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僕が見上げる金色の月

作者: 建上煉真

 僕の趣味は深夜の徘徊だ。


 と言っても、別に怪しい意味でも危ない意味でもない。ただ、何となく深夜に外を歩きたくなる気分になるのだ。周期的には週1回ぐらい。多くて週3回だ。


 ひんやりとした空気の冷たさ。普段はそれなりに人通りのある賑やかなメイン通り。だけど今はただシャッターが下りているだけの店々。普段見慣れているはずなのに、何故かそれだけで妙に心が弾む商店街の街並み。その深夜独特の雰囲気が、言い方が悪いが麻薬中毒なみに癖になっているのだ。


 大体、午前1時ぐらいに家をこっそりと出発する。もちろん家族の誰にも言わずにだ。まずこのバレるかバレないかのスリル感がたまらない。


 無事に家を出発すると、ゆっくりと商店街の方向へ歩を進める。今は5月も半ば。昼間は夏並に暑苦しいのに、夜はひんやりと肌寒い。長そでにして正解だった。僕が住んでいるベットタウンはこの時間帯になると明かりがほとんどない。街灯ぐらいなものだ。だけど商店街の方向に行くと夜からが勝負な店がいくつか出現する。あたりまえな話だが、僕は未成年なためこのような店には入れない。そもそもどこかに入るために外に出ているわけではない。


 商店街につくとふらふらと普段入っている店の前まで行ってみる。本屋に軽食屋、携帯ショップにゲームセンター。一通り訪れると、最後に尋ねる店の前にある自動販売機で2本の缶コーヒーを買う。この自販機はちょっとおもしろくて、一年中ホットの缶コーヒーが置いてあるのだ。もちろん2本ともホット。この寒さだからホットはちょうどいい。当たり前のように2本とも僕のだ。これでも大のコーヒー党。一日に10本以上は飲んでる。


 少し熱い缶コーヒーを携えて深夜の散歩の最終地点を目指す。それは少し商店街から外れた神社だ。この神社は地元じゃ結構有名で、正月の参拝客はまずまずな人数になる。広さはそんなにないし、高台にあるのだが僕は気に入っている場所だ。だけどやっぱりそれなりの距離がある階段はつらかったりする。


 ひいひい言いながら最後まで登り切ると、淡い月の光に照らされる神社の境内にたどり着いた。僕がこの神社を気に入っているひとつの理由はこれだ。この幻想的な神社のただ住まいにいつ来ても心を奪われてしまう。


 そんな一種の宗教絵画的な神秘さを持ち合わせている神社に浮かび上がる、無機物ではないあやふやな影のライン。


 眼を凝らす。これが神主さんだったりしたらマズイからだ。


 僕がじっとその影を見つめていると、その影の主が僕に気づいたようでゆっくりとこちらへ近づいてくる。それと同時に神社の陰に隠れていて見えなかった、影の正体が月の光によって浮かび上がる。


 確かにそれは、僕と同年代ぐらいの少女の姿をしていた。


 なぜ、こんな真夜中に女の子が……。まぁ、そりゃ僕にも言えることだけど。


 少女は優雅にこちらに歩いてくる。月明かりに照らされているだけでは説明できない、まるで少女が人間でないような、そんな言いようのない怪しげな雰囲気を彼女は醸し出している。僕は妙な興奮感で心臓がドキドキと高鳴る。だからか、僕はその少女に声をかけた。


「こんばんわ」


 声をかけられた少女は驚く様子もなく、ゆるやかに微笑みながら空を見上げる。


「この月を見て何を想う?」


 少女は背格好からは想像出来なかった鈴のように凛とした声でそう質問した。突然の質問だったが、特に怪訝に思ったりはしなかった。


 向こうだって、僕が同じように質問したら特にいぶかしむことはないだろうから。


 でもまぁ、いきなりな質問だったから粋な返しなどは用意できるはずもなく、何か言おうか言うまいか迷い、ただ口をパクパクを開いたり閉じたりするしかなかった。


 結局何も言えずに黙っていると、ふと少女が僕が手にしていた2本の缶コーヒーに気づいたようだった。目線でわかる。左手に持っていた方を少女に突き出し、


「飲む?」


 と簡潔に誘った。少女はうれしそうに首を縦に振った。



---------------------



「神社と月は、わたしが考える中でいちばん夢幻的な組み合わせだと思うんだ」


 熱いからか両手で缶を持ちながら、ちびちびとコーヒーを飲んでいた少女はふとそう言った。


「夢幻的?」


 僕はすこしだけ缶を傾けてコーヒーを飲みながら、そう返した。


「うん。もしくは神秘的。幻想的でもいいかな。なんかこう、心にグッとくるものがあるよね」


 あはははと朗らかに笑う少女。抽象的な言い方だけど、僕も同じように感じる。だからこそ僕は毎週この神社へ訪れているのだ。


 僕らは神社の本殿の階段に座って、ともにコーヒーを飲んでいた。もう数分も飲んでいるが、なるべく長くこの少女と語らいたいため、ちびちびと消費している。なんとも情けない話だ。彼女の方はたんに猫舌なのか、「あひゅい」とか言いながら口でふーふーと息をかけて熱を冷ましながら飲んでいる。


「あなた――えっと、そう言えば名前聞いてなかったね」


「あなたのままでいいよ」


 え? ときょとんと少女は首をかしげた。僕も首をかしげかけた。つい口走ったのだ。慌てて繕う。


「あー、えーっと。そうだな、お互いに名前を知らない方がさらに神秘的じゃないか?」


 何とまあ適当ないいわけだが、これは僕の本心だった。


 少女はちょっと怪しむような眼を僕に向けてくるが、「ま、それもそうかも」とにかっと笑った。よく笑う子だ。


「じゃ、あなたって呼ばせてもらうね。――あなたはどうして真夜中にこんなところに来たの?」


「僕もきみと同じ感じかな。月夜に浮かぶこの神社が好きでね。きみの言葉を借りるなら“神秘”的な魅力を感じるからさ」


「そっか」


 少女は短い返事を残し、空を見上げた。僕も釣られて顔を上げる。そこには塵のような星々がきらきらと自己主張し、天の真ん中には巨大な月が金色の光を注いでいた。僕は彼女に何も訊かない。そうでなければ、彼女が居なくなってしまうと何故か感じた。


「それなら、わたしは具体性のある神秘だね」


 最初に口をきいてからどれくらいの時が流れたのだろうか。少女につられ月を眺めていた僕には それが会話の続きであることに気がつくまで長い時間が必要だった。 ちらりと少女の横顔をうかがうと憂いのある表情で月を見ていた。


 なるほど、確かにその通りだ。神社も月光も、無機質の醸し出す神秘であるが、彼女は確かにヒトの姿をした神秘そのものだった。


「神秘と会話できるとは微塵にも考えたことは無かったな」


 おどけたように肩をすくめてそう言うと、少女はこっちの方に向いて同じようにおどけて「それは当然だよね」と言った。彼女はまた月を見上げると思ったが、続けて口をひらいた。


「神秘的ななわたしが君の心を読んでみせようか」


 少女は僕にずいっと上半身を近づけてきて、じっと僕の瞳の中を見つける。必然的に僕も彼女の瞳を見つめることにある。なんともない、綺麗な黒い瞳だ。


 そこまで至ったところでふと、唐突に気付く。


 そうか、僕が欲しかったものは。


 “神秘”的な景色を求めて、毎週この神社に赴いて探してきたものは。


 それはまさしく、『今この瞬間』だったんだ。



「あなたは――この夢幻的な夜の神社で、月明かりに照らされる『わたし』に会いたかったんだよ」



 彼女から眼を反らせずにしばらく見つめあっていると、少女はニコッと笑い僕から離れた。そしてそのまま流れるよう、僕は月に視線を合わせる。


 どうしても、その月に言わなくてはいけないことがあるように。


「明日もきみに会いにくるよ」


 毎週の習慣が、毎日の美風になりそうだとおどけながら。


 眼差しを月から地上に下ろすと、少女はもういなくなっていた。


 

 

 “Did you want to see "me" who was lighted up in this dreamy night Shrine by the moonlight?”

 “Of course!”


     ―― The golden moon which I look up at THE “END” ――

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