17-7 気の抜けた終わり
ユーリ、ノア、アルレンティス、モズクの四人は、村の地下広間の旧世界の道具を漁っていた。
「ビリーも問題人物?」
ノアが作業をしながら、隣で物漁りをしているアルレンティスに尋ねる。
「ちょっと困った奴程度だよ。あまり悪く思わないでやって。毒は無いんだ」
「お宝独り占めにしようとしたあげく襲ってきたのに、ちょっと困った奴程度と言うの? 流石は魔王の幹部だね」
「ん? それ、嫌味? それにしても意味わからないな……」
ノアの台詞を聞き、アルレンティスは小首を傾げる。
「ビリーとミカゼカはマミのことを気に入っていたね。やっぱり暗い性質にあると思う」
アルレンティスの台詞を聞き、ノアは一瞬、嘲笑を浮かべた。
「他はやっぱり母さんが嫌いだった?」
「君の前で悪く言うのも気が引けるけど、言動の一切合切が酷かったし、好きになれる要素が無いよ」
「あはっ、そうだろうねえ」
「特に僕は、他人を頭ごなしに否定したり、見下したりする所が嫌だったな」
「確かに母さんは他人のこと上から目線で馬鹿にしまくってたよ。人の形をした人参だの、鼠やゴキブリと変わらないだのと。挑むことなく生きる人生を送る者は草と同じだって。無個性で、ただ凡庸に生きている、世界の歯車とかさ」
「はあ……マミらしいね」
自分の子供にもそんな教育をしたマミに呆れる一方、ノアがそんなマミに同調しなかったのは良かったと、アルレンティスは思う。
「凡庸に生きていたっていい。チャレンジするしないで、人の偉さは決まらないよ。僕なんか平々凡々と波風立たない人生を歩みたいと、いつも思ってる。トラブルは嫌いだし」
「魔王の幹部筆頭がそんなこと言うんだ」
アンニュイな口調で語るアルレンティスに、ノアはおかしそうに微笑んだ。
「これは?」
ユーリがリュックサックのようなものを取り出す。
「空を飛べるようになる機械だ。私も使っている」
「魔法で飛べるからいらないかなあ……」
モズクが言い、ユーリは微苦笑を零してリュックサックのようなものを置く。
「こっちのこれ、使えそうだけど……」
淡い光を発する透明の箱のようなものをかざすノア。
「食物を保存する機械だな」
「魔道具使えばいし、いらない」
モズクが言うと、ノアは箱をぞんざいに放り投げる。
「色々あるけど、これといったものがないなー」
「全くだよ」
アルレンティスとノアがぼやく。
「何これ?」
燕尾服を着てシルクハットを被ったペンギンの人形を見つけて、手に取る。
「あ、ぜんまいがある」
小さい頃に、ぜんまいつきの玩具が好きだったノアは、人形の背中についていたぜんまいを見て、懐かしい気分に浸りながらぜんまいを巻いた。
「グエーッ!」
突然奇声があがり、ペンギンの人形が動き出す。翼と足をばたばたとはためかせ、ノアの手から落ちる。
「な、何?」
「人形のぜんまい巻いたら動き出した」
びっくりするユーリに、ノアが答えた。
「はじめまして」
ペンギンの人形が立ち上がり、胸に右の翼を当てて、左の翼でシルクハットを取って、優雅に一礼する。
「喋るんだ」
感心するアルレンティス。
「私はペンギンロボ。以後よろしく。新しい御主人様」
ノアを見上げて、ペンギンロボが告げる。
そして告げた直後、そのまま動かなくなった。
「巻きが足りなかったかな?」
ノアが背中のぜんまいをさらに回す。
「以後よろしく。御主人様」
「それはさっきも聞いた」
同じような挨拶をするペンギンロボに、ノアが言う。
「君は何なの? 魔法人形?」
「ロボットです。動力はぜんまいですが、ロボットです。喋るのは苦手です。喋るとエネルギーを大量消費……」
喋っている間に、またペンギンロボの動きが止まる。
「魔法でずっとぜんまい回し続けておこうかな?」
ノアが少し苛立ち気味に言う。
「そういう無理はしない方がいいと思う。全く未知のテクノロジーの産物だからね」
と、アルレンティス。
「なるべく喋らせなければ、長持ちするのかな。まあいいや。凄くいいもの拾った。これ僕のものだからね」
ペンギンロボを抱え上げて、嬉しそうに宣言するノア。
「まあ、絵本世界で見つけた物は、必ずしも持ち帰れるわけじゃないからね。もしかしたら、出る時にロストしているかもしれない」
「えー……今更」
アルレンティスが釘を刺し、ノアが唇を尖らせる。
その後も四人で広間の探索を行ったが、使えそうな物は無かった。
(師匠を助けられるようなアイテムが無いかと期待したけど……)
それらしいものは得られず、内心がっかりしているユーリだった。
「俺はいいもの拾った」
「僕は成果無かった」
ノアがペンギンロボを抱きしめて上機嫌に言い、アルレンティスは溜息混じりに言った。
「私が散々探した後でよく色々と見つけたと言いたいがな」
と、モズク。
「モズクさん、協力してくれてありがとう」
「よろしければこちらの手伝いもしてくれないか? いや、今からやろうとすることが成功すれば、君達の目的の達成にも繋がるはずだ。私と君達の目的は同じなのだから」
礼を述べるユーリに、モズクが要求する。
「手伝いって何?」
「先程言った、転移装置である石棺の転移座標の件ですね?」
「そうだ。君達は不思議な力を操れるようだし、それに期待したい」
ノアが問うと、モズクより前にユーリが答え、モズクが頷いた。
その後四人は移動し、村の外へと出て、砂漠の中にぽつんと置かれた石の棺の前に立つ。
ユーリ、ノア、アルレンティスの三人がかりでもって、魔法で解析や調整を試みながら、何度も石棺の中に入ってワープしてみる。確定ポイントと未確定ポイントの差の検証を行う。それは非常に地味な作業であり、ノアとアルレンティスは途中から死んだ魚の目になっていた。
二時間ほどの作業の後、転移先が何ヵ所あるかを割り出した後で、転移座標の調整が済んだ。その割り出す作業も、魔法の力があったからこそ出来た。
「まだ行ってない場所が七つほどあるけど、これまでの結果から、座標はこれで正しいはず」
石棺についたスイッチや、光る数字を見ながら、アルレンティスが告げる。
「この一番多い数字が、一番離れた所だね。多分……砂漠の外れ」
「じゃあそこに飛んでみよう」
アルレンティスの言葉を受け、ノアがいった。
まずノアが転移する。
石の棺を出ると、他の転移先と同じように、壊れかけた建物の中だった。しかしその建物外に待ち受けていた景色は違った。
未来視で視た風景。多くの巨大な建造物が立ち並んでいる。それらは壊れた建物ではない。そして建物の下の方には、大勢の人間の姿がある。砂漠に面した、巨大な都市がすぐ側にある。
ノア以外の三人も転移した所で、建物が立ち並ぶ都市の方から、人々が驚きの表情でこちらにやってくる。どうやって知ったのかは不明だが、四人が砂漠の中からやってきたとわかって、寄って来たのだ。
「君達、あの砂漠の中から来たのか!?」
「あの中にはやはり人がいたというのか! もう二百年近く経っているというのに!」
「黒人形の追撃をよく振り払ってここまで来られたもんだ。あの殺人兵器のおかげで、砂漠の行き来がずっと出来なくっていた」
人々が詰め寄り、一斉に声をかけてくる。
「やっと……ここまで来られた」
感無量といった表情でモズクが呟いた。
(人がいっぱいいる。私達と違う服装の人が……)
(村人以外の人と会うの初めてだ。それに何だい? あの綺麗な建物はさ)
ユーリとノアの内にいるリンカとアルバも感動していた。感動するあまり、意識が表層まで出てきていた。
「これで村の連中も皆ここに連れて来れる」
「ところで何でモズクさんは教祖を?」
感動しているモズクに、ユーリが唐突に疑問をぶつけた。
信用ならないはずだったモズクだが、ここまで一緒に行動して、ユーリ達にとって害のある行動は一切取らなかった。それどころか随分と親切で、毒が無かったように思える。何より教祖様という雰囲気そのものが感じられない。
「村でも諍いが時々ある。諍いの無い世界を創りたくて教祖を始めた。絶対的に力でまとめたかった」
「村の人達を外に出したら、その必要も無くなるかもね」
モズクの答えを聞いて、アルレンティスが言った。
「そうかもな、それならそれでいい。権力に執着していたわけではない」
爽やかな笑みを浮かべて、さらりと言ってのけるモズク。
「ば、馬鹿な……教祖なんて絶対ろくでもない奴に違いないという、俺の固定観念が崩れて行く……うごごご……」
「何その声……」
ペンギンロボをキツく抱きしめながら、変顔して奇怪な呻き声を漏らすノアを見て、ユーリが笑い。
(最後に一つ言わせて)
リンカの声がユーリの中で響く。
(さっきのアルレンティスという人の言葉は信じられない。貴方達はチャレンジャーだし、アルレンティスもそれっぽいのに、平々凡々がいいって、挑むことに否定的な言動ってどうなの?)
リンカのその問いかけに対し、ユーリは答えに困る。
(私はこの世界しか知らないの。息が詰まりそうな毎日だった。砂しかない世界、廃墟の村。でも、壊れかけた世界が夕日に照らされる瞬間はとても好きだった。私が一番、世界を美しいと感じる瞬間だった。でも、それしか知らない。他が知りたい。生きていれば常に変化を求めるものじゃないの?)
変化を求めて挑み続けることが美徳という、そんな観念が、リンカからは感じられた。それはリンカの境遇と、今こうして大きな変化を目の当たりにしているからこそ、余計にそう感じるのだろうと、ユーリは思う。
(辛いこととか、危ないこと、失うことも沢山なんだよ。変化を求めれば、そのリスクはより高まる)
言ってもわからないかもしれないと思いつつも、ユーリは思ったことを述べる。
(リンカはどちらかというと、ノアの方があってたんじゃないかな? ノアの境遇の方が、リンカと似ている。ノアも母親の元から去りたくていたんだし。あるいはアルバもリンカと同じ気持ちで、よりノアに近かったせいかな?)
(いいえ、私はノアという子は知らないけど、自分と似た境遇の子と傷を舐め合いたいわけじゃなくて、違う子に話を聞いてほしかった。だから貴方が私と重なったのかも)
(そういうこともあるのか……)
リンカの言い分には納得しがたいユーリであったが、その可能性を完全に否定もしなかった。
***
私とアルバとモズクさんの前に、これまで見た事の無い風景がある。
私達の村と同じ建造物。しかし残骸ではない。廃墟ではない。壁がとても綺麗だ。
私達とは異なる衣装の人達に囲まれ、私達はあれこれと尋ねられている。モズクさんが答えてくれている。
「リンカ……俺達、砂漠を越える事が出来たんだね」
信じられないという表情で、アルバが話しかけてくる。
「そうね」
私は頷いた。自分でもその時、ぼんやりとしていた事がわかる。
望みが叶ったというのに、新しい景色を見れたにも関わらず、達成感はいまいちだった。砂漠を歩いて到着したのではなく、モズクさんと一緒に、変な装置をいじり続けて、それであっさりと出る事が出来たせいだろう。
しかし時間が経つにつれ、私は自分の人生の景色が大きく変化したという事を実感する。もう壊れていく世界の夕日は、思い出の中で懐かしむ美となった。あそこに戻る必要は無い。これからは新しい世界で、もっと多くの景色を見て生きていける。
***
気が付くと、ユーリとノアとアルレンティスは、元の世界に戻っていた。目の前にはミヤとゴートと他の騎士二名がいる。
「バッドエンドではなく、僕達が干渉したその後のハッピーエンドの方を見れた。こんなケースもあるんだ」
ユーリが不思議そうに呟く。絵本を出る際に、人喰い絵本の本来の結末を見る事が出来る。人喰い絵本に干渉しなかった結末だ。それは大抵が救いの無い終わりである。
しかし今回は、干渉した後のハッピーエンドの方を見た。本来のバッドエンドは、ユーリとノアが見ていた。色々と変則的であった。
「やったっ、ペンギンロボ無事だった。持ってこれたっ」
腕の中のペンギンロボの存在を確認し、ノアは表情を輝かせて歓声をあげる。
「何だいそれは……。あっちから持ってきたのかい。ふん、まあいい。お前達だけで解決したようだね。やるじゃないか。褒めてやる。二人揃ってプラス5」
「一桁……。プラス255か256くらいしてよ」
「ノア、師匠がプラスしてくれるだけでも良いことだと受け取っておこう」
ミヤのポイントに不服を申し立てるノアと、ノアをなだめるユーリ。
「ミヤ様、僕も脱出手伝ったからこそ脱出が早まった。僕にもプラスをしてもいい。その分、この二人から引いてもいい」
「ちょっとアルレンティス……」
アルレンティスの進言に、ノアが憮然とした顔になる。
「そうかい。じゃあアルレンティスにはプラス1。別に二人の評価は変えないよ」
「えー……少ないし……」
ミヤのポイントの数字を聞き、今度はアルレンティスが憮然とした。ノアはにんまりと笑っている。
「お前はイレギュラー目当てに勝手なことしくさったろ。ノアはイレギュラーを手に入れたようだが、お前はどうなんだい? 手に入れたのかい?」
「それはビリーの暴走だから僕じゃないし……。使えるイレギュラー手に入れたかどうかなんて、ミヤ様、この顔見てわからない?」
「ふん、お前はいつもつまらなさそうでダルそうな顔してるから、全然わからないね」
アンニュイな口調で訴えるアルレンティスに、ミヤが鼻を鳴らして言い放った。
「アルバ、砂漠を出る事が出来たのに、あまり嬉しそうじゃなかった」
ノアがユーリに声をかける。
「リンカもだよ。達成感無いとか。石棺で転移したら出れましたってのがいまいちだったらしい」
「俺達のおかげでバッドエンド回避してハッピーエンドにしたっていうのに、何だかなー」
釈然としないノアであった。
「この絵本の本来の話って、何の捻りも無い、ただの酷い話だよね。外の世界を夢見て、希望を持って飛び出て、でもあっさりと殺されて終わっちゃう。だけど、だからこそかなあ。俺の心に棘となって突き刺さる」
「自分と重なるから?」
ノアの意見を聞いて、ユーリが尋ねる。
「それもある。でもそれだけじゃない。そもそも死んでいた二人だ。それを俺達が介入して死を回避し、未来に繋いだ。運命を捻じ曲げられたことで救われた。人喰い絵本は毎回そんな感じだけど、今回は一段と如実に感じられたっていうか……」
運命を捻じ曲げて、死ぬべきだった別の世界の人間の命を救うという事を、ノアはこれまであまり強く意識していなかったが、今回ははっきりと意識させられてしまった。明らかに人喰い絵本は、そのために人を呼び込んでいる。その結果、呼びこまれた人間も危険に晒され、高確率で死んでいる。
「ハッピーエンドで終わらない時もあるよ。僕は何度も、強引な脱出方法を実行した事もあるしね」
ユーリが言った。
「僕の母親も人喰い絵本に殺されたし、可能なら絵本の中で人助けもするけど、難しいなら……こっちの世界の人間の命が最優先だよ。絵本の世界の人間を助けるために、絵本入っているわけじゃないんだ。こっちの世界の人間を助けに入ってるんだからさ」
「その通りさね」
「うむうむ」
ユーリの言葉を聞き、ミヤとゴートが満足げに頷く。
「修正された絵本世界は、その後も続いていくのかな? 俺達が来なくて修正されなかった世界は、無かったことにされるの? それとも破滅のストーリーの並行世界としてそのまま続くの? 謎だよね」
ノアが矢継ぎ早に疑問を口にする。
(修正された世界はその後も続いていくだろうけど、修正される前の悲劇の世界がどうなるかはわからないし、考えたくないな。でも、考えたくないで済ますのも酷い)
悲劇であるからとして、世界の一つが廃棄されているかのように感じられて、ユーリはぞっとした。
「謎だらけだよ、人喰い絵本は。長年調査している僕でさえ、わからないことの方が多すぎる。ミヤ様だって、ずっと人喰い絵本に携わっているのにさ」
アルレンティスがミヤを一瞥して言った。
「嘘をつけ。お前は色々と知っていて、儂にも秘密にしていることも多いだろうに。何を言っておるか」
「それはミヤ様も同じだよね」
ミヤが不機嫌そうに言うと、アルレンティスは小さく微笑んで言い返した。
『新しき世界を望みながら、破滅に魅せられてもいる』
ふと、モズクの言葉を思い出すユーリ。
(リンカも暗い性質の持ち主で、危ういってことか。でも……もう心配しても仕方ない。あの世界の未来は、あの子達が紡ぐんだ。いや、でも……一度同じキャラの役をやって、心まで繋がった間柄だから、心配しても仕方ないけど心配はしちゃうな)
(人喰い絵本――あの世界は確かに存在する。時間も心も事象の全てが現存するわ。例え断片的に途切れた世界でも)
ユーリが物思いに耽っていると、頭の中に宝石百足のセントが浮かび、声をかけてくる。
(断片的な世界……)
その説は人喰い絵本の研究者の間で囁かれている。それはユーリも知っている。しかしセントの口からはっきりと伝えられたという事は、その説が正しかったという事ではないかと、ユーリは思う。
17章はこれにて完




