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二話

龍太郎の前を夏目こころが歩く。


選択肢は二者択一だった。


『夏目こころ』と名乗った少女のスカートに巻き込まれたトイレットペーパー。これは失敗であり、多くのものが痴態と恥じ入るであろう事実だ。この難題を指摘するべきか否か。

龍太郎にはその判断が突き付けられている。


向かうべき場所は同じ。今日のメインイベントでもある入学式の会場、体育館。

そこへ到着するまでがリミットである。


指摘した場合を想像しよう。


『夏目さん、トイレットペーパー巻き込んでますよ』→『いい指摘だ。ありがとう。実はキミが気付くか試させてもらったんだ』――ハッピーエンド。


『夏目さん、トイレットペーパー巻き込んでますよ』→『キミは本当にデリカシーというものがないね!       

 二度と私の前でその汚い声を発さないでくれ!』――バッドエンド。


龍太郎には友と呼べる存在も、ましてや異性の友人もいるわけがなかった。

よってこの二者択一から導き出される結果がどういうものになるのか、どちらがおおよその確立を得るモノなのか、何もかもがわからなかった。付け加え、彼女の掴みどころのなさもどのように接することが最善かをよりわからないものにしている。

判断材料が無さすぎる。龍太郎はぼんやりとした不安を抱えた。


選べない――龍太郎は選ぶこと自体を拒んだ。


指摘『する/しない』ではなく、彼女との出会いをなかったことにしようとした。


少し離れて歩き別々に目的地に向かうのがベストだろう。そう考えた。


おかしな出会いではあったけれど、ほんの些細なものだ。このまま自然に距離を置いていけば何もなかったかのような日常が待っている。廊下ですれ違っても声などかけない、そんな普通な存在の一部になっていくはずだ。


ちょっとだけ、歩くスピードを遅くした。興味もないのに壁の張り紙に目を向けたりもした。意味もなくストレッチで腕を伸ばしたり、足を伸ばしたり、靴下を直すフリをして屈んでみたり。

そうやって意味のない行動をとることで時間をつぶし、体裁を繕い彼女から距離を置いた。


よし、完璧だ。これで彼女とはだいぶ離れた。――離れた。離れてしまった。


これでいいのだろうか? これが本当に正解なのだろうか? 自分はこれでいいのだろうか?


想像してみろ。わからなくても想像ならできる。


龍太郎は自分自身へ問いかけた。

きっと、おそらく、そんなぼんやりとした憶測でもいい。

このまま彼女は何も知らずに体育館へ向かうのだろう。そこで同級生、クラスメイトとなるであろう彼ら彼女ら、多くの衆目の前で恥ずかしい思いをすることとなるはずだ。


美しい彼女ならそれもまた愛嬌であり笑い話となり受け入れられるのかもしれない。

『おやおや、私としたことが、これは失態だ』なんて恥も介さず飄々(ひょうひょう)とやり過ごすのかもしれない。彼女なら……。


彼女のことを考えたとき、彼女の言葉を思い出した。


――『私もキミと同じだよ』――


なんだか胸が苦しい。


オレと同じ……。それが何なのかはよくわからない。

不本意なあだ名の材料を提供することを嫌ってのことなのだろうか。わからない。

ただ、人から離れる必要があったからあの場所にいたことは事実だ。


もしかしたら、捉え所のない態度も恥ずかしさを隠すための仮面であり、虚栄なのかもしれない。



衆目に晒され、羞恥に耐える彼女を想像した。

顔を俯かせながらぎゅっと握りしめた拳をふるふると震わせる彼女の華奢な後ろ姿を想像した。



――――ゴォ゛ン゛!!!



龍太郎は靴下を直すフリをして屈んでいたままの体勢から床に勢いよく頭を打ち付けた。


このままじゃ、オレはただの『ウンコマン』じゃねえか!!!


額を赤く腫らした龍太郎の顔からはぼんやりとした不安は消えていた。


要は相手を傷つけず、気付かせればいい話。簡単な話だ。


迷いは消えた。

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