おまけ
山上神社の祭神、大口真神のご利益は複数ある。魔除け、厄除け、火除け、盗難除け、害獣除け。
すなわち、様々なものを弾き、退かせる性質を持つ。
同時に、山の女神とも習合している。実は、この山上神社が祀る狼女神に出産経験はないが、一般的な山の女神は多産であるとされているので、お産関連――水子供養、安産祈願、子宝祈願もあると謳っている。
その他、縁結び、家内安全、長寿、五穀豊穣、金運などのご利益があるとも宣伝している。宮司である豊曰く、ご利益は盛れるだけ盛ったほうが、色々な参拝客が来るとのこと。
「母さんもなかなか妊娠できなくて、改めてここに参ったら、すぐに私ができたらしいよ」
それで、狼女神に祈ったところ、胎に狼女神の魂そのものが宿ったのか。それを吉と考えるか、凶と考えるかは、当人とその家族次第。
「母さんや父さんはありがたがってたけど、私は偶然だって思ってた。でも、神様が本当にいるって知ったし、なんか人外除けみたいな力与えられたみたいだしで、もしかしたら本当に大口真神が私を母さんに宿らせたのかもって思ったんだよね」
どう思う? と紗重に問われた景明はどう答えようかと、考えを巡らせた。
今、景明と紗重は昼休み中。授与所は宮司の母、幸子に任せた。一旦、神社の隣にある宮司宅へ戻り、そこの居間で昼食を摂っている。
昼食は普段と同じく、幸子が作った。
豊と紗重は、共に料理ができない。二人とも、カップ麺しか作れないと常々言っている。
景明は北山の狐女神に囚われていた間、自炊をしていたので、ある程度のものは作れる。しかし、米は釜戸で炊き、調味料もないようなところだったので、レパートリーはないし、現代日本の食事に慣れた者達の口には物足りないだろうと思う。
ふわふわとろとろの玉子が入った餡がかかったうどんを、二人で啜る。温かく、どんどんと気温が下がっていく中、ありがたいメニューだ。
「…………確かに、大口真神が授けてくださったと思います」
景明は肯定を選んだ。
正確に言えば、授けたではなく、自分から入っていったようなものだとは思う。だが、紗重は自分が大口真神本神だとは夢にも思っていないようなので、黙っておく。
「あ、やっぱり?」
紗重はそんな景明の考えも知らぬまま、声を上げた。
「でも、叔父さん、よく私に人外除けみたいな力があるってわかったよね」
正確には魔除けです、と景明は内心で訂正する。
「破ーッとかはできないらしいけど、やっぱり、なにかしらの察知能力みたいなのが宮司にはあるのかな」
紗重の中で、日本全国の宮司に対するハードルが上がっていく。
「妖怪とかがいるんなら、陰陽師とか退魔師みたいなのとかもいるの?」
紗重は興味津々だと言わんばかりに目を輝かせた。
「まぁ…………いますよ」
正確には、陰陽師については景明もよく知らない。だが、我流の法術で悪さをする妖や神を祓い清める自称退魔師には会ったことがある。
「やっぱり、破ーッってやるのかな」
「はぁ……とはしないと思います」
紗重の中では、宮司も退魔師も息を荒くするイメージなのだろうか。疲れているのか、ただ妖に興奮する変態なのか。紗重の思考は、景明にはわからない。
紗重に恋をして、早一ヶ月。景明は恋愛をするなら、相手には自分のことを知ってほしい、理解してほしいと思っているので、紗重のことを知ろうと密かに努力した。紗重が夜な夜な愛読している漫画や薄い本を読んだり、紗重の昔の話を聞いたり。
ちなみに、紗重の私物には触れていない。読んだ漫画や薄い本は、紗重の従妹である豊の娘、山上楓が彼氏と同棲する際、実家に置いていったもの。
中でも、幸子から、紗重がよく読んでいるという本を貸してもらった。何故、彼女が紗重の好みを把握しているのかは、景明は知らない。恐らく、知らないままである方がいいだろうと、黙っている。
「えー、しないんだ……。じゃあ、寺生まれでもないのかな」
「寺……? さぁ……。そこまでは知りません」
自称退魔師に会ったことはあるが、詳しくは知らない。彼は狐女神から景明を助けてくれようとしたが、失敗して命を落とした。
だが、彼の存在、生前行ったことが、狐女神に隙を与えた。その隙を縫って現れ、景明を狐女神が君臨する北山から連れ出したのが、この山上神社の祭神だ。
「あ、そうなんだ。知人程度ってことかな」
紗重は一人で納得する。まぁ、その通りではあるので、景明もなにも言わない。
「あ」
紗重が不意に声を上げた。
「どうしましたか?」
「祖母ちゃんに、叔父さんトコに持って行ってって言われてた資料、社務所に置きっぱ……」
紗重が青褪める。
「祖母ちゃんにバレたら殺される……」
殺されはしないだろう。叱られるだけ。大袈裟だと、景明は思う。
だが、
「なら、僕が置いたということにしておきませんか? 恐らく、宮司が僕に渡す予定のものだと思いますし」
頭を抱えていた紗重が、パッと顔を上げて景明を見た。
「え? そうなの?」
「古そうな文献ですよね?」
「そうそう」
景明は普通の文字を読むことは苦手だ。一部の知識や経験は、小学校入学前で止まっているので。
ただ、景明が長らくいた狐女神の元には、古い文献が複数あった。暇潰しにそれを読んでいた景明は、気が付けば、くずし字――いわゆる、ミミズが這ったような文字はスラスラと読めるようになった。
それを知った豊が、神社内の古い文献を持ち出し、景明に解読を頼むことがよくある。
「あれ、景明くんのだったんだ」
「僕のものではありませんが……」
一時的に貸し出されるだけ。
内心で冷静に訂正していたところ、不意に、がしりと片腕を両手で掴まれた。
「ありがとう!」
笑顔を向けられる。なにかと表情豊かな紗重だが、普段はあまり見られないほど、明るく、華やか。
「………………はい……」
景明は直視できず、そっぽを向いた。
十八歳と、二十四歳。つまり、六歳年上。現に、幼少期の紗重はお姉さんらしく、景明の手を引っ張ってくれた。だが、今は、可愛いと思ってしまった。




