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七話

「それで、どうすればいい? 夏目さん。またオレがアイツの居場所を教えればいいのか」


「ふぅむ。それはもう難しいかもしれないね」


「ん? なぜだ?」


「キミは目の前に好物があったらどうする?」


「え? 例え話? まぁ、状況にも依るだろうけど、食べていいものなら手を伸ばす、かな?」


「うむ、実に素直な答えだ。では、それがとびきりのご馳走で、自身はとても飢えた状態だったらどうする?」


龍太郎は夏目こころ越しに鬼を見た。


鬼は先ほど夏目こころが切り払った、トイレ内をぬらぬら徘徊するだけの鬼とは別もの。ゾンビ映画のように彷徨う死肉だったそれは、明確な意思を持つ獣、いや、化け物に変わっていた。


「言ってる場合かよ!!! こっち!!!」


龍太郎は夏目こころの手を掴み自分の胸元まで引き寄せる。


「おやおやぁ。大胆じゃないか、わたしは困ってしまうよ。乙女だからね」


白々しく、ぬけぬけと言い放った美少女はさらに『乙女』なる新たな代名詞をしれっと追加させる。


「そんなにコロコロ自分の属性をひけらかすんなら名前を特定させるのは危険だってことを先に教えてほしかったよ!」


「少年。何を言ってるんだぁい? 現代のネット社会に於いて名前などの個人を特定できる情報は重要機密情報であり、部外秘であり、社外秘なのは至極当然のことじゃないか。幼稚園児でも知っている。まさか未履修なのかい? 知らない人に名前を……って」


「キミだろ! 勝手にオレに名前を宣言したのは!」


「わたしはこうも言ったはずだ、『あだ名はまだ無い。』と」


夏目こころは得意げなまま反論を繰り返す。


「だから! そのときに今、この置かれた状態の説明や、ってああああああああああ、もう!!!」


龍太郎は夏目こころと問答を繰り返しながら夏目こころを狙う鬼からの追随をかわし続けた。

それはダンスのように、寄せては返す白波のように、鬼を除いてみれば、不格好にも美女をエスコートする紳士が如く、女子トイレを舞台に少年は懸命に踊った。


「ふぅむ。なかなかのダンスだ。わたしもその気になってきてしまうじゃないか」


「その気ってどの気だよ! 人の気も知らないで!」


「ふふ。やはり、少年、キミは当たりだよ」


「んん???」


「潮時だ。キミはどれだけ『わたし』のことを知った? わたしを説明してくれないかい?」


「説明って言ったって、今日出会ったばかりじゃないか。キミのことなんてまだ……」


龍太郎の頭には今日会ったばかりのはずの『夏目こころ(かのじょ)』を構成する、いや、彼女が自己主張した言葉たちが流れ込んでいた。彼女を捉える言葉、いや彼女が多弁に語った彼女の代名詞や副詞たちが沸々と込み上げてくる。


「どうだぁい? 思うがまま雄弁に述べてくれ! わたしは寛大だ! ありのままを受け入れるさ!」


龍太郎は彼女の人物像を構成するさなか、「ありのまま」という言葉に引っ掛かりを覚えた。


さっきはこの人、鬼に「チョット」じゃなく「かなり」可愛い、と訂正を入れてなかったか?

事実ではあるけれど、なんだかんだ、この人って、図太いよな……ホント。

夏目こころ……こころ……心。図太い……心が図太い……。心太(ところてん)っ!?!?


短絡的な思考が『夏目こころ』を寒天質の食品に置き換え、ぷるるんと動作させた。


「ぶふッッッ」


「キミ、今失礼なことを考えなかったかぁい? さしずめ心が図太い、で心太とでも連想したのだろぅ?」


夏目こころは疑いの眼差しで龍太郎の図星をつく。


龍太郎はぎくり、と大げさなリアクションを示し、体で答え合わせをさせたのち、恐る恐る夏目こころの方へ目を向ける。


「少年。時に「目は口ほどにモノをいう」、と云うが、キミの場合はどこをとっても駄々洩れじゃあないか」


見透かされていた。


また、ぎくりと、おおげさにリアクションをとり、「はは」と取り繕う。


龍太郎は気を取り直して告げる。


「キミは『猫』だな。自分からああだ、こうだ、と言ってはいるものの、その全部がどこか捉えどころがない」


「ふぅむ。『猫』か悪い気はしないキミはわたしをそう、捉えたのか、ならばそれが――」


「いや、キミは『夏目こころ』だ」


龍太郎は言い直す。


「言葉のどれもが正確なキミを説明しない。どれもが足りない。だからキミを説明するに至らない。キミを説明する言葉は『夏目こころ』だ!」


同級生であり、恥ずかしがり屋(自称)であり、お淑やか(自称)であり、寛大(自称)であり、かなり可愛い(校正予定)な彼女は『夏目こころ』以外の何者でもない。


「わたしは、『夏目こころ(わたし)』だと? ははっ。ははははっ。」


夏目こころは満足して高笑いをした。


「それでこのやり取りに何か意味はあるのか? そろそろかわし続けるのも限界なんだけど」


「ああ、ちゃんと意味はある。言葉通り、今から君の目を借りるよ」


夏目こころは片目をすぅっと閉じると龍太郎の左目に触れた。


「痛っ!!」


思わずたじろぐ。

眼球に夏目こころの白魚のような細指が触れられた。

痛みをを感じる前、ヒンヤリとした心地よさを感じた。

涙が自然反射的に溢れる。


次に龍太郎が目を開くと世界は二重に見えていた。


「すまない。気持ち悪いだろうけど、少し我慢してくれ。キミの目とわたしの目、片方づつ共有させてもらった」


則天去私(そくてんきょし)―――私身(わたし)を切り離し、天に(龍太郎)委ねる」


「こっ、これはっ!?」


「感覚の譲渡と譲受。キミにわたしの一部をわたしにキミの一部を」


今、龍太郎の目には夏目こころの目がある。

今、夏目こころの目には龍太郎の見えていた世界が見える。


世界が二重に視える。


「すまない、しばらく我慢してくれ。気持ち悪ければ片目を閉じてくれていい」


「いや、ちょっと酔っただけ……」


視神経から送られる多角の情報に脳が追い付いていない。


ふらつく龍太郎の死角から鬼の奇怪な腕が襲う。


「少年ッ!!!」


「大丈夫、ちゃんと見えてますよ」


《なツめェ? ダれソレぇ?》


《ウざクなァイ?》


醜悪な口から夏目こころへ向けられた陰口が繰り返される。

陰禍(おに)が龍太郎の方へ向かう。

目の譲渡と譲受により龍太郎もターゲットとして認識された。


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