倫理観とは
作者より頭の良いキャラは出せる。作者が1時間考え抜いて出した結論を一瞬で出せるキャラにすればいい。知識という意味で頭が良いというなら、読者が知らないであろう専門的な知識を出せばいいということになる。
しかし倫理観は不可能であると思う。
翻って作者より低い倫理観をもったキャラは簡単だ。倫理観を低くすることは現実でも容易い。しかしそれにより倫理観が高い人は精神にスリップダメージを受け続ける可能性があるのが問題だ。
その人より倫理観が高いキャラ、人を、低い人はなぜそうなるのか、想像できないからだ。何故なら必要でない、その人の要素にないことを基準にしているので理解しづらいからだ。
……こんな風に断定的に書いているが、実は倫理観を成長させることは出来ないこともないのは事実だ。ただし異様に時間がかかる。年単位でなら倫理観は成長できる、とは思う。ただしその人にとって重要な、倫理観が大切になる出来事が発生しない限り、成長するきっかけはないと思う。
そもそも倫理観が高くても得はしないので、自覚的に倫理観を高くしたい、と思う人はいないというのもある。
倫理観なんて人それぞれだし、基準は異様に低い。法治国家においては法を犯さない、が最低限の倫理となる。人治国家となると、良いか悪いかは上に立った人間が決めるので、倫理観は低くなる傾向が強い。なぜなら高い倫理感は理解できない人が増えるからだ。
低い倫理観の環境で過ごしていると、倫理観はどんどん下がっていき、最終的に哺乳類としての最低ランク「自己の生存」にまで落ちる。
さらに知能のランクにより最低の最低まで落ちていく。唯一の倫理が「種の繁栄」のみになってくる。自己の生存よりこちらが優先となるのだ。そのようにプログラミングされているのだ。
人間ランクの知能があると「種の繁栄」のみまで落ちることはなく、せいぜい「自己の生存」ぐらいまでである。哺乳類だと子を生んだあとも授乳させなければ子は生きていけないので、母親は生き残らなければそもそも種の繁栄も出来ないからだと思われる(現在は科学的に解決可能な事柄であるが、それは本題からずれているし揚げ足取りなので詳しく書いていないということだけはご理解願いたい)。
倫理観とはなにか? と考えると、おそらく集団で生きていくために個々人が持っていた方がトラブルが起きにくい要素、ではないかと思う。個々人を自発的に制限させるための機能だと思う。
倫理観が低すぎると、簡単に人は死ぬ、というか殺されるようになる。逆に倫理観が高いと「バレずにできる悪事」も自らを戒めやらなくなる。そういう人ばかりであれば社会維持コストはずいぶん安いだろう。
倫理観がないのか、サイコパスなのか、判断に苦しむ人が世間を騒がせている昨今だったので、いったんボツにしたこれを少し書き直し、アップしてみた。