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神隠しのその後  作者:
山の女神達
3/17

3


 朝八時に授与所を開ける。

 私と景明くん、あと祖母ちゃんと、私の実家から通っている母さんがシフト制で番をしている。山上神社は、ほぼ身内経営。


 今日は、初めに私が番をする。景明くんは境内の掃除。祖母は家で家事。母は今日は休み。

 叔父は知らない。宮司として、なにかしら諸々の仕事をしているんじゃない? さっき、本殿の方に向かって歩いていく姿を見た。


 欠伸を噛み殺し、ぼんやりと前方を見る。木の下で丸まる野良犬がいた。

 いいなぁ、私も寝たい。

 そんなことを思っていると、きゃあきゃあと高めの声が聞こえた。目が覚める。あぁ、今日は土曜日だったなと思い出した。


 景明くんがここで働くようになってから、女性の参拝客が増えた。彼が世間一般的に整った顔をしているからだと思う。都会ではドウカ知らないが、こんな田舎では滅多にお目にかかれないレベルの美男子。


 私と挙式し、事実婚状態であることは秘密。結婚式を挙げた時、参拝客は一人も来なかったから、目撃者もいない。もしも知られたら、誰かに背後から刺されそう。


 ふと、結婚指輪を用意していないことに気が付いた。

 景明くんはここ以外で働いた経験がない。そもそも、普通なら、まだ高校に通っている年齢。貯金といえば、親の遺産ぐらいだと思われる。だから、年上として、私が用意すべきだった。

 でも、今更、用意してもいいものかという気持ちと、本人や叔父さんからもなにも言われていないし、指輪はなくてもいいのかも、という考えがある。


 こちらに客が来ないことをいいことに、ぼんやりと指輪のことを考えていた。

 だというのに、とうとう人が来てしまった。子供。小学校低学年ぐらい。私は居住まいを正し、真面目で清らかな巫女さんになる。子供の夢(あるかは知らない)は壊しません。


「あの、みこさん」

「はい、どうされましたか?」


 女の子は、恐る恐るといった様子で声をかけてきた。私は彼女を安心させるように、優しく微笑む。


「学校にいる女の子をさがしてください。たぶん、お化け」


 ちょっと待って。


「えーと、小学校にいるお化けの女の子を探してほしい……ですか」


 訂正して。聞き間違いであってほしい。そう思ったのに、女の子はしっかりと頷く。


 私は困惑した。お化けの女の子って、なに。

 私は幽霊だとか、妖怪の存在は半信半疑。叔父さんなど、母方の親族はいると言っているけど、私自身は直接見たことがないから、いまいち信じきれていない感じ。


「うん。いつもいっしょにあそんでたんだけど、もうずっと会えてない」

「それは……」


 他のクラスか学年の児童だったりしない? と聞きかけた時だった。


「その女の子の見た目は?」


 横から景明くんが現れた。竹箒を持ったまま。

 絡んでいたっぽい参拝客はいない。帰ったのかな。五円でも十円でもいいから、お金を落としてほしい。


「うんとね、白いワンピースの女の子。しんちょうは、瞳花と同じぐらい」


 自分のことを「ドウカ」と言った女の子の頭は、景明くんの胸の下ぐらいにある。

 その景明くんは、成人男性の平均身長より、やや低め。もう身長が止まっているのか、まだ伸びているのかは知らない。


「いつも白いワンピースを着ている?」

「うん。毎日、同じおようふく」


 毎日? それは少し気になる。

 たぶん、この子の小学校は私服登校。普通に考えて、毎日同じ服で学校に行く人は少ないと思う。

 勿論、帰った後に洗濯をして乾かしていたり、同じ服を何着も持っている可能性もあるから、一概には言えないけど。


「あ、でも……」

「どうしましたか?」


 女の子がふと声を上げた。


「さいごに会った時は、赤いワンピースだった」


 一度だけ違う服だった? 服の趣味が変わったからもう会わない……なんてことは意味不明だから、ありえないと思いたい。


「どこの小学校の児童?」


 問いかけると、


「下田小学校」


 と返ってくる。


 景明くんは一つ、目を瞬かせた。


「下田小学校……」


 瞳花と名乗った女の子を見送った後、隣からそんな呟きが零れ落ちた。


「私の母校だね」


 それから、景明くんが通うはずだった学校でもある。


 ふと思い出したのは、乱雑した子供部屋の中に置かれた、新品の黒いランドセル。使われることがなかったあのランドセルは、どうなったんだろう。


「白いワンピースの女の子に心当たりはありますか?」


 景明くんに聞かれる。こちらを見る真っ黒な瞳は、相変わらず無機質。


「え? ないけど……」


 どうして私に聞くんだろう。私が小学校を卒業したのは、十年以上も前なのに。


「お化けとかってホントにいるの? 私、見たことないけど」


 景明くんに胡乱な目を向けられた。本当だよ。


「…………あの木の下の……」


 景明くんが指を差した方を私は見る。野良犬はまだ呑気に眠っていた。いいご身分だこと。


「あの犬は妖です。送り犬」

「はぁっ!?」


 驚きのままに景明くんを見た後、再び犬を見る。私が目を離した一瞬の隙に、犬は目を覚まし、立ち上がっていた。

 黒々とした瞳がこちらを向き、頭が下がる。まるで、一礼をするように。ゾッとし、私は一歩後退った。


「あ、妖……って、妖怪ってこと?」


 本当に? ただの犬じゃないの?


 景明くんを見ると、彼はしっかりと頷く。


「…………あの、オクリイヌ? って、なんの妖怪なの?」


 説明してくれるかと思ったけど、黙ってしまった。だから、こっちから訊く。


「夜の山道を歩く人間の背後をついて行きます」

「…………それだけ?」


 首が横に振られる。


「人間が転ぶと、食い殺します。後ろをついているのは、転ぶ時を虎視眈々と狙っているからです」

「転ばない人間は食べられないんだ」


 首が縦に動く。


「じゃあ、危険じゃない? ここで転んだ人が出たら……」


 食い殺されてしまう。


 そんな危険な子だとは思わなかった。体格は大きいけど、前にお賽銭泥棒を捕まえてくれた実績があるから、番犬のようなものかな、とありがたかって、たまにエサもあげていた。


「ここは夜の山道ではありません」

「夜の山道じゃないなら大丈夫なんだ……」


 人間が転ばないと食べられないという話も併せると、妖怪には厳しいルールでも敷かれているのかもしれない。


「送り犬が人間を守る場合もあります。たとえば、山道で産気付いた女と産まれた子を、他の獣から守ってくれたとか」

「え。それは優しい……」


 もしかして、あの犬も優しいタイプなのかな。なんか、礼儀正しそうだし。今も、木の下で大人しく座っている。ついさっきまで目の前で爆睡されていた恨みは忘れた。


「申し訳ありませんが、宮司の元に行ってきます」

「ん? 叔父さん? ……まぁ、別にいいけど」


 なんで? と聞く前に、さっさと景明くんは本殿の方へ歩いて行ってしまった。竹箒を持ったまま。邪魔じゃない? と言って受け取ればよかったと、遠ざかる背を見ながら思った。

 掃除用具は、授与所の隣の社務所に置いている。


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