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神隠しのその後  作者:
山の女神達
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 とある昼下がり。私、藤田紗重が昼寝から目を覚ますと、一人の男が顔を覗き込んでいた。


「結婚してほしい」

「…………は?」


 一度では理解できなくて、私は口を開いた。


「…………叔父と姪は結婚できないんじゃないっけ」


 日本の法律では、三親等内――両親、祖父母、兄弟姉妹、子、孫、おじ、おば、甥、姪と結婚することができない。

 目の前の男、山上豊は、私の母親の弟に当たる。つまり、血の繋がった実の叔父。私から見て三親等内だから、結婚は法律で禁止されている。


「いや、違う違う! おじさんじゃなくて!」


 叔父さんは慌てたように両手を振った。


「紗重ちゃんの従弟の景明くん! 景明くんと結婚してほしくて!」

「景明……?」


 いとこは四親等だから、結婚できる。


 たった今、名前が出た藤田景明は、父方の従弟。

 でも、叔父さんから見れば、姉の嫁ぎ先の親族の一人に過ぎない。父方の伯父(景明の父親で、私の父親の兄)が話を持ちかけてきたんなら、まだ納得できる。ただ、父方の伯父は既に、鬼籍に入っているけどね。


 ちなみに、私の母方のいとこ(叔父の子供)は、女の子一人だけ。


 なにから聞こうかと、私は迷う。

 どうして父方の親族ではなく母方の叔父が、直接の親族ではない景明との結婚を私に持ちかけているのか。

 どうして景明と結婚してほしいのか。


 でも、その前に。


「いくら姪でも、成人済みの女性が寝ているところに来るのは非常識じゃない?」

「ごめんって。でも、リビングで寝てるから……」

「…………」


 それは仕方ないね、と私は考えを改める。

 叔父とはいえ、他人に寝顔を見られたのは恥ずかしい。でも、私が自室ではなくリビングにいたら、回避しようもない。

 私が今いる実家には、客間なんてものはない。来客は基本、リビングに通される。


 床に広げたマットレスの上に寝転がっていた私は、黙って上半身を起こす。途端、背中が凝り固まっている気がして、もぞもぞと身じろぎをした。肩や背中を動かす。

 このマットレスは安物で薄っぺらいから、感触はほぼ床と変わらない。二十四になった途端、ここで昼寝をすると背中が凝るようになった。これが、歳を感じるということなのかもしれない。私はまだ二十代なのに。


「で、結婚って、どういうこと?」

「えーと、景明くんが誘拐されていたことは知ってるよね?」

「知ってるよ」


 景明くんは六歳――保育園年長の時、消息不明になった。景明くんの母方の実家の近所で遊んでいたところ、伯母(景明くんの母親)が一瞬目を離した隙に、いなくなっていたらしい。

 景明くんの居場所も生死もわからないまま、月日は流れた。そんな中で、およそ一年前、景明くんは発見され、保護された。彼は生きていた。


 でも、その間に、景明くんの両親は立て続けに病死していた。景明くんと伯父夫婦は再会することが叶わなかった。

 景明くんには兄が三人いるけど、全員、両親の死により地元を出て、散り散りに。ただ、連絡はできるので、景明くん保護の報せを受けて駆け付けた。


 そういえば、景明くんは去年時点で未成年だったはず。彼は誰の元に引き取られたんだっけ、と私は考える。

 景明くんの兄達ではない。長男と次男はそれぞれ結婚し、子供も産まれ、家庭がある。三男は現役大学生だから、誘拐されていた弟の心身のケアなどをするには少し、心許ない。たぶん、父方の親族だと思うけど、私は親族関係にはあまり詳しくない。


「その犯人が、まだ景明くんのことを狙っているんだ……。だから、紗重ちゃんと結婚したら諦めるかなって思って」


 私は驚く。


「犯人を知ってるの? 捕まってないって聞いたけど……」


 叔父さんは目を伏せた。


「なんていうか…………国の司法じゃ裁けない相手でね……」

「なっ……」


 私は唖然とした。権力者だかなんだかの身内とか、そういうやつ? フィクションなどでたまに見かけるけど、本当にそんなことがあるなんて……。垣間見てしまった日本の闇に、恐れ慄く。


「で、でも、私と結婚したぐらいで引く相手なの?」


 誘拐までした上、金だか権力だかなんだがある人間の身内と思しき相手。手段も問わず、なんでもしそう。


「確実とは言えないけど、引く可能性はある」

「なんで?」


 私はごく普通の一般市民。職業は巫女。叔父さんが宮司をしている神社で働いている。持っているコネはそれぐらい。日本全体からすれば大したものではない。ただの田舎の小さな神社だし。

 勿論、権力者の知人なんてものもいない。そもそも、現在も親しくする友達がいない。悲しい。

 両親もただのサラリーマンと主婦。裕福でも貧乏でもない、ただの一般家庭。


「実は、犯人は――」


 私は固唾を呑んで、叔父さんの言葉に耳を傾けた。


「――紗重ちゃんが天敵なんだ」

「…………は?」


 ちょっと、意味がわからない。私が天敵? 景明くんを誘拐した犯人の?


「えーと……犯人は私の知り合いなの?」


 景明くんを攫った人間に心当たりはない。そもそも、犯罪を犯すような知り合いは思い付かない。

 ただ、私のことが嫌いな人がいないとは言えない。私はとくになにもしていないけど、昔から一部の人から雰囲気が怖いなどと言われ、距離を置かれていた。

 その私の見た目は、ごく普通だと思う。派手な見た目でもない。むしろ、ファッションとかに興味がなく、地味な方。性格も攻撃的ではないと自分では思う。人見知りで、身内以外に個を晒すことが苦手だから、内向的だし。


「うーん、犯人が一方的に知ってる感じ……かな」


 叔父さんは曖昧に言う。具体的にその犯人が私のどこを嫌っているのか、教えて欲しい。直したい。

 いや、誘拐犯に好かれたいわけじゃない。ただ、同じ理由で他の人からも嫌われたら嫌だから直したいというだけで。


「とにかく、紗重ちゃんが景明くんの側にいれば、犯人が近寄って来ない可能性が高いんだ」

「ネズミ避け的な? 不本意」

「そこをなんとか!」


 叔父さんが両手を合わせて、深く頭を下げてきた。

 年上だし、雇用主でもある相手だから、私はギョッとする。そこまでするほど、重要なお願いなの……?


「婚姻届とかは出さなくていいから! ただ、式は挙げて、事実婚みたいな感じで同居してくれれば、それでいいから!」

「え、えぇー……」


 婚姻届を出さなくていいことは助かる。景明くんだってそのうち、本当に好きな人が出来て、その人と結婚したいと思う時が来るかもしれない。私なんかで経歴にバツが付いたら可哀想。


「式は挙げるんだ」

「縁を強固にする為には、ちゃんと儀式をした方がいいからね」


 神職らしい言葉に納得する。

 先祖代々、神職の家系。私の母もだけど、神社で産まれ育った人だからか、縁だとか、神様だとか、そういう話がたまに出てくる。


 私個人としては、結婚式を挙げられるということに少し心惹かれた。

 私は性格的にも行動力的にも結婚相手を見つけられる自信が全くない。既に一生独身でいる覚悟。ただ、結婚式自体には憧れがある。相手が恋愛感情の欠片もない従弟だとしても、経験できるのなら嬉しい。


「いいよ」


 だから、受けることにした。ソロウエディングはやる勇気が出ないと思う。この機を逃したら、二度と結婚式はできない。そんな、軽い気持ちで。


 ただ、同居は少し自信がない。実家から出たことがないから。でも、完全な他人ではなく従弟(ただし、子供の時以来、ほぼ話したことがない)だし、どうにかなるんじゃない? という楽観的な考えもある。


「ありがとう!」


 叔父さんは私の両肩を掴んで、喜びを露にする。その後、背後を――リビングのドアの方を振り返った。


「だって! 良かったね、景明くん!」

「え?」


 私も叔父さんの視線の先にあるドアを見る。

 すると、開かれっぱなしのドアから、ひょこりと顔が出てきた。まだ少しあどけなさを残している。けれど、それには不釣り合いな、陰が差した暗い瞳。


「か、景明くん……」


 いるならいると、初めから教えてほしかった。


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