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十一月の前半は、七五三の為に参拝客が増える。特にここ近年は、新興住宅街の完成により子供が増えたから、まさしく書き入れ時といったところ。
なんだけどーー
「不審者?」
私は境内の掃除をしていたところ、山上神社の宮司である叔父さんに呼ばれ、本殿へと連れて行かれた。そこで見せられたのが、周辺地域に配られたというお知らせの紙。それは、不審者に対する注意喚起だった。
「そうなんだよ。ここらで最近、子供に付き纏う不審な女性の目撃が相次いでてさぁ」
子供を狙う、と聞くと、どうしても景明くんのことを思い出してしまう。彼は六歳の時に誘拐された。
ただ、その犯人は人間ではなく、狐の姿をした山の女神だったんだけど。
「景明くんのことがあったから、近所の人達もより警戒してるんだよね」
あぁ、やっぱり。
攫われたのは、もう十二年も前の話。だけど、帰って来たのは、つい去年。その時は大変な大騒ぎになった。だから、新しく新興住宅街に越して来た人達だって、景明くん誘拐事件のことは知っている。
「七五三で神社に来る子供が増えるから、一応、警備を増やしたいんだよね」
「うん。その方がいいよ」
と言ったけど、すぐに、お金は大丈夫なのか気になった。お世辞にも、山上神社は儲かっているとは言えない。
「じゃ、よろしくお願いします」
なにか知らないけど頼まれた。私、なにもできないよ。
本殿を出て、竹箒片手に社務所へ向かう。途中、授与所の前を通ると、景明くんがいた。
「宮司、どうされたんですか?」
叔父さんに呼び出されたこと、気付いていたのか。
「あー……七五三で子供が沢山来るだろうから、念の為に警備を増やしたいらしい」
不審者情報のことは言えなかった。嫌な記憶を呼び起こさせてしまうかと思って。
「そうですか。よろしくお願いします」
だから、なんで私に頼むの?
足の速さには自信がある。元陸上部で、入賞も何度かしたことあるしね。でも、腕っぷしは強くない。普通の女の子です。
翌日は土曜日。天気もいいから、着物を来た子供を連れた参拝客が多い。私は千歳飴の在庫を、段ボールごと取り出した。
ついでに、何故か野良犬も多い。参拝客を噛まないか、心配してしまう。追い返した方がいいかな。
「あれもこの山に棲む妖達です」
いつの間にかに隣にいた景明くんが教えてくれた。
「え、そうなの?」
「警備が増えた結果です」
あっ、警備って、普通に人間の警備員を雇うというわけじゃないのか……!
あれ? 私はふと気が付いた。
「叔父さんも妖怪の存在とか、知ってるんだ」
祖母ちゃんも?
「はい」
…………。
「どうして知ってるの?」
もうちょっと、情報を落としてくださーい!
「山上神社の宮司ですから」
それ、理由になる?
…………なるかぁ。先祖代々、神や妖怪の存在を伝えられて来たとか、そんな感じなのかもしれない。
「そういえば、妖怪って、皆に視えるもんなの?」
フィクションでは、霊力がある人にしか視えないって設定も見かけるけど。
「ものによります。たとえば、この山に棲む妖の大半は、動物が本性です。彼らは普通の人間の目には、普通の動物として映ります」
「あの犬達も?」
私は周辺をまばらに闊歩する犬達を見る。
「一部は見えていると思います。ですが、ほとんどは姿を隠しているので、下手に話しかけたり、触らない方がいいと思います」
なにもない空間を撫で、喋りかける巫女を想像する。頭がおかしい奴に見える……。
「姿を消すこともできるんだね」
「力がそれなりに強ければ」
そうなの?
「弱い方が見えないのかと思った。なんか……力が強いと存在感も強そうっていうか……」
うまく言葉にできない。誰か、私に語彙をくれ。
「強過ぎれば、どうしても存在を隠せないこともあります。ですが、そういうものは神話などにも名を連ねるほどの神か、いわゆる大妖怪に分類されるものぐらいです」
大妖怪? っていうと――
「酒呑童子とか?」
私でも知っている名前を出してみる。
「そうです。ただ、大妖怪はほとんどは妖の全盛期である平安時代の辺りで討伐されたので、現代ではほとんどいません」
あとは茨木童子とか?
ダメだ。鬼しか出てこない……。
「ですが――」
「わぁぁぁぁぁん!!」
突然、子供の泣き声が聞こえた。
「わっ、ちょっと!?」
景明くんは一瞬で踵を返すと、そちらに向かって走る。
いや、はやっ。こないだ小学校で巨大な狐に追いかけられた時は遅かったくせに!
ぐんとスピードを上げた景明くんに引き離され、私が駆けつけた時には、ちょっとした混沌と化していた。
ピンクの振袖と白い被布を着た三歳ぐらいの女の子が泣いている。
「おっきなイヌがいたぁー」
犬? あぁ、あの黒い大型犬か。
女の子から少し離れたところで、オロオロと周囲を見渡している。動きが妙に人間臭い。いや、本物の犬もあぁいう行動をするのかもしれないけど、私は犬を飼ったことがないからわからない。
「犬? 犬なんていないじゃない……」
女の子の側で膝を突くお母さんらしき女性が周囲を見渡して言う。
あ、女の子には妖怪犬が視えるけど、お母さんには視えていないのか。
「い、犬? それは……これのこと?」
景明くんが、背後にあった物を両手で持ち上げ、見せる。
「わぁぁぁぁ!! ママぁぁぁぁぁ!!」
それを見た女の子は更に号泣した。そりゃあそうだ。景明くんが見せたのは、獅子舞の頭。あれは怖いよね。
私は泣いたことないけど、母方の従妹はよく泣いていた。中身、父親である豊叔父さんだったんだけどね。
「どうやら、僕が獅子舞の練習をしていたところを見てしまったようです」
と、景明くんはお母さんに説明。お母さんは信じたようで、なんの疑いもなく女の子を連れて立ち去った。
「…………」
「あ、妖の存在が知られたら、パニックになるかもしれない……です……」
つい、じとりと景明くんを見ると、彼は気まずげに視線を逸らす。
「私には言ったのに?」
と言ったけど、娘さんは妖怪が見えたんですね! と言われてもお母さんは困るだろうと気がつく。お母さんには見えないのだから、尚更、景明くんはただの電波野郎にしかならない。
「ところで、その頭、いつ、どこから持って来たの?」
普段は倉庫に仕舞ってあるはず。
景明くん本人も、さっきは手ぶらだった。
「そ、それは……」
景明くん曰く、他の妖怪犬が持って来たらしい。これで誤魔化せと言わんばかりに、差し出されたんだと。
人間に獅子舞の被り物を贈る妖怪がいるんだね。妖怪も多様だ……。




