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玄関で、白いケープコートを被る。下は寝巻きである浴衣のまま。
ケープなら袖がないから、下が着物でも袂が邪魔にならなくていい。
景明くんも、隣でグレーのインバネスコートを羽織った。
「姑獲鳥の活動時間は夜です。現に、目撃証言の多くも夜間のものです」
「つまり、夜に見回りをした方がいい、と」
というわけで、今からパトロールをしに行く。夜は寒いし、視界は悪いしで嫌だけど、仕方ない。
「狐にも気を付けるんだよ」
と叔父さんは言って、私達を見送った。
なんで狐? また、あの大きいヤツが来るの?
「アレは暫くは来ないと思います。……大口真神に色々と絞られていたので」
そうだっけ?
「ところで、景明くんはテレパシーでもできるの?」
それとも、私が無意識に独り言を言ってる感じ?
「できませんが……。紗重さんは表情に出ているので、わかりやすいだけです」
マジか。ポーカーフェイスを頑張ろう。
コートを着ていても、下は浴衣一枚。外に出ると、かなり寒い。
そろそろブラジャーの上にインナーを着た方がいいかもしれないと思うんだけど、箪笥の奥から出すのが面倒臭くて、未だ着ていない。
家の側には車庫がある。停まっている車は二台。叔父さんの普通車と、私の軽自動車。景明くんと祖母ちゃんは、免許も車も持っていない。
歩いて行ってもいいんだけど、神社から大橋さん家の辺りまでは、徒歩二十分近くかかる。周囲をよく見たいパトロールなら徒歩の方がいいだろうけど、目的地があるのなら車で行った方が早い。
山上神社と山の下の一般道路を繋ぐルートは二つ。
一つは、神社正面から、百段以上もの階段を下る。もう一つが、山上家の隣を通る参道を使うこと。
車は後者だけしか通らないから、今回はそっちで行く。
「乗って」
ちょうど側を通るから、助手席のドアを開けた。流石に子供扱いし過ぎたかな? と思ったら、景明くんは妙にぎこちない様子で、
「その……乗って、いいんですか?」
と、おずおずと聞いてくる。
「え。いいに決まってるじゃん」
私だけ車で行って、景明くんだけ歩かせるとでも? そんな冷酷な女だと思われているんだろうか。私、景明くんになにかしたっけ? 悩む。
「助手席は特別な人しか乗ってはいけないと読んだので……」
「……なにで?」
「本に……」
あれか。なんか、恋人か伴侶以外が助手席に乗るのは云々的な。景明くんって、たまに変な知識を仕入れてくるんだよね。
「叔父さんの車では助手席に乗ったことないの?」
「な、ないです」
車の中など、電気がついて顔がよく見えた。さっきまでほんのり薄紅色だった景明くんの顔は、瞬く間に蒼くなる。
「やっぱり……紗重さんはその、男同士でくっついてほしいとか……」
「生物は守備範囲外なので、ご心配なく!!」
誰だ、私の趣味嗜好を景明くんに吹き込んだ奴は。
最重要容疑者は祖母ちゃん。妙に目敏いんだよね。年の功かな。次いで母さん。ただ、叔父さんは私と従妹が共に腐っていることを知らないはず……!
別の意味での焦燥感により、ややスピードが出てしまった。
ただ今の時刻は、二十二時。通る車も、道を歩く人もあまりいない。でも、家の明かりはある程度ついている。
住宅街まで来れば、むしろ車は邪魔。一旦、私の実家の車庫に置かせてもらう。
その実家は、まだ二つほど明かりがついている。両親共に、日付が変わるまで起きているタイプ。念の為、メッセージアプリで車庫を借りると伝えた。返信はない。見ろ。
「今日はいるかな」
「大橋さんの家に張り込んだ方が早い気はします」
大橋さん家に直行する。
今日は曇り。空を見上げても、月は見えない。頼れる光源は、ぽつりぽつりと距離を開けて立つ街灯ぐらい。
私は夜でも視界が明瞭だけど、景明くんはどうなんだろう。でも、小走りに移動する足はしっかりとしていて、道にはみ出した車のお尻もちゃんと避けた。大丈夫っぽい。
「大橋さんの家は……」
ブラウンの壁、赤茶の屋根。二台の車が停まっている。
窓を見れば、まだ、明かりがついている。
「ここだ」
私は大橋さん家の前で足を止める。景明くんも止まった。
「どうする?」
ここら辺は家が並んでいるだけ。身を隠せそうな場所は、他人の敷地に入らない限り、ない。
「なにも考えていませんでした」
景明くんがコートのポケットからスマホを取り出す。白い毛が入った犬のキーホルダーが揺れた。
ぼんやりと光る画面には、メッセージアプリが開かれている。一番上に「宮司」と書いてあるのが見えるから、相手は叔父さんか。
「宮司は、「せめて丑の刻まで頑張って」と」
つまり、明日の午前二時から三時まで。あと、四、五時間。
「叔父さんって案外、鬼畜だよね」
私と景明くんは顔を見合わせた。
「よし。めっさ寒いから、コンビニで肉まん買ってこよう」
私が実家に置いた車引き返そうと足を向けると、コートの裾を掴まれる。
「僕を置いて行くんですか」
ダメか。
いや。絶対ダメだな。何故か、固く思い直す。
「じゃあ一緒に――」
行こう、と言おうとした。
「あ」
景明くんが顔を上げ、近くに立つ電柱の方を見た。私も釣られて、そちらに視線を向ける。
鳥が電線の上に降りる。バサリ、と羽が音を立てた。小鳥なのに、妙に力強い。
「こちらに」
景明くんにコートの裾を掴まれたまま、私は彼と共に、道路にはみ出した車の影に隠れる。そこは、大橋さん家から二軒先の距離。少し顔を出せば、大橋さん家が見える。
「もしかして、あれが……」
姑獲鳥。
景明くんが、小さく頷いた。




