18-5 友達になろう
魔術学院の入学希望者達は、入学手続きと教室分けなどをした後、それぞれ教室へと向かった。入学は希望さえすれば誰でも入れる状態だった。
(俺の殺しはまだバレてないのか……? バレているが、ここまでは伝わってないのか?)
身元チェックなどされるかと思って脅えていたオットーであったが、それも無いように感じられた。
「あいつらと同じクラスかよ……」
講習を受けている最中、ノア、チャバック、ガリリネ、ウルスラを見て、オットーがぼやく。着席してから気付いた。わりと席も近い。
「やっぱり気になるんだネ? 友達になったらいいヨ」
隣に座るミカゼカがからかうように言う。
「ふざけんなよ。歳だって離れてるのに」
「僕も一緒にいるから大丈夫だヨ」
「しつけーんだよ。俺は一人でいい」
「じゃあ僕もいない方がいいかナ?」
「いや……お前にはいてほしい……」
ミカゼカが意地悪い笑みを浮かべて言うと、オットーは弱々しい声を出す。
「ああ、すでに魔術の勉強をしているか、あるいは魔術を習得しているという人はいますか?」
「はあい。二つ使える~」
「習得はしてないけど勉強なら」
教壇前の老魔術師が問うと、チャバックが笑顔で手を上げ、隣のガリリネも手を挙げた。
「マジかよ。もう覚えてるって」
「すでに誰かに習っていた人が来てもおかしくないけど」
「すご……二人ともまだ小さいのに。ギフテッドって奴かねえ」
注目がチャバック達に集まり、教室内がざわつく。
「では実践してみてくれますか? ああ、物を壊す魔術でしたら、教室の後ろの黒板を標的にしてください。あの黒板は、魔力は元より、魔力で形勢された物質や化学反応や現象も打ち消す力が有ります」
「いいよう」
老魔術師に促され、チャバックは呪文を唱えて火球を発生させると、後ろの黒板めがけて飛ばした。
火球が黒板に吸い込まれるようにして消える。
「おいおい、攻撃呪文だぞ」
「攻撃呪文習得できるのって、相当修行積んだ後だろ」
「やべー奴いるなー」
教室内が歓声とどよめきに包まれる。
「俺的にはあの黒板の方が凄いと思う。あの魔道具、こっそり持ち帰りたいな」
「駄目だよー、ノア」
ノアの呟きを聞いて、ウルスラが制する。
「ますますムカつくな。あのガキ、知恵遅れの冷やかしなのかと思ったら、早熟の天才児なのかよ。しかも嬉しそうに力をひけらかしやがってよ……。糞っ」
チャバックを睨み、顔を歪めて悪態をつくオットー。
「何で世の中こう不公平なんだか。才能の有無だけで、幸福と不幸も全て決まっちまう」
「妬むことないヨー。君はもっと凄い才能があるんだからネー」
愚痴るオットーに、ミカゼカが言った。
「おそらく彼は攻撃系の魔術の適正があるのでしょうね。まだ二つしか覚えていないと言っていたので、そういうことでしょう」
教壇前の老魔術師が言った。
「ちなみに魔力で形勢された物質、それに上昇した温度や電流などは、それそのものがすでに事象の物理現象となるため、それは魔力そのものからはかけ離れていると思ってください。魔術や魔法ですでに発生した現象と、魔力が維持している状態で発生し続けている状態は、別物で――」
「ようするに魔力の塊を火に転換して、その火が気に燃え移ったりしたら、魔力が消えても、燃え移った火は消えない、だよね」
老魔術師が講義していると、ノアが口を挟んだ。
「はい。その通りです。流石は大魔法使いミヤ様のお弟子さんですね。しかし私が喋っている間は、御清聴お願いしますね。そうでないと私の立つ瀬が無くなってしまいます。けれども、もし御希望でしたら、この先の指導を私に代わって、全てそちらにお任せしますが、その方がよろしいですかな?」
「ははは、遠慮するねー」
にこやかな笑顔で、かつ柔らかな口調で注意する老魔術師に、ノアはへらへら笑って拒んだ。
両者のやりとりを聞いて、教室中で生徒たちがくすくすと笑っている。
「本っっっ当恥ずかしいよね、ノアって。一緒にいる僕も恥ずかしくなってくる」
「うん……今のはちょっと……」
「ノア、いつもこうだから……」
ガリリネが顔をしかめ、ウルスラとチャバックも気まずそうにうつむく。
「え? そう? 俺はそんなことないけど。むしろ注目浴びて気持ちがいい」
「どーかしてるよ」
爽やかな笑顔でしゃあしゃあと言ってのけるノアに、ガリリネは溜息をついた。
休み時間になる。
「カリキュラム見たけど、結構ハードだネ。心折れて脱落する人も出るかもだヨ」
ミカゼカが言った。
「ああ……一日の授業が十二時間以上とはな。ようするにそれだけ魔術師不足が深刻って事だろうが……」
厳しくしすぎて脱落者が増えてしまっては、元も子も無いのではないかと、オットーは思う。
「魔術師ってのは、頑張れば誰でもなれるらしいが、簡単にはなれないからこそ、修行途中で脱落しまくって、数も限られちまうって話だしよ」
「せっかくここまで来たんだし、オットーには才能もあるから頑張ろうネ」
「それが信じられねーよ……」
オットーが溜息をつく。ミカゼカはしきりに自分に魔術の才能があると口にするが、これまでの人生、何一つまともに達成できず、上手くいった試しが無いオットーには、自分が成功するヴィジョンが絶望的に見えなかった。
しかしそれでも、今度こそはと賭けている。アルレンティス=ミカゼカという存在が自分の目の前に現れ、助力を口にしたことで、最後の望みを託す気持ちでいる。
「この時間割だと、オイラ働く暇が無いよう……」
チャバックが時間割を見て情けない声をあげる。
「チャバック、ちゃんとガイダンス見た? 生活に困っている人は、奨学金出すってさ。もっとも魔術師になれなければ、後でお金催促されるらしいけど」
ガリリネが言った。
「そうなんだー。じゃあ宅配の仕事もしばらくお休みするって、伝えてこないとー」
チャバックが微笑む。
「俺の会社どうなるの……。チャバックのために作ったのに……」
憮然とするノア。
「ノアの会社は絶対ブラック企業だし、倒産でいいんじゃない?」
「知りもしないで決めつけとか、ムカつくな」
ガリリネが嬉しそうな笑顔で言うと、ノアは険悪な面持ちになってガリリネを睨んだ。
「あ……」
ウルスラが筆記用具入れを落とす。
転がった鉛筆が、オットーの足元で止まる。オットーはそれを拾い上げる。
(俺みたいなキモい男に拾われたら、きっと怖がるんだろうな。ふん)
そんなことを考えながら、オットーは無言でウルスラの方に歩み寄り、無言で鉛筆を突き出す。
「ありがとうございます」
ウルスラはそんなオットーに向かって、にっこりと笑ってみせながら鉛筆を受け取った。その笑顔を見て、オットーはどきっとする。
「ノア、ちょっといいかナ?」
その一方で、ミカゼカがノア達に話しかける。
「何?」
ノアは警戒心たっぷりにミカゼカを見やる。
「彼と仲良くしてやってくれなイ? 君と同じ捻くれ者でぼっちだからネ」
ミカゼカがオットーを指す。
「ミカゼカが仲良くしてやればいいだろ。俺は嫌だよ。あんな奴」
「ノア、そんなこと言っちゃ駄目だよう」
「ノア、まだ引きずってるの? そもそも朝のやり取りはノアが悪かったのに」
ノアが拒絶すると、チャバックがたしなめ、ガリリネが指摘した。
「そもそも魔法使いのノアはどうしてここにいるノ?」
ミカゼカが問う。
「チャバックがいじめられないように見張っている。そんな奴が現れたら、首を切断して、そいつの家族の前に持っていって、笑顔でプレゼントする予定。体は生皮剥いで、木の枝に突き刺しておく」
教室内の他の院生にも聞こえる声で言うノア。院生達は怖そうな目で、笑顔で語るノアを見やる。
「ノアの速贄だネ。楽しそウ」
ミカゼカがけらけら笑う。
(何つー奴だ……。冗談にしても悪趣味すぎる)
オットーにもノアの発言は聞こえていた。
「ちなみにガリリネをいじめる奴がいたら応援する。いや、むしろ一緒にいじめる」
「駄目だよう、そんなことしちゃー。そんなこと言っても駄目だよう」
「やってみろよ。上等だよ」
ノアが言うと、チャバックが注意し、ガリリネは引きつった笑みを浮かべてノアを睨みつけた。
「ガリリネもやめてよう」
「そうだね。僕が大人にならないとだね」
チャバックに止められ、ガリリネは引きつった笑みを浮かべたまま、ノアから視線を外した。
「そっちの喧嘩はともかく、彼――オットーと親しくしてあげてほしいヨ。親しくすれば、きっとオットーの心も真っすぐになるヨ。根っから腐った男じゃないヨ」
「うーん……」
ミカゼカの言葉を聞き、ノアはオットーを見て考え込む。
「わかった……」
何となくシンパシーを感じたノアが、小さく息を吐いて応じた。
「おっさん、こっちおいで」
オットーに向かって手招きするノア。
「あのな、俺は見た目老けてるが、これでも二十歳だ」
死んだ魚の目で言うオットー。おっさん扱いされるのは一度や二度ではない。
「いいからおいで。朝はすまんこだった。チャバックと同じクラスのようだし、いがみあっていても仕方ない」
「ほら、早くおいでヨ。オットー」
ノアとミカゼカ二人がかりで呼ばれ、オットーは躊躇いながらも腰を上げた。
「よ、よろしく。オットーだ」
近くに来て、少し緊張しながら挨拶する。
「ウルスラでーす。クラスメイトとして、今後ともよろしくお願いしますっ」
「チャバックだよう」
「ガリリネ。よろしくね」
「ノア」
「ノアの挨拶だけ適当感が凄くて失礼極まりないネ。ミヤ様に言いつけちゃおうかナ。あ、僕はアルレンティス=ミカゼカ。」
それぞれ自己紹介を済ます。
(こんな奴等と友達になってどうするってんだ。つーか俺……今まで友達なんて一人もいなかったから、どう接したらいいかわかんねーよ……)
ミカゼカの強引なセッティングに、オットーは不安でいっぱいになりながらも、そう悪い気はしなかった。
***
「それじゃあちょっと早いけど、これで」
正午近くになったので、別れの挨拶を口にするユーリ。
「早くないんよ。二時間以上は遊んだし」
「そ、そっか。あっという間だった」
スィーニーに言われると、ユーリは名残惜しそうな顏になった。
(あれ? こんな顔するなんて、脈有り? いや、そうじゃなきゃ付き合ってくれないだろうし)
ユーリの反応を見て、スィーニーは嬉しくなる。
ユーリと別れて、スィーニーはにやにや笑いながら歩く。
「あー、楽しかったあ」
繁華街を出た所で、スィーニーは思わず口に出して呟いてから、はっとした。
(楽しかった……って、楽しい? いや、凄く楽しかったけど、これは……任務のためでしょ。ターゲットMに近いユーリと親しくなっておくための……)
それまでのハッピーな気分が、一転してダークな気分へと変わる。
『悪者じゃんよ……。おまけに嘘吐きだし、どの面下げて私達の前に来れたん?』
かつてケープに向かって自分が口にした台詞を思い出す。
そして先程の知り合いの商人達の諍いを思い出す。互いに嘘吐きと罵り合っていたことを。それを仲裁したことを。
「あの人達は嘘吐きじゃなかったけど、私ははっきりと嘘吐きじゃんよ……。はははは……」
乾いた笑い声をあげると、スィーニーは歩みを止めてうなだれた。
強烈な自己嫌悪の念がスィーニーに襲いかかる。次いで、悲しみと自責の念が、嵐のように吹き荒れる。
「違う……嘘も任務なんだから……。だって私、メープルCから重大な使命を受けてここにいるんだし……」
震える声で、自分に言い訳するように呟くスィーニー。
(畜生……私、何で泣いてるんよ。何でこんなに胸が痛いん……)
罪悪感で、胸が押し潰されるような感覚を抱きながら、スィーニーは胸を押さえて蹲り、小刻みに震えていた。
***
「そうかい。ミカゼカと会ったかい」
夕方、ノアの報告を聞いて、キャットフェイスを神妙な表情へと変えるミヤ。
「ミカゼカって、アルレンティスさん達が、僕達に会わないようにと散々警告していた、危険な人格ですよね」
ユーリが広間の祭壇に向かっているミヤの方を向いて、声をかける。
「そうだよ。碌な奴じゃない」
「会うなと言われても会ってしまったからどうにもならない。しかも俺、思いっきり殴られたし」
「殴られたって――お前、一体何したんだい? あいつは確かに腐れ外道だけど、無闇に他人に暴力振るう奴でもなかったよ」
ノアの話を聞き、呆れるミヤ。
「アルレンティスの二つ名――欲望の支配者ってのは、ミカゼカのことさね。アルレンティスにまつわるエピソードは、お前達も知ってるだろ」
「全部は知らないけど、幾つか聞いたことがある。まるで悪魔みたいな奴」
「行き詰った人間に手を差し伸べて、力を得るように導く。でもそれで幸せになれる事もあれば、破滅に陥る事もある。アルレンティスさんの気分次第でそうなる事もあれば、本人の努力の結果もあるという感じですね」
「人を幸せにすることもあるけど、奈落に落とす事もある。儂から言わせればあれは、サディストの腐れ外道だよ。嬲り神といい勝負さ」
ミヤが諦めたような口調で言う。
(しかしそんな腐れ外道でも、儂を裏切るような真似は、絶対しない奴でもある。儂にとっては信頼できる奴さ。儂に手間をかけさせてくれた事は、何度かあるがね)
こっそりと思うミヤ。
「会わないようにしろって言われても、魔術学院でチャバック達と同じクラスになっちゃってるんだよね? どうあっても会うことになりますよ? 師匠」
「まあそれは仕方ないさ。ミカゼカは今回、オットーという男に力を貸している。ミカゼカに注意を払うだけでなく、オットーがどういう人物かも調べて留意しておくことだね」
ユーリが伺うと、ミヤはやんわりとした口調になってアドバイスした。




