表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/312

17-6 独り占めできる正当な理由

 時間は遡る。


 アルレンティス=ビリーは先んじて絵本世界に入り、廃墟の村へと降り立った。


「先に入った奴等は死んでるかな? それとも生きているかな?」


 瓦礫の山を見渡して呟くビリー。死んでいたとしたら、後から入った者が絵本のキャラに成り代わるはずだ。しかしビリーの服装が変化する気配はない。つまりはまだ生存している――というわけではない。


 ビリーは――アルレンティスは例え絵本世界に入っても、役を担う事は無い。


(俺やディーグル――ブラッシー以外の八恐が、絵本の住人になることは無い。何故なら俺達のルーツはこの世界にあるからな。だがこの特性のおかげで、先行者の安否も判別できねー。ま、どうでもいいんだがな)


 口の中で呟きながら、ビリーは探知魔法をかけて、意識の触手を広げていく。


(お久しぶりですねん、アルレンティス)


 そのビリーに、念話で声話かけた者がいた。


「図書館亀か。どこにいるんだ?」

(貴方がいる廃墟の村より南方に91キロといった所ですよん)


 ビリーが声に出して問いかけると、図書館亀が念話で答える。


「へっ。結構遠いが、会いに行ってやっかな。わざわざ声かけてくるってこたあ、耳寄り情報の一つでもあるんだろ?」


 呟くなリ、ビリーは飛翔する。


 砂漠を高速で飛び続けること一時間程で、巨大な図書館亀の姿が見えた。

 図書館亀の中に入ったビリーは、燕尾服姿の直立歩行ゾウガメと対峙する。


「ようこそいらっしゃいませ。アルレンティス様」

「ビリーだ。いい加減覚えろ。で、用件は?」


 恭しく一礼する図書館亀に、ビリーが伺う。


「この時代、この世界はとても興味深いエリアでありますのん。珍しいエリアですのん。破滅を生き延びた先にある破滅の世界。神々の記憶と関与からも外れて、忘却の彼方にあった世界。しかしそこに――」

「勿体つけるのはいらねーよ。用件を簡潔に言いやがれってんだ」


 ビリーが苛立ちを覚えて口を挟む。


「勿体つけているわけではありませんねん。重要な前置きですよん」


 モノクルに手をかけながら、図書館亀は言った。


「まだテクノロジーの幾つかは生きているのですわん。例えばあの村には、無機物を有機物に変換して食料を精製する装置が有り、人々は破れない布で織られた服を着ていますのん。それ以外にも旧世界のテクノロジーによってつくられたものが、まだ地下に眠っているようですねん。それらをアルレンティス殿が見届けてきてくだされば、小生はそれを書物に変換しますよん」

「薄い本になりそうだな。あるいは空振りかもしれねーぞ。あと、しつけーよ。俺はビリーだ。アルレンティスの一人ではあるが、アルレンティスじゃねーんだよ」

「失礼しました。ビリー様」


 呼び名にこだわり続けるビリーに、図書館亀は恭しく頭を下げる。その動作がビリーの目には、いささか慇懃無礼なようにも映った。図書館亀の性格を考えれば、そのようなことも無いとは思うが。


「で? 報酬は? 前払いでよこしな」

「テクノロジーの情報をお教えしましたよん? それらを報酬としてくださいなん」

「あん? もし何も無かったら俺だけ無報酬になるぜ。その時はどーすりゃいいんだ?」

「その時は借り一つという事にして頂きたいですのん」

「ま……それでいいか」


 図書館亀がぬけぬけと言ってのけるが、ビリーは返って気に入り、これで手を打つことにした。


「そもそもあいつらが絵本の物語を進めちまったら、俺もここから追い出されちまうしな。はあ……取り敢えずさっきの村にまた戻るとするか」


 魔法使いが三人も入ってくる時点で、しかもそのうちの一人がミヤである事からして、絵本の物語の進行はスムーズにいく可能性が高いと、ビリーは見ていた。


***


「お前達、人喰い絵本の進行はどーしたんだ? そのために絵本の中に入ったんじゃねーのかよ」


 通路から広間に入ってきたユーリ、ノア、モズクの三人に向かって、ビリーが笑顔で話しかける。

 この場所にユーリ達が来た時点で、その目的は大体察しているビリーである。ここからの展開も予測できる。


「後でやるよ」


 ノアが警戒の眼差しをビリーに向ける。ノアもビリーと同じく、察している。


「お前達、この世界の文明の産物をちょろまかしに来たとか、そんなんじゃないよな?」


 きっとそうなのだろうと確信したうえで、尋ねてみるビリー。


「もしかしてアルレンティスさんも同じ目的ですか?」

「ビリーだ。その名ではなくビリーで呼べ。俺は他の奴等と一緒くたされたくねーんだ。そもそもメイン人格の名前がアルレンティスなんだからよ」


 ユーリが口にした名を聞き、ビリーはむっとした顔になった。


「一緒に探し出して山分けにはできませんか?」

「俺はお前達に色々と教えてやったよな。つまり、だ。お前達、俺の手伝いをすべきだな。で、お前達に分け前はやらねーよ。全部俺が頂く」


 ユーリが提案したが、ビリーは腰に手を当てて、にやりと笑いながら言い放った。


「それはズルくない?」

「ズルいってことはねーな。お前達が俺から得るものが大して無かったってんなら、話は別だが、そう思ってんのか? ああ、そうか。お前達は恩知らずなうえに超強欲なのか?」


 憮然とするノアに、ビリーがからかうような口振りで言う


「一緒くたにされたくないっ言ったよね。じゃあ一緒にはしない。俺達が教授してもらったのは、アルレンティスと、ムルルンと、ルーグからだ。ビリーなんて知らない。だから恩を返す必要も無い」

「はっ、いい返しだ。ちっと気に入ったぜ」


 ノアが冷たい口調で主張すると、ビリーはおかしそうに笑い、闘気を漲らせた。


「王蠍は使わねえで、俺が遊んでやる。ほれ、かかってきな。ああ、もちろん諦めるという選択肢もあるんだが、おめーらにはそのつもりはねーだろ?」

「もちろん無い」


 挑発気味に伺うビリーに対し、ノアは短く答えると同時に、攻撃魔法を用いた。真っ白い靄の塊が七つ、それぞれ異なる軌道で竜泉を描いて飛来していく。


 一呼吸遅れて、ユーリも不可視の魔力の矢を五本放つ。これも真っすぐ向かうわけではなく、軌道もタイミングも微妙にズラしてある。


「あらよっとーっ」


 おどけた声と共に、ビリーは前報で片手をくるりと軽く一回転させる。すると魔力の奔流がビリーの前方で激しく回転して、ノアとユーリが放った白い靄の塊と魔力の矢が、全てあらぬ方向へと弾き飛ばされ、壁や床に冷気をぶちまけ、あるいは穴を開けた。


「勝てるとは思えないけど、すごすごと引っ込むのも確かに癪だよね」

「癪だし、勝てると思えないとは思わない。俺は勝つ気でいく」


 ユーリがノアに声をかけると、ノアは力強い口調で宣言した。


「回れっ!」


 ビリーが右腕を水平に大きく払って叫ぶと、ユーリとノアの体が激しく何度も側転しながら吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「痛たたた」

「防げなかった……」


 ユーリは逆さまになって頭から床に落ちた格好で、ノアは尻もちをついた格好で呻く。


「気に入ったか? じゃあもういっちょいくぜ」

「いきたくな……わわわわっ」


 ビリーが今度は人差し指をくるくると回す仕草を行うと、ノアが尻もちをついた格好のまま、その場で高速スピンしだす。


 体勢を直したユーリが魔力の力場を作って、ノアの体を固定して回転を止めようとしたが、止まる気配は全く無い。ビリーの魔法の方が強く、ユーリが形成した魔力は弾き飛ばされてしまった。


 さらに、回転する力がユーリにも及び、ユーリの体が大きく吹き飛ばされる。


 ノアの回転は止まったが、目が回ってその場にへばっている。


「攻撃食らったからっていちいち止まるな。攻撃受けて吹っ飛んでいる間に、次の次の次の手も頭の中でプラン立てておけ」


 ビリーが腰に手を当てて、柔らかな口調で告げ、二人の反撃を待つ。


「とんだ課外授業だ」


 ノアが皮肉り、無数の重力弾をビリーの頭上に振らせた。


「ふふんっ」


 ビリーが鼻で嗤い、魔法を発動させる。念動波を上に放って、ノアの重力弾に当てる。ビリーの念動波が重力弾に直撃すると、全ての重力弾が力に圧し負けて崩壊した。


 ビリーが魔法で防御したそのタイミングを狙い、ユーリが巨大な魔力の槍を放つ。直撃すれば胴体が爆ぜるであろうサイズだ。


 しかしビリーはその特大サイズの魔力槍を、念動力で叩き落とした。


(あれは師匠の……)


 床についた痕を見て、ユーリは息を飲む。床が猫の肉球マーク状にへこんでいた。ミヤが使う念動力猫パンチだ。たまにユーリも使う。その威力と範囲は、ミヤとさほど遜色無いように見える。


「いいぞ。中々いいタイミングだ。加えて、このタイミングでの重い攻撃ってのは、わりと予想外だ。俺じゃなければ有効だったかもな」


 ユーリを見て称賛するビリー。


 ノアがさらなる攻撃魔法を放つ。前方に突き出した手から白いビームが放たれる。それは水の噴射だった。


「過冷却水か。王蠍との戦いでも見たな」


 ビリーが念動力で過冷却水のビームを弾いた。


 その瞬間、真っ白い霧のようなものが、ビリーの目の前に大きく広がった。強烈な冷気を伴って。


(衝撃を与えた瞬間に、水が周囲の空気ごと瞬間冷却して、冷気を広範囲に広げるギミック付きだったか。こいつは俺の方が油断したぜ)


 ノアの攻撃の術理を見抜き、ビリーは全身に浴びる冷気を魔力で弾き、冷気の合間からノアを見て、不敵に笑う。


 ビリーが防御に回ったタイミングに合わせ、またユーリが攻撃を繰り出す。糸状に凝縮した魔力を数本放ち、左右上下からビリーを攻撃する。


「おいおい」


 ユーリとノアの後方から、ビリーの声がした。


 二人は空間の歪みに即座に反応し、その場から離れていた。ビリーが念動力猫パンチを至近距離から放ったが、ユーリとノアは際どい所で避けている。


「二人がかりとはいえ、俺に転移による回避も使わせるとは、中々いい線まで来てるぜ」


 少し真剣みが増した声を発するビリー。


「あの男と君達がどういう間柄かは知らないが、敵対しているのに、彼は君達に光を与えているのだな。プラスの波動を感じる。負の念を全く感じないぞ」


 見物モードになっていたモズクが口を出す。


「信者に説教していたあれか。教祖様、それ、好きなんだね。俺は嫌いだけど。婆にも通じる部分がある」


 ノアがビリーを見据えたまま、嫌そうに顔をしかめる。


(確かに人そのものに、プラスな奴とマイナスな奴がいる。先輩と婆は……最初利用してやるなんて思っていた俺だけど、今はそんな風に見れない。これが本当の家族だったんだと思えてしまう。つまりプラスだ。一方で……)


 ふと、ノアがビリーから体を背け、モズクの方を向いた。


「俺の母さんは、俺を虐待しまくってたし、俺にとって明らかにマイナスな存在だったけど、それでもその母さんがいなければ俺は生まれなかったし、育たなかった。今の俺は無かった。人を簡単に〇か×で決めるのは凄く嫌だ。何も知らない奴が、母さんを極めて単純に否定されているみたいだから。ま、母さんは実際ろくでなしいの腐れ外道で、誰からも否定される存在だけどさ」


 モズクに冷たい視線を送り、モズクの理屈に反発する理由を口にして告げた。


「ふむ。やはり君は、信者達にはなりえないな。理が通っているし、単純な二元論を信じて思考停止するほど愚かではない。しかし宗教というものは、そうした愚者を生産するものなのでな。気を悪くさせたら済まなかった」


 謝罪するモズク。


「へっ、言うじゃねーか、ノア。あのマミに育てられて、そこまで言えるよう育ったのは立派だぜ」


 一方でビリーは褒めているが、そんな褒められ方をされても、ノアは嬉しくない。


「ん……おい」


 ビリーが急にしかめっ面になって、不機嫌そうな声をあげた。


「な、何だてめえ……どういうつもりだ。やめろっ。出てくんなっ。畜生……ふざけやが……」


 何者かに向かって抗議するビリーの姿が、急速に変化していく。顔は青年から美少年のそれへと変わり、体型も一回り小さくなる。髪型も変化した。


「はあ……ごめんね。二人共。ビリーも困った奴だよ」


 ビリーからアルレンティスへと変わり、アンニュイな口調で謝罪する。


「ムルルンとルーグとも相談して、ビリーは引っ込ませることに決めた。じゃあ一緒に使えるものが無いか探そう」


 広間の奥に散らばっている、用途不明な物を見やるアルレンティス。


「どういうことだ?」


 目の前で起こった変化を見て、モズクが驚いて尋ねる。


「多重人格で、人格変わると姿も変わる子」

「なるほど」


 ノアの説明を受け、モズクは納得した。


「君達が一撃浴びせた衝撃もあって、ビリーの支配力がちょっと揺らいだ。君達の勝ちだね。でも奢らないようにね」

「一撃浴びせた?」


 アルレンティスの台詞に、ユーリが訝る。攻撃は全て防がれるか弾かれるかしたように見えた。


「ノアの冷気だね。あれは寒かったよ」


 アルレンティスがノアの方を見て、小さく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ