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「はい。こちら退職代行サービスです。」

作者: 華城渚

※これは意味が分かると怖い話です。


後書きにて解説っぽいヒントがあります。

「はい。こちらは退職代行サービスです。本日はどうされましたでしょうか?」


今日は何件来ただろうか。今の段階で三十~四十件ほどだろうか。

ここ最近は特に多い。四月に入ってから初めて社会に出た学生たちがこぞって辞めているのだ。


理由は、「上司がすぐに怒鳴り自分のストレス解消にされている。」や「無駄な事務作業ばかりやらされる。入社前はもっと華やか仕事と教えられていた。」などだ。

中には「退職代行が辛すぎて辞めたい。」と退職代行に頼む人までいる始末だ。


根性がない。入社したてはそんなものだ。と思う人の気持ちもわからなくはないが、だからと言って辛く教えるのは違うのではないかと私は思う。


もっと優しく丁寧に教えること人が育っていくのに必要不可欠ではないだろうか。昔は苦労したから今度はお前らの番だと言わんばかりの指導は考え直すべきだ。


だからと言って何かできるわけでもない。無数にある会社の内情を全て直していくなんていったい誰がやりたいのだろうか。 いや、やる人なんて誰もいないだろう。


「はい。ではこちらの方で退職代行を進めさせていただきます。明日の朝には手続きを完了いたします。本日はご利用いただきありがとうございました。」


どうやら先ほどの電話が終わったようだ。 しかし、また電話が鳴る。 電話を対応している職員も若干疲れ気味である。


と、考えていると私の方にも電話がかかってきた。


「はい。退職代行サービスです。」


「あ......すみません。会社を辞めたいのですが。」


「はい。かしこまりました。では、詳しい内容をお聞きしていきますので、お話しいただけますか?」


「はい......」



電話口の人はだいぶ疲れているようだった。 無理をさせられたのか、無理をしたのかわからないが、彼女の声は生気がなかった。


彼女の話だと「今の仕事が自分に合っていない。」とのことだった。 まあ、よくあることだろう。 



「では、こちらの方で進めさせていただきます。 ご利用ありがとうござました。」


「あ、はい。こちらこそありがとうございました。」


そうして電話は切れた。 そして、また電話が...鳴らない。

なぜかはわからないが、私の方にはあまり電話がこない。 ほかの職員と同じものを使っているはずなのだが......




退職代行も立派な仕事だ。当然休憩は存在する。

やっと一息つけそうでみんなの顔が和らいでいるようだった。


「そろそろ休憩しようか。」


「はい。そうしましょうか。 いや~......それにしても最近多いですよねぇ~。」


「ああ、そうだね。 気持ちはわかるけど、みんな辞めるのが早い気がしちゃうね。」


「そうですよね~! はぁ......疲れたぁ......」


「あっ......私も一緒に......」


休憩を一緒に取ろうと声をかけたが無視されてしまった。

これは不思議なことではない。 つい五日前から私はみんなから無視されている。


私がいくら声をかけても反応してくれないのだ。 仕方ないと思うしかないのだろうか....... 私に電話があまりかかってこないからみんな私のことが嫌いなのだろう。

楽をしていると思われているのだろう。


誰を誘おうとも無視されてしまうため、一人悲しく休憩をとることにした。




休憩が終わり、午後の業務が始まった。 始まったとたん、すぐにみんな忙しそうにしている。 一方で私には電話がかかってこない。 申し訳ない気持ちになる。


プルルルル......プルルルル......


そう考えていたら私にも電話がかかってきた。 よかった......仕事ができる。


「はい。こちら退職代行サービスです。」


「ああ、よかった。繋がったんですね。」


開口一番妙なことを言ってきた。 まるで何度もこちらにかけてきたような言い方だ。


「ええ、繋がってますよ。では、ご用件をお伺いいたします。」


「はい......あなたを迎えに行きたいんですが、どちらで待ち合わせすればいいでしょうか?」


突然意味の分からないことを言われた。 迎えに行く? 迎えも何も、もとより自分の帰る場所はある。 ......いたずら電話か?


「申し訳ございません。いたずら電話はおやめいただきたいのですが。」


「いたずらだなんてとんでもない。 私の言っている意味がわからないのですか?」


「お電話を間違えてはいませんか? こちらは退職代行サービスの電話ですよ。」


「はい、間違っていません。 あなたが電話に出ているのですから。」


話がまったくかみ合わない。 こういうのは早々に電話を切るべきだ。


「どうやら電話を間違えていらっしゃるみたいですね。 電話を切らせていただきます。」


「まってください! どうか私の話を聞いて......」


相手の話を待たずに電話を切ってしまった。 我ながらよくないことをしたと思う。

しかし、話の意味が分からないのなら、これ以上話してもしょうがないだろう。




先ほどの電話以降、ほかの電話がかかってくることはなかった。

ほかの職員は定時になっても忙しそうだというのに、私はもう帰る準備が済んでしまった。


「では、みなさんお疲れ様でした。」


みんなに聞こえるように挨拶をしたが誰一人として反応してくれない。

私が思っているよりもずっと恨まれているようだな。


「私にもどうすればいいのかわからないんだ......使っている電話が悪いと思って変えようとも、誰も反応してくれないから変えることができないし......」




明日以降もどうみんなに接していけばいいのか考えながら自宅に着いた。

私は一軒家に住んでいる。 私以外は誰も住んでいない。


まぁ、今は誰も住んでいないほうが都合がいいだろう。なんせ、無視されてしまうだろうからな。


プルルルル......プルルルル......


電話がかかってきた。 家に電話が来るのは久しぶりの出来事でついびくっとなってしまった。


「......はい。 どちら様でしょうか?」


「あ、よかった。 今日の午後電話をかけたものですが、話を......」


怖くてすぐに電話を切ってしまった。 まさか、家にまで電話をかけてくるとは...... しかしどうやって電話番号が分かったのだろうか。


プルルルル......プルルルル......


また電話がかかってきた。 十中八九アイツだろう。 出る必要はない。


プルルルル......プルルルル......


電話は鳴りやまない。 こうなれば電話に出てもうかけてくるなと言うべきなのだろうか。

いや、きっとまた電話をかけてくるに違いない。


そう決め込んだ私は電話には出ず、そのまま眠ることにした。

電話の音は私が起きてもなお鳴り続けていた。




最悪の目覚めにイライラしながらも私は職場へと向かうことにした。

足取りはかなり重い。 職場に行ってもどうせ無視されながら仕事をしなければならない。

それならいっそ辞めたほうがいいのだろうか......


「一応責任をもって仕事に取り組んでいたつもりだったのだがなぁ......」




会社に着き「おはようございます。」と挨拶するも反応なし。

いつものことだと自分に言い聞かせても辛いものは辛い。

自分の席に座ろうとしたところでさらなる追い打ちがあった。



花瓶に1輪の花が挿してあったのである。


これは流石に度が過ぎるのではないだろうか。 私のことが嫌いだというのは百歩譲っていいだろう。 だが、ここまで直接的な表現はいかがなものかと思ってしまう。


「すみません。みなさんいったいどういうつもりですか?」


返答はない。


「流石の私もこれは怒りますよ? やられた人の気持ちを考えられないのですか? あなたたち退職代行の仕事をしてるのでしょう? 人の気持ちを汲むことに関しては細心の注意を払っている人間ではないのですか?」


返答はない。みんななぜか目をつぶっている。


「わかりました。 あなた方がそこまで私のことを邪魔だというならここで辞めさせていただきます。 今までお世話になりました。」


返答はない。だがそんなことは気にしない。 もうこの会社には一歩も足を踏み入れないのだ。 それがお互いにとって一番いいだろう。

苛つく心を抑えながら私は会社を去ることにした。




思いっきり啖呵を切ってしまったが、これからどうすればいいのだろうか。

どこかで働くにしてもきっとまた無視される。

そうなるならいっそのことどこかで死んでしまうのが一番いいだろう。



「その必要はありません。」



家の目の前まで来た時、急に誰かから声をかけられた。

黒縁の丸眼鏡に上下黒いスーツ、髪まで黒い全身黒ずくめの男がそこにはいた。


「あなた誰ですか? 私の家の前にいて何か用でもあるんですか?」


「ええ、まったく電話に出ないので強硬手段をとらせていただこうと思いまして。」


電話に出ない? ということはこいつは......


「会社にもご自宅にも電話したんですがね......話を聞かないのなら強引にでも会って話を聞いていただきます。」


「ははっ...いたずらにここまで執着があるなんてな。 人生損してるぞ。 もっと自分のために使ったほうがいいんじゃないか?」


「言われずとも自分のために使っていますよ。 今は仕事中ですので。」


「ほぉ~いたずらが仕事とはいいねぇ~。 人に迷惑をかけて稼いだ金で食う飯はうまいかい?」


「何とでも言いなさい。 あなたはもう死んでいるのですから。」


「はっはっはっ!何とでも言ってやるよ! お前なんて......あ......?私が、死んでる?」


「ええ、その通りです。 あなたはもう死んでいます。 ですがまだ現世にいらっしゃいますから迎えに来た次第です。」


荒唐無稽な話過ぎて何も入ってこなかった。 いきなりあなたは死んでいると言われればそりゃあ混乱もする。


「まったく気づいてなかったのですね。 なぜあなたが職場で無視されるのか...なぜデスクの上に花が置かれるのか...なぜ食事をとっていないのに動いているのか。 答えは明白だと思いますが。」


そんな......ばかな...... いや、だったら気になることがある。


「仮にあんたが言っている話が本当だったとして、なんで私に電話がかかってくるんだ? あなた以外にも電話はかかってきていたぞ!」


「それはあなたと同じ死者からの電話です。 死者からの退職代行の電話ですよ。」


「し、死者?! 死者が働いてるわけないだろ! ふざけてるのか!」


「ふざけてなどいませんよ。 死んだからと言って遊んで暮らせるというわけではないのです。 現世と同じで仕事はしないといけません。」


「だとしてもおかしいだろ。 なんで私の電話にかかってくるんだ?」


「それは私にも謎なのです。 確かにこちらにも退職代行の仕事はあります。 まあ、私の推測にはなりますが、なにかの間違いでこちら側の退職代行の方で雇用契約が結ばれてしまっているのかと思われます。」


「なんだよそれ......意味が分からん......」


「混乱する気持ちはわかります。 ただそれのおかげであなたを見つけることができました。 どうか、こちら側に来ていただけないでしょうか。」


ここまでの情報量が多すぎて頭がパンクしそうだった。

だが、あいつの言っていることが本当だとすれば辻褄が合う。


無視され始めたのは五日前。 きっと五日前に死んだのだろう。

花を置かれたのもきっと死んだ私に対してのものだ。 それにあの時返答がなかったのは黙祷してくれていたのだろう。 食事をとらなくなったのもちょうど五日前だ。

なぜか食事をとる気にはならなかった。


「ご理解いただけましたか?」


「理解したくはないがきっとおまえの言う通りなんだろうな......」


「ええ、その通りです。 では、手続きをしますので一緒に来ていただけますか?」


「......わかったよ。」




まさか自分が死んでいるなんて夢にも思わなかった。 だが腑に落ちたことだらけだった。

悲しいが、死後の世界を楽しむしかないな。




時に気になったことがある。


「なぁ、私の死因って何だったんだ?」


「ああ、自殺ですよ。 飛び降りですね。」


「そうなのか......ストレスでも溜まっていたのか......」


「ああ、覚えてないんですね。」


「ん? 何がだ?」


「ストレスの原因は、職場ですよ。」


「職場がストレスの原因? 確かに最近はストレスだったが、別に死ぬ前はストレスは溜まっていなかったと思うがな。」


「ああ......ほんとに覚えてないんですね。」


「なんだよ。もったいぶらずに教えてくれよ。」






「 “あなたが死ぬ前も今と同じ状態だった” と言えば理解していただけますか?」


解説っぽいヒント


・死ぬ前も同じ状態とはどのような状態でしょうか。

(彼は死ぬ前も死んでからも会社からどう扱われていましたか?)

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