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婚礼の為に用意されたのは、汚れ一つない白無垢。
「ドレスは着なくていいの?」
「似合う自信がないから遠慮しとく」
母さんに訊かれた時、私はそう答えた。
太っているわけじゃないと思いたい。寸胴だから、スタイルに自信がないだけ。
ただ、こういう体型は着物が似合う。だから、洋服より着物が好き。
洋服は一シーズンに二、三パターンを着回すぐらいしかないけど、着物は洋服の何倍の数を持っている。
式を挙げたのは、叔父さんが宮司をやっていて、私が巫女として働いている山上神社。つまり、神前式。身内が経営していることもあってか、特別に無料。やったね。
衣装は叔父さんが用意してくれた。私が出したのは、美容師代ぐらい。着付けは自分でできるけど、化粧やヘアセットは不慣れだから、プロにお願いした。
景明くんの方は、彼の兄達が金を出し合ったみたい。私はノータッチ。
参列者は、互いの近親者のみ。式の後は、いつも冠婚葬祭の時に使っている料亭で食事をしたぐらい。
側から見れば、質素な方。でも、私は満足した。
同居についてだけど、私と景明は伯父さんの家(私の母の実家)に居候させてもらうことになった。
現在、そこに住んでいるのは、叔父さんと母方の祖母の二人だけ。叔父さんは既に離婚しているから、奥さんはいない。一人娘(私の従妹)は叔父さんが引き取って育てたけど、去年、家を出て、彼氏と同棲を始めた。
いつか終わる結婚生活だし、成人したばかりの景明は勿論のこと、私も貯金が多いわけではないから、家を建てるという選択肢はなかった。
私は元から叔父宅の隣にある山上神社に勤めているし、景明も神社で働くことになったらしいから、ちょうどいい。家事はほぼ祖母がやってくれるし、通勤も楽。今のところ、文句はない。
…………いや、嘘だ。
「景明くん、大丈夫? 寝首とか、かかれてない?」
「怖くない? ちゃんと寝れてる?」
「そんなことしないけど?」
叔父さんも祖母ちゃんも、私に失礼過ぎる。
私と景明くんは同じ部屋で寝ている。念の為に言っておくけど、肉体関係は一切ない。布団も別々で、間には衝立を置いている。
てっきり、別々の部屋だと思っていた。家は余裕で部屋数が余っている。でも、私の匂いを景明くんに染み込ませるとかなんとか、少し気持ち悪いことを言い出した叔父さんにより、同室にされた。
「景明くんに手を出しちゃダメだよ」
「出すわけないでしょ。私をなんだと思ってるの」
祖母ちゃんに二、三日に一度は言われる。この人達、私をなんだと思っているんだろう。私はサキュバスなどではなく、人間です。
第一に、私は彼氏いない歴=年齢というやつ。当然、そういう経験もない。それとも、無縁だからこそ男に飢えているとでも思われているのか? 偏見はやめてください。少し悲しい。
「大丈夫です。大人しいです」
ちょっと。私は動物かなにかなわけ?
仕事の開始時刻は、午前八時。だから、私は七時に起床している。景明くんはそれよりも更に早く起きているみたいで、私が目を覚ました時には既に部屋にいないことがほとんど。
今日もいない。でも念の為、出入り口から死角になる衝立の陰でササっと着替える。
この家に来てから、寝巻きはパジャマから浴衣になった。だって、皆、浴衣で寝てるから。
巫女装束に身を包み、髪は頸の上で一つに結えた。軽くお化粧もする。リップは食後につけるつもりで、ポケットに入れた。食事をすると落ちるからね。
普通、巫女装束にポケットはないんだけど、こっそり改造して取り付けちゃった。だって、袂に入れると、リップのように小さい物は落ちそうで怖い。
昔、スマホを落として画面を破壊した前科者は私です。
さてと、忘れ物はないかな?
振り返り、部屋の中を見渡す。
すると、畳んだ布団の側に置いてあるものが視界に入った。私はそれがなんだったのかを思い出して、慌てて拾う。
「忘れてた」
犬を模したキーホルダー。透明で、中身は空洞。中にペットの毛を入れて持ち歩くことができるらしい。先日、ガチャガチャで取れた。
中には白い毛を入れた。なんの動物の毛だっけ、と一瞬考える。けど、すぐに思い出した。この山上神社に保管されていたオオカミの毛を、叔父から貰ったんだった。
山上神社が祀っているのは、大口真神。オオカミを神格化した存在とされる。
山上神社が建つこの山には昔、ニホンオオカミが生息していたらしい。そのオオカミ達に対する畏怖と、山の自然に対する畏怖が混ざり合った結果、信仰になったんだろうと叔父さんは言っていた。
「よし。忘れ物なし」
ちゃんと文机や棚の上も確認して、部屋を出る。
廊下を歩きながら、スマホで時間を確認する。ただ今の時刻は、七時半前。
ちなみに、歩きスマホをしてはいけません。
「おはよー」
「おはよう、紗重ちゃん」
「…………」
居間に行くと、既に叔父さんと景明くんがいた。いつも通り。
祖母ちゃんは台所だと思う。朝食の用意をしているはず。
「ねぇ、景明くん。これあげる」
景明くんはテーブルに箸を並べていた。真面目ないい子。座布団で胡座をかいてスポーツ新聞を広げているオジサンとは違う。
「毛……」
キーホルダーを見た景明の目が僅かに見開かれた。
いつも無表情ばかりだから、表情が動いたことに少し気分が上がる。後で、スマホに入れているソシャゲのガチャを回してみようかな。
「オオカミの毛なんだって。ね、叔父さん」
新聞紙から顔を叔父さんが、きょとりと目を瞬かせる。
「え、そうなの? 自前?」
「なに言ってるの?」
叔父がくれたものなんだから、自前であるはずがない。
叔父も記憶力が低下しているのかもしれないと気付く。もう五十近いしね。
私も低下している。まだ二十代だけど。だって、昨夜、キーホルダーに毛を詰めた記憶がない。
「お守りにでもしておきなよ。ご利益ありそうでしょ」
実際に人攫いから守る力はないと思う。でも、人が信仰に縋るように、精神的な気休めにはなるんじゃない?
キーホルダーを景明くんの手に持たせると、景明くんが叔父を見た。
「あー……いいんじゃない? 貰っときなよ。紗重ちゃんの言う通り、ご利益ありそうだし」
叔父さんは新聞紙を畳んで言う。
わざわざ叔父の様子を伺う必要はないのに、と私は思う。
けど、誘拐されている間、そういう生活を強いられたんだろうということは、なんとなくわかる。幼い頃から長年に渡って染み込んだ生き方を、そう簡単に変えることは難しい。
ここでは、そんなことをしなくても大丈夫だと、いつかわかってくれれば嬉しい。気長に待とう。
「……あ、りがとう、ございます」
景明くんがキーホルダーを遠慮がちに握り込んだ。ぎこちない言い方で、お礼が返ってきた。




