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18-6 天賦の才があろうと、必ずしも幸福には繋がらない

 翌日。魔術学院。


 その日はユーリがチャバックに付き添う当番の日となった。

 ノアの話を聞いている限り、チャバック達がいじめられる危険性は無さそうであるよう思えたが、他の懸念が生じてしまった。アルレンティス=ミカゼカの存在である。


 指定された教室に入るなり、水色の髪と青白い肌の、悪魔のような風貌の少年の姿が目に入った。そしてユーリと目が合った。院生達もユーリを一瞥する。すでに授業中だった。


「やあユーリ、おはようさんではじめましてかナ?」


 ユーリの顔を見るなり、ミカゼカはにっこりと笑う。屈託の無い笑みではあるが、ミカゼカの話を事前に聞いているせいか、ユーリの目にはその笑顔がひどく不気味に映ってしまう。


 ミカゼカが立ち上がり、ユーリの元へと近づいてくる。


「はじめまして。あの人――の手助けをしていると聞いたけど」


 寄ってきたミカゼカに会釈し、オットーを見ながら小声で話すユーリ。


 ミカゼカはそのままユーリの横をすり抜けると、ユーリに教室の外へと出るよう手招きする。


(あれがノアの言っていた、もう一人の魔法使い見習いか。ノアよりはまともそうだな)


 オットーがユーリを見て思う。


「そうだヨ。彼には魔術の優れた才能があるのサ。そして僕には、人の才能を見抜く才能もあるのサ。そして苦痛に喘ぐ者の臭いを嗅ぎ取る才能もネ」


 教室を出た所で、ミカゼカが話しだす。


「オットーさんを貶めるつもりなの?」

「ははは」


 ストレートに問うユーリに、ミカカゼはおかしそうに笑う。


「今はそんな気は無いヨ。彼次第だヨ。未来は僕にもわからないんだよネ。いきなりそんなこと尋ねるなんて、君は性急な性格だネ。まあ、特訓中、僕も君を見ていたから、知っているけどサ」

「心配になるのは当然でしょ。欲望の使者の悪い噂は僕も知っている。乞食を王様にまでして、贅沢させまくった後、処刑されるよう追い込んだ話とかさ」

「ああ、懐かしいネ。絶頂にまで昇りつめさせた人が、一気に凋落する光景を見るのは楽しいヨ。そいつがくだらない奴だと特にネ。でもネ、僕が手出しすることもあるけど、あれらは大抵が自業自得なんだヨ」


 くすくすとおかしそうに笑いながら話すミカカゼを見て、ユーリの嫌悪感と不信感がより募る。


「オットーが心配なのか、チャバック達が心配なのか、それとも僕が気に入らないのか知らないけど、君が止めてみればいいかナ。あ、いいこと思いついたヨ。これも修行の一環ということにしようネ」

「人の運命を弄ぶような真似をして、恥ずかしくないの?」

「無いヨ? そんな感情があるなら、そんなことしてないし、何度も言ってるけど、大抵は自業自得だヨ? たまに手出しすることもあるけどネ」


 嫌悪感を露わにして問うユーリに、ミカゼカはおちょくるような口振りで答える。


 これは話すだけ無駄だと悟り、ユーリはミカゼカに背を向けた。


(神様、チャバック達が無事に立派な魔術師になるよう、御守りください)


 ユーリは手を合わせずに、心の中だけで祈る。


(ちゃんと守ってくれなかったら……チャバック達に何かあったら、神様、絶対許しませんよ……。どう許さないのかって? それは……ただ許さないだけだよ)


 祈るだけではなく、ユーリは怒りを込めて念押しした。


 やがて休憩時間になった。


 オットーは隣の席にいるウルスラの様子を見る。机に突っ伏してへばっている。チャバックとガリリネは平然としている。

 他の席の者達を見ても、最初の授業だけで、大半が疲れていた。三時間ぶっ通しで、魔術の基礎を叩きこまれた。二時間経ってから、いきなり実技訓練までさせられた。かなりハードだ。


 すでに魔術を習得しているチャバックにすれば、基本のやり直しだ。魔術を習得してなくても、ある程度魔術の修行と勉強を進めていたガリリネも余裕があった。


 そしてオットーも意外と平気だった。自分でも驚くほど、授業内容がすらすらと頭に入る。魔術の実技訓練も、苦痛に感じなかった。


(アルレンティスの言う通り、俺に才能があるからこそ、苦に感じることもなく、頭に入っているのか?)


 一瞬そう期待するオットーであったが、それを甘い考えだとして、すぐに打ち消す。これまでの人生、期待は全て打ち砕かれてきた。しかしそれでも今度こそはと、期待を抱いてしまう性分でもある。


「だ、大丈夫か?」


 死体のようになっているウルスラに、思わず声をかけるオットー。


「あまり大丈夫じゃないかもです……。台本を覚えるのは得意ですけど……これは全然違ってキツい……」


 オットーの方に、死んだ魚のような目を向けるウルスラ。


「まあ……向き不向きはあるだろうし、お前だけじゃなくて、皆参ってる。頑張れ」


 励ましの言葉をかけてから、オットーは顔をしかめた。


(何て気の利かない台詞だよ。もうちょっといい台詞無いのかよ。適当に励ましたような、そんな台詞だ)

「はーい、頑張りまーす。ありがとうございますっ」


 自己嫌悪の念を抱くオットーであったが、ウルスラは朗らかな笑顔で礼を述べる。


(可愛い……)


 思わず胸のときめきを覚え、オットーはウルスラが顔を背ける。


(相手は十歳だぞ。俺ロリコンだったのか? やべえ……ただでさえ底辺な俺が、さらにろくでもない属性に目覚めるとか、勘弁してくれよ)


 オットーが思い悩んだその矢先、ふと視線を感じて反対の隣の席を見る。


 ミカゼカがにやにやと笑っている。まるでオットーの苦悩を見透かしたかのように。いや、明らかに悟られたと、オットーは感じた。


***


 初日の学業を終え、チャバックとガリリネとユーリは帰宅した。


 オットーとミカカゼも借りている宿に戻ろうとする。ちなみに宿泊代はオットーの分もミカゼカが払っている。

 しかし、机に突っ伏したままのウルスラが気になって、オットーは教室を出ようとする足を止めた。


「そんなに疲れてるのか?」

「え……あ……はい。そ、そうですね。帰らないと……」


 オットーに声をかけられて、びっくりして顔を上げるウルスラ。


「迎えは来ないのか?」


 首都ソッスカーはあまり治安が良くないと聞いていたので、オットーはウルスラの身を案じた。


「来ません……。お父さんとお母さんの反対を押し切って、ここに通ってますし」


 寂しげに笑うウルスラを見て、オットーは胸の痛みを覚える。


(こんな歳の女の子が、こんな顔を作るなんて……)


 その台詞と相まって、よほどろくでもないことがあったのだろうと、オットーは判断する。かつて神童と呼ばれた劇団の花形だった過去があり、最後に舞台上で不満をぶちまけ、その後舞台には姿を現さなくなったという話からも、劇の仕事が嫌であったことや、親との間に軋轢がある事は明白だ。


(俺と似たようなもの……なのかな?)


 オットーも家族にいい思い出は無い。自分を罵り、苦しめるだけの存在だった。あげく手にかけた。ただ、長女だけはオットーに優しく接してくれたが、その姉はオットーが幼いうちに、退廃的な生活を送る両親に愛想をつかして家出した。


「まだ十歳なのに思い切ったことをするもんだ。で、家に帰りたくないわけか」


 感心と呆れが入り混じった声でオットーが言うと――


「あ、家には帰りません。親の金盗んで、宿に泊まってます」

「思い切ったことするもんだ……。悪い子だな」


 ウルスラの台詞を聞いて、少し引き気味になるオットー。


(何言ってんだか。俺はもっと悪い奴だ)


 自分の台詞に対し、オットーは自虐の笑みを零した。


「じゃあ何でしょげてんるんだ?」

「ちんぷんかんぷんだったからです。勉強に全然ついていけそうにないから」


 そう言ってウルスラは大きく息を吐く。


「もしかして読めない字とかあるんじゃないか?」

「ええ、それもわりとあって……」

「だったら隣に聞けよ。俺でもいいし、あいつらに聞くのもいい」

「授業の邪魔になるかと……」


 オットーが若干強い語気で勧めると、ウルスラは申し訳なさそうに言う。


「いいんだよ、それくらいよ。遠慮なんかする必要無い」


 今のは強く言い過ぎたかと思い、意図的に優しい声を出すオットーであったが、自分の喉から出た声に、オットー自身が驚いた。自分で聞いたことのないような声だ。


「まだ一日目だぞ。弱音を吐くには早すぎる。頑張れよ。お前が決めた道なんだろ」


 優しい声で励ました後、オットーははっとする。


(馬鹿か俺は……。他人に説教できるほど、励ませるほど、御立派な人間じゃねーだろ。何やっても駄目だった最底辺の人間じゃねーかよ。それが……何を偉そうに……)


 自虐的な気分になるオットーであったが、ウルスラは目を輝かせてオットーを見上げていた。


「そうですよね。まだ一日目だし、私、馬鹿でした」


 ウルスラが拳でこつんと、軽く己の頭を叩く。


「馬鹿とまでは思わねーよ。せっかく思い切って行動したんだし、魔術の習得はとんでもなく大変だってこと、お前だってわかったうえで、ここに来たんだろ。お前が本当にやりたいことではないと思っちまったなら――しばらく続けて、どうしょうもなく辛いって判断したら、その時辞めればいいさ」


 自身の過去を振り返りながら、オットーは諭す。自分はどんな仕事も長続きせず、散々だったというのに、それを棚上げしてこのような説教をしている事が、滑稽でたまらない。 


「オットーさん、いい人なんですね。ありがとうございます。元気回復したっ。頑張るねっ」

「お、おう……頑張れ」


 弾んだ声をあげるウルスラを見て、オットーは動揺気味になる。


 ウルスラが教室を出て行く。入れ違いにミカゼカ入ってくる。


「オットー、優しいネ」

「見てたのかよ」

「聞いてたヨ」


 にまにまと笑うミカゼカ。渋い顔をするオットー。


「俺のこと、いい人だってよ……。見る目の無い餓鬼だぜ」

「あはははは、じゃあ僕も見る目の無い餓鬼だネ」


 皮肉たっぷりに言うオットーに、ミカゼカは無邪気に笑った。


「ウルスラの噂は、俺が住んでいた地方都市にまで及んでいた。天才だの神童だのと。しかしそんな子が、ここじゃあ……。そもそもあの子は、自分の才能を活かせる道を、望まず捨てた。そして自分の意志で茨の道に飛び込むなんてよ……」

「十歳でそこまで思い切ったことするって、凄いよネ」

「しかも親の金盗んで家出してな」

「あははは、それくらい悪い子の方が好きだヨ」


 ミカゼカとオットーで、爽やかに笑いあう。

 ふと、オットーは思う。ミカゼカと二人で、このように談笑したのは初めてのことではないかと。

十八章はここまでなのであります。

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