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三日連続でパトロールをしたけど、進展はなし。
「目撃情報も最近はないんだっけ」
水曜日の夜。居間のテーブルで私が捲ったのは、不審者情報を纏めた資料。パトロールついでに周辺住民から目撃証言を聞き回って、景明くんが作った。
「ないねぇ。諦めていなくなったのかな」
「どうでしょう。宇治の橋姫然り、清姫然り、妖に転ずる女は執念深いですから」
景明くんが冷静な声で言う。
「誰それ」
昔のお姫様? が妖怪になったの?
「宇治の橋姫は嫉妬から鬼に転じた女です。二十一日間、川に浸かって鬼となったり、丑の刻参りなどをしました」
二十一日間も!? 私なんて、三日坊主になるよ。
丑の刻参りは聞いたことある。藁人形に釘を打って呪いをかけるってやつだよね。
「清姫は恋をした僧に裏切られたことから蛇に転じました。僧を追いかけ、最終的に焼き殺しています」
おぉう、過激……。
ちょっと引いた私をよそに、景明くんが大きな紙を広げる。
なんだろうと思ったら、ここら周辺の地図だった。赤いペンでいくつかのマークが付けられている。
「それ、書き込んでいいの?」
「コピーです」
ならいいのか。
よく見ると、A4サイズの紙をセロハンテープで止めて、繋げていた。
「こちらを見てください」
私と叔父さんは言われるがまま、地図をまじまじと覗き込む。
ちなみに、祖母ちゃんはいない。留守にしているとかではなく、既に就寝した。祖母ちゃんは早寝早起き。
既に八十歳。でも大病もなく、つい一、二年前まで自転車を漕いでいた。これが健康の秘訣なのかもしれない。私には真似できない。叔父さんも、たぶんそう。
「これらは、不審者の目撃情報があった場所です」
赤いマークが女の出現場所ということか。
…………ん?
「なんか……全部町中だね」
それも、ほぼ同じ辺りに集中している。神社からは少し離れているけど、ちょうど私の実家がある辺り。
「日曜日の夜に子供が攫われかけた場所は、ここです」
青いペンで新しく付けられたマークは、他のマーク達の中心辺りにある。
「んんん?」
私は目を凝らして、地図に書かれた小さな文字を見た。
「あれ? 大橋……」
先日、パトロール中に会ったおじさんの家のすぐ側だ。
「姑獲鳥は、お産で死んだ妊婦が妖に転じた存在とされます」
「お産……?」
私は気が付いた。
「健太くんの前の奥さん……!?」
出産時に亡くなってしまったと聞いている。
出産も命懸けなんだと改めて認識し、怖くなった。それもあって、今の私は子供を産む勇気がない。予定もないけど。
「え? じゃあ、健太くんの前の奥さんが、子供を攫おうとしてるってこと? 自分の子供がいるのに?」
死んでるけど。
「あ」
そこで、叔父さんが声を上げた。
「そういえば、大橋さん、前の奥さんは奥さんの地元の墓に埋葬したけど、お子さんの遺骨は家にあるらしいよ」
「そうなの?」
なんでそんなことを叔父さんが知っているんだ。
と思ったけど、田舎の情報はどんなものでも、あっという間に広まる。
私と景明くんが結婚してることはまだ知られてないとは思う。ただ、本当にただの従姉弟なの〜? と探りを入れてくる人が地味に多いのは面倒。下世話な話が好きな人間が多い気がする。
「なんでお子さんだけ、納骨してないの?」
「お子さん、お孫さんと離れ難かったみたい。今の奥さんも、旦那の子供なら家族だって受け入れてくれているって、大橋さんの奥さんが言ってたよ」
「はぁ?」
それはちょっと……私が前の奥さんの立場だったら、ムカつくかも。
「前の奥さんは、自分のお子さんを奪われた気持ちになったかもしれませんね」
ほら、景明くんも言ってる!
前の奥さんからすると、正に命を懸けた我が子と死後に引き離されて、一人だけ故郷に帰されたことは、胸につかえるんじゃないかな。景明くんの言う通り、我が子を奪われて、今の奥さんも含めて家族にされたことも。まるで、旦那さんとその両親から省かれたような気持ちになりそう。
でも、仕方ないという考えもある。もし、前の奥さんの遺骨も家に置いていたら、今の奥さんからすればいい気分じゃないと思う。既に亡くなった人だけど、過去に自分の夫が愛した女性だし。
前妻の子供は、それと比べれば許容できるだろう。自分が産んだ子供じゃないけど、愛する夫の子供で、自分達の子供にとっては、実の兄姉に当たる。
「もしかして、本当に欲しいのは、そこら辺の子供じゃなくて、自分の子供とか?」
景明くんに言ってみると、
「その可能性はあります。日曜日に攫われかけた子供は、三歳の女の子でした。大橋健太さんの亡くなった長子も生きていれば既に三歳で、女児だったそうです」
肯定される。
「ちなみに、日曜日に攫われかけた子供は、送り犬が視えていたあの女の子です」
「あ、獅子舞の……」
「それは忘れてください」
景明くんが目を逸らす。髪の間から覗く耳がちょっと赤い。自分でも無理矢理だったと思っているのかな。
「姑獲鳥は姿を隠せるほどの力はないのか、もしくは敢えて姿を見せているのかはわかりませんが、誰にでも見えるようです。ですが、姿を消している妖が視えるほど感受性が高い子供とは、やはり相性がいいのだと思います。それで、我が子と間違えてしまったのかもしれません」
これだけ目撃者がいれば、霊感がない人間に見えているのも当たり前か。
「でも、子供は死んでるよね? もしかして、亡くなったの、気付いてない?」
死んでるとわかっていたら、成長するはずがない。生きている三歳の女の子を攫う理由はないと思う。
「そうかもしれない。前妻の子供は生まれたんだけど、数日後に容態が急変して亡くなっちゃったらしいから。前の奥さんは、無事に子供は産めたと思っているのかも」
「なんでそんなことまで知ってるの?」
つい、気になった。叔父さんは噂好きなイメージがなかったから。
「水子供養を頼まれたからね。詳細も伺ったんだ」
あ、そうだったんだ。納得した。
普通、神道では水子供養はしない。水子供養といえば、神社よりお寺。だけど、うちの祭神は山の女神とも習合している。一般的な山の女神は多産とされていることから、山上神社はお産関連である水子供養も請け負っている。
「だとすると、我が子が亡くなっていることには気が付いていない可能性もありますね」
景明くんが言った。
健太くんの前の奥さんからすれば、無事に子供が生まれたと思った後、自分は息を引き取った。
だから、子供は死んでいなくて、今も生きていると思っている。一緒に埋葬してもらえなかったから、死んでいることに気付けないんだ。
「……なら、今の奥さんが自分の子供の母親に成り代わったとか、思っちゃったのかな」
私の子供なのに他の女が育てている、取り返さなくちゃ、みたいな。
「死者に理性はありません。あるのは感情だけです。そう思っている可能性は、高いと思います」
悲しくなった。子供の死を知らないまま、生きて成長した我が子を求める生母。妖になってまで、この土地に来た。
…………まぁ、姑獲鳥が本当に、健太くんの前の奥さんだとは確定していないんだけどね。ただの考察に過ぎないものであればいいと、私は思った。




