中をほじくり返す。
「いや、待って。続きがあった」
更に、しーちゃんのことを思い出した。
「その後……どれぐらい後のことかはわからないけど、赤いワンピースを着たしーちゃんに会った。守れなかったって、泣いてて……」
誰のことか、当時の私はわかっていたように思う。今は誰かわからないから、もしかすると、間の出来事が他にもなにか、あったのかも。
「そうだ、私、シュシュをあげたんだ」
当時、私は肩より長く伸ばした髪を毎日、ポニーテールにしていた。薄ピンクに白いレースがついたシュシュがお気に入りで、よく付けていた。
「泣いて、怪我をしていたから、元気になってほしくて」
その時の私は、シュシュをあげれば、しーちゃんが元気になると思ったのかな。子供らしい、単純な考え。
当時は、しーちゃんもポニーテールだった。でも、水色のシュシュも、ピンクのシュシュも、どちらもつけたいと言うから、私がツインテールに結び直して、二つのシュシュをつけてあげた。
話しているうちに、更にその後のことも思い出す。ただ、ここから先のことは景明くんには言わなかった。
景明くんが行方不明になったと知ったのは、その日、家に帰ってから。両親も心配し、私を山上神社に預けて、景明くんの家族(父方の伯父一家)が滞在していた伯母の実家へと駆け付けた。
だから、母は私のシュシュがないことに気が付かないままだったと思う。いや、気が付いていても、私に聞く余裕はなかったんだろう。
「赤は凶事の前触れ」
景明くんが突然、そんなことを言った。
「なんの話?」
「しーちゃんは、この下田小学校の校舎に憑く座敷童子だと思います」
座敷童子。それなら、私でも知っている。子供の時に読んでいた児童文庫に、座敷童子のキャラクターがいた。
「白い座敷童子は吉事の前触れ、赤い座敷童子は凶事の前触れと言われています」
「あ。白いワンピースと、赤いワンピース」
私は気が付いたけど、すぐに疑問が湧く。
「でも、白いワンピースは毎日のように着ていたみたいだよね? 毎日、良いことが起こるの?」
「群れない妖は独自の価値観やルールで動くことが多いです。恐らくですが、しーちゃんは、子供が毎日楽しく学校に通っていること自体を吉事と捉えていたのかもしれません」
児童、皆がそうであるとは言えない。けど、大半の児童は、さまざまなことを学ぶこと、友達と遊ぶこと、美味しい給食を食べることなどを楽しいこと、嬉しいだと思っていると思う。
私もそうだった。学校に行くことは、毎朝憂鬱だった。面倒。でも、いざ登校すると、友達に会えて、楽しいことが沢山ある。泣いた日もあったけど、ほとんどの学校生活は笑顔で過ごせた。
「あなたが赤いワンピースを着たしーちゃんに会ったのは、僕が攫われた時ではありませんか?」
バレとる。
「う、うん……」
誤魔化すこともできず、私は頷いた。
「気を遣うことはありません。攫われた時、しーちゃんらしき子供と会った覚えがあるのでわかっただけです」
「え、そうなの!?」
私は驚く。景明くんが攫われた場所は、下田小学校からそれなりに離れた町だから。
「攫われる時、赤いワンピースを着た女の子が、僕を守ってくれようとしたのを覚えています。でも、負けてしまったようで、そのまま僕は連れ去られました」
ちょっと待って。座敷童子がどれぐらい強いのかは知らない。けど、座敷童子は人間じゃない存在。ただの人間に、そう簡単に負けちゃうものなの?
景明くんを攫った誘拐犯を法律で裁けないと聞いた時は、権力者かなにかか、その身内が犯人かと思った。
けど、実際には、人知を超えた力を持つような人間が犯人だったからじゃない? そんな人間がいるのかは知らないけど、この世に妖怪がいるのなら、異能力者とか、陰陽師とかがいてもおかしくはないと思う。
それなら、景明くんが攫われた先で、着物が普段着だったということにも納得する。洋服が主流である現代、普段から着物を着る人間はごく少数。だけど、和風ファンタジーのような力を持つような人なら、着物を普段から着ていても、おかしくない!!
「その時、水色のシュシュを差し出されたんです。でも、ギリギリ手が届かなくて、受け取れませんでした。もしかすると、お守り代わりに渡してくれようとしたのかもしれません」
座敷童子が日常的につけていたであろうもの。確かに、なんらかのご利益がありそう。
「でも、その時、景明くんはまだ保育園児だったよね?」
下田小学校の児童じゃないけど、下田小学校に憑く座敷童子が守る範囲内に入っていたのかな。
「ですが、攫われたのは二月のことだったので、既に入学することは決まっていました」
そういえばそうだった。だから、今回の見学も通ったんだよね。なら、おかしなことはないか。
あれ? ちょっと待って。
「ドウカちゃんとか、昼休みに会った子とかは最近、赤いワンピースを着たしーちゃんを見たんだよね? てことは、なにか悪いことが起きるってこと?」
いや、それとも、もう起きた?
私は腕を組んで考える。少なくとも、景明くんの時のような誘拐などといった事件は起きていない。
……はず。こんな田舎でそんなことが起これば、瞬く間に情報が広まる。景明くんの時、そうだったように。
「赤いワンピースを着てから、姿が見えていないのですよね? なら、学校を去った可能性もあります」
「……去った?」
「座敷童子が家――学校を出ることも、凶事の前触れの一つに分類されます」
座敷童子って、出て行っちゃうんだ……。
「出てったら、どこ行くの?」
「別の家に憑きます」
お引越し的な?
「ただ、学校自体には座敷童子の気配があるので、確実に出て行ったとは言えません」
どっちだよ!
「どうすれば、出て行ったか確かめられるの?」
景明くんは少し考える様子を見せる。
「…………座敷童子が憑くと栄え、出て行くと衰退します。なので、学校が衰退していることを確認できれば、出て行ったと思われます」
「…………衰退? 児童数、多いけど」
私の視界に入ったのは、校庭の一角にある新築の建物。私が児童だった時にはなかった。
数年前、学校近くの田んぼを潰して、新興住宅街ができた。多くの夫婦や幼い子供がいる家族が引っ越してきたおかげで、児童数が一気に増えたらしい。
各学年のクラス数からしても、まだ減少傾向は見えないし、来年から突然、一気に児童数が減るなどとは思えない。
「…………なら、いるのではありませんか? 校内のどこかに」
「…………探せと?」




