17-6 独り占めできる正当な理由
時間は遡る。
アルレンティス=ビリーは先んじて絵本世界に入り、廃墟の村へと降り立った。
「先に入った奴等は死んでるかな? それとも生きているかな?」
瓦礫の山を見渡して呟くビリー。死んでいたとしたら、後から入った者が絵本のキャラに成り代わるはずだ。しかしビリーの服装が変化する気配はない。つまりはまだ生存している――というわけではない。
ビリーは――アルレンティスは例え絵本世界に入っても、役を担う事は無い。
(俺やディーグル――ブラッシー以外の八恐が、絵本の住人になることは無い。何故なら俺達のルーツはこの世界にあるからな。だがこの特性のおかげで、先行者の安否も判別できねー。ま、どうでもいいんだがな)
口の中で呟きながら、ビリーは探知魔法をかけて、意識の触手を広げていく。
(お久しぶりですねん、アルレンティス)
そのビリーに、念話で声話かけた者がいた。
「図書館亀か。どこにいるんだ?」
(貴方がいる廃墟の村より南方に91キロといった所ですよん)
ビリーが声に出して問いかけると、図書館亀が念話で答える。
「へっ。結構遠いが、会いに行ってやっかな。わざわざ声かけてくるってこたあ、耳寄り情報の一つでもあるんだろ?」
呟くなリ、ビリーは飛翔する。
砂漠を高速で飛び続けること一時間程で、巨大な図書館亀の姿が見えた。
図書館亀の中に入ったビリーは、燕尾服姿の直立歩行ゾウガメと対峙する。
「ようこそいらっしゃいませ。アルレンティス様」
「ビリーだ。いい加減覚えろ。で、用件は?」
恭しく一礼する図書館亀に、ビリーが伺う。
「この時代、この世界はとても興味深いエリアでありますのん。珍しいエリアですのん。破滅を生き延びた先にある破滅の世界。神々の記憶と関与からも外れて、忘却の彼方にあった世界。しかしそこに――」
「勿体つけるのはいらねーよ。用件を簡潔に言いやがれってんだ」
ビリーが苛立ちを覚えて口を挟む。
「勿体つけているわけではありませんねん。重要な前置きですよん」
モノクルに手をかけながら、図書館亀は言った。
「まだテクノロジーの幾つかは生きているのですわん。例えばあの村には、無機物を有機物に変換して食料を精製する装置が有り、人々は破れない布で織られた服を着ていますのん。それ以外にも旧世界のテクノロジーによってつくられたものが、まだ地下に眠っているようですねん。それらをアルレンティス殿が見届けてきてくだされば、小生はそれを書物に変換しますよん」
「薄い本になりそうだな。あるいは空振りかもしれねーぞ。あと、しつけーよ。俺はビリーだ。アルレンティスの一人ではあるが、アルレンティスじゃねーんだよ」
「失礼しました。ビリー様」
呼び名にこだわり続けるビリーに、図書館亀は恭しく頭を下げる。その動作がビリーの目には、いささか慇懃無礼なようにも映った。図書館亀の性格を考えれば、そのようなことも無いとは思うが。
「で? 報酬は? 前払いでよこしな」
「テクノロジーの情報をお教えしましたよん? それらを報酬としてくださいなん」
「あん? もし何も無かったら俺だけ無報酬になるぜ。その時はどーすりゃいいんだ?」
「その時は借り一つという事にして頂きたいですのん」
「ま……それでいいか」
図書館亀がぬけぬけと言ってのけるが、ビリーは返って気に入り、これで手を打つことにした。
「そもそもあいつらが絵本の物語を進めちまったら、俺もここから追い出されちまうしな。はあ……取り敢えずさっきの村にまた戻るとするか」
魔法使いが三人も入ってくる時点で、しかもそのうちの一人がミヤである事からして、絵本の物語の進行はスムーズにいく可能性が高いと、ビリーは見ていた。
***
「お前達、人喰い絵本の進行はどーしたんだ? そのために絵本の中に入ったんじゃねーのかよ」
通路から広間に入ってきたユーリ、ノア、モズクの三人に向かって、ビリーが笑顔で話しかける。
この場所にユーリ達が来た時点で、その目的は大体察しているビリーである。ここからの展開も予測できる。
「後でやるよ」
ノアが警戒の眼差しをビリーに向ける。ノアもビリーと同じく、察している。
「お前達、この世界の文明の産物をちょろまかしに来たとか、そんなんじゃないよな?」
きっとそうなのだろうと確信したうえで、尋ねてみるビリー。
「もしかしてアルレンティスさんも同じ目的ですか?」
「ビリーだ。その名ではなくビリーで呼べ。俺は他の奴等と一緒くたされたくねーんだ。そもそもメイン人格の名前がアルレンティスなんだからよ」
ユーリが口にした名を聞き、ビリーはむっとした顔になった。
「一緒に探し出して山分けにはできませんか?」
「俺はお前達に色々と教えてやったよな。つまり、だ。お前達、俺の手伝いをすべきだな。で、お前達に分け前はやらねーよ。全部俺が頂く」
ユーリが提案したが、ビリーは腰に手を当てて、にやりと笑いながら言い放った。
「それはズルくない?」
「ズルいってことはねーな。お前達が俺から得るものが大して無かったってんなら、話は別だが、そう思ってんのか? ああ、そうか。お前達は恩知らずなうえに超強欲なのか?」
憮然とするノアに、ビリーがからかうような口振りで言う
「一緒くたにされたくないっ言ったよね。じゃあ一緒にはしない。俺達が教授してもらったのは、アルレンティスと、ムルルンと、ルーグからだ。ビリーなんて知らない。だから恩を返す必要も無い」
「はっ、いい返しだ。ちっと気に入ったぜ」
ノアが冷たい口調で主張すると、ビリーはおかしそうに笑い、闘気を漲らせた。
「王蠍は使わねえで、俺が遊んでやる。ほれ、かかってきな。ああ、もちろん諦めるという選択肢もあるんだが、おめーらにはそのつもりはねーだろ?」
「もちろん無い」
挑発気味に伺うビリーに対し、ノアは短く答えると同時に、攻撃魔法を用いた。真っ白い靄の塊が七つ、それぞれ異なる軌道で竜泉を描いて飛来していく。
一呼吸遅れて、ユーリも不可視の魔力の矢を五本放つ。これも真っすぐ向かうわけではなく、軌道もタイミングも微妙にズラしてある。
「あらよっとーっ」
おどけた声と共に、ビリーは前報で片手をくるりと軽く一回転させる。すると魔力の奔流がビリーの前方で激しく回転して、ノアとユーリが放った白い靄の塊と魔力の矢が、全てあらぬ方向へと弾き飛ばされ、壁や床に冷気をぶちまけ、あるいは穴を開けた。
「勝てるとは思えないけど、すごすごと引っ込むのも確かに癪だよね」
「癪だし、勝てると思えないとは思わない。俺は勝つ気でいく」
ユーリがノアに声をかけると、ノアは力強い口調で宣言した。
「回れっ!」
ビリーが右腕を水平に大きく払って叫ぶと、ユーリとノアの体が激しく何度も側転しながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「痛たたた」
「防げなかった……」
ユーリは逆さまになって頭から床に落ちた格好で、ノアは尻もちをついた格好で呻く。
「気に入ったか? じゃあもういっちょいくぜ」
「いきたくな……わわわわっ」
ビリーが今度は人差し指をくるくると回す仕草を行うと、ノアが尻もちをついた格好のまま、その場で高速スピンしだす。
体勢を直したユーリが魔力の力場を作って、ノアの体を固定して回転を止めようとしたが、止まる気配は全く無い。ビリーの魔法の方が強く、ユーリが形成した魔力は弾き飛ばされてしまった。
さらに、回転する力がユーリにも及び、ユーリの体が大きく吹き飛ばされる。
ノアの回転は止まったが、目が回ってその場にへばっている。
「攻撃食らったからっていちいち止まるな。攻撃受けて吹っ飛んでいる間に、次の次の次の手も頭の中でプラン立てておけ」
ビリーが腰に手を当てて、柔らかな口調で告げ、二人の反撃を待つ。
「とんだ課外授業だ」
ノアが皮肉り、無数の重力弾をビリーの頭上に振らせた。
「ふふんっ」
ビリーが鼻で嗤い、魔法を発動させる。念動波を上に放って、ノアの重力弾に当てる。ビリーの念動波が重力弾に直撃すると、全ての重力弾が力に圧し負けて崩壊した。
ビリーが魔法で防御したそのタイミングを狙い、ユーリが巨大な魔力の槍を放つ。直撃すれば胴体が爆ぜるであろうサイズだ。
しかしビリーはその特大サイズの魔力槍を、念動力で叩き落とした。
(あれは師匠の……)
床についた痕を見て、ユーリは息を飲む。床が猫の肉球マーク状にへこんでいた。ミヤが使う念動力猫パンチだ。たまにユーリも使う。その威力と範囲は、ミヤとさほど遜色無いように見える。
「いいぞ。中々いいタイミングだ。加えて、このタイミングでの重い攻撃ってのは、わりと予想外だ。俺じゃなければ有効だったかもな」
ユーリを見て称賛するビリー。
ノアがさらなる攻撃魔法を放つ。前方に突き出した手から白いビームが放たれる。それは水の噴射だった。
「過冷却水か。王蠍との戦いでも見たな」
ビリーが念動力で過冷却水のビームを弾いた。
その瞬間、真っ白い霧のようなものが、ビリーの目の前に大きく広がった。強烈な冷気を伴って。
(衝撃を与えた瞬間に、水が周囲の空気ごと瞬間冷却して、冷気を広範囲に広げるギミック付きだったか。こいつは俺の方が油断したぜ)
ノアの攻撃の術理を見抜き、ビリーは全身に浴びる冷気を魔力で弾き、冷気の合間からノアを見て、不敵に笑う。
ビリーが防御に回ったタイミングに合わせ、またユーリが攻撃を繰り出す。糸状に凝縮した魔力を数本放ち、左右上下からビリーを攻撃する。
「おいおい」
ユーリとノアの後方から、ビリーの声がした。
二人は空間の歪みに即座に反応し、その場から離れていた。ビリーが念動力猫パンチを至近距離から放ったが、ユーリとノアは際どい所で避けている。
「二人がかりとはいえ、俺に転移による回避も使わせるとは、中々いい線まで来てるぜ」
少し真剣みが増した声を発するビリー。
「あの男と君達がどういう間柄かは知らないが、敵対しているのに、彼は君達に光を与えているのだな。プラスの波動を感じる。負の念を全く感じないぞ」
見物モードになっていたモズクが口を出す。
「信者に説教していたあれか。教祖様、それ、好きなんだね。俺は嫌いだけど。婆にも通じる部分がある」
ノアがビリーを見据えたまま、嫌そうに顔をしかめる。
(確かに人そのものに、プラスな奴とマイナスな奴がいる。先輩と婆は……最初利用してやるなんて思っていた俺だけど、今はそんな風に見れない。これが本当の家族だったんだと思えてしまう。つまりプラスだ。一方で……)
ふと、ノアがビリーから体を背け、モズクの方を向いた。
「俺の母さんは、俺を虐待しまくってたし、俺にとって明らかにマイナスな存在だったけど、それでもその母さんがいなければ俺は生まれなかったし、育たなかった。今の俺は無かった。人を簡単に〇か×で決めるのは凄く嫌だ。何も知らない奴が、母さんを極めて単純に否定されているみたいだから。ま、母さんは実際ろくでなしいの腐れ外道で、誰からも否定される存在だけどさ」
モズクに冷たい視線を送り、モズクの理屈に反発する理由を口にして告げた。
「ふむ。やはり君は、信者達にはなりえないな。理が通っているし、単純な二元論を信じて思考停止するほど愚かではない。しかし宗教というものは、そうした愚者を生産するものなのでな。気を悪くさせたら済まなかった」
謝罪するモズク。
「へっ、言うじゃねーか、ノア。あのマミに育てられて、そこまで言えるよう育ったのは立派だぜ」
一方でビリーは褒めているが、そんな褒められ方をされても、ノアは嬉しくない。
「ん……おい」
ビリーが急にしかめっ面になって、不機嫌そうな声をあげた。
「な、何だてめえ……どういうつもりだ。やめろっ。出てくんなっ。畜生……ふざけやが……」
何者かに向かって抗議するビリーの姿が、急速に変化していく。顔は青年から美少年のそれへと変わり、体型も一回り小さくなる。髪型も変化した。
「はあ……ごめんね。二人共。ビリーも困った奴だよ」
ビリーからアルレンティスへと変わり、アンニュイな口調で謝罪する。
「ムルルンとルーグとも相談して、ビリーは引っ込ませることに決めた。じゃあ一緒に使えるものが無いか探そう」
広間の奥に散らばっている、用途不明な物を見やるアルレンティス。
「どういうことだ?」
目の前で起こった変化を見て、モズクが驚いて尋ねる。
「多重人格で、人格変わると姿も変わる子」
「なるほど」
ノアの説明を受け、モズクは納得した。
「君達が一撃浴びせた衝撃もあって、ビリーの支配力がちょっと揺らいだ。君達の勝ちだね。でも奢らないようにね」
「一撃浴びせた?」
アルレンティスの台詞に、ユーリが訝る。攻撃は全て防がれるか弾かれるかしたように見えた。
「ノアの冷気だね。あれは寒かったよ」
アルレンティスがノアの方を見て、小さく微笑んだ。




