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ぶっちめるだけじゃなく通訳も承ったら婚約することになりました

作者: 満原こもじ

 いつものように木陰で佇んでいた時だ。

 話しかけられたのは。


「こんにちは」

「ん? ああ、こんにちは」


 おそらくまだ十代半ばの若い修道女だな。

 こんなふうに話しかけたことはこれまでになかったから、少し戸惑った。

 人もまばらな墓地だ。

 私に何か用だったろうか?


「いい天気ですね」

「そうだな。木陰が気持ちいい季節ではある」

「確かに、はい」

「当番で墓所回りでもしているのかい?」

「うふふ、そんなようなものです」


 丁寧なお嬢さんじゃないか。

 貴族の出かもしれない。

 修道女なら未婚なのだろうが、私のような男に言葉をかけるというのは、ちょっと意図がわからないな。

 いや……。


「君が私に注目した理由は? 面識はないと思うが」

「心当たりはおありかと思います」


 ないことはない。

 というか一つしか考えられない。


「私が幽霊だからか」

「はい」


 もっとも幽霊だから話しかけられるというのも初めての経験だ。

 無視されることが多いから。

 幽霊は存在感があまりないようなのだが……。


「修道女には私が見えるのかな?」

「霊力の高い者には見えるのですよ。わたしは霊力が高いために修道女にスカウトされたのです」

「ふうん? 修道女にスカウトなんてことがあるのか。勉強になったよ」

「うふふ」

「スカウトされたら追加で優遇措置があったりするのかい?」

「追加の優遇措置ですか? 特にないですよ」


 確か聖母教会の修道士修道女は、王立学校の入学に際して授業料減免などの優遇措置があったはず。

 しかし規律がやたらと厳しいため、好んで修道士修道女になりたがる者はいないと聞く。

 スカウトによる追加優遇がないのなら、どうして修道女になったのだろうな?


「君は貴族の出のようだが」

「おわかりになりますか? わたしはオルゲン男爵家の娘でして」

「ほう、ではブレント殿の?」

「父を御存じでしたか。わたしは次女のチェマと申します」


 やはり貴族の令嬢か。

 しかもオルゲン男爵家の娘。

 悪くないな。


「スカウトされたとはいえ、どうしてチェマ嬢は修道女に? 規律が厳しいのだろう?」

「厳しいですね。ただわたしは王立学校に通いたかったものですから」

「ああ、わかる」


 王立学校は入学金も授業料も高額だ。

 下位貴族が娘を王立学校に通わせるのはなかなか厳しい。

 スカウトに関係なく、修道女になれば王立学校に通えるというメリットを知ったからか。


「修道女はもう一つメリットがあるのですよ」

「それは何だろう?」

「回復や浄化などの術をタダで教えてもらえるのです」

「浄化、か」


 だからチェマ嬢は私に話しかけてきたのか。

 やはりな。


「つまりチェマ嬢は私を浄化しようと?」

「いえ、ムリヤリそんなことはしませんよ。悪霊ならぶっちめますけれど」

「ぶっちめ……」


 清楚系の令嬢に見えたがアグレッシブだな。

 いや、王立学校に通ったり術を教わったりするために修道女になろうとするのだものな。

 それくらいの令嬢の方が評価はできる、が。


「素直に転生輪廻の輪に乗らず、幽霊になるような方は、下界に心残りなり後悔なりがあるものなのですよ。そうした方の力になって差し上げようというのがわたしの役目なのです」

「ほう、ありがたいね」

「あなた様はどうして幽霊になったのでしょうか? 差し支えなければわたしに聞かせていただければ」

「よくある話さ」


 チェマ嬢にはぜひ聞いてもらいたいな。


「私はクレイグ・アマーストという者だ」

「アマースト……伯爵家の? えっ? トレヴァー先輩のお父様ですか?」

「トレヴァーを御存じかね」

「ええっ? し、知らぬこととは申せ、大変失礼をいたしました」

「いや、いいんだ。となると私の懸念も理解できると思うが」


 ――――――――――チェマ視点。


 霊力が高いからぜひ聖母教会に来てくれ、修道女になってくれと言われた時は嬉しかったですね。

 要するにわたしには取り柄があるということですから。

 元々王立学校に通いたかったですので、入学金と授業料の減免措置を知った時以来修道女になろうという考えはありました。

 渡りに舟というものです。


 霊力が高いと幽霊が見えたりするんですって。

 術の効果も高いようで。

 えっ? 幽霊が見えて怖くないのかですって?

 特には。

 昔から見えていてそういうものだと思っていましたから。


 聖母教会で術や幽霊との話し方を教わったのは嬉しかったですねえ。

 わたしは滅多にいないくらい霊力が高いらしく、墓地や不浄地を巡るのが任務になりました。

 悪霊や妖魅をぶっちめるお仕事です。

 これは天職かもしれないと思いました。


 教会の中央墓地に幽霊がいることには気付いていたのです。

 大体木陰で腰かけていて。

 でも悪い霊ではないので放っていました。

 未練がなくなれば天に召されるものですし、悪霊化すればぶっちめればいいだけですし。


 ところが件の霊は消えないのですね。

 すると根深い心残りがあるのでしょうか?

 話しかけてみれば憧れのトレヴァー先輩のお父様でした。

 伯爵様に何と不躾なことを!

 

「ええっ? し、知らぬこととは申せ、大変失礼をいたしました」

「いや、いいんだ。となると私の懸念も理解できると思うが」


 想像はつきます。

 アマースト伯爵家は古くからの名家だけに、経営の難しいところやしがらみが多いらしいのですよ。

 トレヴァー先輩も優秀な方なのですが、お父様が亡くなった時はどうしたらいいんだってぼやいていました。

 急な死だったものですから、そうした細かい機微のようなことは何も聞いていなかったようで。


「トレヴァー先輩のことが心配なのでしょう?」

「うむ、嫡男だからな。来年には王立学校を卒業して成人するから、アマースト伯爵家を継ぐはずだが……。チェマ嬢は何かトレヴァーの動向を掴んでいないか? 私は墓地を離れられないので、ほとんど情報を得られないのだ」

「アマースト家を食い物にしようとする輩が多いと言ってましたよ。ゆっくりでも自力で解決するしかないと」

「うむ、怪しい有象無象どもが寄ってたかるという問題点は把握しているようだな。まだ誰とも組んでいないと見える。婚約は?」

「していないです。誰も信じられないのですって」

「チェマ嬢、トレヴァーの婚約者に興味はないか?」


 わたしは修道女ですし、男爵家の娘に過ぎないのですが。


「トレヴァー先輩の婚約者になれるなら、とっても嬉しいです」

「よし、共闘しようではないか」

「共闘、ですか?」

「うむ。トレヴァーをこの墓地に連れてきてくれんか? そして私の言葉をトレヴァーに通訳してくれ。協力してくれれば私はトレヴァーの婚約者にチェマ嬢を推す。婚約が成るなら、チェマ嬢の還俗のための寄付金はアマースト伯爵家が出す」

「わかりました!」

「ああ、私の書斎の机の一番下の引き出しはカギがかかっているんだ。そのカギを壊していいから、中に入っている三冊のノートを持ってこいと伝えてくれ」


          ◇


 ――――――――――トレヴァー・アマースト伯爵令息視点。


 ちょっとおかしなことになった。

 可愛い後輩のチェマ・オルゲン男爵令嬢が、父上の幽霊が現れたと。

 僕と話したがっていると言っている。

 怪しいにもほどがあるが、チェマ嬢はこんな冗談を口にするような令嬢ではないし。


「わたしは霊力が高いので、幽霊を見たり話したりする訓練を受けておりまして」

「チェマ嬢が修道女なのは知っているが」

「トレヴァー様のお父様が言うことには、書斎の机の一番下のカギがかかっている引き出しに入っている三冊のノートを持ってこいとのことです。カギを壊していいからと」


 確かに開かない引き出しがあった。

 こじ開けてみると果たして三冊のノートが出てきた。

 チェマ嬢の言っていることは、どうやら本当のようだ。

 父上のアドバイスを受けられる?


 希望が見えた気がした。

 父上がどうアマースト伯爵家を回していたか、母上や家令でさえ把握していない部分が多かったから。

 本当に雑多な者どもが利益を得ようとすり寄ってくるのだ。


「本当に助かる。貼りつけたような笑顔のやつらばかりが周りに集まってきてな。損得関係のないチェマ嬢なら信じられる」

「えっ……損得関係がないわけではないのですけれど」

「は?」


 チェマ嬢どうして顔が赤くなってるんだろうな?

 可愛いアピールかな?

 ともかくノートを持って墓地へ。


「先輩。ここの木の下にクレイグ様がいらっしゃるのですよ」

「……父上が?」


 いや、チェマ嬢を信じないわけじゃない。

 ただ何も見えない空間に父上がいると言われて鵜呑みにするのもおかしいのではないか?


「クレイグ様。トレヴァー先輩が信じそうな秘密を教えてください。えっ? 先輩は四歳までおねしょをしていた? 初恋は侍女のエマ?」

「わかった信じる!」


 どうして父上は僕の初恋がエマってことまで知っているんだ!

 ……バレバレだったのかな?


「先輩、三冊のノートの内容を説明するそうです。黒いノートは日記ですって。クレイグ様の考えを一番よく理解できるから、少々読みづらいがよく目を通しておくことをお勧めするですって」

「わかった」

「紺のノートはクレイグ様のアイデア帳ですって。余裕ができたら見るといい、経営に寄与するだろうですって」

「了解だ」

「赤いノートはデスノートですって」

「デスノート?」

「いつか殺すリスト? まあ怖い。とにかく赤いノートに名前が載ってるやつは絶対に信用するな、ということです」

「……助かる。一番参考になる」


 今僕に一番必要なのは、信用できる人間とできない人間を選り分けることだ。

 赤いノートに記載されている者とそいつらに紹介された者は問答無用に排除できる。


「クレイグ様はいつまで下界にいられるかわからないから、相談したいことがあればすぐ来いとのことです」

「うん、何から何までありがとう」

「それから……えっ? わたしが言うんですか? いえ、クレイグ様では意思疎通できないのは理解できますけれど」

「ん?」


 何だろう?

 チェマ嬢モジモジしているけど。


「あのう、トレヴァー先輩。実はクレイグ様とわたしとの間に約束がありまして」

「それは?」

「わたしを先輩の婚約者にすることを、クレイグ様が推薦してくださると言っていたのですよ。わたしの還俗のための供与金もアマースト伯爵家で出してくださると……」

「何だ。チェマ嬢に異存がないなら、僕の方からお願いしたいくらいだよ」

「本当ですか!」

「もちろんだとも」


 以前から親交のある可愛い後輩だ。

 何より信頼できる数少ない令嬢でもある。

 チェマ嬢と婚約できれば、僕に娘を押しつけようとしてくる怪しいやつらを門前払いできる。


「ありがとうございます!」

「いや、僕の方こそありがたいよ。今後の指針ができた。明かりが灯ったような気持ちだ」


 何となくだけど、父上も微笑んでくれているような気がする。

 これから前に進めるぞ!


          ◇


 ――――――――――その後。チェマ視点。


 正式にトレヴァー先輩と婚約したのですよ。

 家格差があるので絶対ムリだと思っていました。

 嬉しいですねえ。


 わたしの実家オルゲン男爵家もビックリ&祝福です。

 これ以上ない縁だと。

 でも現在のトレヴァー先輩の難しい立場を説明すると、余計な干渉は控える、本当に困ったら相談してくれと、お父様が言ってくれました。

 いいでしょう。


 えっ、わたしと先輩との出会いですか?

 先輩は意識が高いから慈善活動にも熱心で。

 教会のチャリティーイベントにもよく参加していただけていたので、親しくなったのです。

 修道女のわたしとは価値観が似ているのかもしれません。


 お義母様と伯爵家の家令を墓地に連れていってクレイグ様とのやり取りを通訳したところ、涙を流して喜ばれました。

 お義母様や家令も困っていたのですねえ。

 ええ、もう一も二もなくトレヴァー先輩の婚約者はわたししかいないということになりまして。

 歓迎されるって感激です。


 ところがわたしが修道女を辞めて還俗することは簡単に認められませず。

 いえ、国と聖母教会から待ったがかかったのです。

 最近霊力の高い修道士修道女がいないから、今わたしに抜けられると困ると。

 王都の治安に影響してしまうと。


 何だかんだと話し合いがあった末、今までより頻度を減らしていいから墓地や不浄地をパトロールするということになりました。

 修道女ではなくなって、国が給料を出すパートの公務員です。

 学費を自分で払えるようになりました。


 また浄化などの魔道具を開発するため、宮廷魔道士に協力せよとの国の要請です。

 魔道具の開発と販売は、クレイグ様のアイデアにもあったことなのですよ。

 宮廷魔道士と伝手ができるのはいいことですね。

 国と伯爵家の発展に貢献できそうです。


「チェマ」

「トレヴァー様」


 バックハグされます。

 わたし幸せ。


「全て君のおかげだ」

「いえ、そんな」


 王立学校を卒業して成人したトレヴァー様は、伯爵位を継ぎました。

 クレイグ様のアドバイスもあって、順調なようです。


「……こんなことを聞くのは何だが、父上はいつまで下界にいるかわかるか?」

「まだ数年はいらっしゃると思いますよ」

「何故だ? 普通は未練がなくなれば天に召されるものなのだろう? まだ心配をかけているのだろうか。僕は頼りないと思われているのか?」

「そうではないのです……」


 言うのが恥ずかしいのですが。


「……クレイグ様は孫の顔が見たいようなのです」

「何だ、そういうことか。結婚はチェマが卒業する二年後になるな」

「はい」

「僕としては今すぐでもいいのだが」

「もう、トレヴァー様ったら」

「冗談ではないのだぞ?」


 トレヴァー様の腕に力がこもります。

 本当に夢みたいで。

 わたしもできる限り頑張りますからね。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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にわか冒険者の破天荒な一年間 ~世界の王にあたしはなる!
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お二人の馴れ初めは?と聞かれたら、亡き父の導きでとか答えるのでしょうかね。まさか亡くなってからの話とは思いますまい
イケオジゴーストとのロマンスか!と思いきや息子ちゃんとでしたか。 現生を生きる者同士ご縁を繋げて貰って良かったですわ。 しばらくゴーストパパが見守ってくれるようですし色々盤石にしてお幸せに。
チェマさん、栃木出身なのでしょうか…
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