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三話

龍太郎は立ち上がる。

しっかりとした足取りで前へ踏み出す。『廊下は走らない』の廊下の張り紙を足早に振りぬき、今まで自分が無為に広げてしまった距離を一気に詰めた。


「あの! 夏目さん! 一緒にいきませんか? 体育館、ですよね?」


「おや、少年。もう、お腹は大丈夫なのかい? わたしを気にすることはない。存分に戦ってくるといいさ」


遅れて、突然いなくなった龍太郎を夏目こころは気づかった。


「あ、うん。もう大丈夫。それよりも……」


「ん? なんだい? 何か聞きたげじゃないか? わたしは無口ではない。何でも聞いてくれて構わないよ」


「その、オレには少年ではなく、芥川龍太郎という名前があるんだ!」


「……ふむ。覚えた。 では、行こう。少年」


夏目こころは龍太郎の意にも介さず『少年』呼びを続ける。

龍太郎も少しの反抗を込めて敬語をやめた。


「だから、なんで『少年』って呼ぶんだよ!」


「では、キミは『少女』なのかい?」


夏目こころは飄々と頓珍漢な言葉を投げ返す。


「そこはそうだけど、そうじゃないというか、なんというか……」


「キミを個として大勢の中から識別するとき、キミは確かに『芥川』であり『龍太郎』なのだろう? しかし、君という個を大勢として置き換えるとき、キミは確かに『男性』であり『少年』なのさ」


夏目こころの言葉は納得できる。

つまりは親しくはないのだからその他大勢という訳か、と解釈した。

だが、名乗ったのだからせめて性の『芥川』と『個』として呼ぶべきなのではないかという不満が沸々と沸いた。


「不服かい? 何もわたしはキミをバカにしているわけではないのだよ。わたしは少々恥ずかしがり屋でね。『異性』の名前を軽々しく呼ぶことができないのだよ。どうだい? お淑やかな女の子だろ?」


恥ずかしがり屋が恥ずかしがり屋などと()()はしない。

お淑やかな人は自身がお淑やかなどと()()しない。


そんなおかしさを当然と言ってのける彼女は言葉通り、「恥ずかしがり屋」でもあり「お淑やか」でもあるようにみえた。

言葉と裏腹にその美貌が脳を混乱させる。


「ぐぬ……不条理め! 美人は無敵かよ!」


思わず本音が駄々洩れる。


「ははっ、わたしを美人と言ってくれるのかい、照れるじゃないか」


夏目こころは機嫌よさそうに少し俯き、両の手で顔を隠すしぐさをして笑った。

龍太郎はそれこそ演技であり、こちらが手玉に取られているだけであることの確信を得る。


「ああ! もう! 気づかったオレがバカじゃないか! まったく! 『キミと同じ』なんていうから勝手に想像して、トイレへ行くのが恥ずかしいだとか、人に余計な噂なんかを立てられたくないとか、無駄な気を回してしまったじゃないか! 何が『わたしは少々恥ずかしがり屋』だ! トイレットペーパースカートに巻き込んでずっと恥ずかしいことになってるよ!!!」


龍太郎は『少年』呼びの不満と手玉に取られている反発心に任せて勢いのままに事実を連ねた。


「ッ!?!?」


夏目こころの反応は意外なものだった。

龍太郎の想像では「ああ、わたしとしたことが、なんて失態だ」などと、やや無気力に、しかし、芝居がかった動作だけの恥ずかしがり方をするものだと思っていたからだ。

それがどうだ。今、目の前にいる夏目こころは先ほどまでの彼女ではなく、『女の子』であり『少女』そのものではないか。


慌てて手でスカートをかばい、顔を紅潮させながら小さくしゃがみ込むなんて。


「あ、……あまり、こちらを見ないでくれ、少年」


「な、夏目さん?」


オレは狐にでも摘ままれたのだろうか。

龍太郎は呆気にとられた。


「それならそうと、なぜ早く事実を伝えてくれない。キミはわたしが醜態を晒していることをずっと楽しんでいたのかい?」


夏目こころはしゃがんだままに、顔を赤らめ涙目を滲まながら抗議をしてくる。

切れ長の目の上目づかいが龍太郎を動揺させる。


「ち、ちがう!……そうじゃなくて」


「キミはあれかい? 人の心が通っていない鬼畜なのかい? それともこういう、痴態を晒す女子を楽しむ変態さんなのかい?」


「本当は!……傷つけたくなくて、恥ずかしい思いもさせたくなくて……その……。ごめん!!!」


龍太郎は言い訳を取り繕おうとしたが途中で言葉をやめて、身を正してから彼女に頭を下げた。


「ふっ、ふはは。やっぱりキミはいい。実に正直者だ!」


夏目こころは落ち着きを取り戻すと同時に先ほど垣間見せた『恥ずかしがり屋』な『少女』ではなく、『夏目こころ』に戻っていた。


「決めたよ」


夏目こころは決心を口にする。


『決めた』何を?

龍太郎が夏目こころの決心を問うための言葉を拾い上げる前に、夏目こころは宣言する。


「わたしと付き合わないか! いや、言葉を正すならば、付き合うべきだ! だな!」


「『だな!』じゃないよ! どこからそういう話になった! 文脈が見えなすぎて自分の日本語読解能力が不安になるレベルだよ!!!」


「なんだい、嫌なのかい? じゃあ一回だけでいいよ……。それもダメかい? だめなのかい?」


龍太郎は混乱した。

そ、そ、もそも、何が一回なんだ!?!? 回数のあるモノなのか、交際とは回という数え方をするのだろうか。そもそも『付き合って』とはなんだ? 交際のことを指すだけの言葉ではない、オレが能動的に何か夏目さんの目的に対して協力する、ってことも考えられる。その目的とはなんだ!?!? なんなんだ!?!? 何が一回でいいんだ!?!? ダメなことなのか!?!?

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