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四話

夏目こころの問いかけは、強引であり、強行であり、強固な意志の元に発せられていた。

けれども、その身勝手さも、続く「だめなのかい?」という甘く懇願じみた声色に飲み込まれていく。


「待ってくれ! せ、説明を求ム! そ、そのくらいの権利をオレは持っているはズダ!」


龍太郎はなんとか当然の疑問と抗議を口に出せた。


しかし、脳は正常さを失いつつあった。

説明を要求することに対して『当然』と感じることに不安を覚えてしまっているのだ。

彼女の「一回だけ」「だめなのかい?」そんな言葉が疑問など抱かず許諾せよ、と脳内の龍太郎へ信号を発している。


龍太郎には友達はいなかった。ましてや、異性の友人などいるわけもない。もちろん、チキンでありチェリーである悲しき『トイレの紙さま』が、異性から「付き合わないか」などと言われるこなど天変地異があっても起きやしないことだからだ。


「何の説明だい?」


「ど、どうしてオレなんデスカ? さっき会ったばかりジャナイデスカ?」


龍太郎は混乱する脳からおかしなイントネーションで言葉を絞り出す。

しかし、彼の言葉は最大の疑問点である筈の『付き合う』の真意を探るものではなかった。

チキンでありチェリーであり悲しき『トイレの紙さま』は論理的思考を放棄して、目の前にいる異性であり女性であり黒髪美少女『夏目こころ』がどうして自分に関心を向けてくれているのか、そればかりが気になってしょうがない、ただの『思春期』になっていた。


「わたしの言葉はどこかおかしかったのかい? 流行っているのだろ? こういうの」


「???」


「イ・キ・コ・ク」


夏目こころはふっと龍太郎に詰め寄ると耳元でそう囁いた。


※『いき告』とは接点のほとんどない相手に対していきなり告白してしまうことの略称である。

モテない中高生が何らかの接点をもとに異性に一方的な好意を抱き、暴走した感情のままに相手に襲い掛かる青春の病である。

接点が少ないがために相手の戦力を推し量れず、また戦況を見図れず慢心した新兵が陥るゲリラ的な戦術であり愚策ともいえる手法である。

龍太郎はその愚かしくもどこか悔いの残さない『彼ら』『彼女ら』の雄姿に畏敬の念を抱いていた。

しかし、無常な戦地に於いては無謀とは積極的な死と同義であり、愚か以外の何物でもない。そこに尊ぶべきヒューマニズムなど粉みじんも内在せず、灰は灰、塵は塵へと、ことごくとくを打ち砕かれていくのだ。彼は帰還者を知らない。


そんな注釈のなどどこ吹く風。

慣性の効いた黒くしなやかな髪が遅れてさらりと揺れる。龍太郎の鼻腔に甘い香りを運び込む。


龍太郎の脳みそは限界を超えた。


「オレデヨケレバオネガイシマス――ナンデモシマス」


ただの『思春期』の龍太郎であったものは屹立(きつりつ)したまま白目を向いて天に召された。



「――っは!!! お、オレはいったい!!!」


「お目覚めかい? 少年」


ただの『思春期』は龍太郎に戻る。


白昼夢? なんだか夏目さんに告白されたような……。

まさかな、こんな美人に「付き合わないか」なんて言われるわけがない。

やれやれ、異性と話す興奮を抑えきれずに血糖値スパイクってわけか、我ながら情けない。


龍太郎の頭はボケボケ状態にある。現実と虚構の判別が揺らいでいた。


「では行こう! 少年!」


「えっ、行くって、どこに? ……ああ、そっか入学式だ。体育館に……」


「トイレだ! 行くぞ?」


龍太郎の言葉は半ば食い気味に思いもよらない行先に塗り替えられる。


龍太郎はただの『思春期』に成り下がることはない。

ああ、もう一度行きたくなったのか。それとも少し崩れた前髪を直したいとかそんなことだろう。

すぐさま状況を理解する。


「あ、じゃあオレはここで待ってるから――」


「何を言っているんだい。キミも一緒に来るんだ。なんでもしてくれるんだろ? 言ったじゃないかキミは」


夏目こころは当然であるように、理解の及ばない言葉を口にする。


「ほら、急いでくれ! 入学式前に済ませたいんだ!」


!?!?!?!?!?!?


龍太郎はただの『思春期』だった。


夏目こころの紅口白牙(こうこうはくが)そのものを体現した口元から聞こえた「付き合わないかい」「イ・キ・コ・ク」「一緒に」「一回だけでもいいよ……」「だめなのかい?」「なんでもしてくれるんだろ?」――「入学式前に済ませたいんだ」………………


ただの『思春期』であり、『少年』であり、『チキン』であり、『チェリー』であり、その他、これまで様々な不名誉な『代名詞』に置き換わってきた『龍太郎』は思ったのだ。


今日、この日は多くの人にとって新しい一歩。始まりであり未知の体験への扉が開かれる日なのだ。


龍太郎の視界に世界がすべてを祝福しているようにキラキラとみえた。


『いき告』によって散っていった中学時代の戦士たちをが黄泉の国から龍太郎へと手を伸ばす。


「在るべきところに帰れ!!! 怨霊ども!!!」


「ん? どうしたんだい?」


「いや、なんでもないよ!!! い、いこうか!!!」


龍太郎は思った。今日は始まりの日でもあるけれど、今日ここで()()()()()()()()()()()


『トイレの紙さま』もとい『トイレの仏さま』になってもいい、と。そう思っていた




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